「あはれの彼方」覚書

宮島永劫

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雷様のわらべ歌

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<雷様のわらべ歌に関して>
 ミステリー・冒険譚には怖い文言が必須なのですが、それが歌や詩の中に入っていれば読者の好奇心を掻き立てる効果が大きいと思っています。
 本書で冒頭に『雷様のわらべ歌』を持ってきたのは『指輪物語』(J・R・R・トールキン)の影響が大きいです。

  三つの指輪は、空の下なるエルフの王に、
   七つの指輪は、岩の館のドワーフの君に、

 最初のページにこの詩があって、なんとかっこいいのだろうと思いました。このあとに『死すべき運命』『冥王』の文言が出てきますが、これらは日常で使用しないので、すぅーっと異次元へといざなってくれました。
 名探偵・金田一耕助の『悪魔の手毬歌』(横溝正史)はおにこべむらに伝わる手毬唄になぞらえて殺人が行われます。この手毬唄は残酷な文言は見当たりませんが、歌詞の一つ『返えされた』が『殺された』を意味しています。このような単純な言葉は残酷さが増すように思われます。その他に『陣屋の殿様 狩好き酒好き女好き』という歌詞があるのですが、これは『あはれの彼方』の山田藩の殿の設定に関わっています。お笑い時代劇バラエティ番組『志村けんのバカ殿様』はさらに殿のイメージを膨らませてくれました。日本史で覚えなければならない重要人物はなんだか難しい人のように思えます。それは日本史が事件と関わることしか載せていないからでしょう。しかし、日本史にちっとも出てこない片田舎では『女性大好き』『楽しいこと大好き』『みんな大好き』と笑い、歌いながらご機嫌に生きている殿様がいてもいいんじゃないか、と思ったのです。そんな楽しい殿が治める小さな藩で事件が起きたとき、殿を悲しませないよう家臣が誤魔化そうと企んだら面白いのではないかと思ったのです。
 英語圏の童謡『マザー・グース』を用いた作品は多いのですが、最も私が感銘を受けたは『ポーの一族』(萩尾望都)の『小鳥の巣』です。窓際で『誰が殺したクック・ロビン』を歌う美しいエドガーにはゾクゾクしました。謎解きが始まるにはもってこいの歌詞です。同じ歌詞なのですが『パタリロ!』(摩耶峰央)のクックロビン音頭を聞いたときには頭が割れるほど驚きました。尊敬する作品、愛して止まない作品はどうしても自分の作品に取り込みたくなる、広めたくなってしまうのが作家のさがなのでしょう。『パタリロ!』の家臣の集団・タマネギ部隊がイケメン揃いというのも中島、宮本の設定に影響しています。
 全世界で5500万部を超える世界的なベストセラー『薔薇の名前』(ウンベルト・エーコ)は、一連の殺人が『ヨハネの黙示録』の天使が吹く七つの喇叭らっぱにより引き起こされる天変地異に対応しており、怖い文言で溢れています。第一の喇叭がひょう、第二の喇叭が血の海、第三の喇叭が水、と見立て殺人が続きます。名作なのですが挫折本として名高いので、最初はショーン・コネリー主演の映画から取っ付くのがいいのではないかと思っています。私も映画から入りました。修道士の服はコスプレと言いましょうか、なかなか萌えます。ショーン・コネリーとクリスチャン・スレーターが素敵です。舞台の修道院もおどろおどろしくて良いです。
 上記の名作の影響を受けて、『あはれの彼方』では、霊山雷山におわす雷様が『嘘を付くもの』『欲深きもの』『盗み取るもの』『あさましきもの』に制裁を加えるというわらべ歌を作りました。

<地図に関して>
『指輪物語』の前日譚である『ホビットの冒険』(J・R・R・トールキン)の地図がお気に入りでした。『霧ふり山連山』『やみの森山』はなんとなく怖いイメージを持ちましたし、蜘蛛の巣、竜など好奇心をくすぐるアイテムがてんこ盛りでした。『悪魔の手毬唄』の鬼首村の地図には『人食沼』『鬼首川』『仙人川』『六道の辻』との記載があります。暗い過去があることを思わせる絶妙のネーミングと言えましょう。そこで、私は山田藩という江戸時代中期、幕藩体制下の弱小藩を設定しているときに地図で意味深な漢字を使いたいと思いました。その山田藩ですが、
 戦国時代をなんとか切り抜けた
 情け深い人が多い
 厳しい環境ゆえ小さな子、弱きものが命を落とすという悲しみをたくさん経験してきた
という設定にしています。そこで河川、湖には涙を想像しやすい液体に関する語を用いることにしました。探すのに使ったのは新漢和大字典で、部首『さんずい』をすべて見て選びました。読み方ですが以下のように決めています。
 『泡川』は『うたかたかわ』 
 『浄川』は『きよめかわ』
 『済川』は『わたすかわ』
 『涙川』は『なみだかわ』
 『泪湖』は『なみだこ』
 『滴湖』は『しずくこ』
 三つの川『泡川』『浄川』『済川』としたのは雷山の周囲の山に繫がっているからで、これらは古典や仏教から引用しました。
『うたかた』を用いたのは『方丈記』(鴨長明)の冒頭によります。

 ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず
 よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとゞまりたる例なし

 高校時代、意味を考えず丸暗記したこの文がまさか役に立つとは思ってもみませんでした。十代の私には古典全般が理解し難く、というよりは全く分かりませんでした。しかし、一度は触れたことがある、ということが大切なんだと今になってしみじみ思います。
 『浄』は『浄土』からの引用で、『浄土』とは仏・菩薩が住する浄化された国
 『済』は『済度』からの引用で、『済度』とは仏・菩薩が衆生を救済すること
と、広辞苑で解説されています。
『泡川』『済川』は『泪湖』に、『浄川』は『滴湖』に繫がります。『泪湖』と『滴湖』を『涙川』が繋いでいます。
 題名を『あはれの彼方』としている以上、心を揺さぶる行為、いわゆる『泣く』ことがこの地でたくさんあったことを地図で示したかったのです。
 ただし、『あはれの彼方』は娯楽作品にしてやろうと決めていましたので、お涙頂戴は無し、お笑い、エロをメインにしました。私自身が推理小説に多い『復讐』『憎しみ』『悲しみ』『いじめ』『暴力』『金』『偶然』『奇跡』とは全く関係のないものを書きたかったからです。

【ここで出てきた作品】
指輪物語:J・R・R・トールキン:瀬田貞二訳:評論社
ホビットの冒険:J・R・R・トールキン、瀬田貞二訳:岩波書店
悪魔の手毬歌:横溝正史:角川書店など
志村けんバカ殿様:フジテレビ
マザーグース:英国の伝承童謡
ポーの一族:萩尾望都:小学館
パタリロ!:摩耶峰央:白泉社
薔薇の名前:ウンベルト・エーコ、河島英昭訳:東京創元社
薔薇の名前:1986年のフランス・イタリア・西ドイツのミステリ映画
新漢和大字典:藤堂明保、加納喜光編:学習研究社
方丈記:鴨長明:古典教科書など
広辞苑:新村出編:岩波書店



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