小説版「付呪師リゼルの魔導具革命」

清見元康

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第一章

第19話:ルグリアから見たリゼル

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 意識を失い倒れ込んだリゼルを、ルグリアはとっさに抱きとめた。
 グインが慌てて駆け寄ってくる。

「どうしたー!」

「わ、わかんない! リゼル君が突然……」

 先程かけた[古代魔法]の後遺症はでは無いはずだ。
 何故ならきちんとルグリアの魔力を彼の中に――。

 そういえば、と思い立つ。
 彼の動きは明らかに精彩を欠いていた。
 そして時折ルグリアを見ては、口元を抑えたり、目を伏せたりと……。
 具合が、悪かったのか?
 魔法がうまく発動できていなかったのか?

 と、ルグリアは己の失態の可能性を思い浮かべながらも、全く別の可能性にも思い当たる。
 ……まさか、たかが口と口を合わせただけであんなになってしまったのか?
 そう、たかが口と口を合わせただけだ。
 あれは魔法的に必要な儀式だ。
 だから断じてこれは、キから始まるあれでは無い。
 不意に、自分の中にいる別の誰かが囁いた。

『じゃあ何で内緒って言ったの?』

 それは、違う。
 そういう意味では無い。
 別に、キから始まるあれを知られるわけにはとかでは断じて無い。
 あの魔法は、エメリアでも使えない魔法なのだ。
 その昔、ルグリアが適当に学び、ただできてしまっただけの数少ない魔法なだけだ。
 今、エメリアはようやく安定してきてた。
 敵意と殺意は影を潜め、リゼルへの複雑な感情が主になってきている。
 下手に妹のプライドを刺激したく無いのだ。
 だからキから始まるあれは全く関係ない。

『じゃあキスのことは言って良いんだ?』

 ……絶対駄目。

『どうして?』

 それは――。

「寝かせろ! 頭を上にして!」

 グインの緊迫した声で、ルグリアは慌てて思考を現実に引き戻す。
 リゼルの体は、軽い。
 思えば、男の体にちゃんと触れたのはこれが初めてかもしれない。
 もちろん、父や祖父のことは覚えている。
 だが彼らは父と祖父であって、男では無い。

『リゼルって、良い男だよね』

 これは雑念そのものだ。
 おかしな欲望が、囁いているだけなのだ。
 気にしてはいけない。
 ルグリアはゆっくりとリゼルを寝かしながら、ふと気づく。

(まつ毛、長いんだ……)

 グインが何かに気づく。

「こ、こりゃ……。ルグリア、服を脱がせ!」

「は!? はああ!? 何言ってんの!?」

「馬鹿! よく見ろ! ローブに魔力が吸われてんだろうが!――いや、これが坊主の付呪の結果か?」

 グインは立ち上がり、大声で周囲に向けて叫んだ。

「体に異変を感じたら急いで服を脱げ! 付呪師リゼルの防具は、俺らの魔力を喰らい尽くすかもしれん!」

 すると、数名の前衛組が慌てて鎧を脱ぎ捨てる。
 だがその程度だ。
 魔導師たちが手を上げ答える。

「こっち! 問題ありません! むしろ調子良いです!」

「こちらも! 魔力、まだまだあります!」

「重戦士部隊も――いや、一名具合が悪い者が出た! だが他は異常なしだ!」

 ふむと、グインが顎に手を当て言う。

「となると、本人の魔力の量が関係してんのか? あるいは素材か……」

 気がつけば、リゼルはほぼ裸にされていた。

「わ、わ、わっ……わあっ……」

 ルグリアは目を覆い隠しながらも、彼の裸体に釘付けになってしまった。
 思っていたよりも筋肉があって驚いた。
 だが確かに、戦闘時の彼の足取り、判断力は見事なものだった。
 訓練で手を抜いたことは無いのだろう。

『真面目で優しくて強い男じゃん?』

 また、欲望が耳元で囁きかける。
 顔が熱い。
 火が出そうだ。
 だが、ルグリアは首をぶんぶん振ってよこしまな思いを振り払う。
 エメリアとの仲を応援すると決めたのだ。
 世界で一番大切な妹の幸せは、何よりも優先される。
 それを横からむざむざと奪うつもりは、決して無い。

『バレなきゃ良いじゃん?』

 最低だ。

『つまみ食いしちゃえっ』

 絶対にそんなことはしない。

『自分のものにしちゃえ』

 ……ここにいては駄目だ。
 欲望の声があまりにもうるさすぎる。
 幸いと言うべきか、やるべきことは山ほどあのだ。
 戦いの後の事後処理に、参加しなくては――。

「ルグリア、坊主をベッドに運んでやってくれ」

「は!? はあ!? 何でアタシが!?」

「俺は事後処理に移る」

「じゃあアタシも!」

「だったらエメリアみたいにまともな回復魔法を使えるようになるんだな?」

「うっ……」

「はっきり言うが、事後処理でお前が役に立っているとこ見たことないからな」

「うぐぐっ……」

 魔術師や治癒師、つまるところ回復魔法を使える者たちの戦いは、戦闘が終わっても続く。
 むしろここからが本番と言っても過言では無い。
 これからエメリアも参加し、回復魔法を冒険者たちにかけて回るのだろう。

「さっさと行けルグリア。坊主が風邪ひくだろ」

「くぅっ……!」

 何の反論もできない。

 仕方無しに、ルグリアはリゼルの肩と膝に手を回し抱き上げた。
 と、お姫様抱っこをしていることに気付いたルグリアは顔が更にぼっと熱くなる。
 とにかく、ベッドに運べば良いだけだ。
 簡単な仕事だ。
 さっとこなしてしまえばいい。

 ルグリアは足早に歩き始める。
 所々で、非戦闘員とすれ違う。
 彼らは皆生き残れたことに喜び、涙を浮かべて互いの健闘と勝利を讃えていた。
 今は誰にも姿を見られたくない。

 ルグリアはそそくさと、なるべく気配を消して宿屋を目指す。
 そのままコソコソと宿屋の二階へと上がり、リゼルの部屋に入り、足で器用に扉を閉めた。

 しん、部屋は静まり返っている。
 リゼルを、ベッドに寝かしてやる。
 彼は、本当に良く戦ってくれた。
 英雄だ。
 単身でキングベヒーモスを倒してみせたのだ。
 それも、時折皆への支援をしながら――。

 その戦いぶりだけならば、冒険者の[黄金級]を飛び越え、比類なき功績を上げたものだけが到達できる特別階級、[白金級]に匹敵するだろう。
 彼の付呪も、付呪師最高位の[ロード級]か、それ以上に思える。
 魔法が使えなくても、一流の魔導師よりも強力な魔法を放つ杖がこの世に生まれてしまった。
 それを作り出せる存在が、目の前にいる。

 ――魔導師の時代が、終わるかもしれない。

 ……おそらく、彼は歴史を変える。
 文字通りの、数百年と語り継がれる伝説となるかもしれない。
 彼はとても良い子だ。
 素直で、真面目で、優しく、それでいて気高く、戦いでは自らが矢面に立つ。
 真っ直ぐで、顔立ちも愛らしくて……。
 そんな男が、今、無防備に、裸で、目の前に――。
 そして、欲望が囁いた。

『二人きりだね』

 …………。

『今なら、誰も見てないよ?』

 ルグリアはごくりとつばを飲む。
 心臓の鼓動がばくんばくんと激しく音を立てる。
 指先が震える。

「き、傷、とか、脈……」

 と、そういい着替えながらリゼルの顕になった首筋にそっと指をなぞらせる。
 男の肌って、もっとごわごわしているものだと思っていた。
 だけど、彼の肌はなめらかだ。
 そのまま、ルグリアの指先は勝手にリゼルの頬を撫で始める。

「脈、け、健康、そのもの、よ、よし。よし大丈夫。もう行こう」

 だが、指先は彼の頬から離れない。
 ゆっくりと、目元に触れてみる。
 耳の周り、鼻の頭と――。
 最後に、唇に行き着いた。
 呼吸が、荒くなる。
 自分が何をしているのかわからない。
 ただ、ルグリアはリゼルの唇を一心不乱に指でなぞった。
 柔らかい唇だった。
 これがつい先程まで、自分の唇と重なって――。

「あっ」

 指先がずれ、唇の内側に触れてしまった。
 唾液で濡れている。
 ルグリアはそのまま彼の前歯を、指先でなぞる。
 もう、欲望の声は聞こえない。
 ルグリアは身を起こし、そのままリゼルに覆いかぶさると――。

 瞬間、部屋の外からドタドタと大きな足音が聞こえ、ルグリアは飛び退いた。
 即座に近くにあった簡素な椅子にどかりと座り足を組む。
 同時に扉が乱暴に開かれた。

「姉さん! リゼルさんが倒れたって――!」

 エメリアだ。
 彼女は肩でぜえぜえと呼吸している。
 相当急いで来たのだろう。

「ン、だいじょーぶ。脈も安定してるし、怪我も無いって感じ」

 少しばかり自分の声が震えている気がしたが、許容範囲内だろう。
 ルグリアだって、戦いの後なのだ。

「ああ、良かった……」

 と、エメリアはよたよたとリゼルのそばに歩み寄り、その場にヘタレこんだ。

「リゼル君の付呪って、魔力食い過ぎてるみたい」

 ちなみにこれは今適当考えた。
 つまり当てずっぽうだ。

「む、難しいよねー、付呪って。いやーエメリアって凄いなー。そんな付呪だってできちゃうんだし――」

 と、ルグリアは息を呑んだ。
 エメリアが泣いている。
 彼女はぎゅっとリゼルの指を握り、ぼろぼろと大粒の涙をこぼし始めた。
 ルグリアの胸が、ずきんと痛んだ。
 エメリアはいつも一人だった――。
 魔法の天才で、[世界樹の巫女]で……。
 そして故郷を焼かれ、復讐と、力に囚われた。

「ねえ、エメリア」

 気がつけば、ルグリアは最愛の妹の背中に声をかけていた。

「……アタシ、応援してるからね」

「えっ……」

 エメリアが、涙を溜めた瞳でルグリアを見る。
 妹のこんなときめいた顔を見るのは、初めてだ。

「ンふふー! リゼル君のことっ!」

 すると、エメリアは顔を真っ赤にして慌てふためいた。

「あ、あの、姉さんは、いつから……」

「えーっ!? バレバレじゃん!」

「そ、そんな……」

 リゼル・ブラウンは、エメリアを復讐鬼から乙女に変えてくれた男だ。
 姉として、家族として、こんなにうれしいことはない。
 もうエメリアは、誰かの不幸ではなく、幸せを追い求める子になったのだ。

「ていうかアタシお姉ちゃんだし! それくらいわかってるって!」

「うう……」

 エメリアはうずくまってしまった。
 それで良い。
 妹の幸せが、最優先だ。
 だから、これで良いのだ――。

「ンじゃ! アタシみんなのとこ戻るから! エメリアはここお願いねっ!」

 と、エメリアは顔を真赤にしながら無言で頷く。

「ンじゃね!」

 ルグリアは扉を開け飛び出した。
 ふと、指先が濡れているのに気づく。
 内にいる欲望が、クスクスと笑う。
 歩きながら、ルグリアはその指先を、ゆっくりと自分の唇になぞらせてみる。

『嘘つき』

 と誰かが笑ったような気がした。
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