コメディあるいはトラジティ

ネツ三

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美和の婚約

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 学食のカフェで美彌と一緒に後期の成績表を見た。
後期試験は、毎日、美彌と一緒に時計台の図書館に籠もって勉強した。
アルバイトに追われる生活の中で、常二は無事進級できる単位を取っていた。常二は安心とするとともに、この数ヶ月の頑張りに満足でもあった。

「美彌の成績見せて」
美彌は白い歯を見せて、成績表を常二に渡した。
「えっ、全部優やん」
「一年の時も全優よ」
「文学部で一番の成績だったから、大学から奨学金をいただいたわ」
美彌はさらりと言う。
「いくらもらったの?」
「六十万円」
「六十万?そんなにもらえたの?うらやましい」
「それがあなたの所に行ったじゃない」
美彌に借りて後期の授業料を支払った金のことだ。
「そうだったのか」
常二はこの女には、絶対にかなわないなと思った。

「ねえ、次の日曜日、仕事あるの?」
「次の日曜は、空いてる」
美彌は、美和から新居に引っ越したので遊びに来ないかと招待されたので、一緒に行きましょうと誘った。
「お土産は私が用意しておくから」と美彌が言った。

 その日は夙川から乗り込んできた美彌と落ち合い、三宮まで出て、JR神戸線で塩屋まで行った。駅から山側に少し歩くと、美和の新居に着いた。
新居と言っても築年数の経った大きな一軒家だった。

 常二は美彌と顔を見合わせた。
「えらい大学に遠いところやな」常二が不審に思って、ささやくと、美彌は、
「美和の実家からも遠いわ。御影やから」と言った。

 呼び鈴を鳴らすと、美和が笑顔で出迎えた。
応接間に案内されて美彌と並んで座った。
「今日は遠いところまで来てくれてありがとう」
美和は、ずっと笑顔で、目が輝いている。本当にうれしそうに見える。
「お茶でも飲んでゆっくりしていてね」
奥に入った美和を見送りながら、美彌が、「美和、きれいになったでしょう?」と言う。
「そう、前から美人だったけど、一段と色気が増したというか、艶っぽいね」と常二が答えた。

 しばらくすると、ドアが開いて美和が男性を連れて入ってきた。
「紹介するわ、婚約したの、私たち」
美和が紹介する男性の顔を見て、常二と美和は同時に「えーっ」と声を出してしまった。
その男性は、常二たちの大学の法学部の助教授、山田先生だったからである。
この先生の民法の講義を今年、常二と美彌は一緒に受けていたのだ。

 常二は、にわかに理解できなくて、美和に「どういうこと?」と間抜けな質問をしてしまった。
「私たち、今年の秋に結婚することになったの。それまでは婚約中の身よ」とうれしそうに答えた。
「おめでとう、美和」美彌がすかさず言った。
「おめでとうございます」常二も続けていった。
「ありがとう」美和はそう言って、まだ大学の関係者には話していないと言った。
「とりあえず、座って」と言う美和のことばで、四人ともソファに腰を下ろした。

「先生、おめでとうございます」美彌はそう言って、改めて丁寧にあいさつした。
「ええ、ありがとう」山田先生も、笑顔で答えた。
講義で見る顔とは違って、穏やかな顔をしている。
講義で遠くから見ているだけの先生の顔をこんなに間近で見るのは、不思議な感じがする。

 美和が話してくれた二人のいきさつはこういうことだ。
山田先生の講義を聴くうちに、美和は先生の研究室を訪れて質問をするようになった。最初は質問のためだったが、それが毎日のことになり、しまいには先生にお弁当を作って届けるようになった。
山田先生は独身で、同じように研究室を訪ねてくる女子学生も他に何人も居たのだが、美和の美貌と積極的な訪問が、先生のお堅いガードを崩したということだ。
 二人でお忍びのデートを重ねるようになり、先生が今年の四月から教授に就任することが決まって、それをけじめにして婚約したそうだ。

「じゃあ、美和は大学教授夫人になるのね」
「そうなの。驚いたでしょう?」
「誰かいい人ができたのはわかってたけど、山田先生だとはわからなかったわ」と美彌は言った。

 紅茶とケーキをいただき、二人の馴れ初めや、デートのエピソードを聞いた。
阪神間では学生に見られてしまうので、デートは主に京都や奈良まで出かけていたそうだ。
古寺巡りも恋する二人には、しっとりとした時間を過ごせていいものかもしれない、と常二は勝手に考えた。
 美和は、東京でテレビ局のアナウンサーを目指すつもりだったが、やめて家庭優先にすると言った。結婚後も大学は続けて、卒業するとも言った。
 美和は一年の時に、全国誌の週刊誌の表紙に、顔写真が掲載されたことがある。テレビ局の女子アナウンサーにも引けを取らない美貌である。大学教授夫人でもじゅうぶんにやっていけると常二は思った。

 常二が先生に、美和とけんかをすることがありますかと尋ねると、
「年の差が大きいので、けんかになりません」と言った。
「おいくつ違うのですか」常二が聞くと、美和が、
「十七歳の差よ」と言った。
「十七歳」美彌と常二が声をそろえた。
「でも先生は若々しく見えるから、そんなに離れているようには見えませんよ」常二がフォローした。
「先生、美和さんを怒らせると、大阪湾…」と常二が言いかけると、
「やめなさい」
美彌が常二の横腹をつついた。

 四月になるまで伏せといてねという美和は、「結婚式には二人を招待するから、ぜひ来てね」と言って、辞去する常二と美彌を見送った。

 塩屋駅までの坂道を下りながら、
「美和、幸せそうだったね」としみじみ言った。
「そうだね、よかったね」
常二の方をちらっと見て、
「結婚かあ、うらやましいわ」
常二が黙っていると、
「ちゃんと聞いてた?」
「ねえ、嘘でもいいから、いつか、その時が来たら結婚しよう、ぐらい言って」
「嘘はよくないでしょ、大事なことなんだから」
「それに、美彌に嘘をついたら、大阪湾に沈められる」
「阪上家の掟よ」美彌がすかさず言う。
「これからのこと、一緒に考えていこう」
美彌は二重の目を大きく見開いた。
「本当?」
「本当だよ」
美彌は、常二の腕をつかんで、
「うふっ」と笑った。
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