かもす仏議の四天王  ~崇春坊・怪仏退治~

木下望太郎

文字の大きさ
17 / 134
一ノ巻  誘う惑い路、地獄地蔵

第16話  説得続いてたんですか!?

しおりを挟む

 崇春の説得は続いた。


 ――あるときは授業中に教師の目を盗み、小さな紙にしたためる。
『賀来殿 今朝の事御返事戴きたく候 放課後例の場所にて待つ 崇春』
それを丸めて賀来の机へ投げる。何回か失敗し、無関係な生徒数名が内容を知るところとなった――。


 ――あるときは休み時間ごとに賀来の席へ赴き、話しかける。
「うむ、今日もええ天気じゃのう。ところで、今朝の話じゃが……考えてくれたか」
 賀来は歯を剥いて声を上げる。
「またその話か! 放っておいてもらおうか」

 崇春の眉が下がる。
「むう? じゃが、おんしに取っても大事な話じゃし……」

 賀来はそっぽを向いて頬杖をつく。
「知ったことか。我の機嫌を損ねぬうちに失せることだな」

 崇春は机に手をつき、頭を下げた。
「わしゃあ真剣なんじゃ、頼む! 今は正直、おんしのことで頭が一杯よ……嘘偽りないこの気持ち、真っ直ぐに受け止めてほしいんじゃい!」
 その大声に、教室中の視線が集まる。

「な……」
 頬杖をついていた手から賀来の顔が離れた。一瞬だけ、崇春の目を見る。
「何、だそれは! 何の話……いやっ、いいから、いいから消えろ、消え失せろ!」
 両手で何度も机を叩いた賀来の顔は、体を動かしたせいかわすかに赤らんでいた――。


 ――またあるときは体育の授業中、先生が短距離走のフォームを説明している間。グラウンドに並んで体育座りをしたまま――ぴちぴちとはち切れそうなジャージ姿で――、隣の賀来に声をかける。
「しっかりと考えてほしいんじゃ、決して悪い話ではないはず」

 賀来は顔をしかめ、小声で言う。
「今する話か、後にしろ後に! ……考えては、いる」
「そうかあ、有り難い!」

 崇春が大声を上げると、さすがに先生がそちらを見た。
「そこ、聞いてるのか! 誰と誰だ、何の話をしてた」

 崇春が立ち上がり、賀来の手をつかんだ。
「むう。わしらじゃが、大事な話なんじゃ……わしら二人、これからの話をのう」

 生徒から小さくどよめきが上がる。
 先生は言う。
「……そうか。後でゆっくりやれ」
「押忍」
 崇春は頭を下げる。

 賀来は小さく肩を震わせてうつむき、片手で顔を隠していた。だが握られた方の手を振りほどきはしなかった、崇春が離すまでは――。


 ――そしてあるときは昼休み、昼食の包みを持って賀来の机へと向かう。
「どうじゃガーライルよ。今日もまた、一緒に飯を食わんか」
「……」
 賀来は目を伏せたが、何も言わなかった。自分の弁当の包みを取り出して置く。

 かすみはといえば、邪魔しない方が逆にいいかと思ったので。遠巻きに傍観することにした。自分の席で弁当の包みを開きながら。

 崇春が自分の昼食の包みを解く。中身は渦生からもらっていた菓子パンの類や缶詰、缶コーヒー。

 野宿していて用意することもできなかったので仕方はないが、栄養が偏っている。崇春の分も弁当を用意してあげればよかった、とかすみは思ったが――

 賀来が自分の包みを開く。
「フン、相変わらず下賤なものを食べておるな。栄養も偏るだろう……我のものを、恵んでやってもよい」
――どうやら、用意しなくて良かったらしい。

 賀来の弁当は相変わらず素朴で、しっかりしたものだった。ゆかりご飯のおにぎり。蓮根入りのきんぴらごぼう。かつお節のかかったほうれん草のおひたし。海苔を中に巻き込んだ玉子焼き。
「今日のは、そう、モスケンの大渦巻き弁当だ。……モスケンの大渦巻きの落とし子の玉子焼き、食べるか」

 合掌して頭を下げた後、崇春は割り箸を出して玉子焼きを取る。丸ごと頬張り、ゆっくりと噛んだ。
「……旨い! 相変わらずガーライルの弁当は旨いわい、これも自分で作ったんか?」
「ああ、自分で作ったのは今日は玉子焼き……モスケンの大渦巻きの落とし子の玉子焼きと、おにぎりだけだが」
「大したもんじゃわい。他に得意な料理はあるんか」
「そうだな、何だろう…………おでん? かな」

 また意外なものが来た。そう思いながら、かすみは自分の弁当から蒸し鶏を口に運んだ。

 片手を突き出し、早口になりながら賀来は言う。
「いやっ、待っ、違う、違うのだ、そう……あれだ、世界樹ユグドラシルにて首をくくりし知恵の神オーデーンの……。いや……何を言ってるんだ私は」

 まったくだ。鶏肉を噛みしめながらかすみはうなずいた。

 賀来が肩を落とし、息をつく。
「そうだな、おでんだ。出汁だし昆布の良いものを使えば、それなりにちゃんとした味わいになる。後は調味して、煮込むのに時間をかけるだけだ……それと具も色々入れるな、タコの足とか串に刺したぎんなんとか。他に得意なものはそうだな、普通にみそ汁とか……これも昆布と煮干の、ちゃんとしたもので出汁だしを取る。具はにんじん、大根、玉ねぎ、豆腐、えのき、わかめ、じゃがいも……具だくさんなのがうちの流儀だ。雑な味になるという者もいるだろうが、色んな具の旨みが汁に染み出て、私は好き……我としては、好むところだ」

 なるほど、今度家でもやってみよう。そう思いながらかすみはご飯を口に含む。

 賀来はまた息をつき、おにぎりを一口食べた。
「なるほどのう……それは旨そうじゃ」
 崇春は何度もうなずく。続けて言った。
「ぜひともわしに食わせてくれんか、おんしの作ったみそ汁を。毎日――」

「……~~ッ!?」
 同時に米を噴き出していた。賀来とかすみは。

 かすみが何度も咳き込み、賀来が両手を握り締めて口元を押さえていたとき、崇春は続けた。
「――そう、毎日でも食ってみたいぐらいじゃわい。やはり、白米とみそ汁は毎日でも、食い飽きるということがないけぇのう」
「……!」
 口元に両手を当てていた、賀来の目つきがたちまちきつくなる。音を立てて席を立ち、言い放つ。
「いい加減にしろ」
 顔を背け、弁当を机に残したまま大股で歩く。教室の出入口へと向かって。
 引き戸に手をかけようとしたそのとき。

「待てい!」
 崇春がその手をつかんで引き戻す。
 引き戸を背に、向き合う形となった賀来の顔の横に。崇春のたくましい腕が伸び、戸を押さえた。身をかがめ、賀来と目の高さを合わせる。

 賀来が顔を背ける。
「な、何だ、やめ……いい加減にしろ! おのれ崇春、私を……我をからかうな!」
「からかってなどおらぬ!」
 崇春が声を上げた。それから、ゆっくりと続ける。互いの息がかかるような距離に――その気になれば口づけられるような距離に――顔を近づけ。目を真っ直ぐに見て。
「わしとて遊びで言うとるわけではない。本気も本気よ。おんしも本気の答えを聞かせてくれい……わしの頼み、聞いてもらえるのか。それとも否か」
 賀来は震える顔を――はっきりと赤らんだ顔を――背けたまま、何度も目を瞬かせた。そして小さく、うなずく。
「……あ。うん……はい……。分かっ、た。その、頼み……聞きます」

 崇春はうなずき、手を離した。背を向ける。
「あい分かった。では、確かにつきうてもらうぞ。放課後にの」

 凄いことするなあ、と思いながら。かすみは気づけば、両手を胸の前で握り合わせていた。高くなった鼓動がその手に伝わり、頭の中に響く。
 何だこれ、何で私まで――そう思って目をつむり、かぶりを振る。

 と、気がつけば。いつそこに来たのか、崇春と賀来の前に斉藤逸人そるとの巨体があった。
「……ウス」
「むう?」

 斉藤は右手を上げ――怪我でもしたのか包帯を巻いている。前にも故障で部活を休むと言っていたが――、軽く手刀を切るように突き出した。
「ウス……そこ、通ります……便所、行くんで……ウス」
「おお、これはすまんかった」
 崇春はすぐに引き戸の前から離れた。
 だが、顔を赤らめたままうつむく賀来は、目をつむっているせいか動かなかった。

 斉藤はわずかに――本当にわずかに――身をかがめ、声をかけた。
「……ウス。大丈夫、スか」
 賀来は目を開け、何度か瞬く。口元に手を当ててうなずき、横へ退いた。
「……ウス。本当、に?」
 崇春のあれが無理やりではないかと、心配して来たのだろうか。意外に紳士なんだな、とかすみは思った。
 賀来は小さく微笑んだ。
「すまない……大丈夫だ」
 斉藤は視線を戻し、滑るような足取りで教室を出た。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

勇者辞めます

緑川
ファンタジー
俺勇者だけど、今日で辞めるわ。幼馴染から手紙も来たし、せっかくなんで懐かしの故郷に必ず帰省します。探さないでください。 追伸、路銀の仕送りは忘れずに。

OLサラリーマン

廣瀬純七
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

万物争覇のコンバート 〜回帰後の人生をシステムでやり直す〜

黒城白爵
ファンタジー
 異次元から現れたモンスターが地球に侵攻してくるようになって早数十年。  魔力に目覚めた人類である覚醒者とモンスターの戦いによって、人類の生息圏は年々減少していた。  そんな中、瀕死の重体を負い、今にもモンスターに殺されようとしていた外神クロヤは、これまでの人生を悔いていた。  自らが持つ異能の真価を知るのが遅かったこと、異能を積極的に使おうとしなかったこと……そして、一部の高位覚醒者達の横暴を野放しにしてしまったことを。  後悔を胸に秘めたまま、モンスターの攻撃によってクロヤは死んだ。  そのはずだったが、目を覚ますとクロヤは自分が覚醒者となった日に戻ってきていた。  自らの異能が構築した新たな力〈システム〉と共に……。

処理中です...