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本編
過去が繋ぐご縁
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村瀬知佳と先生の出逢いは、小学校四年生。両親の離婚で転校した先の担任が高野先生だった。小学生から見ると白髪の混じる高野先生はおじさんと呼ばれる年齢だった。優しい目が印象的だったのは今でも覚えている。
同時にきた転校生が、元々この学校に在籍していた地元の子だったこともあって、同じタイミングで転校してきた私は話題からも外れクラスで浮いた存在になった。田舎町で、片親だということも人から遠ざけられる原因になってしまったらしい。
元の学校では、幼馴染みたちと活発に外で遊ぶタイプだった。離婚で、父の会社の社宅に住み続けることが叶わず母の実家であるこの土地にきたが、学校の雰囲気に馴染めず、図書館か中庭が私の居場所になっていた。
クラスの子たちや、一緒に転校してきた岡田に「根暗」「地味子」と呼ばれていた。よく知りもしない私の悪口を言う彼らの雰囲気が好きになれず距離を詰めるように動くこともできなかった。
そんな私を気にかけてくれたのは、クラスの愛されキャラ野田 徳仁君だった。彼が声をかけてくれるようになって、転校後初めて親しくしてくれる同級生に嬉しくなった。
相手が野田君だったことで、皆の嫉妬を煽り、私とクラスメイトは更に溝を深めたようだった。
「野田くんに可哀想と思われて構われてイイ気になってる。地味なくせに」
「本当に!なんであんな子が!」
聞こえよがしに意地悪を言われるのが日常になったが、特にそれ以上に何かされることはなかったので誰にも言わずに過ごした。
野田君には見えないところで言われるので、彼自身は全く知らず話しかけてくれたり親切にしてくれた。
ある日野田くんに好きだと言われた。友達としてか異性としてかはわからないが、それを聞きとめた周りの子が更に私への悪口をヒートアップさせた。
悪口が日常になったある日、たまたま通りかかった高野先生がその 悪口を聞きとめて、クラスメイトを叱り、私をその場から連れ出してくれた。
「いつも村瀬は、あんなことを言われているのか?大丈夫なのか?何か出来ることはないか?気付けずにしんどい思いをさせたごめんな。」
そう言って先生は頭を撫でてくれた。事情を知った野田君も気まずくなったのか、距離をとられるようになって、私はまた孤立した。でも、私には先生がいたから平気だった。
先生と沢山居たくて、学校行事の立候補を積極的にしていると『地味子は目立ちたがりや』と陰口を叩かれた。
高野先生が居ればそれで良いと公言し、先生にひよこのように付きまとい手紙を渡した。冬休みには年賀状を、バレンタインデーにはお手製のお菓子を渡した。先生から貰ったお礼やお返事は私の宝箱に保管した。
学年が上がりクラス担任ではなくなっても、私は同じように先生を追いかけ続けていた。
卒業の日。先生に花を渡したくて探していたのに見つけられず、当時人気だった校長先生に会いたい集団に巻き込まれて花をもぎ取るように校長先生に渡されてしまった。
やっと会えた高野先生には手紙しか渡すことができず、先生に説明もできず目の前でぼろぼろと泣いた。卒業の感傷だと思われたのだと思う。先生はまた優しく頭を撫でてくれた。戸惑いながら写真も一緒に撮ってくれた。
先生が親よりも年上の既婚者で、先生を追いかける私は、周りから変なやつだと散々言われた。卒業してからは学校で追いかけられない代わりに、月に一度手紙を書き続けた。学校の住所が書かれていた返事の手紙に、先生の自宅住所が書かれるようになった。高校になっても大学になっても先生との文通は続いた。
夢だった看護師国家試験合格の結果が出た春の返事は、桜の舞う素敵なレターセットで送られてきた。手紙には、夢を叶えたことへのお祝いの言葉が先生の優しい字で綴られていた。就職をして最初の月独り暮らしと仕事始めのあまりの生活変化に戸惑い、手紙が書けなかった。
すると、初めて先生から返事ではない手紙が届いた。仕事も手紙も無理をしないようにと書かれていて、体に気遣うようにと一言添えられた手紙。先生の優しさが胸に沁みた。心配をさせないように、手紙は二月に一度に減らした。
就職二年目に、先生の筆跡が少し変わった気がしたが優しい手紙の内容には変わりがなかった。先生に聞くと、年のせいか体の強張りがでてきている。年をとったということだねという内容の返事がきた。心配しなくても元気にしていると書いてあった。
就職して三年目の冬に、あまり見ない質感の手紙が届いた。印刷された私の名前と、裏には記憶にない名前。封筒を開くと、先生の訃報とお別れ会と葬儀日程が書いてあった。
先生は私よりずっと年上だった。どうして会っておかなかったんだろう?ぼろぼろと泣き崩れた。
仕事のお休みだった葬儀の日に参加することを決めた。昼なのに薄暗く、肌寒く、雪も降っていた。灰色の空から降る雪を眺めながら涙を押し込める。棺の中には少しお年を召して痩せてしまったけど、記憶と同じ優しく穏やかな先生がいた。
口を引き結ぶけど、涙が溢れるのはとめられなかった。お見送りが終わり、ご家族や親族は火葬場に行く。親族ではない私たちはここでもう先生とはお別れだ。思いを込めて先生の乗る車を送る……はずだった。
「村瀬 知佳さんですか?」
名前を呼ばれ振り返ると、見知らぬ人のはずなのにどこか懐かしい雰囲気をもつ男性が立っていた。声を出すと涙が出そうなので、頷くことで肯定をする。
「村瀬さんのお時間に問題がなければ、バスに一緒に乗ってください。」
先生の息子さん……。改めて見ると、彼は高野先生によく似ていた。
「でも親族でもありませんし……ご迷惑では……。」
唐突な申し出にパニックになりながら返事をする。
「父の遺言です。もしも葬儀にあなたが来てくれるようなら、本人が望むのであれば親族のように一緒に最後まで送って欲しいと……。あなたは父にとって娘のような子なんだと家族にも話していました。」
遺言?私のことを先生が呼んでくれたの?
「先生が……。ありがとうございます。」
先生の息子さんとバスに乗り込む。親族の方は事情を把握しているらしく、「あのこが……」と話をしている人たちもいたが、特に誰かから何かを聞かれたりすることはなかった。
座ると、先生の息子さんが優しい口調で声をかけてくれた。この声……少し若いけど先生に似ているな。きっと若い頃先生もこんな顔だったんだろうな。
「自己紹介が遅れました。次男の寛昭といいます。貴方からの手紙は、父の希望で棺の中に納めてあります。よろしければ今日も何か書いて入れてやっていただけませんか?カードと筆記具はこちらに。」
すっと差し出された筆記具とカードをお断りして、ポケットから手紙をとり出す。お気に入りのレターセットにお別れの手紙は書いてきていた。
「用意してきたのですが、棺に入れて欲しいとお願いすることができなかったので……もし可能であれば後で入れさせていただいても?」
「あぁ!父が喜ぶと思います。ありがとうございます。あなたは、本当に父から聞いていた通りの人ですね。」
そう言って、寛昭さんは先生に良く似た優しい笑顔でふんわりと笑った。先生が家族と私の事を話していたことをとても嬉しく思い頬が熱くなった。
火葬場の控え室では、先生のお子さんである、昭一さん、美里さん、寛昭さんとお話しをさせていただいた。
『手紙が来た日は機嫌が良くて家族の誰もがわかった。』
『教師人生で一番優しい教え子!娘みたいなもんだ!が口癖だった。』
『あの仏頂面の父がピンクに白いリボンのかかった箱を開けては、手紙を見てにこにこする姿忘れられない。』
『私たちにとっても、会ったことがないのに歳の離れた妹のような存在。』
『バレンタインの贈り物なんて!ねぇ!仏壇にまで備えてた。自慢かよ。』
『合格の手紙貰ったときは喜びすぎて椅子から落ちそうになってたよね。あれは笑えた。』
そんな話を聞きただただ胸が熱くなる。
「私は、先生にはずっと支えられてばかりで、恩返しもできませんでした。」
涙をこらえながら話すと、寛昭さんが
「そんな事はないよ。二年前から父は闘病生活をしていた。あなたからの手紙は、いつも父に力を与えていた。父は手紙が書けなくなって、字の似ている俺が代筆していた。その期間の手紙は俺も読んでいて……そこはごめんなさい。」
一瞬動揺したものの、見られて困ることは書いていなかったはずとほっとする。
「先生ご病気だったんですね。恩返しに少しでもなっていたなら良かったです。ご存命の間にお会いできなかったのは残念でした。」
「父の強い希望で病気については君に伝えられなくて……。病気だって知ると職業や性格柄、君が頼って弱音吐いてくれたりしなくなるだろうから、絶対に知られたくないって。」
沢山の優しさに守られていたことを改めて知り胸がぎゅっと締め付けられる。
親族に混ざって葬儀を終えた。上背も結構あった先生が、小さな箱に納まってしまう姿は哀しい。もう会えないのだと思うとまた涙が溢れてきた。
先生の話を沢山聞かせていただいたお礼を伝え、お墓参りをしたいので手紙を書いて良いかと確認すると……。
「それなら俺と連絡先を交換しよう。」
寛昭さんがスマホを差し出してくる。メッセージアプリlimeの友達登録画面だ。ありがたく交換させていただく。
帰宅して改めてlimeでお礼を伝えると
「今日は寒い中参列してくれてありがとう。今日はあたたかくして風邪などひかないよう気を付けてください。法要と納骨が終われば墓参りについての連絡をします。」
優しい気遣いのあるメッセージに、先生との文通を思い出す。再び連絡があったのは、葬儀から二ヶ月後だった。
『ご無沙汰しています。高野寛昭です。墓参りですが、かなり分かりにくい場所なのでご案内します。近々空いている日程などがあれば教えて下さい。 寛昭』
図々しいかな?と思いつつも、方向感覚にも自信がないので、ありがたく申し出を受けることにした。が、車で行くのが一番早いからと家まで迎えに来てくれると言う申し出をされ、そこまでしてもらうのは……と戸惑った。最終的には「父さんの想い出話をするなら時間はいくらあっても足りないよ。」という誘惑に負けた私が申し出を受けることになった。
「知佳ちゃんって呼んで良い?俺の事も寛昭でいいよ。高野さんじゃ紛らわしいからね。」
高野先生の面影と似た声を持つ彼にそう言われて断ることもできず頷く。
『可愛い封筒を見ながら、普段は怖い顔の父がにこにこしているのを大学生の時に初めて見たときは二度見した。』
『手紙は全部大切にピンク地で白いリボンのかかった箱に仕舞われていたけど、きっと父が知佳ちゃんに持っていたイメージで選んだと思う。』
『卒業式になかなか自分のところに来て貰えずモヤモヤしたし、来たと思ったら手紙差し出して泣き出してビックリした。と母に話していた。』
『小学校の時にバレンタインのお返しを買ってきていて、学校で渡そうとしていて慌てて皆で止めたんだよ。』
『特別扱いになるからと物を贈らせず手紙で留めさせるのが大変だった。実は知佳ちゃんのための贈り物が家には沢山保管してある。そのうち渡したいな。』
『就職一年目に毎月の手紙が来ないときに知佳ちゃんの家に行こうとしてた。』
『君は家族も同然だったんだ。』
なんて話を、寛昭さんが笑いながらしてくれた。
あたたかい高野先生の話を聞けて心がほっこりとした。
先生のお墓は、駅から離れた先生の故郷のお寺にあった。次に一人で来るのは難しいだろうという立地だ。持ってきた花を供えて、手を合わせる。どれだけ手を合わせていたのか……ふわりと先生に頭を撫でられた気がした。
「先生?」
ビックリして目を開けると寛昭さんが頭を撫でてくれていた。
「ごめん。こんなおじさんでは嫌かもだけど、俺が一番父さんに似ているし俺で我慢して。」
慌てておじさんではないと否定すると、にっこりと笑って私を見て。
「じゃあ、僕にもチャンスがあるってことだね?父さんにも頑張るって報告したし、手加減なく全力で頑張るから!」
と言った。??訳もわからず、頑張って下さい。私も応援していますと伝えたら、寛昭さんが「天然って言われない?」と言いながら大爆笑していた。
連れてきて貰ったお礼にお昼ご飯でも……と申し出てみたものの、年下の子にお金を出させるのはね……こう見えてもそこそこ高給取りなんだよ?とウインクしながら渋られてしまった。
おしゃれなレストランで、お昼を食べ終わる頃にはいつの間にかスマートにお会計も終わっていた。
車内でシートベルトをしめ、お礼を伝える。
「何もかもありがとうございます。私に出来ることだったら何でもお礼に……あんまり出来ること無…」
言いかけた唇を人さし指で押さえられた。少し怒った顔で近づいてくる。左腕が顔の横にあって助手席で壁ドンのような状況になってしまう。
「『私に出来ることなら何でも』なんて特に男には言ってはいけないよ!こうやって迫られたらどうするの?簡単にキスされちゃうよ?」
真っ赤になって固まった私を見て、パッと両手をあげて優しい笑顔に戻る。そして、運転席に背中をつけ考える仕種をする。
「んー。どうしてもって話なら、手紙に書いてた手料理……食べたいんだけど、来月か再来月月命日のお墓参りと一緒にお弁当持ってドライブとかどう?もうすぐ桜も咲く父さんのお気に入りの場所があるから案内するよ。」
「是非!私の手料理でいいんですか?先生のお気に入り!行ってみたいです。」
「ん。分かった。知佳ちゃんは、俺以外の車に気軽に乗らないようにね。父さんも心配してたけど、これは心配するわ……こんな素直な天然系じゃあすぐにとって喰われちゃう……。」
寛昭さんの言葉は最後までは聞こえなかった。職場は女性の方が圧倒的に多いし飲み会などがあっても、メガネで地味な私に興味を示す人は居ないと伝えると頭を抱えて。
「本当に気を付けて!」
と念押しされたので、心配性なのは先生と同じだなと思いながら、笑いながら気を付けますと答えた。
一月は忙しくあっという間で、前回約束したお墓参りとお花見のためにお弁当を作る。いつも職場に持っていくようなお弁当で!って言われたけど……唐揚げ,卵焼き,煮物,ミニグラタン。本当にいつもと同じだけどいいのかな?男の人ってどのくらい食べるのかな?父もおらず、付き合ったことのある男性もいない私には想像もできず、心持ち多めに詰めた。
あとは、ナッツたっぷりのオートミールクッキー。日持ちもするからおやつに食べるか持ち帰ってもらえばいいかな。嫌いなものはないって聞いているし、甘いものがあまり得意ではない先生に贈るために試行錯誤して長年作っているレシピだから平気だよね?
小分けにして先生にお供えする分も別にして寛昭さんの迎えを待つ。服装も……変じゃないよね?動きやすいし、シートも持ったし。
車内ではやっぱり先生のお話や先生が話していた私の事。
話を聞いていると先生から見た私は、天使みたいに聞こえるから、実際に会ったとき家族をがっかりさせたんじゃないかとぽつりと溢すと
「父の見立ては正しかったって、俺は思ってるよ。知佳ちゃんは、父の言ってた通りの子だよ。」
信号待ちで頭を撫でてくれた。
先生のお墓参りでクッキーをお供えしているのを見て寛昭さんが、急に大きな声を出した。
「あ!それ!ずるい!いつも父さんだけ……って思ってたな~。」
寛昭さんの話を聞いて、葬儀の日に食べる前に仏壇に備えていたという話を聞いたことを思い出す。仏壇にあればそれはみんな見ているよね。
「バレンタインに父に送っていたやつでしょ?皆食べたいのに、絶対に分けてくれなかったんだよね。俺は、一回仏壇から盗み食いして怒られたんだけどね。あの頃はお菓子一つで大人気ない父だと思ったけど……独占したい気持ちわかりすぎる。」
悪戯っ子のように頭をかきながら話す。寛昭さんのもあることを伝えてみると、目がキラキラしている。クッキーを独占したいなんて凄くクッキーが好きなんだなぁ。
「ご期待に添えるかは分からないですけど。甘さは控えめにしてあります。先生……甘さ控えめがお好きだったから。」
「はぁ。俺専用とはいえ、まだまだ父には勝てそうもないね。」
?勝ち負け?なんの?首をかしげていると、寛昭さんに頭を撫でられる。先生と同じで、彼も頭を撫でるのが好きなのかな?なんだか落ち着くからすごく嬉しい。
先生の好きな桜のスポットは、地元の人しか知らない穴場みたいな場所。少し冷たい空気と湧水まである綺麗なところだった。寛昭さんが見せてくれたそこで撮った家族写真には、先生が少しむっすりした顔で写っていた。
「父は写真が嫌いなんだよね。でも、卒業式に知佳ちゃんと撮った写真はずっと部屋に飾ってあったよ。その額もピンクと白リボンだった気がするなぁ。写真でもあんな笑顔の父はなかなか残ってないから貴重だよ。葬儀の時に使うか悩んだんだけどね…あの写真だと父だと皆が理解しないんじゃないかってなって父に持たせてあげたんだ。」
私にとっても宝物の写真だ。元の写真も大切にしてあるし、デジタルデータとして実はスマホにも入っているので、寛昭さんに見せる。
「知佳ちゃんは、本当に父が好きだよね。自分の父とはいえ妬けちゃうな。」
寛昭さんは冗談ばっかり言ってドキドキさせてくるから困る。シートを敷くのを手伝ってもらってお弁当を広げると、寛昭さんが嬉しそうな顔をする。肌寒いので急遽キャベツとベーコンのコンソメスープも持ってきたけど、正解だったなって思う。少し多めだったはずのお弁当をぺろりと完食したのを見て、成人男性の食欲って凄いと驚かされた。
「これ、日持ちはするのでおうちで食べてもらっても大丈夫です。」
「俺の!俺だけの!沢山入ってる。嬉しい!今少し食べてもいい?」
よっぽどクッキーが好きなんだなぁとか、あの細い体のどこに入っていくのかな?とビックリしながら頷くと、袋を開けて食べ始める。凄く美味しそうに食べてくれる姿を見て幸せを感じる。
「知佳ちゃん美味しいよ。俺嬉しい!知佳ちゃんが望むだけ、これからも父の好きだったところや想い出の場所に連れていくよ。だからまたお弁当とかクッキーを俺に作ってくれない?」
「それは!とっても嬉しいです。でも、寛昭さんのご迷惑にはならないですか?」
「全然!むしろ役得だね!兄さんたちに羨ましがられているくらい。」
ぺろっと子供っぽい仕草をしながらそんな風な口約束をする。口約束は律儀に守られ、お墓参りの後に夏には海、秋には紅葉、冬には凍る滝、春の桜……先生が家族と出掛けたお気に入りの場所をお手製のお弁当と共に私は寛昭さんと過ごした。
年上の寛昭さんにどんどん惹かれていることは自覚しつつあったけれど、彼から見て十歳も下の私は妹のように思われているのだろうと思う。今の関係さえも失われてしまいそうで、思いを口に出すことはできなかった。
『知佳ちゃん!次は教会に行こうと思うんだけどどうだろう?両親が挙式したところだよ。近くにいいお店があるからお弁当は今回は無しで早起きで出掛けるのどう?』
limeで、寛昭さんから素敵な教会の写真が送られてくる。
『お願いします!今週は金曜が職場の飲み会なので、土曜は早起きできるか分からなくて……日曜にしたいのですが大丈夫ですか?』
『飲み会?何時まで?』
『21時までなんですけど、幹事の友達が出来たら二次会にも居て欲しいと声かけてきて悩んでいます。お酒弱いし遅くなっちゃうから。』
『俺!迎えにいくよ!心配だから。』
『でも、それは寛昭さんに悪いので』
『心配しながら連絡待つ方がしんどいよ。お願い。』
『わかりました。お願いします。お礼はまた考えておきますね。』
『気にしなくていいよ。俺のわがままだと思ってくれていいから。ちゃんと連絡してきてね。』
limeでのやり取りが終わってほほえみと胸が熱い。妹のように思って大切にしてもらっていると分かっていても、好きな人からの特別扱いはかなり嬉しい。
金曜の飲み会では、酔った同期が
『眼鏡外した顔見たことなーい!』
と言い出して、眼鏡を取り上げられてからかわれて散々な感じになり、必死で取り返した。……にも拘らず、二次会のショットバーでも同じように眼鏡を取り上げられて……あっちこっちに投げられているうちに、随分酔っぱらっているメンバーの足元に落ちて踏まれてしまった。
『ごめんねぇ。アハハ。でも眼鏡無い方が可愛いよー村瀬チャン俺と付き合っちゃうー?』
なんて声かけられて、我慢できなくなって幹事でもある友達の由加理に付き添ってもらって店の外に出て、帰るために寛昭さんにlime電話で連絡を取らせてもらう。
電話の向こうの寛昭さんの声に、ざわざわ波立っていた心が癒される。お店の名前と状況を伝えて迎えに来て欲しいと話すと、近くにいるからすぐ行けるよと優しい声が返ってきた。
由加理に迎えが来たら帰る話をしていると店のドアが乱暴に開き、中から酔っ払った同期の田村君が出てきた。
「むーらーせーちゃん!逃げないでよー。どしてそんな可愛いのに隠してたの?俺と今から抜けよう?」
女子に人気だけど、私に対して『地味だよね』って普通に言って来る人で、私は入社当時から凄く苦手としていた。どんどん近付いてくる勢いが怖い。由加理が目の前にそっと立ってくれる。
「も……もう迎えに来てもらうから帰ります。」
「えー?村瀬ちゃん冷たくね?地味子だと思ってスルーしてたけど、よく見たらおっぱいも大きいし!色白いし!眼鏡なかったら可愛いじゃん?割とイケてるし?今日一緒に夜の街に消えちゃわない?」
「や……だから迎えが。」
「またまたぁ。そんな見栄張らなくてもさぁ。」
由加理を押し退けて近づいてきて、耳元で囁くように話しかけられて鳥肌がたつ。押し退けられて体勢を崩した由加理は後ろから出てきた彼氏に抱き止められていてほっとした。
「わーぉ。村瀬チャンの涙目がそそるねぇ。ベッドでもそんな風な顔見せるのかな?」
眼鏡がないから、彼がどんな顔しているのか分からないけど気持ち悪いのだけは分かる。
「いやっ」
迫ってくる田村くんから体を避けたら、ふわっと後ろから包み込まれた。香りで寛昭さんだってすぐわかった。
「俺の知佳に何してる!」
「おっさんが邪魔してるんじゃねーよ。」
「ひ!寛昭さんはおっさんじゃないわっ!わ!私のす……素敵な、か……彼氏なんだからっ!!」
「知佳……」
寛昭さんがどんな風に思ったか分からないけど後で沢山弁解するから、今だけは私に合わせて欲しいと祈りを込めて寛昭さんを見上げる。
ぐっと抱き締められて、寛昭さんのコートの中にすっぽりと納められてしまう。凄くいい香り。
『わーぉカッコイイ大人な彼氏だ!』
『モテモテ田村がショボいガキんちょにみえる。』
『さっきの発言はドン引きでしょエロ親父かよっての……。』
『スパダリってやつ?ヒュー!』
『村瀬さん眼鏡なし可愛かったんだねぇ!』
『知佳!あとで話!聞かせてもらうからね!』
なんてギャラリーが店の外に増えているみたいでわいわいしていた。
「由加理さんはどこかな?さっきは知佳を手伝ってくれてありがとう助かったよ。荷物もありがとう。これ、お釣りは要らないから。」
呼ばれてきた由加理が、寛昭さんからお金を預かり、落ちていた私の荷物を渡してくれたみたい。コートに隠されたまま音しかわからないけど、由加理の反応から確実に万札が複数枚渡されたのではないかと感じた。
慌てて寛昭さんの方を向くと、一旦目を合わせてにこっとして軽々と抱き上げられた。お姫様抱っこ!不安定になるから手を首に回すように耳打ちされて、手を回すと寛昭さん越しに黄色い悲鳴が上がった。恥ずかしすぎて、寛昭さんの胸に顔を埋めて顔を隠す。彼が笑ったのがわかった。
そのまま車に運ばれて車の側でそっとおろされ、助手席に乗る。
「ごめんなさい。話し合わせてくれてありがとう寛昭さん。」
「知佳無事でよかった。」
もう彼氏のお芝居は終わってるはずなのに知佳呼びのままでドキドキする。
「そんな潤んだ可愛い目で見つめられたら狼になりそうだよ。眼鏡の知佳も眼鏡がない知佳も可愛いね。」
寛昭さんの冗談は分かりにくい。心臓が持たないよ。
「ね?知佳?予定変えてこのまま教会見に行っちゃう?今から行くと朝焼けの教会が見られるかも?……って、あー!眼鏡無いと見えないよね。馬鹿なこと言った。朝一番で眼鏡作りに行こう。それから買い物して準備してから、夕日の教会に行こう。店の予約は日曜から明日に変えてもらうから。」
寛昭さんの勢いに負けて、はいって返事しかできない。頭を撫でられる。今、彼はどんな顔しているの?凄く見たい。
「んんっ。知佳?そんなに見られたら穴開いちゃうよ。ほら、送るからシートベルトして?」
ぽんぽんと頭を撫でながら寛昭さんが言う。大人しくシートベルトをしながら、帰りたくないなって思っていたら。
「知佳……お願い。俺、持たなくなるから明日まで待って……。」
ハンドルに突っ伏している寛昭さん……耳?赤い?……良く見えないけど明日?ってなんだろう。首をかしげると、また寛昭さんが頭を抱えているのが見えた。
マンション前で私をおろして、手を引き腰を抱えてエスコートされるようにマンションのドア前まで来る。
ドア前で、手を離す瞬間に寛昭さんの手が私の手をぎゅって逃がしたくないって握ったように感じた。そうだったら嬉しいのに……寛昭さんの顔を見つめる。彼から変な声が出て、額に手を当てているのが見えて首を捻る。
「明日迎えに来るけど、部屋には前の眼鏡くらいはあるんだよね?生活には問題ない程度はできるんだね?お風呂ゆっくり入ってちゃんと寝るんだよ?明日は六時に迎えに来るよ。現地の方に進みながら、大きめのショッピングモールで買い物してから教会に行こう。」
呪文のように一気に言われ無言の肯定になってしまった。予備眼鏡は玄関に置いてあったので、その後は言われた通りゆっくりお風呂に入って、スマホを持ってベッドに寝転がると由加理からのlimeがめちゃくちゃに入っていた。
『今日は疲れたからごめん。また今度話すね。』
と由加理に送り、寛昭さんには
『明日も楽しみです。今日は助けてくれてありがとうございます。寛昭さんのコートの中とっても安心できました。お姫様抱っこは恥ずかしかったけど、話しをすぐに合わせてくれて本当に助かりました。』
と送った。送られた二人がメッセージを読みながらそれぞれ別の意味でバタバタしていたという事を、私は知らないまま熟眠した。
翌日、一番に新しい眼鏡を作って出来上がりを待つ間に買い物をすることになる。
「視力の合わない眼鏡は使っていると目に悪いから。」
と、予備眼鏡を取り上げられてしまい見えなくなってしまった私は、昨夜のように寛昭さんの腕にぎゅっとくっついたま腰は彼の手で支えられている……とてもドキドキする。
来たのはブティック?
「この子にいい感じの選んでもらえる?白以外で……ディナー用。可愛い色がいいかなぁ。」
「寛昭さん?」
「知佳?手を離すから怖がらないで?この子、眼鏡がなくてほとんど見えていないから気を付けてあげて。」
女性店員さんに手を引かれて服を当てられている。色白いですね!目が大きいですね!黒髪が艶々!なんて素敵なお胸!!なんて言われながらあれこれ当てられて、パステルピンクのタイト目なワンピース?(見えない)を着せられて寛昭さんのところに案内される。
「……知佳。」
「お連れ様が可愛すぎて褒め言葉も浮かばないみたいですよ。とても良くお似合いですから。」
「あ!うん。凄く……凄く綺麗だ知佳!」
ぎゅっと寛昭さんに抱き締められる。
「まぁあ。お可愛らしい!こんなにうなじやデコルテまで赤くなるような色白さんはなかにいらっしゃいませんよ。」
恥ずかしくていたたまれない。
「ん。素敵だよ知佳。じゃあこれでお願い!箱にいれてもらっていい?現地で着替えるから。」
「畏まりました。ありがとうございます。」
そんなやり取りを経て、またコアラのように寛昭さんの腕にくっついている。眼鏡を回収して、見え方の確認で横をちらっと見て寛昭さんの優しい笑顔が見えてきゅんとした。目をそらしてみたものの腰に当てられた手が見えてしまい脳が茹だってしまいそう。
結局お金は、昨日の分も含めて払わせてもらえなかった。
ディナー用に買った服に着替えさせてもらうために教会近くのホテルに寄って、髪も服も整えて貰った。アクセサリーまで!何もかも寛昭さんが事前に用意してくれていた。着替えて出てくると寛昭さんも素敵なスーツに着替えていた。
教会の夕陽が反射したステンドグラスが神秘的で先生の挙式写真では若い頃の二人が幸せそうに笑っていた。
「知佳。昨日の彼氏発言があいつから逃げるための芝居だった事はわかっている。でも、父さんの手紙のことを知った頃からずっと、俺は君に恋い焦がれていた。大学生が小学生になんてロリコンと兄姉に罵られながらも、ずっと君を思っていたんだ。父さんが君に巡り会わせてくれたんだと思っている。出会えたどうか俺の恋人になって……そしていつか、妻になって欲しい。」
バサッと大きな薔薇の花束を出す。え?!どこから出てきたの?!マジシャン?!恋人?妻?
「本当に?!寛昭さんから見たら妹なんだと思っていたからあの……恋人居たことないのでよく分からないのですがよろしくお願いします。」
寛昭さんがきゅっと抱き締めてくれる。大好きな香りがする。顎をくいっとあげられて彼の顔が近づいてきた。初めてのキスを厳かな教会で受け入れた。
抱き締められてしばらくして、気づいたことを寛昭さんに問う。
「でも、この後お食事って断られるパターンは寛昭さんの中には全くなかったってことですよね?」
「?だって知佳、父さんに似た俺に最初からいい感じの感情があったでしょ?長期戦でも口説き落とす気だったけど……。勝ちは見えたから……俺も色々限界でフライングした感じかな……。」
「なっ!」
一人で悩んでいたことなんてバレバレだったなんて恥ずかしい。限界って告白の?
「ど……どうせ経験値無いですよーだ。」
「知佳に経験値有りすぎたら嫉妬で死んじゃうよ。俺が何年君を思っていると思ってるんだ。」
真っ赤になる私の手を引いて、海辺のホテルに併設されたレストランへ……。着替えをしたホテルの部屋まで押さえていることを知り、倒れそうになるのは食後のことだった。
同時にきた転校生が、元々この学校に在籍していた地元の子だったこともあって、同じタイミングで転校してきた私は話題からも外れクラスで浮いた存在になった。田舎町で、片親だということも人から遠ざけられる原因になってしまったらしい。
元の学校では、幼馴染みたちと活発に外で遊ぶタイプだった。離婚で、父の会社の社宅に住み続けることが叶わず母の実家であるこの土地にきたが、学校の雰囲気に馴染めず、図書館か中庭が私の居場所になっていた。
クラスの子たちや、一緒に転校してきた岡田に「根暗」「地味子」と呼ばれていた。よく知りもしない私の悪口を言う彼らの雰囲気が好きになれず距離を詰めるように動くこともできなかった。
そんな私を気にかけてくれたのは、クラスの愛されキャラ野田 徳仁君だった。彼が声をかけてくれるようになって、転校後初めて親しくしてくれる同級生に嬉しくなった。
相手が野田君だったことで、皆の嫉妬を煽り、私とクラスメイトは更に溝を深めたようだった。
「野田くんに可哀想と思われて構われてイイ気になってる。地味なくせに」
「本当に!なんであんな子が!」
聞こえよがしに意地悪を言われるのが日常になったが、特にそれ以上に何かされることはなかったので誰にも言わずに過ごした。
野田君には見えないところで言われるので、彼自身は全く知らず話しかけてくれたり親切にしてくれた。
ある日野田くんに好きだと言われた。友達としてか異性としてかはわからないが、それを聞きとめた周りの子が更に私への悪口をヒートアップさせた。
悪口が日常になったある日、たまたま通りかかった高野先生がその 悪口を聞きとめて、クラスメイトを叱り、私をその場から連れ出してくれた。
「いつも村瀬は、あんなことを言われているのか?大丈夫なのか?何か出来ることはないか?気付けずにしんどい思いをさせたごめんな。」
そう言って先生は頭を撫でてくれた。事情を知った野田君も気まずくなったのか、距離をとられるようになって、私はまた孤立した。でも、私には先生がいたから平気だった。
先生と沢山居たくて、学校行事の立候補を積極的にしていると『地味子は目立ちたがりや』と陰口を叩かれた。
高野先生が居ればそれで良いと公言し、先生にひよこのように付きまとい手紙を渡した。冬休みには年賀状を、バレンタインデーにはお手製のお菓子を渡した。先生から貰ったお礼やお返事は私の宝箱に保管した。
学年が上がりクラス担任ではなくなっても、私は同じように先生を追いかけ続けていた。
卒業の日。先生に花を渡したくて探していたのに見つけられず、当時人気だった校長先生に会いたい集団に巻き込まれて花をもぎ取るように校長先生に渡されてしまった。
やっと会えた高野先生には手紙しか渡すことができず、先生に説明もできず目の前でぼろぼろと泣いた。卒業の感傷だと思われたのだと思う。先生はまた優しく頭を撫でてくれた。戸惑いながら写真も一緒に撮ってくれた。
先生が親よりも年上の既婚者で、先生を追いかける私は、周りから変なやつだと散々言われた。卒業してからは学校で追いかけられない代わりに、月に一度手紙を書き続けた。学校の住所が書かれていた返事の手紙に、先生の自宅住所が書かれるようになった。高校になっても大学になっても先生との文通は続いた。
夢だった看護師国家試験合格の結果が出た春の返事は、桜の舞う素敵なレターセットで送られてきた。手紙には、夢を叶えたことへのお祝いの言葉が先生の優しい字で綴られていた。就職をして最初の月独り暮らしと仕事始めのあまりの生活変化に戸惑い、手紙が書けなかった。
すると、初めて先生から返事ではない手紙が届いた。仕事も手紙も無理をしないようにと書かれていて、体に気遣うようにと一言添えられた手紙。先生の優しさが胸に沁みた。心配をさせないように、手紙は二月に一度に減らした。
就職二年目に、先生の筆跡が少し変わった気がしたが優しい手紙の内容には変わりがなかった。先生に聞くと、年のせいか体の強張りがでてきている。年をとったということだねという内容の返事がきた。心配しなくても元気にしていると書いてあった。
就職して三年目の冬に、あまり見ない質感の手紙が届いた。印刷された私の名前と、裏には記憶にない名前。封筒を開くと、先生の訃報とお別れ会と葬儀日程が書いてあった。
先生は私よりずっと年上だった。どうして会っておかなかったんだろう?ぼろぼろと泣き崩れた。
仕事のお休みだった葬儀の日に参加することを決めた。昼なのに薄暗く、肌寒く、雪も降っていた。灰色の空から降る雪を眺めながら涙を押し込める。棺の中には少しお年を召して痩せてしまったけど、記憶と同じ優しく穏やかな先生がいた。
口を引き結ぶけど、涙が溢れるのはとめられなかった。お見送りが終わり、ご家族や親族は火葬場に行く。親族ではない私たちはここでもう先生とはお別れだ。思いを込めて先生の乗る車を送る……はずだった。
「村瀬 知佳さんですか?」
名前を呼ばれ振り返ると、見知らぬ人のはずなのにどこか懐かしい雰囲気をもつ男性が立っていた。声を出すと涙が出そうなので、頷くことで肯定をする。
「村瀬さんのお時間に問題がなければ、バスに一緒に乗ってください。」
先生の息子さん……。改めて見ると、彼は高野先生によく似ていた。
「でも親族でもありませんし……ご迷惑では……。」
唐突な申し出にパニックになりながら返事をする。
「父の遺言です。もしも葬儀にあなたが来てくれるようなら、本人が望むのであれば親族のように一緒に最後まで送って欲しいと……。あなたは父にとって娘のような子なんだと家族にも話していました。」
遺言?私のことを先生が呼んでくれたの?
「先生が……。ありがとうございます。」
先生の息子さんとバスに乗り込む。親族の方は事情を把握しているらしく、「あのこが……」と話をしている人たちもいたが、特に誰かから何かを聞かれたりすることはなかった。
座ると、先生の息子さんが優しい口調で声をかけてくれた。この声……少し若いけど先生に似ているな。きっと若い頃先生もこんな顔だったんだろうな。
「自己紹介が遅れました。次男の寛昭といいます。貴方からの手紙は、父の希望で棺の中に納めてあります。よろしければ今日も何か書いて入れてやっていただけませんか?カードと筆記具はこちらに。」
すっと差し出された筆記具とカードをお断りして、ポケットから手紙をとり出す。お気に入りのレターセットにお別れの手紙は書いてきていた。
「用意してきたのですが、棺に入れて欲しいとお願いすることができなかったので……もし可能であれば後で入れさせていただいても?」
「あぁ!父が喜ぶと思います。ありがとうございます。あなたは、本当に父から聞いていた通りの人ですね。」
そう言って、寛昭さんは先生に良く似た優しい笑顔でふんわりと笑った。先生が家族と私の事を話していたことをとても嬉しく思い頬が熱くなった。
火葬場の控え室では、先生のお子さんである、昭一さん、美里さん、寛昭さんとお話しをさせていただいた。
『手紙が来た日は機嫌が良くて家族の誰もがわかった。』
『教師人生で一番優しい教え子!娘みたいなもんだ!が口癖だった。』
『あの仏頂面の父がピンクに白いリボンのかかった箱を開けては、手紙を見てにこにこする姿忘れられない。』
『私たちにとっても、会ったことがないのに歳の離れた妹のような存在。』
『バレンタインの贈り物なんて!ねぇ!仏壇にまで備えてた。自慢かよ。』
『合格の手紙貰ったときは喜びすぎて椅子から落ちそうになってたよね。あれは笑えた。』
そんな話を聞きただただ胸が熱くなる。
「私は、先生にはずっと支えられてばかりで、恩返しもできませんでした。」
涙をこらえながら話すと、寛昭さんが
「そんな事はないよ。二年前から父は闘病生活をしていた。あなたからの手紙は、いつも父に力を与えていた。父は手紙が書けなくなって、字の似ている俺が代筆していた。その期間の手紙は俺も読んでいて……そこはごめんなさい。」
一瞬動揺したものの、見られて困ることは書いていなかったはずとほっとする。
「先生ご病気だったんですね。恩返しに少しでもなっていたなら良かったです。ご存命の間にお会いできなかったのは残念でした。」
「父の強い希望で病気については君に伝えられなくて……。病気だって知ると職業や性格柄、君が頼って弱音吐いてくれたりしなくなるだろうから、絶対に知られたくないって。」
沢山の優しさに守られていたことを改めて知り胸がぎゅっと締め付けられる。
親族に混ざって葬儀を終えた。上背も結構あった先生が、小さな箱に納まってしまう姿は哀しい。もう会えないのだと思うとまた涙が溢れてきた。
先生の話を沢山聞かせていただいたお礼を伝え、お墓参りをしたいので手紙を書いて良いかと確認すると……。
「それなら俺と連絡先を交換しよう。」
寛昭さんがスマホを差し出してくる。メッセージアプリlimeの友達登録画面だ。ありがたく交換させていただく。
帰宅して改めてlimeでお礼を伝えると
「今日は寒い中参列してくれてありがとう。今日はあたたかくして風邪などひかないよう気を付けてください。法要と納骨が終われば墓参りについての連絡をします。」
優しい気遣いのあるメッセージに、先生との文通を思い出す。再び連絡があったのは、葬儀から二ヶ月後だった。
『ご無沙汰しています。高野寛昭です。墓参りですが、かなり分かりにくい場所なのでご案内します。近々空いている日程などがあれば教えて下さい。 寛昭』
図々しいかな?と思いつつも、方向感覚にも自信がないので、ありがたく申し出を受けることにした。が、車で行くのが一番早いからと家まで迎えに来てくれると言う申し出をされ、そこまでしてもらうのは……と戸惑った。最終的には「父さんの想い出話をするなら時間はいくらあっても足りないよ。」という誘惑に負けた私が申し出を受けることになった。
「知佳ちゃんって呼んで良い?俺の事も寛昭でいいよ。高野さんじゃ紛らわしいからね。」
高野先生の面影と似た声を持つ彼にそう言われて断ることもできず頷く。
『可愛い封筒を見ながら、普段は怖い顔の父がにこにこしているのを大学生の時に初めて見たときは二度見した。』
『手紙は全部大切にピンク地で白いリボンのかかった箱に仕舞われていたけど、きっと父が知佳ちゃんに持っていたイメージで選んだと思う。』
『卒業式になかなか自分のところに来て貰えずモヤモヤしたし、来たと思ったら手紙差し出して泣き出してビックリした。と母に話していた。』
『小学校の時にバレンタインのお返しを買ってきていて、学校で渡そうとしていて慌てて皆で止めたんだよ。』
『特別扱いになるからと物を贈らせず手紙で留めさせるのが大変だった。実は知佳ちゃんのための贈り物が家には沢山保管してある。そのうち渡したいな。』
『就職一年目に毎月の手紙が来ないときに知佳ちゃんの家に行こうとしてた。』
『君は家族も同然だったんだ。』
なんて話を、寛昭さんが笑いながらしてくれた。
あたたかい高野先生の話を聞けて心がほっこりとした。
先生のお墓は、駅から離れた先生の故郷のお寺にあった。次に一人で来るのは難しいだろうという立地だ。持ってきた花を供えて、手を合わせる。どれだけ手を合わせていたのか……ふわりと先生に頭を撫でられた気がした。
「先生?」
ビックリして目を開けると寛昭さんが頭を撫でてくれていた。
「ごめん。こんなおじさんでは嫌かもだけど、俺が一番父さんに似ているし俺で我慢して。」
慌てておじさんではないと否定すると、にっこりと笑って私を見て。
「じゃあ、僕にもチャンスがあるってことだね?父さんにも頑張るって報告したし、手加減なく全力で頑張るから!」
と言った。??訳もわからず、頑張って下さい。私も応援していますと伝えたら、寛昭さんが「天然って言われない?」と言いながら大爆笑していた。
連れてきて貰ったお礼にお昼ご飯でも……と申し出てみたものの、年下の子にお金を出させるのはね……こう見えてもそこそこ高給取りなんだよ?とウインクしながら渋られてしまった。
おしゃれなレストランで、お昼を食べ終わる頃にはいつの間にかスマートにお会計も終わっていた。
車内でシートベルトをしめ、お礼を伝える。
「何もかもありがとうございます。私に出来ることだったら何でもお礼に……あんまり出来ること無…」
言いかけた唇を人さし指で押さえられた。少し怒った顔で近づいてくる。左腕が顔の横にあって助手席で壁ドンのような状況になってしまう。
「『私に出来ることなら何でも』なんて特に男には言ってはいけないよ!こうやって迫られたらどうするの?簡単にキスされちゃうよ?」
真っ赤になって固まった私を見て、パッと両手をあげて優しい笑顔に戻る。そして、運転席に背中をつけ考える仕種をする。
「んー。どうしてもって話なら、手紙に書いてた手料理……食べたいんだけど、来月か再来月月命日のお墓参りと一緒にお弁当持ってドライブとかどう?もうすぐ桜も咲く父さんのお気に入りの場所があるから案内するよ。」
「是非!私の手料理でいいんですか?先生のお気に入り!行ってみたいです。」
「ん。分かった。知佳ちゃんは、俺以外の車に気軽に乗らないようにね。父さんも心配してたけど、これは心配するわ……こんな素直な天然系じゃあすぐにとって喰われちゃう……。」
寛昭さんの言葉は最後までは聞こえなかった。職場は女性の方が圧倒的に多いし飲み会などがあっても、メガネで地味な私に興味を示す人は居ないと伝えると頭を抱えて。
「本当に気を付けて!」
と念押しされたので、心配性なのは先生と同じだなと思いながら、笑いながら気を付けますと答えた。
一月は忙しくあっという間で、前回約束したお墓参りとお花見のためにお弁当を作る。いつも職場に持っていくようなお弁当で!って言われたけど……唐揚げ,卵焼き,煮物,ミニグラタン。本当にいつもと同じだけどいいのかな?男の人ってどのくらい食べるのかな?父もおらず、付き合ったことのある男性もいない私には想像もできず、心持ち多めに詰めた。
あとは、ナッツたっぷりのオートミールクッキー。日持ちもするからおやつに食べるか持ち帰ってもらえばいいかな。嫌いなものはないって聞いているし、甘いものがあまり得意ではない先生に贈るために試行錯誤して長年作っているレシピだから平気だよね?
小分けにして先生にお供えする分も別にして寛昭さんの迎えを待つ。服装も……変じゃないよね?動きやすいし、シートも持ったし。
車内ではやっぱり先生のお話や先生が話していた私の事。
話を聞いていると先生から見た私は、天使みたいに聞こえるから、実際に会ったとき家族をがっかりさせたんじゃないかとぽつりと溢すと
「父の見立ては正しかったって、俺は思ってるよ。知佳ちゃんは、父の言ってた通りの子だよ。」
信号待ちで頭を撫でてくれた。
先生のお墓参りでクッキーをお供えしているのを見て寛昭さんが、急に大きな声を出した。
「あ!それ!ずるい!いつも父さんだけ……って思ってたな~。」
寛昭さんの話を聞いて、葬儀の日に食べる前に仏壇に備えていたという話を聞いたことを思い出す。仏壇にあればそれはみんな見ているよね。
「バレンタインに父に送っていたやつでしょ?皆食べたいのに、絶対に分けてくれなかったんだよね。俺は、一回仏壇から盗み食いして怒られたんだけどね。あの頃はお菓子一つで大人気ない父だと思ったけど……独占したい気持ちわかりすぎる。」
悪戯っ子のように頭をかきながら話す。寛昭さんのもあることを伝えてみると、目がキラキラしている。クッキーを独占したいなんて凄くクッキーが好きなんだなぁ。
「ご期待に添えるかは分からないですけど。甘さは控えめにしてあります。先生……甘さ控えめがお好きだったから。」
「はぁ。俺専用とはいえ、まだまだ父には勝てそうもないね。」
?勝ち負け?なんの?首をかしげていると、寛昭さんに頭を撫でられる。先生と同じで、彼も頭を撫でるのが好きなのかな?なんだか落ち着くからすごく嬉しい。
先生の好きな桜のスポットは、地元の人しか知らない穴場みたいな場所。少し冷たい空気と湧水まである綺麗なところだった。寛昭さんが見せてくれたそこで撮った家族写真には、先生が少しむっすりした顔で写っていた。
「父は写真が嫌いなんだよね。でも、卒業式に知佳ちゃんと撮った写真はずっと部屋に飾ってあったよ。その額もピンクと白リボンだった気がするなぁ。写真でもあんな笑顔の父はなかなか残ってないから貴重だよ。葬儀の時に使うか悩んだんだけどね…あの写真だと父だと皆が理解しないんじゃないかってなって父に持たせてあげたんだ。」
私にとっても宝物の写真だ。元の写真も大切にしてあるし、デジタルデータとして実はスマホにも入っているので、寛昭さんに見せる。
「知佳ちゃんは、本当に父が好きだよね。自分の父とはいえ妬けちゃうな。」
寛昭さんは冗談ばっかり言ってドキドキさせてくるから困る。シートを敷くのを手伝ってもらってお弁当を広げると、寛昭さんが嬉しそうな顔をする。肌寒いので急遽キャベツとベーコンのコンソメスープも持ってきたけど、正解だったなって思う。少し多めだったはずのお弁当をぺろりと完食したのを見て、成人男性の食欲って凄いと驚かされた。
「これ、日持ちはするのでおうちで食べてもらっても大丈夫です。」
「俺の!俺だけの!沢山入ってる。嬉しい!今少し食べてもいい?」
よっぽどクッキーが好きなんだなぁとか、あの細い体のどこに入っていくのかな?とビックリしながら頷くと、袋を開けて食べ始める。凄く美味しそうに食べてくれる姿を見て幸せを感じる。
「知佳ちゃん美味しいよ。俺嬉しい!知佳ちゃんが望むだけ、これからも父の好きだったところや想い出の場所に連れていくよ。だからまたお弁当とかクッキーを俺に作ってくれない?」
「それは!とっても嬉しいです。でも、寛昭さんのご迷惑にはならないですか?」
「全然!むしろ役得だね!兄さんたちに羨ましがられているくらい。」
ぺろっと子供っぽい仕草をしながらそんな風な口約束をする。口約束は律儀に守られ、お墓参りの後に夏には海、秋には紅葉、冬には凍る滝、春の桜……先生が家族と出掛けたお気に入りの場所をお手製のお弁当と共に私は寛昭さんと過ごした。
年上の寛昭さんにどんどん惹かれていることは自覚しつつあったけれど、彼から見て十歳も下の私は妹のように思われているのだろうと思う。今の関係さえも失われてしまいそうで、思いを口に出すことはできなかった。
『知佳ちゃん!次は教会に行こうと思うんだけどどうだろう?両親が挙式したところだよ。近くにいいお店があるからお弁当は今回は無しで早起きで出掛けるのどう?』
limeで、寛昭さんから素敵な教会の写真が送られてくる。
『お願いします!今週は金曜が職場の飲み会なので、土曜は早起きできるか分からなくて……日曜にしたいのですが大丈夫ですか?』
『飲み会?何時まで?』
『21時までなんですけど、幹事の友達が出来たら二次会にも居て欲しいと声かけてきて悩んでいます。お酒弱いし遅くなっちゃうから。』
『俺!迎えにいくよ!心配だから。』
『でも、それは寛昭さんに悪いので』
『心配しながら連絡待つ方がしんどいよ。お願い。』
『わかりました。お願いします。お礼はまた考えておきますね。』
『気にしなくていいよ。俺のわがままだと思ってくれていいから。ちゃんと連絡してきてね。』
limeでのやり取りが終わってほほえみと胸が熱い。妹のように思って大切にしてもらっていると分かっていても、好きな人からの特別扱いはかなり嬉しい。
金曜の飲み会では、酔った同期が
『眼鏡外した顔見たことなーい!』
と言い出して、眼鏡を取り上げられてからかわれて散々な感じになり、必死で取り返した。……にも拘らず、二次会のショットバーでも同じように眼鏡を取り上げられて……あっちこっちに投げられているうちに、随分酔っぱらっているメンバーの足元に落ちて踏まれてしまった。
『ごめんねぇ。アハハ。でも眼鏡無い方が可愛いよー村瀬チャン俺と付き合っちゃうー?』
なんて声かけられて、我慢できなくなって幹事でもある友達の由加理に付き添ってもらって店の外に出て、帰るために寛昭さんにlime電話で連絡を取らせてもらう。
電話の向こうの寛昭さんの声に、ざわざわ波立っていた心が癒される。お店の名前と状況を伝えて迎えに来て欲しいと話すと、近くにいるからすぐ行けるよと優しい声が返ってきた。
由加理に迎えが来たら帰る話をしていると店のドアが乱暴に開き、中から酔っ払った同期の田村君が出てきた。
「むーらーせーちゃん!逃げないでよー。どしてそんな可愛いのに隠してたの?俺と今から抜けよう?」
女子に人気だけど、私に対して『地味だよね』って普通に言って来る人で、私は入社当時から凄く苦手としていた。どんどん近付いてくる勢いが怖い。由加理が目の前にそっと立ってくれる。
「も……もう迎えに来てもらうから帰ります。」
「えー?村瀬ちゃん冷たくね?地味子だと思ってスルーしてたけど、よく見たらおっぱいも大きいし!色白いし!眼鏡なかったら可愛いじゃん?割とイケてるし?今日一緒に夜の街に消えちゃわない?」
「や……だから迎えが。」
「またまたぁ。そんな見栄張らなくてもさぁ。」
由加理を押し退けて近づいてきて、耳元で囁くように話しかけられて鳥肌がたつ。押し退けられて体勢を崩した由加理は後ろから出てきた彼氏に抱き止められていてほっとした。
「わーぉ。村瀬チャンの涙目がそそるねぇ。ベッドでもそんな風な顔見せるのかな?」
眼鏡がないから、彼がどんな顔しているのか分からないけど気持ち悪いのだけは分かる。
「いやっ」
迫ってくる田村くんから体を避けたら、ふわっと後ろから包み込まれた。香りで寛昭さんだってすぐわかった。
「俺の知佳に何してる!」
「おっさんが邪魔してるんじゃねーよ。」
「ひ!寛昭さんはおっさんじゃないわっ!わ!私のす……素敵な、か……彼氏なんだからっ!!」
「知佳……」
寛昭さんがどんな風に思ったか分からないけど後で沢山弁解するから、今だけは私に合わせて欲しいと祈りを込めて寛昭さんを見上げる。
ぐっと抱き締められて、寛昭さんのコートの中にすっぽりと納められてしまう。凄くいい香り。
『わーぉカッコイイ大人な彼氏だ!』
『モテモテ田村がショボいガキんちょにみえる。』
『さっきの発言はドン引きでしょエロ親父かよっての……。』
『スパダリってやつ?ヒュー!』
『村瀬さん眼鏡なし可愛かったんだねぇ!』
『知佳!あとで話!聞かせてもらうからね!』
なんてギャラリーが店の外に増えているみたいでわいわいしていた。
「由加理さんはどこかな?さっきは知佳を手伝ってくれてありがとう助かったよ。荷物もありがとう。これ、お釣りは要らないから。」
呼ばれてきた由加理が、寛昭さんからお金を預かり、落ちていた私の荷物を渡してくれたみたい。コートに隠されたまま音しかわからないけど、由加理の反応から確実に万札が複数枚渡されたのではないかと感じた。
慌てて寛昭さんの方を向くと、一旦目を合わせてにこっとして軽々と抱き上げられた。お姫様抱っこ!不安定になるから手を首に回すように耳打ちされて、手を回すと寛昭さん越しに黄色い悲鳴が上がった。恥ずかしすぎて、寛昭さんの胸に顔を埋めて顔を隠す。彼が笑ったのがわかった。
そのまま車に運ばれて車の側でそっとおろされ、助手席に乗る。
「ごめんなさい。話し合わせてくれてありがとう寛昭さん。」
「知佳無事でよかった。」
もう彼氏のお芝居は終わってるはずなのに知佳呼びのままでドキドキする。
「そんな潤んだ可愛い目で見つめられたら狼になりそうだよ。眼鏡の知佳も眼鏡がない知佳も可愛いね。」
寛昭さんの冗談は分かりにくい。心臓が持たないよ。
「ね?知佳?予定変えてこのまま教会見に行っちゃう?今から行くと朝焼けの教会が見られるかも?……って、あー!眼鏡無いと見えないよね。馬鹿なこと言った。朝一番で眼鏡作りに行こう。それから買い物して準備してから、夕日の教会に行こう。店の予約は日曜から明日に変えてもらうから。」
寛昭さんの勢いに負けて、はいって返事しかできない。頭を撫でられる。今、彼はどんな顔しているの?凄く見たい。
「んんっ。知佳?そんなに見られたら穴開いちゃうよ。ほら、送るからシートベルトして?」
ぽんぽんと頭を撫でながら寛昭さんが言う。大人しくシートベルトをしながら、帰りたくないなって思っていたら。
「知佳……お願い。俺、持たなくなるから明日まで待って……。」
ハンドルに突っ伏している寛昭さん……耳?赤い?……良く見えないけど明日?ってなんだろう。首をかしげると、また寛昭さんが頭を抱えているのが見えた。
マンション前で私をおろして、手を引き腰を抱えてエスコートされるようにマンションのドア前まで来る。
ドア前で、手を離す瞬間に寛昭さんの手が私の手をぎゅって逃がしたくないって握ったように感じた。そうだったら嬉しいのに……寛昭さんの顔を見つめる。彼から変な声が出て、額に手を当てているのが見えて首を捻る。
「明日迎えに来るけど、部屋には前の眼鏡くらいはあるんだよね?生活には問題ない程度はできるんだね?お風呂ゆっくり入ってちゃんと寝るんだよ?明日は六時に迎えに来るよ。現地の方に進みながら、大きめのショッピングモールで買い物してから教会に行こう。」
呪文のように一気に言われ無言の肯定になってしまった。予備眼鏡は玄関に置いてあったので、その後は言われた通りゆっくりお風呂に入って、スマホを持ってベッドに寝転がると由加理からのlimeがめちゃくちゃに入っていた。
『今日は疲れたからごめん。また今度話すね。』
と由加理に送り、寛昭さんには
『明日も楽しみです。今日は助けてくれてありがとうございます。寛昭さんのコートの中とっても安心できました。お姫様抱っこは恥ずかしかったけど、話しをすぐに合わせてくれて本当に助かりました。』
と送った。送られた二人がメッセージを読みながらそれぞれ別の意味でバタバタしていたという事を、私は知らないまま熟眠した。
翌日、一番に新しい眼鏡を作って出来上がりを待つ間に買い物をすることになる。
「視力の合わない眼鏡は使っていると目に悪いから。」
と、予備眼鏡を取り上げられてしまい見えなくなってしまった私は、昨夜のように寛昭さんの腕にぎゅっとくっついたま腰は彼の手で支えられている……とてもドキドキする。
来たのはブティック?
「この子にいい感じの選んでもらえる?白以外で……ディナー用。可愛い色がいいかなぁ。」
「寛昭さん?」
「知佳?手を離すから怖がらないで?この子、眼鏡がなくてほとんど見えていないから気を付けてあげて。」
女性店員さんに手を引かれて服を当てられている。色白いですね!目が大きいですね!黒髪が艶々!なんて素敵なお胸!!なんて言われながらあれこれ当てられて、パステルピンクのタイト目なワンピース?(見えない)を着せられて寛昭さんのところに案内される。
「……知佳。」
「お連れ様が可愛すぎて褒め言葉も浮かばないみたいですよ。とても良くお似合いですから。」
「あ!うん。凄く……凄く綺麗だ知佳!」
ぎゅっと寛昭さんに抱き締められる。
「まぁあ。お可愛らしい!こんなにうなじやデコルテまで赤くなるような色白さんはなかにいらっしゃいませんよ。」
恥ずかしくていたたまれない。
「ん。素敵だよ知佳。じゃあこれでお願い!箱にいれてもらっていい?現地で着替えるから。」
「畏まりました。ありがとうございます。」
そんなやり取りを経て、またコアラのように寛昭さんの腕にくっついている。眼鏡を回収して、見え方の確認で横をちらっと見て寛昭さんの優しい笑顔が見えてきゅんとした。目をそらしてみたものの腰に当てられた手が見えてしまい脳が茹だってしまいそう。
結局お金は、昨日の分も含めて払わせてもらえなかった。
ディナー用に買った服に着替えさせてもらうために教会近くのホテルに寄って、髪も服も整えて貰った。アクセサリーまで!何もかも寛昭さんが事前に用意してくれていた。着替えて出てくると寛昭さんも素敵なスーツに着替えていた。
教会の夕陽が反射したステンドグラスが神秘的で先生の挙式写真では若い頃の二人が幸せそうに笑っていた。
「知佳。昨日の彼氏発言があいつから逃げるための芝居だった事はわかっている。でも、父さんの手紙のことを知った頃からずっと、俺は君に恋い焦がれていた。大学生が小学生になんてロリコンと兄姉に罵られながらも、ずっと君を思っていたんだ。父さんが君に巡り会わせてくれたんだと思っている。出会えたどうか俺の恋人になって……そしていつか、妻になって欲しい。」
バサッと大きな薔薇の花束を出す。え?!どこから出てきたの?!マジシャン?!恋人?妻?
「本当に?!寛昭さんから見たら妹なんだと思っていたからあの……恋人居たことないのでよく分からないのですがよろしくお願いします。」
寛昭さんがきゅっと抱き締めてくれる。大好きな香りがする。顎をくいっとあげられて彼の顔が近づいてきた。初めてのキスを厳かな教会で受け入れた。
抱き締められてしばらくして、気づいたことを寛昭さんに問う。
「でも、この後お食事って断られるパターンは寛昭さんの中には全くなかったってことですよね?」
「?だって知佳、父さんに似た俺に最初からいい感じの感情があったでしょ?長期戦でも口説き落とす気だったけど……。勝ちは見えたから……俺も色々限界でフライングした感じかな……。」
「なっ!」
一人で悩んでいたことなんてバレバレだったなんて恥ずかしい。限界って告白の?
「ど……どうせ経験値無いですよーだ。」
「知佳に経験値有りすぎたら嫉妬で死んじゃうよ。俺が何年君を思っていると思ってるんだ。」
真っ赤になる私の手を引いて、海辺のホテルに併設されたレストランへ……。着替えをしたホテルの部屋まで押さえていることを知り、倒れそうになるのは食後のことだった。
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