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鬼胎
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「来てないってことにするか⁉」言葉が思わず口を衝いて出た。俺は手を口にあてがう。「いや無理だ。駅の辺りには防犯カメラがついてる。ここに来る途中にコンビニ寄ったって言ってたから、そこのカメラにも映っているぞ」
俺は、コンビニのビックストップの袋を見やる。
何かほかに手があるはずだ。いやな感じに胸が締め付けられる。妙に汗ばんだ首筋を左手でなでまわしながら、俺は必死に考えた。「そうだ」と閃いた。「捨てる。捨てる」即座にかぶりを振る。「いや、それで見つかって捕まったってニュースあったな」しばらく無音の部屋「埋めれば……」そう言って黙った。「このマンション土ねーじゃん」
何も思い浮かばない。でも何かしなきゃいけない。全身の細胞がそう言っているようだぜ。熱い。体がとにかく無性に揺れ動く。間もなくいいことを思いついて、俺は沙織の足を引っ張って風呂場の方に引きずっていった。ごとり、と鈍い音がする。沙織がワイシャツの胸ポケットにしまったスマホが床に落ちたのだ。やな気分だぜ、レンズに睨まれているようだ。俺は咄嗟にそれを拾い上げで胸ポケットに戻す。入りきらない。縦長だからカメラレンズのある上部だけがポケットからはみ出す。カメラが向いていることに俺は耐えきれずに、風呂場の向かいにあるキッチンのゴミ箱めがけて投げた。入らなかった。また鈍い音が響く。
「帰ったってことにして風呂場に隠しておこう。…そうだ、アリバイ。玲奈にメール出しておこう」
俺は、急いで沙織のスマホを拾った。スライディングして。沙織は、俺の家を出た後、家の近い玲奈の家に遊びに行った。そのまま行方不明になった。それでいこう。「『い・ま・……今…あ・き・と・……秋人の家出るとこ。こ・れ・か・ら・……これから行くね』送信。……よし」そう言って気がついた。「だめだ。腐る。部屋から異臭がするって住人に通報されて捕まった奴いたよな」俺は想像した。沙織が腐っていくさまを。吐気がこみ上げる。最悪。風呂入れねーよ。「それに死体となんか過ごせるかよ」
俺は徐に冷蔵庫を開けた。独り暮らし用の小さいやつで、上三分の一が冷凍庫。下三分の二が冷蔵庫の2ドア。ビールや食いかけの菓子にジュースと牛乳。「入るわけねーよな」後ろの沙織を見やる。唇をかむ。全身汗でぐっしょりだ。早く何とかして風呂入りてぇ。何か手があるはずだ。考えろ。考えろ。
―――そして閃いた。俺は沙織の両脇に手を引っ掛けて、風呂場に引きずりこむ。体育座りしか出来ない浴槽。一畳ない程度の洗い場。狭い風呂だ。沙織は浴槽の壁を背もたれ代わりにして頭をもたげている。全身が入らない。俺は無理に沙織の両足を膝から折って、洗い場に収める。
白いワイシャツのボタンをはずした。思わず俺は恨んだ。「こいつ、いいワイシャツ着やがって、金ねーなんて嘘つきやがったな」
無性にムカついてきた。ブラを外して、赤と黒のチェックのスカートについたボタンを二つ外して、下も脱がしていく。「いい体だったよな。Cって言ってたか」
言い知れぬもわもわしたものが胸にこみ上げる。見るたびにあんなに興奮した体なのに、スケベな反応は何もない。全くいきり立たない。その代り、空気より重いガスが地を這うような気持ちが、心の底を這う。人間ではあるが人形に接しているかのように中途半端な妙な違和感を覚える。軽い車酔いを起こしているようだ。
俺は寝転がって、シンクの扉を開けて万能包丁を取り出す。「捨てらんねー、埋めらんねーっていうんなら、食っちまえばいいんだ。幸いゴールデンウィーク前日じゃん。沙織のやつ中日も有給出してるって言ってたし、夢の十連休じゃねーか。これだけあれば食えんだろ。腐る前に」
俺は震えていた。こんなに震えることが出来るのかってくらい震えていた。包丁を落としそうだ。俺は両手で柄をしっかりと握って、へそに刃先を添える。それから胸の方になぞっていって、胸の谷間の直下、みぞおちあたりに刃を押し込む。刺さらない。だが刃を引くとゾワゾワと切れていく。血が出たが溢れ出るというほどはない。紙を折ってその折れ目にハサミを滑らした時のように、ほとんど無抵抗に腹は裂かれていく。
ばっくりと割れた腹の傷をはらわたが押し広げる。血みどろ色に染まったくすんだ赤みのある乳白色交じりの腸。とても人間の中身とは思えなかった。俺は、縦一文字の切れ込みに両手を入れて傷をさらに押し広げ、そのまま腸を左右から鷲掴みにして搔き出した。
最初にバジャ、っと音がした限りで、その後は音を発てずに、とろろがヌメリ滑るように沙織の腰を伝って洗い場に滑り落ちる。「なんだ?」見ると、白くて短い何かがたくさん出てきた。初めはなにか分からなかったが、スパゲッティ―だ。腹を切り開いた時、胃袋も切ったのだろう。夕食に食べたイタリアンのなれの果て。
生肉臭と血のにおいに胃酸のにおいと食べ物のにおいが混じって、生暖かい沙織の魂が浴室に充満している。
不意に胃の中の物が食道を逆流してこみ上げてきた。俺は、浴槽にとっぷして「げぇげぇ」吐き出す。すごい量だった。バケツをひっくり返したように流れ出した。
「はあはあはあ、はぁ…ふぅふふ。ふふふふ」思わず淫猥な声で唸った。「ひひひひひ」血塗られた指であってもお構いなしに、俺は自分の頬を撫でながら沙織をなめるように見渡す。頭の先から足の指先まで。なんてグロテスクなさまだろうか。無性に興奮した。沙織は生きていた。確かにさっきまで生きていた。それがどうだ。美しい見た目とは裏腹に、血みどろの気色の悪いはらわたをさらけ出している。異様な光景だった。
シャワーヘッドをとって、浴槽内のゲロを洗い流す。それから満を持して、試しに右足の内ももを大きくそぎ落とした。想像と違う。予定では赤み肉の塊、よく業務用のスーパーで売られている外国産の牛肉の長細いブロックが姿を現すかと思ったが、白かった。ほぼ脂肪なのだ。肉は白身がかった薄いピンク色で、豚肉に近い。
刺身状に削いで摘まんで頭上に持ち上げ、あーん、と開けた口に落とす。鉄の味がする。不味いと思った。浴槽についた蛇口から少し水を流して、二枚目の刺身を洗う。「牛刺しならぬ、人刺しか、へへへ」食った。淡白な味だ。不味くはないが美味くもない。だが、沙織の肉だと思うと、下劣な興奮が漲る。その下劣さがまたいい。
俺は、右足を切断してやろう、とモモに包丁を入れた。すんなり切れていく。だが中心に当たって切れない。骨だ。少し考えて、股の付け根に新しく包丁を入れた。悪戦苦闘しながらも軟骨を見つけて刃先を入れる。時たま布を裂くような音とぐしゃりずしゃり、という関節を引き裂く音がする。押しつぶされた空気が血の中から湧き出るようなブジュ、という音もする。
「はあはあはあ。俺悟り開いたかもしんねーぞ沙織。破壊本能と性欲本能って同じなのかもしんねー」いい意味で息も絶え絶えだ。俺は、左足も根元から切り落として、右足を沙織の右手側、左足を左手側の浴槽に立てかけた。くびれた腰に手を添えて胴体を引きずり寄せ、今度は右腕を肩から切り落とす。慣れたものだ。もう足二本切り落しているのだからな。
だがうまく切れなかったので、無理やりに腕をねじって、引きちぎる。左手もそうしてやった。「今晩は右足を食うか。スパゲッティ―しか食ってなくて、また腹空いてきたからな。全部吐いちまったし良い運動もしたし。うへへへへ」そう呟きながら、俺は、切り落とした右腕と右足を入れ替えて、膝から上と下に切断した。これもやはりうまく切れなかった。と言うより切り離すまで待てなくて引きちぎった。軟骨が異様な悲鳴をあげる。
「とりあえず分解すれば冷蔵庫に入るな」俺は冷蔵庫の中の物を無造作に掻き出して、下の野菜室のプラスチックケースを引き出す。ついで中央のトレーを二枚とも取った。手足がもがれて運びやすくなった沙織を抱え上げて、冷蔵庫の中に収める。八割開いた白目が気持ち悪い。それがまたゾクゾクした。許せなかったのは、下あごが垂れさがって異様な顔になっていることだった。これには興奮も冷める。ヘキヘキする。最悪だ。
冷蔵庫の奥の壁を背もたれにさせて胴体を中央に据え、左右の胸にかけるようにももを立てかけて、その外側にふくらはぎから下を立てかける。胸の谷間に挟むようにして、手のひらを上に向けた両腕を寄りそわせる。腹が割れてできた生々しい空洞が、沙織の醜さを晒していた。
「頭が邪魔だな」天井に頭がぶつかってうな垂れてしまっている。これではドアが閉まらない。「切り落とすか」思わず、またぐらに供えられた生首を想像した。またゲロがこみ上げてきて、浴槽に急ぐ―――
つづく
俺は、コンビニのビックストップの袋を見やる。
何かほかに手があるはずだ。いやな感じに胸が締め付けられる。妙に汗ばんだ首筋を左手でなでまわしながら、俺は必死に考えた。「そうだ」と閃いた。「捨てる。捨てる」即座にかぶりを振る。「いや、それで見つかって捕まったってニュースあったな」しばらく無音の部屋「埋めれば……」そう言って黙った。「このマンション土ねーじゃん」
何も思い浮かばない。でも何かしなきゃいけない。全身の細胞がそう言っているようだぜ。熱い。体がとにかく無性に揺れ動く。間もなくいいことを思いついて、俺は沙織の足を引っ張って風呂場の方に引きずっていった。ごとり、と鈍い音がする。沙織がワイシャツの胸ポケットにしまったスマホが床に落ちたのだ。やな気分だぜ、レンズに睨まれているようだ。俺は咄嗟にそれを拾い上げで胸ポケットに戻す。入りきらない。縦長だからカメラレンズのある上部だけがポケットからはみ出す。カメラが向いていることに俺は耐えきれずに、風呂場の向かいにあるキッチンのゴミ箱めがけて投げた。入らなかった。また鈍い音が響く。
「帰ったってことにして風呂場に隠しておこう。…そうだ、アリバイ。玲奈にメール出しておこう」
俺は、急いで沙織のスマホを拾った。スライディングして。沙織は、俺の家を出た後、家の近い玲奈の家に遊びに行った。そのまま行方不明になった。それでいこう。「『い・ま・……今…あ・き・と・……秋人の家出るとこ。こ・れ・か・ら・……これから行くね』送信。……よし」そう言って気がついた。「だめだ。腐る。部屋から異臭がするって住人に通報されて捕まった奴いたよな」俺は想像した。沙織が腐っていくさまを。吐気がこみ上げる。最悪。風呂入れねーよ。「それに死体となんか過ごせるかよ」
俺は徐に冷蔵庫を開けた。独り暮らし用の小さいやつで、上三分の一が冷凍庫。下三分の二が冷蔵庫の2ドア。ビールや食いかけの菓子にジュースと牛乳。「入るわけねーよな」後ろの沙織を見やる。唇をかむ。全身汗でぐっしょりだ。早く何とかして風呂入りてぇ。何か手があるはずだ。考えろ。考えろ。
―――そして閃いた。俺は沙織の両脇に手を引っ掛けて、風呂場に引きずりこむ。体育座りしか出来ない浴槽。一畳ない程度の洗い場。狭い風呂だ。沙織は浴槽の壁を背もたれ代わりにして頭をもたげている。全身が入らない。俺は無理に沙織の両足を膝から折って、洗い場に収める。
白いワイシャツのボタンをはずした。思わず俺は恨んだ。「こいつ、いいワイシャツ着やがって、金ねーなんて嘘つきやがったな」
無性にムカついてきた。ブラを外して、赤と黒のチェックのスカートについたボタンを二つ外して、下も脱がしていく。「いい体だったよな。Cって言ってたか」
言い知れぬもわもわしたものが胸にこみ上げる。見るたびにあんなに興奮した体なのに、スケベな反応は何もない。全くいきり立たない。その代り、空気より重いガスが地を這うような気持ちが、心の底を這う。人間ではあるが人形に接しているかのように中途半端な妙な違和感を覚える。軽い車酔いを起こしているようだ。
俺は寝転がって、シンクの扉を開けて万能包丁を取り出す。「捨てらんねー、埋めらんねーっていうんなら、食っちまえばいいんだ。幸いゴールデンウィーク前日じゃん。沙織のやつ中日も有給出してるって言ってたし、夢の十連休じゃねーか。これだけあれば食えんだろ。腐る前に」
俺は震えていた。こんなに震えることが出来るのかってくらい震えていた。包丁を落としそうだ。俺は両手で柄をしっかりと握って、へそに刃先を添える。それから胸の方になぞっていって、胸の谷間の直下、みぞおちあたりに刃を押し込む。刺さらない。だが刃を引くとゾワゾワと切れていく。血が出たが溢れ出るというほどはない。紙を折ってその折れ目にハサミを滑らした時のように、ほとんど無抵抗に腹は裂かれていく。
ばっくりと割れた腹の傷をはらわたが押し広げる。血みどろ色に染まったくすんだ赤みのある乳白色交じりの腸。とても人間の中身とは思えなかった。俺は、縦一文字の切れ込みに両手を入れて傷をさらに押し広げ、そのまま腸を左右から鷲掴みにして搔き出した。
最初にバジャ、っと音がした限りで、その後は音を発てずに、とろろがヌメリ滑るように沙織の腰を伝って洗い場に滑り落ちる。「なんだ?」見ると、白くて短い何かがたくさん出てきた。初めはなにか分からなかったが、スパゲッティ―だ。腹を切り開いた時、胃袋も切ったのだろう。夕食に食べたイタリアンのなれの果て。
生肉臭と血のにおいに胃酸のにおいと食べ物のにおいが混じって、生暖かい沙織の魂が浴室に充満している。
不意に胃の中の物が食道を逆流してこみ上げてきた。俺は、浴槽にとっぷして「げぇげぇ」吐き出す。すごい量だった。バケツをひっくり返したように流れ出した。
「はあはあはあ、はぁ…ふぅふふ。ふふふふ」思わず淫猥な声で唸った。「ひひひひひ」血塗られた指であってもお構いなしに、俺は自分の頬を撫でながら沙織をなめるように見渡す。頭の先から足の指先まで。なんてグロテスクなさまだろうか。無性に興奮した。沙織は生きていた。確かにさっきまで生きていた。それがどうだ。美しい見た目とは裏腹に、血みどろの気色の悪いはらわたをさらけ出している。異様な光景だった。
シャワーヘッドをとって、浴槽内のゲロを洗い流す。それから満を持して、試しに右足の内ももを大きくそぎ落とした。想像と違う。予定では赤み肉の塊、よく業務用のスーパーで売られている外国産の牛肉の長細いブロックが姿を現すかと思ったが、白かった。ほぼ脂肪なのだ。肉は白身がかった薄いピンク色で、豚肉に近い。
刺身状に削いで摘まんで頭上に持ち上げ、あーん、と開けた口に落とす。鉄の味がする。不味いと思った。浴槽についた蛇口から少し水を流して、二枚目の刺身を洗う。「牛刺しならぬ、人刺しか、へへへ」食った。淡白な味だ。不味くはないが美味くもない。だが、沙織の肉だと思うと、下劣な興奮が漲る。その下劣さがまたいい。
俺は、右足を切断してやろう、とモモに包丁を入れた。すんなり切れていく。だが中心に当たって切れない。骨だ。少し考えて、股の付け根に新しく包丁を入れた。悪戦苦闘しながらも軟骨を見つけて刃先を入れる。時たま布を裂くような音とぐしゃりずしゃり、という関節を引き裂く音がする。押しつぶされた空気が血の中から湧き出るようなブジュ、という音もする。
「はあはあはあ。俺悟り開いたかもしんねーぞ沙織。破壊本能と性欲本能って同じなのかもしんねー」いい意味で息も絶え絶えだ。俺は、左足も根元から切り落として、右足を沙織の右手側、左足を左手側の浴槽に立てかけた。くびれた腰に手を添えて胴体を引きずり寄せ、今度は右腕を肩から切り落とす。慣れたものだ。もう足二本切り落しているのだからな。
だがうまく切れなかったので、無理やりに腕をねじって、引きちぎる。左手もそうしてやった。「今晩は右足を食うか。スパゲッティ―しか食ってなくて、また腹空いてきたからな。全部吐いちまったし良い運動もしたし。うへへへへ」そう呟きながら、俺は、切り落とした右腕と右足を入れ替えて、膝から上と下に切断した。これもやはりうまく切れなかった。と言うより切り離すまで待てなくて引きちぎった。軟骨が異様な悲鳴をあげる。
「とりあえず分解すれば冷蔵庫に入るな」俺は冷蔵庫の中の物を無造作に掻き出して、下の野菜室のプラスチックケースを引き出す。ついで中央のトレーを二枚とも取った。手足がもがれて運びやすくなった沙織を抱え上げて、冷蔵庫の中に収める。八割開いた白目が気持ち悪い。それがまたゾクゾクした。許せなかったのは、下あごが垂れさがって異様な顔になっていることだった。これには興奮も冷める。ヘキヘキする。最悪だ。
冷蔵庫の奥の壁を背もたれにさせて胴体を中央に据え、左右の胸にかけるようにももを立てかけて、その外側にふくらはぎから下を立てかける。胸の谷間に挟むようにして、手のひらを上に向けた両腕を寄りそわせる。腹が割れてできた生々しい空洞が、沙織の醜さを晒していた。
「頭が邪魔だな」天井に頭がぶつかってうな垂れてしまっている。これではドアが閉まらない。「切り落とすか」思わず、またぐらに供えられた生首を想像した。またゲロがこみ上げてきて、浴槽に急ぐ―――
つづく
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