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第五十六話 富と呼べるもの
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カルデに戻ってきた三人、もう日が暮れそうだったので、場所だけ知ろう、とカトワーズの案内で佐藤美穂の家を見に行った。集合住宅住まいであるが、やはり富豪ばかりのカルデに住むだけはある。超高級な大建築(いわゆる億ション)。
そして一度ホテルに戻ってから、レストランに向かうことにした。三人ともドレスアップ。ローゼは袖のない六段ティアードの赤いドレス。エミリアは二列のフリルからなるオフショルダーで水色のアシンメトリーな可愛いドレス。カトワーズはというと――着替えても同じ、いつものお坊ちゃんスーツ。
分かっていたことだけれど、カトワーズのお金談義がさく裂した。大体はローゼと暮らす新婚夫婦の愛の巣の話。カトワーズの上流生活話に出てくるローゼは、子爵レベルのお嬢様。結婚する気さらさらないローゼは、「そう言えば――」とカトワーズの話を遮って話し始めた。
「わたし、普通の家庭出身なんだけど……」
「……‼‼‼⁉」カトワーズ唖然、「貴族じゃないの?」
「うん」
「でも、その剣捌き、並の剣士じゃないよね。本格的なレイピア術だし」
「近所の下級ナイトに習ったの。高校から学校も軍学校に入ったし」
「軍学‼⁉――」言葉に詰まるカトワーズ。「宮廷学校とか貴族学校では?」
「ううん、軍学校」
学校には何種類かある。宮廷・貴族学校(小~大学)は王様が住むお城の敷地の中にあって、通うのも当然王侯貴族だけ。軍学校(高・大)は国営(領主経営)だけれど、平民が入って軍人になる所。卒業すると、最高でナイト(一代子爵)の爵位が貰える。
ちなみに軍学校の学位(称号)はいくつかあって、入学時(高校一年生)に与えられるのはノービス(新参者)、試験に合格する度に、トレイニー(訓練生)、レーナー(学ぶ者)、エグザイミー(卒業試験受験資格者)。卒業試験に合格すると大学に進学。シーカー(探究者)から始まって、ノーマル・デグリー(普通学位)、アドバンスド・デグリー(上級学位)となる。そして、ハイエスト・デグリー(最高学位)を与えられると、年度末に卒業となる。
国によってはノーマル・デグリーから在学中まま兵士として扱われる。卒業すると、大学院に進むか、予備役になるか選択可能。院生にはバチュラー(学士)、予備役にはバトラー(戦闘員)の称号が与えられる。群を抜いて成績が良ければ、フェンサー若しくはファイターの称号が与えられる。
更にローゼのように飛び級するほど優秀であれば、望めば特例として職業軍人(普通は爵位を持つ者のみしかいない)になることもできる。だが実際、卒業と同時に職業軍人として騎士(一代子爵)や騎士見習い(無爵位)になれる者はほとんどいない。
ちなみに、ローゼは剣士を名乗っているが自称である。大抵のフェンサーやファイターはみんな自称。そもそも民間で剣術を教えるのは治安悪化を理由に禁止されているし、軍学校は数が少ない上に入学志願者の身分調査があって試験突破も難しい。
加えて言うと、民間の学校では都市学校と修道院学校がある。だが勉強しか教えていない。
カトワーズは、ローゼの話を信じていない様子。
「でも聞いた話だと、クリオの町で捕まって、顔パスで釈放されたって……」
「うん、知り合いの貴族様(念のため名前は言わない)が口利いてくれて――」
やや間があってカトワーズ、あからさまな冷たい表情に急速変化。「何だよ、奴隷民族かよ」
いねーよ、そんな民族。
「話しかけんな」とローゼを突き放す。体ごと向きを変えたカトワーズ、エミリアとだけ会話を楽しむ。スッゲー態度の変化。これが求婚した相手にすることですか?
「エミリアちゃんは、貴族だもんねー」子供のように言うカトワーズ。
一緒に「ねー」とするエミリア。「でもわたしのお家バロン(一代男爵)なんですよ」
「大丈夫、世襲にしてあげるよ。ヴァイスカウント(世襲子爵)」
「わーい、やったー」
「何盛り上がってんのよ」とローゼが呟く。
「話しかけないでください、偽ボインは」エミリアが突き放す。
何だよそれ、とローゼがつっこむと、エミリアが続ける。
「わたし、カトワーズさんの思想は間違っていると思います」
お、良いこと言うね。
「人類は、貴族と奴隷でなっているんじゃないんです」
ふむふむ、それで?
「普通のお胸の人と、偽ボインでなっているんです」
前言撤回。
「奴隷と言えば偽ボイン。偽ボインと言えば奴隷。ですから、奴隷というのはローゼさん一人です」
「一理ある」と頷くカトワーズ。
微塵もねーよ。
エミリア「だから毟っても良いんですよ」とキツネ目逆“へ”の字口で笑う。
良くないよ。
「いや、一概にそうとも言い切れないよ」カトワーズが言った。「昔どこかの宮廷に仕える役人は、体の一部を切り取られたって言うからね。たしか、奴隷としては一番の出世じゃなかったかな」
はて? とローゼは考えた。
「宦官のこと? それ、宮廷の女官に手ぇ出さないように、男の人が去勢されたんでしょ? 女のわたしは関係ないわ」
「切り取られた部分は財産としての価値もあったみたいだよ。大切に保管されて、死後本人の棺に入れられたって言うからね」
それを聞いて、エミリアが無感情に驚いて言う。
「わー、いつもビンボーなローゼさんにはうってつけ」
話聞けよ。
永眠してる想像のわたしのおでこに何乗っけてんだよ。
「でべそです」とエミリア嘲笑。
胸どこいったんだよ。
「妙に一つ足されてますね」
誰の一部だよ。他の人の一部入れんなよ。あとでべそも他人だよ。
「財産ですから」
死んでるわたしに何使わせる気だよ。
エミリアが冷たくにっこりとほほ笑んで、ローゼを覗き込んだ。
「死んでまでウケ狙いっすか?」
死者に狼藉働くなよ。
「死んでまで傅かえられるなんて幸せさ」とカトワーズがフォロー。
なってねーよ。よく見ると、棺桶にすら入っていない――てか墓穴ですらないな、この穴。
「ベスのおトイレ」とエミリアぽつり。
どこの犬だよ。
「エサ代の足しに」
なに目的で穴掘ったの?
「罠目的です」
ベスどうする気よ⁉
「もちろんですよ」
何がだよ。
「ウケ狙いです」
「確かに! 確かに面白いことになっていますよ。わたしの体」
なんで目の上に胸乗っってんだよ。干からびた細長いやつが“ガビーン!”て感じで飛び出したお目目みたいになってるよ。つーか片方どうしたんだよ。
「お金に縁のない人生でしたから」
葬式代に質入れんなよ。代金かかるような葬儀してないよ。
「せめて埋めて」とローゼがエミリアに頼む。
「もう、もってかれちゃってますよ。いろんな獣に。罠失敗です。浅すぎました」
「分かってんなら、もっと掘ってよ」
よくよく振り返ったら、死んでる想像のわたし若すぎないか?
「はたちですから」
死ぬの今じゃんか
「殺す気満々かよ」ローゼつっこむ。
二人の主従コントにはしゃいで笑うカトワーズ。
バラ色の人生台無し人生に勝手に変えないで。
ローゼはヘキヘキして言った。
「本当エミリア特殊過ぎ、ドロップアウトだよ」
長いことローゼいじりが続くディナーでした。
そして一度ホテルに戻ってから、レストランに向かうことにした。三人ともドレスアップ。ローゼは袖のない六段ティアードの赤いドレス。エミリアは二列のフリルからなるオフショルダーで水色のアシンメトリーな可愛いドレス。カトワーズはというと――着替えても同じ、いつものお坊ちゃんスーツ。
分かっていたことだけれど、カトワーズのお金談義がさく裂した。大体はローゼと暮らす新婚夫婦の愛の巣の話。カトワーズの上流生活話に出てくるローゼは、子爵レベルのお嬢様。結婚する気さらさらないローゼは、「そう言えば――」とカトワーズの話を遮って話し始めた。
「わたし、普通の家庭出身なんだけど……」
「……‼‼‼⁉」カトワーズ唖然、「貴族じゃないの?」
「うん」
「でも、その剣捌き、並の剣士じゃないよね。本格的なレイピア術だし」
「近所の下級ナイトに習ったの。高校から学校も軍学校に入ったし」
「軍学‼⁉――」言葉に詰まるカトワーズ。「宮廷学校とか貴族学校では?」
「ううん、軍学校」
学校には何種類かある。宮廷・貴族学校(小~大学)は王様が住むお城の敷地の中にあって、通うのも当然王侯貴族だけ。軍学校(高・大)は国営(領主経営)だけれど、平民が入って軍人になる所。卒業すると、最高でナイト(一代子爵)の爵位が貰える。
ちなみに軍学校の学位(称号)はいくつかあって、入学時(高校一年生)に与えられるのはノービス(新参者)、試験に合格する度に、トレイニー(訓練生)、レーナー(学ぶ者)、エグザイミー(卒業試験受験資格者)。卒業試験に合格すると大学に進学。シーカー(探究者)から始まって、ノーマル・デグリー(普通学位)、アドバンスド・デグリー(上級学位)となる。そして、ハイエスト・デグリー(最高学位)を与えられると、年度末に卒業となる。
国によってはノーマル・デグリーから在学中まま兵士として扱われる。卒業すると、大学院に進むか、予備役になるか選択可能。院生にはバチュラー(学士)、予備役にはバトラー(戦闘員)の称号が与えられる。群を抜いて成績が良ければ、フェンサー若しくはファイターの称号が与えられる。
更にローゼのように飛び級するほど優秀であれば、望めば特例として職業軍人(普通は爵位を持つ者のみしかいない)になることもできる。だが実際、卒業と同時に職業軍人として騎士(一代子爵)や騎士見習い(無爵位)になれる者はほとんどいない。
ちなみに、ローゼは剣士を名乗っているが自称である。大抵のフェンサーやファイターはみんな自称。そもそも民間で剣術を教えるのは治安悪化を理由に禁止されているし、軍学校は数が少ない上に入学志願者の身分調査があって試験突破も難しい。
加えて言うと、民間の学校では都市学校と修道院学校がある。だが勉強しか教えていない。
カトワーズは、ローゼの話を信じていない様子。
「でも聞いた話だと、クリオの町で捕まって、顔パスで釈放されたって……」
「うん、知り合いの貴族様(念のため名前は言わない)が口利いてくれて――」
やや間があってカトワーズ、あからさまな冷たい表情に急速変化。「何だよ、奴隷民族かよ」
いねーよ、そんな民族。
「話しかけんな」とローゼを突き放す。体ごと向きを変えたカトワーズ、エミリアとだけ会話を楽しむ。スッゲー態度の変化。これが求婚した相手にすることですか?
「エミリアちゃんは、貴族だもんねー」子供のように言うカトワーズ。
一緒に「ねー」とするエミリア。「でもわたしのお家バロン(一代男爵)なんですよ」
「大丈夫、世襲にしてあげるよ。ヴァイスカウント(世襲子爵)」
「わーい、やったー」
「何盛り上がってんのよ」とローゼが呟く。
「話しかけないでください、偽ボインは」エミリアが突き放す。
何だよそれ、とローゼがつっこむと、エミリアが続ける。
「わたし、カトワーズさんの思想は間違っていると思います」
お、良いこと言うね。
「人類は、貴族と奴隷でなっているんじゃないんです」
ふむふむ、それで?
「普通のお胸の人と、偽ボインでなっているんです」
前言撤回。
「奴隷と言えば偽ボイン。偽ボインと言えば奴隷。ですから、奴隷というのはローゼさん一人です」
「一理ある」と頷くカトワーズ。
微塵もねーよ。
エミリア「だから毟っても良いんですよ」とキツネ目逆“へ”の字口で笑う。
良くないよ。
「いや、一概にそうとも言い切れないよ」カトワーズが言った。「昔どこかの宮廷に仕える役人は、体の一部を切り取られたって言うからね。たしか、奴隷としては一番の出世じゃなかったかな」
はて? とローゼは考えた。
「宦官のこと? それ、宮廷の女官に手ぇ出さないように、男の人が去勢されたんでしょ? 女のわたしは関係ないわ」
「切り取られた部分は財産としての価値もあったみたいだよ。大切に保管されて、死後本人の棺に入れられたって言うからね」
それを聞いて、エミリアが無感情に驚いて言う。
「わー、いつもビンボーなローゼさんにはうってつけ」
話聞けよ。
永眠してる想像のわたしのおでこに何乗っけてんだよ。
「でべそです」とエミリア嘲笑。
胸どこいったんだよ。
「妙に一つ足されてますね」
誰の一部だよ。他の人の一部入れんなよ。あとでべそも他人だよ。
「財産ですから」
死んでるわたしに何使わせる気だよ。
エミリアが冷たくにっこりとほほ笑んで、ローゼを覗き込んだ。
「死んでまでウケ狙いっすか?」
死者に狼藉働くなよ。
「死んでまで傅かえられるなんて幸せさ」とカトワーズがフォロー。
なってねーよ。よく見ると、棺桶にすら入っていない――てか墓穴ですらないな、この穴。
「ベスのおトイレ」とエミリアぽつり。
どこの犬だよ。
「エサ代の足しに」
なに目的で穴掘ったの?
「罠目的です」
ベスどうする気よ⁉
「もちろんですよ」
何がだよ。
「ウケ狙いです」
「確かに! 確かに面白いことになっていますよ。わたしの体」
なんで目の上に胸乗っってんだよ。干からびた細長いやつが“ガビーン!”て感じで飛び出したお目目みたいになってるよ。つーか片方どうしたんだよ。
「お金に縁のない人生でしたから」
葬式代に質入れんなよ。代金かかるような葬儀してないよ。
「せめて埋めて」とローゼがエミリアに頼む。
「もう、もってかれちゃってますよ。いろんな獣に。罠失敗です。浅すぎました」
「分かってんなら、もっと掘ってよ」
よくよく振り返ったら、死んでる想像のわたし若すぎないか?
「はたちですから」
死ぬの今じゃんか
「殺す気満々かよ」ローゼつっこむ。
二人の主従コントにはしゃいで笑うカトワーズ。
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