小説版「付呪師リゼルの魔導具革命」

清見元康

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第一章

第6話:冒険者から見た付呪師

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 ルグリア・ベリルは、エルフの弓使いだ。
 それもただのエルフでは無い。
 [古代エルフ]と呼ばれる、全てのエルフの原点に当たる種族である。

 生まれは、[迷いの森]と呼ばれる大森林の遥か奥深く。
 [世界樹の里]、別名は森と水と風の都。

 ルグリアは活発な女の子として育ち、朝から遅くまで風のように駆け回る幼少期を過ごした。
 魔法はあまり得意では無かった。
 だが悔しくは無かった。
 自分には可愛い可愛い妹がいたから。
 妹は、魔法の天才だから。
 優しい父と母と、可愛い妹に囲まれて、幸せな日々を送っていた。

 そして、[帝国]がやってきて、故郷を焼いた。
 父と母は殺された。
 死に際を見れなかったのは、良かったのか悪かったのかわからない。
 だが、ルグリアに泣いている暇は無かった。
 まだ妹が――エメリアがいるから。
 前を向いて、とにかく生きなければならなかった。

 親戚を頼ろう、と言ったのは妹だった。
 だが、親戚のいる街は、獣車を乗り継いでも数ヶ月はかかる距離にある。
 食べ物だって無い。
 すぐにでも、お金が必要だった。
 ルグリアは弓を取り、妹は魔法使いとして、冒険者となった。

 そこからは順調だった。
 ルグリアは弓使いとしてそれなりの腕を持っていた。
 妹は、わずか半年で驚くほど強大な魔導師に成長した。

 だが、不安要素が一つ。
 妹の魔法の使い方が、昔と全然違う。
 故郷では[水の巫女]と呼ばれ、[古代エルフ]の中でも特に自然との親和性が強かった彼女だったのに。
 穏やかな、慈愛に満ちた妹だったのに。
 妹は、水圧で押しつぶすような攻撃魔法を好むようになっていた。

 違和感が確信に変わったときは、もう手遅れだった。
 野盗に襲われた時、妹はたった一人で容易く撃退した。
 そして、命乞いをする野盗たちを水圧で押しつぶしながら、薄笑いを浮かべていたのだ。
 まだ、親戚のいる街を目指すための資金が貯まっていない。
 焦りを覚えたルグリアだったが、幸運が舞い降りる。

 ドワーフのグイン・バス。
 ルグリアの母の姉の夫の兄という遠縁。
 頼ろうとしていた親戚である。
 彼が、ルグリアたちを探しに来てくれたのだ。
 そして再会を果たし、旅路の資金を出し、護衛まで買って出てくれた。

 半年ほどかかり、ようやく無事にたどり着く。
 これで少しは落ち着けるとルグリアはようやく肩の荷が下りた気がした。
 だが、違った。
 妹のエメリアが、[帝国]に復讐をしたがっていることに気付いてしまったのだ。

 妹は貪欲に力を求めた。
 戦うため、殺すため、様々な技術を身につけていく。
 そして大陸の最東端、果ての果てにいる、[魔神]の力を得るための遠征部隊に参加した。
 ルグリアも、グインもそれに参加した。
 妹を、一人で行かせるわけにはいかなかった。
 もしここで何もしなければ、妹は二度と帰ってこない気がしたのだ。

 遠征は順調だった。
 既に先達の冒険者たちによって開拓されたルートである。
 そして彼らが作り上げた最東端の拠点で支度をし、誰も挑んだことが無い果ての果てを目指し――。

 ルグリアは、妹を失った。
 最果ての魔獣たちはあまりにも強力だった。
 ミスリル製の刃が通らない。
 魔力を乗せた矢で貫けない。
 妹は、撤退のタイミングを失ったルグリアたちを逃がすため、単身で魔獣の群れに突っ込み、魔力の爆発を引き起こした。

 どうやって自分が拠点に戻ってきたのかは覚えていない。
 不思議なことに涙は出なかった。
 ただ、呆然と見張り塔で膝を抱えていただけだ。
 夜中になっても、ルグリアは見張り塔から動けなかった。
 動きたくなかった。
 自室に戻り、ベッドで眠るのが怖かった。
 朝が来てしまえば、これが悪夢ではなく現実なのだと思い知らされてしまいそうだから。
 でもきっと、ここでじっとしていてもエメリアは帰ってこないのだろう。
 時間だけが流れて、妹のいない朝がやってきてしまうのだろう。

 そして、それは来た。

 まず最初に、閃光が瞬いた。
 朝日にしては、眩しく、刺すような輝き。
 すぐに、ルグリアは気づく。
 高速で放たれた鋭い稲妻が、矢も魔法も刃も通らない巨大な怪鳥の体を、焼き切ったのだ。
 ミスリルの刃も、エメリアの魔法すら通さなかった魔獣たちを――。

 たった一撃。
 稲妻で体を両断された怪鳥が、闇夜を照らす流星のようにして炎の粒子を撒き散らしながら墜落していく。

 再び、地表で何かがきらめいた。
 空から降り注ぐ炎の粒子に照らされて、氷の何かがチカと光を反射する。

 少年が、戦っている。

 [人間種]の加齢による外見の違いはまだ良くわからないが、ひどく幼く見える。
 無茶だ、という思考を、闇夜に降り注ぐ炎に包まれた怪鳥の肉片が否定する。

 彼は、何者だ……?
 何故、彼の魔法は魔獣を貫けるのだ?
 それに、彼が使う短い杖に込められた魔力の質がおかしい。
 濃く、それでいて圧縮されすぎていて全貌がわからない。
 あれ程の魔力は、故郷でも見たことが――。

 ふと、気づく。
 彼は何かを背負っている。
 いや、誰か、か――?
 彼の背中には――。

 気がつけば、ルグリアは飛び出していた。
 冒険者たちも戦いに気づき、慌てて戦闘の準備を始める。
 ルグリアの背中に、

「よせ! 一人では無茶だ!」

 と声が投げかけられるも、無視した。
 もう、ルグリアは思考を放棄していた。
 妹がそこにいた。
 その事実が、彼女を突き動かす。
 少年の周囲には、冒険者たちを屠った魔獣が多数。
 だが、彼の杖から放たれた魔法は、その魔獣を容易く屠っていく。
 一発一発の魔法から、極限まで圧縮された強大な魔力をひしひしと感じる。
 一瞬、人形の魔獣か何かかもしれないと脳裏に過ぎったが、妹の姿が一切の可能性を放棄させた。
 最後の魔獣が屠られ、少年が倒れる。
 すぐに、少年は妹を守ったのだとわかった。
 ルグリアはまっすぐに妹の元に駆け、叫んだ。

「エメリア!!」

 と。


 ※


 リゼル・ブラウン。
 それが少年の名だった。
 どうやら、[魔法学校]の学生らしい。
 年齢は十五歳。
 髪は瞳と同じ暗い茶色。
 等など、少年の所持品から得た情報は、ルグリアの耳にも入ってきた。

 彼はまだ、意識が戻っていない。
 だが、治癒師たちは困惑していた。
 ミスリル製の鎧を容易く切り裂く魔獣の魔法を、背後から直撃。
 だと言うのに、怪我程度で済んでいた。
 この少年は超人か、はたまた噂に聞く伝説の[勇者]か、いやいや彼は[魔神]と契約したのだとか騒がれたが、すぐに原因は解明された。

 付呪だ。
 彼の着ていたローブや、下着、ブーツ、手袋にまで、極めて高濃度かつ高水準な付呪が施されていたのだ。
 精密に。
 正確に。
 的確に。

 付呪師が冒険者になることが滅多に無い。
 なぜなら、そもそも彼らは引く手数多だからだ。
 わざわざ冒険者で依頼を受ける必要もなく、王族や貴族たちからいくらでも高額な仕事が舞い込んでくる。
 だからこそ、冒険者たちの様子が少しずつ騒がしくなっていく。

 最初、少年は[魔術師ギルド]の一員だろうとされていた。
 どこかに大部隊が来ており、そこから逸れてしまったのだと考えられていた。
 だが、少年の付呪技術の強大さを知れば、全く違う予想が経てられ、様々な噂が飛び交った。
 どこぞの賢者かなにかの愛弟子か秘蔵っ子か。
 はたまた王族直下のエリートか何かか。
 何らかの大きな事故に巻き込まれたのか。
 だが、どれも予想でしかない。

 故に冒険者たちは警戒した。
 彼は訳ありだ。
 そしておそらく、歓迎されるべきものでは無い。
 火種となるかもしれない。


 ※


 少年の身体検査は徹底的に行われた。
 少しずつ、彼の奇妙な点が明らかになっていく。
 魔力が、極端に少ないのだ。
 おそらくは、日常的な魔法すら使えないレベルで。
 しかし――。

「魔導師の体つきじゃねえな」

 グイン・バスが興味深げに少年の腕を持ち上げながら、説明する。
 指にはペンだこができている。
 ならば、彼は冒険者で言うところの[生産職]と呼ばれる者たちに近い。

「……この制服は、〈帝都〉のものだったな?――何年か前に学長が交代になったって話は聞いたが」

 あまり良い噂は聞かない。
 かなり強烈な[魔法至上主義者]だとか、自分に従わない者は手当たりしだいに首にしたり、追放したり……。
 グインが穏やかな表情で、少年の額に優しく触れた。

「[生産職]同士にしかわからんことはある。この坊主は、本物だよ。――結構な苦労をしてきたんだろう」

 その言葉が決定打となり、[冒険者ギルド]は少年を今の状況を打破できる重要な人物として手厚く保護することに決めた。
 そして、噂はすぐに広まるものだ。
 付呪の技術は王族直下クラス。
 下手をしたら、最高位の[ロード]を冠するほどの実力者。
 素性は、[生産職]部隊の隊長を務めるグインが保証した。

 おかげで、つい先日まで葬式ムードだった冒険者たちの様子は一気に様変わりした。
 どうやって彼を自分のパーティに誘うか。
 あるいは友好を築き、自分たちの武具への付呪を格安でしてもらおうか。

 だが、沸き立つ明るい話題の中に、不穏なのものある。
 自分たちでは歯が立たなかった魔獣を容易く屠る武具を作れる特異な存在。
 それは付呪の力によるもの。
 持っていた杖やローブも、特別なことは何もない安価な代物だ。
 即ち、彼自身の戦闘能力は凡人。
 ……不意を付けば容易く御せるということ。

 冒険者たちは、少年に何を求めるのだろう。
 何を、縋るのだろう。
 何を、奪おうと考えているのだろう。
 ルグリアは、少年に死地に赴いた妹を返してもらった。
 その借りは、果てしなく大きい。
 どうすれば、返せるだろうか。
 見たところ、体を求めてくるような輩では無い。
 金銭、も無理だろう。
 あれだけの付呪ができるのだから、さぞ裕福なはずだ。
 そもそも、妹の命に見合うお金なんて持っていない。
 何か、できることは――。
 そんなことを考えながら、ルグリアは妹の看病を続け、気がつけば二日ほど経過した。


 ※


 妹のエメリアが目を覚ました。
 ルグリアは、もう二度と会えないと思っていた妹の生還に、わんわん泣いた。
 ぎゅっと抱きしめ、喉が枯れるくらい泣きじゃくった。
 そして、エメリアはぽつぽつとあの後何があったのかを語った。
 自分の傷の深さ。
 魔力の爆発で目が焼かれ、目も見えなくなっていたこと。
 最後に、人の気配がしたこと。
 説明の中、違和感に気づく。

 エメリアの体には、傷一つついていない。
 目も、全く問題なく見えているようだ。
 確かに発見当時の妹には、目元や腹部にかけて念入りに[付呪が施された包帯]が巻かれていた。
 それと、やけに[上質な治療薬]の痕跡もあった。
 薬と包帯と付呪だけで、そこまで回復できるといった話は聞いたことが無い。

 ルグリアは事情を説明すると、妹の瞳に驚愕の色が宿る。
 妹は、自分の目と、腹部に触れ、確かに無傷なのを指先で確認していく。
 そして自分の体が完全に治療されているのだと理解し、その瞳に妖艶な色を宿した。

「………そう」

 と、不気味な熱が込められた一言。
 ルグリアは、言葉を失った。
 気がつけば妹は、酒場の一部の冒険者たち――リゼルという少年を無理やり引き込もうとする彼らと、同じ目をしていた。
 妹が言う。

「……彼に、お礼を……したいのだけれど」

 妹はゆっくりと自分の唇に触れてから、微笑んだ。

「リゼル・ブラウンという人は、今どこに?」

 ルグリアは、決意する。
 あの少年を、守ろう。
 冒険者たちの手から。
 ――妹の、手から。
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