DEVIL FANGS

緒方宗谷

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第九十六話 愛憎が生んだ悪魔のなれの果て

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 夜はまだ始まったばかり。
 「あ、そうだ」と切り株に座っていたローゼ、アリアスに埋めるのを手伝わせながら、バニーばばあに言った。
 「めっちゃ聞き流したけれど、フランチェスカって呼ばれてた? 苗字なんていうの?」
 「フランチェスカ・バベンコだよ」
 ドンピシャで大当たり。牙の一人にリーチをかけた。
 「ほぉう」と不気味な笑みを浮かべる“バニーばばあ”。
 「フランチェスカじゃないんですか?」とエミリアが疑問を持つが、もうバニーばばあで良いでしょ? なんかもう、命名やっつけ仕事。いや本気、緒方本気、まじ本気。
 「あ、そうか、フランチェスカ・バベンコと異名を持つ、本名“バニーばばあ”か」とローゼに言われて、バニーばばあが呆れて返す。
 「脳みそないじゃろ? んな名前のヤツいるわけないよ。なっかい頭のやつじゃないんだから。おむつで出歩くボケ老人と一緒にしてくださんなよ」
 ツッコミなげーよ。
 「なっがい頭にかかってるのよ」とバニーばばあが教えてくれた。
 「胸も長いでしょ」ローゼがつっこむと、エミリアがちゃちゃを入れる。
 「ローゼさんの将来みたいですね」
 「馬鹿者」と激昂するバニーばばあ。「これはたれているんじゃないよ。下向いているだけなのよ」
 どう違うんだよ。
 言い終わるとバニーばばあ、鼻を抓んで力みだした。ぷく~、と膨らむなっがいおっぱい。
 「ロケットタイプじゃ」
 思わず「すごーい」と驚嘆して拍手するエミリア。
 「あの赤毛の子も膨らませているのよ」と、鬼の首を取ったようなにバニーばばあが言う。
 「なるほどー」
 本気にすんなよ。そろそろ本題に戻そうぜ。
 「そうだね」と同意するバニーばばあ。
 エミリアも真顔で同意して「もうバニーばばあが本名で良いんじゃないですか?」
 本題それ?
 「やだね」とバニーばばあ。「そんなエレガントな名前じゃありませんよ」
 嫌がっているんじゃなくて謙遜してるの?
 「あたしを追って来たって言うのかい」
 突然戻んなよ。
 「なんぢゃわがままな。それでー――通商手形かなんか知らないけれどね、あたしを好いてくださる殿方からの貢物は多いよ」
 そう言いながら、死んだお客が身につけていた金目のものを手に掲げて見せつける。
 何も言えない。ローゼは口をイーとしてやった。
 値踏みし終えた金品をまたぐらのしわに収めながら、バニーばばあがローゼに言う。
 「お前さん方、食事代を踏み倒したいくらい不満足だって言うなら、こっちのサービスはどうだい?」
 水代わりのウォッカをグビグビ飲みながらそう言うバニーばばあは、飲み干した後に口をモゴモゴさせながら頬の内側に唾液を溜めだす。唇から溢れた唾液には相当な粘度があるようだ。いつまで経っても地に落ちない。
 「―――それでサービスってなんですか?」とエミリアが訊く。
 「がぼがぼがぼ」
 そりゃ、口の中唾でいっぱいなんだから喋れないよね。でも何? 地面に溢れて落ちた唾液は塊になって蠢いている。
 「スライム?」身構えたローゼは、咄嗟に指示を飛ばす。「エミリア、火のつくお酒持って来て」
 「はいっ」
 スライムは菌類なので、酢や塩など殺菌効果のある物に弱い。中でも火がつくお酒なんてもってこいだ。
 傀儡? 邪霊使い? 口の中でスライム飼えるなんて尋常じゃない。
 「多くの男があたしの上を通り過ぎていったよ」と語り出すバニーばばあ。
 「体を委ねた男たちは、みんな歯槽膿漏がひどくてね。多くの歯周病菌があたしの体に移されたんだ」
 言ってること相当悲惨だけれど、実際悲惨なの男の方じゃね? 垂れた胸で生気搾られてるよ。しわに滴る体液(血など)が見る見るうちに吸い取られている。
 これ活字だから分かんないけど、回想に入った時、なんかドラキュラ城みたいな城が映って右上に“五十年前――”って書いてあった。五十年前もバニーばばあじゃん。いったいあんたいくつだよ。
 「百二十八歳じゃ。どうじゃ若いじゃろ?」
 「ごめん。見た目通り」
 「美容と健康の秘訣は、ずばり“男”じゃ。恋の多さ」
 話聞けよ。
 「でも、歯槽膿漏相手は悲惨ですよ」と、アリアスがバニーばばあをフォローするが、
 「自分チョイスだよ」と返すバニーばばあ。
 勇気の選択だな。
 そして思い出つづるバニーばばあ。
 「あたしはね、もともとさる小国の王妃じゃったのよ」
 湖畔に佇む白亜のお城。屋根ブルー。女子憧れのお城そのまんま。ローゼも一度は住んでみたい。
 「だけれども悪い大臣に国を取られてね。夫である国王は殺され、命からがら逃げたんだよ。そりゃもう悲惨な末路だったよ」 
 それは同情する。でもそれ歯槽膿漏関係なし。
 「あたしは亡き夫の復讐を誓ったんだ。恐怖のスライム軍団を作って、国を国民ごと滅ぼしてやろうってね」
 スライム最弱よ? 古今東西最弱よ? しれっと国民巻き込むなよ。
 「ああっ、あああ~」とアリアスが叫んだ。
 見ると、掘った穴の中で溺れている。穴の湿気に誘われて集まったスライムの池に沈んでいく。
 「まずいわ」とローゼが駆け寄る。いくら最弱邪霊獣と言っても、人間を消化できるだけの力はある。
 「き――」と発せられたアリアスの言葉を受けて、ローゼも「き?」と発した。
 「気持ちいい~」
 なんだよそれ。
 「いい湯だなぁ」
 唖然とするローゼに、バニーばばあが言った。
 「何を勘違いしとるんじゃ。人を殺せるスライムじゃないよー」
 それもそうか。口の中で飼われているくらいだから。もし殺人スライムならバニーばばあが溶けてるか。
 「歯は溶けたけどね、歯茎の骨ごとね」ブヨブヨ歯茎で、すこぶるにっこりバニーばばあ。
 入れ歯しろよ。口元凄いよ。
 すると、バニーばばあが答えて言う。
 「ぷにょぷにょの歯肉が良いんよ。これに殿方たちはもうメロメロよー」
 葉巻に火をつけると同時に根元まで灰に変えるほど、一気に息を吸い込む。耳鼻から煙を上げながらニンマリとした。
 お酒の陶器ボトルや木製ボトルを抱えて戻ってきたエミリアからそれらを受け取ったバニーばばあは、おもむろにラッパ飲み。「ぐちゅぐちゅぐちゅ」とうがいを始める。
 何敵に手の内渡してんだよ。もうスライム焼けないじゃんか。
 そうか、常に高アルコールのお酒を飲んでいるから、口からスライムが溢れないのか。スライムは繁殖力が旺盛で、水と栄養がありさえすれば、いつまでも増えていくらしい。一説によると、条件さえそろえば一晩で小砦くらいいっぱいになる、という。
 バニーばばあがいきなり火を噴いた。正確には口から噴射した酒の霧に葉巻の火をつけただけなのだが、それでもそれなりに威力がある。正規のファイヤーよりも小ぶりなジュゴ奈のファイアーよりもっと小ぶりであるが、ローゼたちは驚いて「あちあちあち~」と逃げまどう。
 「ローゼさん逃げないでわたしたちの盾になってくださいよ」と、エミリア暴言。
 なるかあほう!
 エミリアたちは勘違いしている。ローゼの装備は法術で発生した炎への耐性はあるが、普通の火への耐性は無い。それに、法術の火に対しても“火”そのものを遮断しているわけではないのだ。
 遮断しているのは、火の燃料となっている力(霊力、神力、魔力)だけ。“火”そのものは普通に体まで届いてしまう(燃料の量次第では瞬時に消火されるので、火は体まで届かない)。だから、燃焼の源がお酒なら遮断できずにローゼまで届いてしまう。
 「なら、この僕が盾となろう」とアリアスが前に出た。
 あんた裸で何言ってんだよ。
 「いや、僕は裸ではない。見よ、このドラゴンクロスを!」
 ペニケースだけじゃんよ。
 「あちちちちちー」焼身火だるま大炎上。
 言わんこっちゃない。
 「でもさすがだね」とバニーばばあ。「殿方の男たる部分は、無傷のようだねぇ」
 そう言って、闇夜の中でアリアスに襲い掛かった。
 「うわっ」とよろけたアリアスのとんがりパンツの先をバニーばばあの舌がかすめなめて過ぎていく。
 「危なかった」と安堵するアリアス。
 いや、ツノの先溶けてるよ。みるみる間にツノが溶けていく。人間溶けないってほんとですか? アリアスの全貌が姿を現す。いや、全裸になっただけだけどね。
 「うほっ」と歓喜するバニーばばあ。「なかなかの誉れ」と言って頬を朱に染める。
 「アリアス、こっち向くなよ」とローゼが念押し。その後ろでエミリアが言う。
 「ローゼさん、よく見てください。ツノぱんつの根元残ってますよ」
 何で分かるんだよ。見えてないのに何で分かるんだよ。 
 「音の反響で分かるんです」
 そう言ったエミリア、「コッ、コッ」と舌打ちして発したクリック音で、辺りを探る。
 反響定位? どんな耳してんだよ。
 「冗談ですよ」
 冗談なのかよ。びっくりして損したよ。当てずっぽでほんとに当てんなよ。
 「いい目の保養だねー。あと百年は生きれるよ」と、バニーばばあがまじまじと堪能。
 前から後ろからボケ倒すなよ。突っ込み忙しすぎだから。まあ、今の時点で人じゃないもんね。だからツノ溶かす唾液の威力、別に驚かない。
 
 これだけやっても夜はまだ始まったばかり。

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