猫のモモタ

緒方宗谷

文字の大きさ
494 / 514
モモタとママと虹の架け橋

第百二十七話 天獄と地獄

しおりを挟む
 キキの話を聞いたチュウ太が言いました。

 「でも、幸せなら敢えて無理して頑張らなくてもいいんじゃないかな。それこそが幸せだってこともあるよ。屋根裏から出なくても、安心して過ごせる我が家があって、下にある人のお部屋に行けばお米がある。毎日腹ペコで苦しむこともなく、死ぬまで一生暮らしていけるって思えるだけで、僕は最高の幸せだって思えるよ。確かに、野ネズミの幸せは分からないし、飼いネズミの幸せも分からないけれど、今が幸せなら、別の幸せを知らなくたっていいじゃないか」

 キキがチュウ太に言いました。

 「別の幸せを知らないのに、なぜ今が幸せだって言える? 幸せだって思っているだけで、本当は幸せではないかもしれないのに」

 「どうしてだい?」

 「本当は不幸なのかもしれない。でも生まれた時からそんなだから、幸せなんて感じたこともないし、周りのみんなもそんなだから、それが幸せだって勘違いしているのかもしれないよ。

  もしかしたら、それをいいことにひどいことをされているかもしれないだろ。分からないことをいいことに、誰かを利用して美味しい思いをしようとするやつもいるんだ。僕のお兄ちゃんたちは、何も知らなかったばっかりに、巣立って間もなく食べられてしまった。もしかしたら、気がついていないだけでいい食い物にされていることだってあるさ」

 「確かにひどい目にあっているのに、それが普通だなんて思わされていたら、それはそこから旅立って輝く努力をしないといけないかもしれない。でも僕が言いたいのは、そういうことじゃないんだ。僕が言いたいのは、自分で選べるのが大事。あえて、めいっぱい輝けないといけないなんてことないんだよ。腹八分目って言葉があるじゃない? この辺りが心地いいって度合いが、誰にでもあるんだよ。めいっぱい輝いたって、苦しかったら幸せじゃないし、その輝きだってくすんじゃう。だからあえてめいっぱい輝かなくても、この辺がいいなって思える輝き方を探し出すことが大事なんだと思う。それこそが、本当にきれいに輝けるってことだと思うよ」

 話し始めようとしたキキの言葉を、掲げた手のひらで遮ったアゲハちゃんが、みんなに向かって話し始めます。

 「チュウ太の言いたいことってこういうこと? たとえばホタル。とても淡くて小さな光だけれど、月明かりもない夜に見つめていると、とても幻想的で心が洗われるようよ。

  でも、もしホタルが太陽のように輝いていたらどう? 眩しくって、とてもじゃないけれど見つめていられないわ。
  あのくらいの光だからいいのよ。あれがホタルにとって最高にきれいに輝ける光り方なのね」

 「そうそう、そういうこと」と頷くチュウ太に、キキが言いました。

 「そういうことなら分かる気がするよ。でも僕は、太陽のように輝ける素質があるホタルがいたとしたら、そのホタルには太陽になってもらいたいな。もちろん無理強いは出来ないけど」

 ずっと聞いているばっかりだったカンタンが、おもむろに話し始めます。

 「逆に思ったんだけど、なんで輝かないといけないの? 輝かない鳥生だってあってもいと思うんだ」

 アゲハちゃんが、びっくりして言いました。

 「輝かないなんて、よくないわ。生きている意味がなくなっちゃうじゃない」

 「生まれたことに意味なんてあるのかな? しかも輝くってだけのために?」

 「輝けるからこそ幸せなのだし、幸せだからこそ輝けるのよ」

 そう言うアゲハちゃんに、カンタンが語りました。

 「前にも話したけれど、僕は動物園生まれだし、ずっと閉じ込められていたじゃない?僕は閉じ込められていることを知って、キキの言った通り不幸であることに気がついたけれど、外に出て思ったよ。オリの中のなんて幸せなことかって。でも、オリの中に戻ると、オリの中のなんて不幸なことかって思っちゃう。

  チュウ太もキキも、自分で光り輝く道を選んで進んでいくべきだって考えでしょ? でも選ぶって大変だよ。何度も迷って出たり入ったりしちゃうもん。それだったら、飼育員さんにもっとうまく騙してほしかったなて思っちゃう。だって知らないままだったら幸せだったもん。

  知らない時の僕は全然輝いていなかったと思うよ。そんな時にモモタがやってきても、僕はモモタに協力しようとも思わなかったかも。

  外の世界を知るまでは、動物園の他の動物たちと僕は同じだったんだ。鳥なのにトラと同じ、サルと同じ。知ってから変わった。そして見えた。みんなは僕と違っているって。何が違うかは、祐ちゃんのお話を聞いて知った。輝いていないんだ。輝こうともしてない。でもそれでいいと思えてるんなら、それでいいんじゃない?」

 モモタが言いました。

 「でもそれじゃ、土や石の塊になっちゃうんだよ」

 「それの何がいけないのさ。そういう幸せもあるのかもしれない。
  とってーも長生きなカメのおばあちゃんが海の向こうに住んでいてさ。確か百歳。毎日毎日甲羅干ししているだけで、何にもしていないんだ。僕が何してるの? って聞いたら、『なんにも』だって。何考えているの? って聞いたら、『なんにも』だって。それで幸せなの? って聞いたら、『幸せってわけではないねー』っていうの。じゃあ不幸せなの? って訊いたら、『不幸せってこともないねぇ』って言ったんだ。

  たぶん長生きおばあちゃんは、目の前に広がる海も、どこまでも平らな大地も見えていなかったかもしれない。でもなんにも不幸だなんてことなかった。誰かにいいように食べられてしまうのは別にして、わざわざ輝かなくたって、それが嘘の世界だって、不幸せだって思えていなければいいんじゃないかな。

  キキの言うように、誰よりも輝けるからといって輝く努力をすると、太陽のようなホタルになっちゃうよ。誰にも見てもらえずに一匹ぽっちなんだ。遠くまで灼熱旅行に出かけた時に知り合ったサイは、ライオンよりも象よりも水牛よりもカバよりもワニよりも強かったけれど、サイたちはいつも一頭ぽっちだった。サイ同士でも遊ばないね。他のお友達は、みんなでいつも寄りそって過ごしていたのに。

  確かにキキの言う通り、王者っていうものはそのくらいじゃなきゃいけないのかもしれないけど、究極のところまで行っちゃうと、長生きおばあちゃんと変わらないんじゃないかな。最強伝説を作る自分のために、他の何もかもが見えなくなるんだったら、海も大地も見えていない長生きおばあちゃんと一緒だし、天井裏以外を知らないお友達とおんなじだと思うよ。

  それに、眩しすぎると目が潰れちゃうよ。目がくらむくらいなら、目が慣れた後に輝きを楽しめるけど、潰れたら何も見えなくなっちゃう。周りのみんなをそんなにしてしまう輝きなら、却って輝いていないでくれてる方がいいんじゃない? 迷惑だもん」

 キキが言います。

 「何もかも知らない方が幸せだと?」

 「うん、それで平穏ならいいじゃない。知ってしまったら、動物園は地獄だよ。あえて輝かないようにしているのかも、本能的に。地獄を天獄に変えるためにさ」

 カンタンの答えを聞いて、今度はチュウ太が言いました。

 「でもそれって、輝いてるってことじゃないの? 地獄を天獄に変えるってすごいことだよ」

 「でも獄は獄でしょ。他の幸福を自分に知らさせないために、別の獄で満足する。

  結局は、自分が幸せで、誰にも迷惑かけていなければ、なんだっていいんだよ。

  キキが言うようなことを自分で望むならそうすればいいし、チュウ太が言うようなことをチュウ太が望むのならそれでいい。関係ない僕がとやかく言うのは違うよね。だってそれで幸か不幸になるのは、キキとチュウ太だもの。逆に、誰かが十分輝いていないとか、闇色だなんていうのは、違うと思うよ」

 モモタが言いました。

 「自分が望みたいように望んで、輝きたいように輝く。だから、夜空のお星さまはあんなに瞬いているんだ。
  僕は、生まれた以上、何かしらの輝きを持ってみんな生きてるって思うよ。動物園のみんなだって、長生きおばあちゃんだって、サイだって、みんな輝く何かが絶対あるはず。

  カンタンは、カンタンが今話してくれたことを考えて羽ばたくことによって、輝きの風を起こすんだよ。カンタンは気がついていないだけで、その輝きは誰かに届くだろうし、誰かの輝きもカンタンに届いてる。

  今、長生きおばあちゃんのことを思い出して話してくれたことが何より意味を持っているんだと思う。だって、今まで色々な所を旅行して、虹の雫まで集めきったカンタンだったら、僕なんかよりとってもとーってもたくさんのお友達に出会ったはずだよ。それなのに、その中から、長生きおばあちゃんを思い出すのは、そのおばあちゃんの輝きがカンタンに届いた証拠だよ。

  僕は、みんなのお話を聞いて、みんなのお話を信じられたし、僕が話したことをもっと信じられるようになった」

 みんなは、モモタのお話をしみじみと訊きました。それは、モモタたちが光り輝き混じり合って一つになっていたからなのでしょう。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ノースキャンプの見張り台

こいちろう
児童書・童話
 時代劇で見かけるような、古めかしい木づくりの橋。それを渡ると、向こう岸にノースキャンプがある。アーミーグリーンの北門と、その傍の監視塔。まるで映画村のセットだ。 進駐軍のキャンプ跡。周りを鉄さびた有刺鉄線に囲まれた、まるで要塞みたいな町だった。進駐軍が去ってからは住宅地になって、たくさんの子どもが暮らしていた。  赤茶色にさび付いた監視塔。その下に広がる広っぱは、子どもたちの最高の遊び場だ。見張っているのか、見守っているのか、鉄塔の、あのてっぺんから、いつも誰かに見られているんじゃないか?ユーイチはいつもそんな風に感じていた。

あだ名が242個ある男(実はこれ実話なんですよ25)

tomoharu
児童書・童話
え?こんな話絶対ありえない!作り話でしょと思うような話からあるある話まで幅広い範囲で物語を考えました!ぜひ読んでみてください!数年後には大ヒット間違いなし!! 作品情報【伝説の物語(都道府県問題)】【伝説の話題(あだ名とコミュニケーションアプリ)】【マーライオン】【愛学両道】【やりすぎヒーロー伝説&ドリームストーリー】【トモレオ突破椿】など ・【やりすぎヒーロー伝説&ドリームストーリー】とは、その話はさすがに言いすぎでしょと言われているほぼ実話ストーリーです。 小さい頃から今まで主人公である【紘】はどのような体験をしたのかがわかります。ぜひよんでくださいね! ・【トモレオ突破椿】は、公務員試験合格なおかつ様々な問題を解決させる話です。 頭の悪かった人でも公務員になれることを証明させる話でもあるので、ぜひ読んでみてください! 特別記念として実話を元に作った【呪われし◯◯シリーズ】も公開します! トランプ男と呼ばれている切札勝が、トランプゲームに例えて次々と問題を解決していく【トランプ男】シリーズも大人気! 人気者になるために、ウソばかりついて周りの人を誘導し、すべて自分のものにしようとするウソヒコをガチヒコが止める【嘘つきは、嘘治の始まり】というホラーサスペンスミステリー小説

こわモテ男子と激あま婚!? 〜2人を繋ぐ1on1〜

おうぎまちこ(あきたこまち)
児童書・童話
 お母さんを失くし、ひとりぼっちになってしまったワケアリ女子高生の百合(ゆり)。  とある事情で百合が一緒に住むことになったのは、学校で一番人気、百合の推しに似ているんだけど偉そうで怖いイケメン・瀬戸先輩だった。  最初は怖くて仕方がなかったけれど、「好きなものは好きでいて良い」って言って励ましてくれたり、困った時には優しいし、「俺から離れるなよ」って、いつも一緒にいてくれる先輩から段々目が離せなくなっていって……。    先輩、毎日バスケをするくせに「バスケが嫌い」だっていうのは、どうして――?    推しによく似た こわモテ不良イケメン御曹司×真面目なワケアリ貧乏女子高生との、大豪邸で繰り広げられる溺愛同居生活開幕! ※じれじれ? ※ヒーローは第2話から登場。 ※5万字前後で完結予定。 ※1日1話更新。 ※noichigoさんに転載。 ※ブザービートからはじまる恋

「いっすん坊」てなんなんだ

こいちろう
児童書・童話
 ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。  自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・           

ぽんちゃん、しっぽ!

こいちろう
児童書・童話
 タケルは一人、じいちゃんとばあちゃんの島に引っ越してきた。島の小学校は三年生のタケルと六年生の女子が二人だけ。昼休みなんか広い校庭にひとりぼっちだ。ひとりぼっちはやっぱりつまらない。サッカーをしたって、いつだってゴールだもん。こんなにゴールした小学生ってタケルだけだ。と思っていたら、みかん畑から飛び出してきた。たぬきだ!タケルのけったボールに向かっていちもくさん、あっという間にゴールだ!やった、相手ができたんだ。よし、これで面白くなるぞ・・・

美少女仮面とその愉快な仲間たち(一般作)

ヒロイン小説研究所
児童書・童話
未来からやってきた高校生の白鳥希望は、変身して美少女仮面エスポワールとなり、3人の子ども達と事件を解決していく。未来からきて現代感覚が分からない望みにいたずらっ子の3人組が絡んで、ややコミカルな一面をもった年齢指定のない作品です。

クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました

藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。 相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。 さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!? 「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」 星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。 「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」 「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」 ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や 帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……? 「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」 「お前のこと、誰にも渡したくない」 クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。

四尾がつむぐえにし、そこかしこ

月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。 憧れのキラキラ王子さまが転校する。 女子たちの嘆きはひとしお。 彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。 だからとてどうこうする勇気もない。 うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。 家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。 まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。 ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、 三つのお仕事を手伝うことになったユイ。 達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。 もしかしたら、もしかしちゃうかも? そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。 結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。 いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、 はたしてユイは何を求め願うのか。 少女のちょっと不思議な冒険譚。 ここに開幕。

処理中です...