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第百話 降魔戦争勃発⁉ 魔王も恐れる魔人現る
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うさぎっ子クラブの裏に館があった。樹海の手前には不釣り合いの大きなお屋敷。木造だが三階建てで、室内の壁は下三分の一にオークが貼られ、それより上は漆喰で塗られている。
「急ごしらいだけれど許してね」振り向くクリスティーナ「来年には古典主義の綺麗なお家を立てる予定だから」
お家どころの青絵図じゃないよ。独立円柱が並んだ総石造りの豪邸じゃんか。もうほとんど小ぶりの城だよ。
「まあ、僕のトイレよりは小さいよね」とカトワーズが自慢する。
それを聞いてクリスティーナ、
「あら素敵、今度お邪魔してみたいものですわ」と宛然とした冷笑を浮かべて言った。
大食堂に通されて席についたローゼは、出された夜食にギョッとした。
まず目の前に置かれた瓶には“メントラインりんご園 焼りんごワイン”と書いてある。
(なぜこの焼りんごワインがここに?)
ローゼは動揺した。それもそのはず。焼りんごワインはローゼの母国ミッドエル王国の特産品で、しかもメントラインりんご園は、ローゼの親戚がやっているリンゴ園なのだ。
(親戚のだって知っているの?)ローゼは動揺を悟られまいとして、無表情を装いながら言った。
「これ、母国のお酒ね。こんなところで出会えるなんて、なんて運が良いのかしら」
すると、クリスティーナが喜んで手を合わせた。
「本当? すごい偶然ね。たまたま知り合いがくれたの」
バニーばばあによってグラスに注がれる焼りんごワインの色は、蜜たっぷりのりんごのように黄金めいた艶やかさを湛えていて、飲むと奥深い甘みが口いっぱいに広がる。シナモンによって引き出されたキャラメル並みの濃厚な焼リンゴ独特の甘さは、ほとんど酸味を感じさせない。多少ある酸味も葡萄酒のような酸味ではなく、ハーブジュースのような淡い酸味。後味としても残るその酸味は、とても優しく仄かに舌を撫でる。
残念ながら、エミリアはおあずけ。代わりにブルーベリーのジャムで作ったジュースが振る舞われた。
クリスティーナは、グラスに注がれた焼りんごワインを透かした向こうのローゼを見て宛然とほほ笑む。
「お友だちが誕生日だから、プレゼント何にしようって言ったら、これを薦められたのよ」
苦笑いをするローゼ、頬が引きつる。その様子を見て一瞬冷笑するクリスティーナ。
焼りんごワインの瓶に書かれた紀年はローゼの誕生年だ。ローゼのおでこにあぶら汗が滲んでくる。
(どうやって知ったんだ? 間違いない。この女、わたしのことを調べてる)
苦しい。胸がきゅうっと締め付けられて、少し吐気がする。カタカタと音を立てて足が震えていた。
その横で、頭に熱を帯びてショート寸前のエミリアが、息も絶え絶え目を泳がせていた。
(あの箱、わたしが食べたお菓子の箱とおんなじだ。よくあるお菓子の木箱だけど、わたしが捨てたのと同じ……。間違いないよ、ヒゲもじゃおじさんの絵についた傷が同じだもん。……なんで?)
ふいにクリスティーナが箱を手に取る。それを目で追うエミリアを見やりもせずに、少し間をおいて注目を集めてから、「あら?」と声を発した。みんなとの距離を考えると、少し大きめの声で違和感がある。だれに言うわけでもなく続けた。
「わたしのお菓子、もう空なの? おかしいわね、誰か食べたのかしら?」
それを聞いてドキッとするエミリア。自分に言っているように思えた。
(間違いない。知っているんだ。わたしが、ローゼさんが温泉で買ったお菓子をこっそり食べて、箱を森に捨てたこと……)
さらにクリスティーナが続ける。
「フランチェスカ、これ森に捨てておいて」
「ひょひょひょひょひょ、はい、もとの場所に」
もとの場所に? 意味深な言い方だが、ローゼは気がつけない。
ローゼ、エミリアの横で、酸欠で蒼くなったカトワーズが心臓を抑えて必死に生きようとしている。脈拍がおかしい。心臓は痙攣し、鼓動のリズムが乱れて、止まったり早く連拍したりしている。握りつぶされるような心臓の痛みを堪えていた。
ローゼたちの動揺を感じ取ったカトワーズは、二人の動転ぶりを見て明らかにクリスティーナから精神攻撃を受けている、と察した。二人を助けようと手始めにテレパシーでクリスティーナの心を探ったが最後、一瞬にして死の淵に追いやられたのだ。
テレパシーは、世間一般で言われているような人の心が読める術ではではない。喜怒哀楽や微妙な揺らぎを感じ取る程度しか出来ない。にもかかわらずカトワーズに伝わってきたのは、怨念。憎悪。この世のものとは思えない呪いの言葉だった。いや、言葉と言っていいのだろうか。息継ぎもなく延々と続く奇声。
(悪魔? 悪魔すら呪い殺せるほどのどす黒い瘴気を帯びた“なにか”だ)
カトワーズは悟った。
(この女、人間じゃない。人の皮をかぶった化け物だ。僕は知ってはいけない何かを知ってしまいそうになっているんだ)
カトワーズは怖くて顔をあげることが出来なかったが、クリスティーナの方がカトワーズの顔を覗き込む。カトワーズが目をあげると、視線がクリスティーナと合った。その瞬間。凍るような瞳のままクリスティーナが貴やかに微笑んだ。
カトワーズは、心底慌てふためいた。テレパシーを解こうにも解けない。解かしてくれないのだ。そんなことって出来るのだろうか。心に響く呪怨のボリュームが上がる。呼吸困難で死んでしまいそうだ。逆ハック? テレパシー対策のシークレットも効き目無し。
(覗かれてる? こっちがクリスティーナに覗かれてる?)
口から入ってきた見えない二本の手によって、臓物をかき混ぜられているようだ。
三人とも並んで黙って震えている。さっきまでの“お夜食が食べられる”、といった楽しい気持ちとはうって変わって、地獄の時間が流れていた。
一人吊るされっぱなし(ばばあの胸どこまで伸びるの? というところはさておき)のエルザからの動揺がここまで伝わってくる。
放置された直後から少し動揺している様子だったが、なぜかは分からない。しかしただ一人だけ気がついている男がいた。カトワーズだ。
カトワーズが察したところによると、エルザは、クリスティーナが着るドレスの胴衣のお腹のデザインにショックを受けたらしい。よく見ると何かのエンブレム。サノス家のものではないし、ブラウン家のものでもない。何だろう、なんか変だ、とカトワーズはしばらく考えて気がついた。綺麗に編まれた紐を使ったコード刺繍で、エンブレムが二つに割れているデザイン。
そういえば、四列斜め十字で背中を絞める幅広の紐の一番下で縛られたリボンの中心を飾っているのは、短剣のキヨン。宝石が埋め込まれた金製で、胴衣のデザイン(エンブレム)と一緒。でも何でキヨン? そうなっている理由は分からなかった。ただ、ワナワナと震えるエルザから、昔からあった何かに向けられた復讐心が萎えていくのだけは分かった。
「急ごしらいだけれど許してね」振り向くクリスティーナ「来年には古典主義の綺麗なお家を立てる予定だから」
お家どころの青絵図じゃないよ。独立円柱が並んだ総石造りの豪邸じゃんか。もうほとんど小ぶりの城だよ。
「まあ、僕のトイレよりは小さいよね」とカトワーズが自慢する。
それを聞いてクリスティーナ、
「あら素敵、今度お邪魔してみたいものですわ」と宛然とした冷笑を浮かべて言った。
大食堂に通されて席についたローゼは、出された夜食にギョッとした。
まず目の前に置かれた瓶には“メントラインりんご園 焼りんごワイン”と書いてある。
(なぜこの焼りんごワインがここに?)
ローゼは動揺した。それもそのはず。焼りんごワインはローゼの母国ミッドエル王国の特産品で、しかもメントラインりんご園は、ローゼの親戚がやっているリンゴ園なのだ。
(親戚のだって知っているの?)ローゼは動揺を悟られまいとして、無表情を装いながら言った。
「これ、母国のお酒ね。こんなところで出会えるなんて、なんて運が良いのかしら」
すると、クリスティーナが喜んで手を合わせた。
「本当? すごい偶然ね。たまたま知り合いがくれたの」
バニーばばあによってグラスに注がれる焼りんごワインの色は、蜜たっぷりのりんごのように黄金めいた艶やかさを湛えていて、飲むと奥深い甘みが口いっぱいに広がる。シナモンによって引き出されたキャラメル並みの濃厚な焼リンゴ独特の甘さは、ほとんど酸味を感じさせない。多少ある酸味も葡萄酒のような酸味ではなく、ハーブジュースのような淡い酸味。後味としても残るその酸味は、とても優しく仄かに舌を撫でる。
残念ながら、エミリアはおあずけ。代わりにブルーベリーのジャムで作ったジュースが振る舞われた。
クリスティーナは、グラスに注がれた焼りんごワインを透かした向こうのローゼを見て宛然とほほ笑む。
「お友だちが誕生日だから、プレゼント何にしようって言ったら、これを薦められたのよ」
苦笑いをするローゼ、頬が引きつる。その様子を見て一瞬冷笑するクリスティーナ。
焼りんごワインの瓶に書かれた紀年はローゼの誕生年だ。ローゼのおでこにあぶら汗が滲んでくる。
(どうやって知ったんだ? 間違いない。この女、わたしのことを調べてる)
苦しい。胸がきゅうっと締め付けられて、少し吐気がする。カタカタと音を立てて足が震えていた。
その横で、頭に熱を帯びてショート寸前のエミリアが、息も絶え絶え目を泳がせていた。
(あの箱、わたしが食べたお菓子の箱とおんなじだ。よくあるお菓子の木箱だけど、わたしが捨てたのと同じ……。間違いないよ、ヒゲもじゃおじさんの絵についた傷が同じだもん。……なんで?)
ふいにクリスティーナが箱を手に取る。それを目で追うエミリアを見やりもせずに、少し間をおいて注目を集めてから、「あら?」と声を発した。みんなとの距離を考えると、少し大きめの声で違和感がある。だれに言うわけでもなく続けた。
「わたしのお菓子、もう空なの? おかしいわね、誰か食べたのかしら?」
それを聞いてドキッとするエミリア。自分に言っているように思えた。
(間違いない。知っているんだ。わたしが、ローゼさんが温泉で買ったお菓子をこっそり食べて、箱を森に捨てたこと……)
さらにクリスティーナが続ける。
「フランチェスカ、これ森に捨てておいて」
「ひょひょひょひょひょ、はい、もとの場所に」
もとの場所に? 意味深な言い方だが、ローゼは気がつけない。
ローゼ、エミリアの横で、酸欠で蒼くなったカトワーズが心臓を抑えて必死に生きようとしている。脈拍がおかしい。心臓は痙攣し、鼓動のリズムが乱れて、止まったり早く連拍したりしている。握りつぶされるような心臓の痛みを堪えていた。
ローゼたちの動揺を感じ取ったカトワーズは、二人の動転ぶりを見て明らかにクリスティーナから精神攻撃を受けている、と察した。二人を助けようと手始めにテレパシーでクリスティーナの心を探ったが最後、一瞬にして死の淵に追いやられたのだ。
テレパシーは、世間一般で言われているような人の心が読める術ではではない。喜怒哀楽や微妙な揺らぎを感じ取る程度しか出来ない。にもかかわらずカトワーズに伝わってきたのは、怨念。憎悪。この世のものとは思えない呪いの言葉だった。いや、言葉と言っていいのだろうか。息継ぎもなく延々と続く奇声。
(悪魔? 悪魔すら呪い殺せるほどのどす黒い瘴気を帯びた“なにか”だ)
カトワーズは悟った。
(この女、人間じゃない。人の皮をかぶった化け物だ。僕は知ってはいけない何かを知ってしまいそうになっているんだ)
カトワーズは怖くて顔をあげることが出来なかったが、クリスティーナの方がカトワーズの顔を覗き込む。カトワーズが目をあげると、視線がクリスティーナと合った。その瞬間。凍るような瞳のままクリスティーナが貴やかに微笑んだ。
カトワーズは、心底慌てふためいた。テレパシーを解こうにも解けない。解かしてくれないのだ。そんなことって出来るのだろうか。心に響く呪怨のボリュームが上がる。呼吸困難で死んでしまいそうだ。逆ハック? テレパシー対策のシークレットも効き目無し。
(覗かれてる? こっちがクリスティーナに覗かれてる?)
口から入ってきた見えない二本の手によって、臓物をかき混ぜられているようだ。
三人とも並んで黙って震えている。さっきまでの“お夜食が食べられる”、といった楽しい気持ちとはうって変わって、地獄の時間が流れていた。
一人吊るされっぱなし(ばばあの胸どこまで伸びるの? というところはさておき)のエルザからの動揺がここまで伝わってくる。
放置された直後から少し動揺している様子だったが、なぜかは分からない。しかしただ一人だけ気がついている男がいた。カトワーズだ。
カトワーズが察したところによると、エルザは、クリスティーナが着るドレスの胴衣のお腹のデザインにショックを受けたらしい。よく見ると何かのエンブレム。サノス家のものではないし、ブラウン家のものでもない。何だろう、なんか変だ、とカトワーズはしばらく考えて気がついた。綺麗に編まれた紐を使ったコード刺繍で、エンブレムが二つに割れているデザイン。
そういえば、四列斜め十字で背中を絞める幅広の紐の一番下で縛られたリボンの中心を飾っているのは、短剣のキヨン。宝石が埋め込まれた金製で、胴衣のデザイン(エンブレム)と一緒。でも何でキヨン? そうなっている理由は分からなかった。ただ、ワナワナと震えるエルザから、昔からあった何かに向けられた復讐心が萎えていくのだけは分かった。
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