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鬼胎
異常性愛
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俺は彼女を殺した。
眼下には、フローリングに力なく横たわる沙織。肩に届かないくらいのおかっぱボブが乱れている。欠けた黒曜石の割れた面の如く光る黒髪は変わりなく光っているのに、さっきまであった精気が頬から失せていた。白目をむいて泡交じりの涎を垂らしている。
1Kの自分の部屋で彼女の沙織から別れ話を切り出された俺は、頑なに別れを拒んだ。だが、沙織は「好きな人ができた」と言って、俺の話に訊く耳を持たない。
俺がどんなに沙織を愛しているかを説いていると、沙織の顔がゆがむ。あと少しで押し通せる、と俺は思った。畳みかけろ。別れられないって思い知らせろ。俺は沙織を抱きしめて、「大好きだよ、誰よりも。俺が一番沙織を愛しているんだ。ずっと沙織を離さないよ」と言った。
だが沙織は、俺が意図していなかった答えを返してきた。「浮気したよね。ファンの子だって? MYチューブに載ってたよ」
俺は慌てた。
実は俺は、売れないモデルをしている。高校時代からそこそこ女子人気があったし、学校の男子なんて足元にも及ばないくらい格好良い、と自負していたし、今もそうだ。
2ブロックでショートの無造作ヘア。目は小さめだが二重で切れ長。メイクすれば韓流の男性アイドルみたいな綺麗さだってある。身長は百八十センチ、体重六十八キロ。インボディで調べたら、体脂肪率十パーセント台。ほぼ筋肉。
高三の時に原宿でスカウトされて、小さなモデル事務所に所属したんだ。すぐに売れるって思っていた。事務所が無能なんだ。当然だよ。俺なんだから。
モデル事務所だっていうのに、ドラマのエキストラで歩いているだけだとか、ドーム球場で撮影されたビールのCMで、観客席に座っているだけとかだ。やってらんねー。仕方がないのでコンビニでバイトもしているし、メシやデート代は沙織に出してもらっている。
俺は沙織のことを本当に愛していたし、彼女だって僕のことを愛している。だから、俺が沙織のお金をあてにするのは当然だし、沙織が俺のためにお金も出すのは当たり前だ。
今日レストランで食ったスパゲッティはスープサラダ付で千八百円もしたけど、当然沙織が出した。高二の時から付き合いだして、いつもそうだった。なのになんでだ。帰ってきた早々こんな話だなんて。
当然俺は言った。
「嘘だよそんなの。フェイクニュースだって。俺モデルだぜ、そういうのご法度なんだ。俺のファンが自慢するために、そういう嘘ついたんだよ。
分かってくれよ。ご法度なのに沙織と付き合ってんだぜ。俺の気持ち信じてくれよ。この俺が他の女と付き合うわけないだろ」
沙織は黙ったままスマホの画面を指でいじくる。俺は言い終わって思わず「うげっ」と唸った。画面には、あからさまにラブホのベッドです、と言ったふうのベッドの上で、裸でじゃれ合う俺と栞奈の写真が表示されていた。俺、たいそうなカメラ目線。しかもチチ揉んどる。
「何かの間違いだよ」俺は、無言の沙織に対してはねつける。目が泳ぐってこういうことか。眼球が痙攣したように重く動く。意識的には出来ないほど細かく速く。
「なんの間違え? 自分で撮っておいて」攻撃的な沙織の声。
確かにそうだ。俺が撮った。栞奈のスマホで。「待ち受けにしておけよ」って言ったんだ。栞奈は「うん、大事にする」って返事してた。あの野郎(正確にはアマ)、まさかネットあげやがるなんて信じらんねー。
「これは……これは……」俺は言葉に詰まったが、必死に声を吐き出した。苦し紛れに言う。「お前を愛しているからぁ」「はぁ~?」間髪入れずに沙織が吼える。下から絡め上げるようなガンのくれよう。ヤンキーかお前は。
どう言えばいい? どう言えばいい? 俺は必死に考える。
「本当だよ。仕方なかったんだ。お前が大好きだから仕方なかったんだよ。お前がいけないんだぜ、可愛すぎるから。だから我慢できなかったんだよ。それもこれも沙織を愛している証明さ、分かるだろ?」
「分からないよ。じゃあ何、わたしのことが好きだから浮気するっていうの?」
「そうさ。それだけお前が魅力的だってことだよ。自信を持てよ。そうして俺はお前への愛を新たにするんだ」
うまく〆れたぞ。ここでキスだ。左手をうなじに絡めて、濃厚なやつだ。このまま気持ちよくしてやるぜ。
「最っ低」沙織の言葉が脳髄に響く。「待てよ」俺は、立ち上がった沙織を引きとめて座らせようとする。だが、ブランド物の白い革の手さげをとった彼女は、吐き捨てるように「好きな人が出来たの、さようなら」と言う。そして俺の手を振り払って玄関に向かった。
その後のことは覚えていない。突然に今が展開している。
「……お前がいけないんだぜ」俺は、フローリングに横たわる沙織を見下ろしながら言った。どうすればいい? 思わず首を絞めちまった。どうすればいい? 記憶はないのに首を絞めた感触は鮮明に残っている。
俺は確かに沙織を殺した。たった今この手で。
つづく
眼下には、フローリングに力なく横たわる沙織。肩に届かないくらいのおかっぱボブが乱れている。欠けた黒曜石の割れた面の如く光る黒髪は変わりなく光っているのに、さっきまであった精気が頬から失せていた。白目をむいて泡交じりの涎を垂らしている。
1Kの自分の部屋で彼女の沙織から別れ話を切り出された俺は、頑なに別れを拒んだ。だが、沙織は「好きな人ができた」と言って、俺の話に訊く耳を持たない。
俺がどんなに沙織を愛しているかを説いていると、沙織の顔がゆがむ。あと少しで押し通せる、と俺は思った。畳みかけろ。別れられないって思い知らせろ。俺は沙織を抱きしめて、「大好きだよ、誰よりも。俺が一番沙織を愛しているんだ。ずっと沙織を離さないよ」と言った。
だが沙織は、俺が意図していなかった答えを返してきた。「浮気したよね。ファンの子だって? MYチューブに載ってたよ」
俺は慌てた。
実は俺は、売れないモデルをしている。高校時代からそこそこ女子人気があったし、学校の男子なんて足元にも及ばないくらい格好良い、と自負していたし、今もそうだ。
2ブロックでショートの無造作ヘア。目は小さめだが二重で切れ長。メイクすれば韓流の男性アイドルみたいな綺麗さだってある。身長は百八十センチ、体重六十八キロ。インボディで調べたら、体脂肪率十パーセント台。ほぼ筋肉。
高三の時に原宿でスカウトされて、小さなモデル事務所に所属したんだ。すぐに売れるって思っていた。事務所が無能なんだ。当然だよ。俺なんだから。
モデル事務所だっていうのに、ドラマのエキストラで歩いているだけだとか、ドーム球場で撮影されたビールのCMで、観客席に座っているだけとかだ。やってらんねー。仕方がないのでコンビニでバイトもしているし、メシやデート代は沙織に出してもらっている。
俺は沙織のことを本当に愛していたし、彼女だって僕のことを愛している。だから、俺が沙織のお金をあてにするのは当然だし、沙織が俺のためにお金も出すのは当たり前だ。
今日レストランで食ったスパゲッティはスープサラダ付で千八百円もしたけど、当然沙織が出した。高二の時から付き合いだして、いつもそうだった。なのになんでだ。帰ってきた早々こんな話だなんて。
当然俺は言った。
「嘘だよそんなの。フェイクニュースだって。俺モデルだぜ、そういうのご法度なんだ。俺のファンが自慢するために、そういう嘘ついたんだよ。
分かってくれよ。ご法度なのに沙織と付き合ってんだぜ。俺の気持ち信じてくれよ。この俺が他の女と付き合うわけないだろ」
沙織は黙ったままスマホの画面を指でいじくる。俺は言い終わって思わず「うげっ」と唸った。画面には、あからさまにラブホのベッドです、と言ったふうのベッドの上で、裸でじゃれ合う俺と栞奈の写真が表示されていた。俺、たいそうなカメラ目線。しかもチチ揉んどる。
「何かの間違いだよ」俺は、無言の沙織に対してはねつける。目が泳ぐってこういうことか。眼球が痙攣したように重く動く。意識的には出来ないほど細かく速く。
「なんの間違え? 自分で撮っておいて」攻撃的な沙織の声。
確かにそうだ。俺が撮った。栞奈のスマホで。「待ち受けにしておけよ」って言ったんだ。栞奈は「うん、大事にする」って返事してた。あの野郎(正確にはアマ)、まさかネットあげやがるなんて信じらんねー。
「これは……これは……」俺は言葉に詰まったが、必死に声を吐き出した。苦し紛れに言う。「お前を愛しているからぁ」「はぁ~?」間髪入れずに沙織が吼える。下から絡め上げるようなガンのくれよう。ヤンキーかお前は。
どう言えばいい? どう言えばいい? 俺は必死に考える。
「本当だよ。仕方なかったんだ。お前が大好きだから仕方なかったんだよ。お前がいけないんだぜ、可愛すぎるから。だから我慢できなかったんだよ。それもこれも沙織を愛している証明さ、分かるだろ?」
「分からないよ。じゃあ何、わたしのことが好きだから浮気するっていうの?」
「そうさ。それだけお前が魅力的だってことだよ。自信を持てよ。そうして俺はお前への愛を新たにするんだ」
うまく〆れたぞ。ここでキスだ。左手をうなじに絡めて、濃厚なやつだ。このまま気持ちよくしてやるぜ。
「最っ低」沙織の言葉が脳髄に響く。「待てよ」俺は、立ち上がった沙織を引きとめて座らせようとする。だが、ブランド物の白い革の手さげをとった彼女は、吐き捨てるように「好きな人が出来たの、さようなら」と言う。そして俺の手を振り払って玄関に向かった。
その後のことは覚えていない。突然に今が展開している。
「……お前がいけないんだぜ」俺は、フローリングに横たわる沙織を見下ろしながら言った。どうすればいい? 思わず首を絞めちまった。どうすればいい? 記憶はないのに首を絞めた感触は鮮明に残っている。
俺は確かに沙織を殺した。たった今この手で。
つづく
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