猫のモモタ

緒方宗谷

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モモタとママと虹の架け橋

第百三十八話 消えた輝き

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 空が白み始めたようです。暗雲に覆われた空でしたが、それでも微かな光が雲を通して地上まで届いています。

 灯台の灯室では、亜紀ちゃんの祈りが続いていました。一晩通して祈り続けていたのです。モモタたちも寝ずに一緒に祈りました。

 突然、カンタンが騒ぎ出します。大声で鳴きました。

 顔をあげた亜紀ちゃんが、

 「どうしたの? カンタン? まさかパパ? パパが帰ってきたの?」

 そう叫んで急いで立ち上がります。そして開口部から顔を出しました。

 雨はやんでいました。風もだいぶ弱まっています。まだどこかで降っているのでしょうか。遠くから流されてきたであろう雨粒が、亜紀ちゃんの頬に当ります。仄暗い海を見ますが、船は見えません。亜紀ちゃんは必死に探しました。

 キキは、飛んでいって船を探してやろうとしますが、全身が痛くてうまく翼を羽ばたかせることが出来ないようです。

 「あっ」亜紀ちゃんが叫びました。

 同時にカンタンが喜びの声を上げました。亜紀ちゃんも笑顔で答えて、カンタンの首に右手をまわします。そして、「えへへ~」と笑いました。

 カンタンの背から亜紀ちゃんの頭へと移動したチュウ太が言いました。

 「船だよ、モモタ。遠くに船が見えるよ!」

 モモタは興奮して、「にゃあにゃあ」鳴きました。自分にも見せて、と前足を上げて、亜紀ちゃんに抱っこをおねだりします。

 亜紀ちゃんは、モモタを抱き上げて言いました。

 「見てモモタ。遠くにお船の影が見えるでしょう? 分かる?」

 一筋に伸びる光の中に、小さな小さな漁船の影が見えました。ゆっくりとゆっくりと港へと近づいてきているようです。

 長いことその光景をみんなで眺めていました。

 しばらくすると、光の筋が亜紀ちゃんの頭の端を照らします。みんなが後ろを振り返りました。誰も気がつかないほどゆっくりと、灯器が左に回っていたようです。

 亜紀ちゃんは、六色の灯光を遮らないようにしゃがみました。壁に寄りかかって、笑顔で言います。

 「モモタのくれた宝石の光が、パパを港まで運んでくれるのね」 

 みんな眠くはあったのですが、不思議と眠りに落ちません。そればかりか、疲れも激痛も癒されていくようです。そして、心地よい疲労感だけが残されたようでした。

 机の位置を変えて再びお船を眺めることにした亜紀ちゃんのために、キキが飛んでいって見てくることにしました。

 「パパはいるかな?」チュウ太がキキに言いました。

 「いるさ。必ず」

 そう言ってキキが飛んでいきます。

 船の上に行って、キキは何度も旋回しています。ゴマ粒ほどに小さく見えるキキは、船上へと降下していきました。

 「あ、誰かの腕にとまったよ」カンタンが言います。

 アゲハちゃんが嬉しそうに言いました。

 「たぶん、亜紀ちゃんのパパね。宗一君には会ったことないから、キキはとまらないと思うから」

 しばらくして戻ってきたキキに、亜紀ちゃんが興奮気味に訊ねます。

 「いた? パパいた?」

 キキは、「ヒュ――ィ―――」と鳴いて答えます。

 「いたのね? よかったぁ」

 亜紀ちゃんの瞳に、再び涙が溢れます。喜びの涙です。

 モモタたちも、キキにパパたちの様子を訊きました。キキが答えます。

 「うん、二人共無事だったよ。だいぶ疲れている様子だったけどね」

 「あ、見て」とカンタンが言いました。みんなが海に注目したことに気がついた亜紀ちゃんが、モモタを抱えて立ち上がります。

 何隻かの船が、パパの漁船に近づいていくのが見えました。漁船ではありません。格好良い海上保安庁の船のようです。空を見上げると、ヘリコプターも飛んでいました。その中の一隻に曳航されて、パパの船は港へと引かれていきます。

 キキが言いました。

 「市場のほうにたくさん人が来ていたよ。もしかしたら、ママたちもいるかも」

 「そうね」とアゲハちゃん。「ママ、とっても心配しているはずよ。大きな地震があったのに亜紀ちゃんったら、嵐の中いなくなってしまったんだから」

 「早く帰してあげないと」と言って、モモタは慎重に床に飛び降りました。そして、今まで覗いていた窓の左端まで駆けていって、亜紀ちゃんを呼びます。

 「どうしたの?」亜紀ちゃんが訊きました。「もしかして何かあるの?」そう言って、机を引きずりながらモモタのもとへやってきました。

 「あ、人が沢山」

 窓から頭を出して陸地の方を見やった亜紀ちゃんが驚きます。

 「早く帰んないと」

 そう言った亜紀ちゃんは、机を灯器の前に引きずっていきます。その時すでに、虹の雫は光を発していませんでした。

 モモタは、それに気がついていました。みんなも気がついている様子です。

 亜紀ちゃんは、机の上に上り、反射板の上に置いた六つの虹の雫を手に取ろうとして、「あっ」と叫びました。

 チュウ太が、つらそうな表情で息をつき、俯きます。両手を握りしめて、わなわなとふるえていました。

 モモタは、(たぶん、虹の雫がなくなってしまったんだな)と思って瞳を閉じ、ゆっくりと静かに大きく一呼吸しました。(これでよかったんだよ。パパも宗一君も無事だったから。なによりも亜紀ちゃんがこんなに喜んでくれているんだから)

 目の前に亜紀ちゃんの気配を感じて、モモタは目を開けました。

 亜紀ちゃんが、申し訳なさそうに言いました。

 「ごめんなさい…モモタぁ。きれいな宝石だったのに、こんなになっちゃった」

 亜紀ちゃんの両手のひらに乗った虹の雫は、溶けて一つとなっていました。もともとの形からだいぶ変化したイチジクの様な水雫状になって、六つの色が絡み合っています。マーブル模様で丸みを帯びた凹凸があるビードロ玉のようでした。

 光は全く放っていません。透き通った感じの色ではなくなっていて、深くて濃い極彩色の六色です。色は混じり合うことなく固まっています。温かみもありません。

 モモタは、鼻でつついてみました。感触はただのガラス球のようでしたが、金属のようにずっしりとした感じがします。

 亜紀ちゃんが心配そうな眼差しをモモタに向けました。 

 「怒らないでモモタ。お願い。たくさん恩返しするから。お小遣い全部使ってずっとごはん買ってあげる」

 モモタは、「いいよ」という気持ちを込めて微笑みながら、亜紀ちゃんに「にゃあ」と鳴きかけました。

 とてもお腹が空いた夜でした。


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