小説版「付呪師リゼルの魔導具革命」

清見元康

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第一章

第18話:勝利の味

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 ようやく、防壁にたどり着いた。
 腹が痛いだけなら良い。
 頭痛までしてきた。
 たぶん、血を流しすぎたのだろう。
 一応途中で止血はしたが、使った付呪は[痛み止め]だけだ。
 とても参考になる。
 傷口に[痛み止めの付呪]を施した包帯を巻いても頭痛は治らないし傷の奥の鈍痛は引かない。

 覚えておこう。
 複雑な傷には複雑な付呪を、だ……。
 防壁の上のルグリアが、僕に気づく。

「り、リゼル君――!? みんなごめん、ここお願い!」

「お、おい!」

「すぐ戻る!」

 と言ってルグリアは防壁の上から飛び降り、僕の隣へと降り立った。
 あ、なんかその衝撃だけで傷に響く……。

「リゼル君!」

 あ、あ、揺らさないで、なんか凄い痛くなってきた……。

「た、倒しましたので、後は、外の……」

 と言いながら、僕はルグリアの手を借りて建物の影に腰を下ろした。
 座ると少し楽になる。
 ルグリアが、僕の腹部の傷口を見て息を呑む。
 痛みで思考が上手く回らない。
 だと言うのに、[身体強化の付呪]の所為で意識だけははっきりしている。
 ただただ体が痛い。
 これは……つらい。
 ルグリアは何かを決意したように言う。

「……なんとかする。大丈夫」

 だが、これも覚えておこう。
 たぶん、痛みで意識を失う、という行為は人間にとって必要なことなのだ。
 ……ただ単純に[身体強化]で無理やり意識をつなぎとめるのは、危険かもしれない。

 ああ、そうか、ようやくわかったぞ。
 というか、この可能性を想像するべきだった。
 [痛覚]も、強化されているのだ。
 よし、もう[身体強化]はやめよう。
 別の方法を考えなければ――。
 ルグリアが、僕の傷口に触れ、言った。

「――エメリアには、言わないで」

 ……何を?
 防壁を挟んだ向こう側で、大きな爆発があった。
 爆炎で逆光となった所為で、ルグリアの表情が確認できない。

「[完全詠唱]で行くから、覚悟して」

 完全詠唱。魔法に不得意な者は、無詠唱ではなく全ての詠唱を行って魔法を使う。
 てか覚悟て。
 怖いのでできたらエメリアを呼んで欲しい。
 だが――。

 遠くで冒険者たちの怒声が聞こえる。

「なだれ込んでくるぞ!」

「密集耐性! 耐えろ!」

「魔導師部隊が残っていれば何とかなる!」

 星一つ見えない暗闇の空を、獄炎鳥が飛び交う。
 魔導師たちが稲妻の魔法で弾幕を張る。

 みんな、戦っている。
 僕だけが、わがままを言うわけにはいかない。
 ルグリアは緊張した様子で深呼吸をしている。
 やがて、彼女は静かに詠唱を始めた。

「〝遠く、遠く、時の彼方の果てのもの〟」

 ……何の、詠唱だ?
 どの属性にも、当てはまらない。
 これは――?

「〝やがて消える者。やがて現れる者。不変の王〟」

 属性魔法では、無い。
 一応僕は[大書庫]に記されている分の詠唱は暗記している。
 何度も何度も練習し、何一つ使えなかった苦い記憶がある。
 その僕に覚えが無い詠唱……。

「〝ことわりを越えて今より命ずる。帰せ、返せ、還せ。私は、お前を見ている〟」

 小さく、研ぎ澄まされた魔力がルグリアの元に集う。
 まさか、これは[古代魔法]か?
 え、ルグリアが?
 なんか、彼女のイメージと違う。
 凄く失礼なこと言っている気がするが、もっとこう、雑が似合う女性というか……。
 ルグリアの中心に集まった魔力は、極限にまで圧縮されている。
 やがてルグリアの囁くように言った。

「〝――時の帰還リターン〟」

 瞬間、体に激痛が走る。
 足の指先から頭の先まで、何かが体の内側で暴れている。

「うあ、ああ!」

 僕はたまらず悲鳴を上げた。
 何だ、この形容し難い痛みと、不愉快さは。
 僕の身に何が――。
 痛みで暴れると、ルグリアは僕の手をぎゅっと握り、言った。

「――大丈夫」

 だ、大丈夫って何が?
 全然大丈夫じゃ――。

 唇が、何かで覆われた。

「――んんっ!?」

 なんだ?
 どうしてルグリアの顔が僕の目の前にあるんだ。

 だが、何故だか体の痛みが引いていく。
 内側で暴れる何かが、おとなしくなった気がする。
 大きな力を持った何かが、ルグリアから僕の体に流れ込んできている。
 そんな感覚だ。
 痛みが、引いていく。
 すると、少しずつ僕は状況を理解してい――。

 ……あれ!?
 ひょっとして僕これキスしてる!?
 何で!?
 状況は理解できたがどうしてそうなったのかがまるで理解できない。
 何故? どうして? 何でき、き、キッスしてるの?
 あ、魔力送ってくれてるの?
 なるほど! ありがとう!
 それ口じゃなくて良くない!?
 何で口と口!?
 あ、でも唇って柔らかいんだ……。

 ようやくルグリアの唇と僕の唇が離れる。
 気がつけば、体の痛み、不調、全てが完全に消えていた。
 戦いの疲労すらも無い。
 まるで、最初から戦いなんて無かったかのような快調さだ。
 ルグリアは、気恥ずかしそうにぷいと顔をそむける。

「絶対に言っちゃ駄目だかんね」

「え、あ、はい……」

 ……それどっちのこと?
 凄い魔法使えるってこと?
 き、キス……?
 うわぁ、女の人とキスしてしまった。

「それと! キミもう戦えるから防衛に参加! アタシ先行くから!」

 そ、そうだった。
 王者こそ倒したが、まだ戦いは続いている。
 とにかく、津波にように押し寄せる魔獣の大群を掃討しなくてはならないのだ。

 ……あれが女の人の唇かぁ。
 幸い、まだ付呪を施した杖はいくつか残っている。
 僕だって十分戦力になるはずだ。
 ならば僕は、為すべきことを為す!

 あの人が僕の初めてキスした相手かぁ。
 ……なんだか雑念が凄いが、とにかく戦いに集中しなくてはならない。
 僕は防壁によじ登り、大声で報告する。

「キングベヒーモスは討伐完了! リゼル・ブラウンは戻りました!」

 おお、と冒険者たちは沸き立つが、すぐに彼らは戦いに意識を戻していく。

「よおし、行けるぞー! 押し返せー!」

「武器の予備はまだある! 撃ちまくれ!」

 それでも、彼らの瞳にはどこか希望が宿っている気がした。
 ルグリアが激を飛ばす。

「リゼル君はとにかく撃ちまくって! 敵が一番多いところ!」

 うわぁ、僕この人とキスしたんだ。
 魔法の炎に照らされて一層美人に見えてしまう。
 色っぽくて可愛くて美人で――。

「返事しろ!!」

「はい、すいません!」

 僕は一体何をしているのだ。
 命がかかっているこの状況で、女の人に見惚れて。
 それも、たかが口と口を合わせただけで……。

 ……口と口を合わせるとは即ちキッスのことでは?
 突然、僕の目に前に魔獣が現れた。
 だが、すぐさま駆けつけたルグリアが、腰からショートソードを抜き去る。

 おお、あれば僕が[灼熱の付呪]を施した剣だ。
 焼き切る、という性質は素晴らしく、かつては刃すら通らなかった魔獣の首もほらこの通り。
 熱したバターのように切れてしまいます。
 ちなみにまだ試作段階でございます故、連続使用致しますと刀身もバターのように溶けてしまいますのでございます。

「馬鹿っ! 油断しない!」

「す、すいません!」

 すっごい剣幕で怒られた。
 いやほんっと申し訳ない。
 駄目だ。集中できない。
 キッ――いや、もう言葉にするのも駄目だ。
 頭がそれ一色になってしまう。
 別のことを、別のことを考えなければ。
 いやいや別のことを考えようとした結果怒られたのだ。
 これはそうではない、戦いに集中しろということなのだ。
 でもそうか、美人って怒っても綺麗なんだな……。
 うわぁ、僕そんな人とキッスをしてしまったのか……。
 うわぁ! うわぁ!

 こうして、結局僕は戦いに一切集中できないまま防壁の戦いに参加し続けた。
 途中で何度もルグリアに怒られたり、かばわれたり、ゲンコツをもらったりしたが、空が白み、夜が明け始めるとようやく戦いの終わりが見え始める。
 最後の魔獣をルグリアの矢が射抜くと、冒険者たちは歓声を勝どきを上げた。
 ルグリアが振り返り、僕に晴れやかな笑みを向ける。
 僕はその可愛らしさと美しさに見惚れてしまった。
 勝った、勝ったのだ。
 生き延びたのだ――。

 あ、あれ、何か突然すっごい体がダルくなってきた。
 力が抜けていく……。
 一体何故――?

 ふと、思う。
 僕の付呪は、武器に使うと威力が上がりすぎて制御できずに壊れてしまう。
 では、防具は?
 防具はどういうわけだが、強力な付呪の力を安定して発動してくれていた。
 ……そういえば、本で呼んだことがある。
 大昔に作られた、秘宝や遺物には非常に強力な付呪が施されている。
 だが、消費する魔力が膨大すぎるため付呪だけでは賄えず、使用者の魔力や体力を奪い尽くすのだとか。

 な、なるほどぉ……。
 防具の場合は、こうなるのかぁ……。
 あ、意識が遠くなってきた。
 こ、こうなるのかぁ……。
 そうして、僕は意識を失った。
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