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二ノ巻 闇に響くは修羅天剣
二ノ巻4話(前編) この場所は我々が
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だだっ広い畳の上で、崇春が大の字に寝転がっている。
「はーっ、やはり畳は気持ちええのう」
「ああ、そればかりは同意見だね」
言った百見も寝そべっている。眠そうに半目を閉じ、右手で頬づえをついた形で横向きに。東南アジアの写真で見たことのある、寝釈迦像のポーズに似ていた。
「いや、あの……」
正座した足をもじもじと動かせ、かすみは辺りを見回す。
四人で肩車したとしても届きそうにない、高い天井。端の板壁から反対側の壁まで走ったなら、息が切れるだろう広い室内。そして、そこに敷き詰められた青畳――真新しいもの、というわけではない。むしろ使い古された、緑のビニール製畳表のついたもの――、柔道競技用の畳。それが正方形に、五十畳ほども敷かれている。斑野高校の柔道場。
畳は試合場からわずかに間を空け、壁際の場外にも敷かれていた。見学者用だろうそこにはしかし座らず、崇春らは試合場の真ん中に寝そべっている。
かすみもその近くに座っているが、広すぎてとても落ち着けなかった。
横で賀来はあぐらをかいて、後ろの畳に手をついた姿勢で――スカートから下着が見えそうでかすみはさらに落ち着けない――言った。
「しかし、だぞ。ここで寝ていてもどうしようもないであろうが、目的は向こうであろう」
視線で指したのは同じ空間の隣のスペース。柔道場と同じ広さのある板敷きの間、剣道場。
剣道部の平坂円次、その様子を探るため、部活中の様子を見に行こうということになったのだが。
休み時間のうちに何やら、斉藤を通じて百見が交渉したらしく、道場の鍵を柔道部から借りることができたそうだ。それでかすみたちは、部活が始まるより早く道場に入って待機していた。道場の真ん中で寝そべる必要があったかは分からないが。
賀来の問いに、目をつむりかけたままで百見が答える。
「先人いわく、果報は寝て待て、とね。慌てないことさ」
はあ、とかすみはつぶやいて、再び辺りを見回した。
それにしても妙だった。いくら早く来たと言っても、部員が誰も来ない。剣道部も、斉藤ら柔道部も。
それに柔道場の片隅、百見が用意してきたらしい、いくつものビニール袋の包みは何だろう。
そう思っているうちに。何やら、窓――道場の板壁ぐるり一面、顔の高さではなく足元の位置には窓が設えられている。衝突しての怪我を防ぐためだろう、その内側には木の格子が設けられている――の外に。何人かの生徒の姿が見えた。
生徒らは口々に言う。
「中、誰かいるぞ」
「おーい、入口開けて下さーい!」
「玄関開かないんですけどー!」
「え?」
かすみがつぶやく間にも百見は隅の荷物へと走る。そのうち一つの袋を抱えて戻ると、中身を全員に配っていく。
「さ、早く身につけて。後は僕に合わせてくれ」
「え? え?」
思わず賀来の方を見たが、賀来も同じく口を開け、目を瞬かせている。
その間にも百見は手早く身につけていた。頭が入るほどのビニール袋、そこに目鼻が出る穴を開けた、覆面らしきものを。
覆面の上から眼鏡をかけ直すと、袋からメガホンを取り出す。それを手に声を上げた。窓の外にいる生徒に向けて。
「剣道部員諸君に告ぐ! この場所は我々が占拠したああぁぁ!」
「は……?」
「え……」
「な……」
「な……なんでですかーーーーっっ!!」
生徒らや賀来のつぶやきをかき消すように。かすみは声を上げていた。
百見が言う。
「ええい、君たちは何をやっている! さっさとコスチュームを身につけんか、我々『剣道場革命団体・マスクド・ブドー』の!」
「『剣道場革命団体・マスクド・ブドー』……って、何なんですかーーっ!?」
百見は何度もうなずく。
「いい質問だ。団員ナンバースリー、マスクド・ミスティ」
「誰ですかそれ」
笑いもせず、百見はメガホンを手に声を上げる。
「我々は! 武道の革命を通じ、政府の方針に断固抗議するものである! 具体的な要求としては――」
言葉を切り、道場の上座、中央の壁を手で示した。そこにあるのは神棚。
「――道場に神棚があるのなら! ついでに仏壇も備えつけてほしい!」
「……は?」
思わずつぶやいたかすみをよそに。百見は拳を握り、熱弁を振るう。
「武道の守護神を奉るのなら! 四天王、帝釈天、摩利支天……武道の守護仏も奉ってほしい! ついででいいから! 小さくでいいから! 時々読経に来るからーー! ――神仏分離令反対! 我々は明治政府の方針に断固抗議するものである!」
「いつの政府に抗議してるんですかーーーーっっ!」
叫ぶかすみの横で賀来も――いつの間にか覆面をかぶっている――あきれたようにつぶやく。
「よく分からないが。あれではないか、そういう宗教的なことは言い出すとややこしいんじゃないか」
百見はメガホンを下ろし、唇の端を緩めて笑う。
「ほう、君からそんな常識的な意見が出るとはね。見直したよ団員ナンバーフォー、マスクド・カラベラ」
「だから誰なんですかってば」
かすみの声には応えず百見は言う。
「心配はいらない、本気でこんなことを言ってるわけじゃないさ。例の人物の様子を見たいが、かといってあまり悠長にしているのもまずい。被害は出したくないからね。というわけで――」
そのとき、崇春が外へ向かって声を上げた。覆面の袋を手に持ったまま。
「そういうことじゃああ! この道場はわしらが占拠しておる! 返してほしくば勝負するがええ、この団員ナンバーワン……マスクド・スシュンとのう!」
かすみはまた声を上げた。
「覆面! 覆面かぶってませんからーーー!! 全然マスクドじゃない! あと名前出てます!」
崇春は、ふ、と息をつく。
「何言うちょんじゃ、そんなもんかぶっちょって目立てるかい! 漢崇春こと、この丸藤崇春! どこにも逃げも隠れもせんわ!」
「本名!」
「はーっ、やはり畳は気持ちええのう」
「ああ、そればかりは同意見だね」
言った百見も寝そべっている。眠そうに半目を閉じ、右手で頬づえをついた形で横向きに。東南アジアの写真で見たことのある、寝釈迦像のポーズに似ていた。
「いや、あの……」
正座した足をもじもじと動かせ、かすみは辺りを見回す。
四人で肩車したとしても届きそうにない、高い天井。端の板壁から反対側の壁まで走ったなら、息が切れるだろう広い室内。そして、そこに敷き詰められた青畳――真新しいもの、というわけではない。むしろ使い古された、緑のビニール製畳表のついたもの――、柔道競技用の畳。それが正方形に、五十畳ほども敷かれている。斑野高校の柔道場。
畳は試合場からわずかに間を空け、壁際の場外にも敷かれていた。見学者用だろうそこにはしかし座らず、崇春らは試合場の真ん中に寝そべっている。
かすみもその近くに座っているが、広すぎてとても落ち着けなかった。
横で賀来はあぐらをかいて、後ろの畳に手をついた姿勢で――スカートから下着が見えそうでかすみはさらに落ち着けない――言った。
「しかし、だぞ。ここで寝ていてもどうしようもないであろうが、目的は向こうであろう」
視線で指したのは同じ空間の隣のスペース。柔道場と同じ広さのある板敷きの間、剣道場。
剣道部の平坂円次、その様子を探るため、部活中の様子を見に行こうということになったのだが。
休み時間のうちに何やら、斉藤を通じて百見が交渉したらしく、道場の鍵を柔道部から借りることができたそうだ。それでかすみたちは、部活が始まるより早く道場に入って待機していた。道場の真ん中で寝そべる必要があったかは分からないが。
賀来の問いに、目をつむりかけたままで百見が答える。
「先人いわく、果報は寝て待て、とね。慌てないことさ」
はあ、とかすみはつぶやいて、再び辺りを見回した。
それにしても妙だった。いくら早く来たと言っても、部員が誰も来ない。剣道部も、斉藤ら柔道部も。
それに柔道場の片隅、百見が用意してきたらしい、いくつものビニール袋の包みは何だろう。
そう思っているうちに。何やら、窓――道場の板壁ぐるり一面、顔の高さではなく足元の位置には窓が設えられている。衝突しての怪我を防ぐためだろう、その内側には木の格子が設けられている――の外に。何人かの生徒の姿が見えた。
生徒らは口々に言う。
「中、誰かいるぞ」
「おーい、入口開けて下さーい!」
「玄関開かないんですけどー!」
「え?」
かすみがつぶやく間にも百見は隅の荷物へと走る。そのうち一つの袋を抱えて戻ると、中身を全員に配っていく。
「さ、早く身につけて。後は僕に合わせてくれ」
「え? え?」
思わず賀来の方を見たが、賀来も同じく口を開け、目を瞬かせている。
その間にも百見は手早く身につけていた。頭が入るほどのビニール袋、そこに目鼻が出る穴を開けた、覆面らしきものを。
覆面の上から眼鏡をかけ直すと、袋からメガホンを取り出す。それを手に声を上げた。窓の外にいる生徒に向けて。
「剣道部員諸君に告ぐ! この場所は我々が占拠したああぁぁ!」
「は……?」
「え……」
「な……」
「な……なんでですかーーーーっっ!!」
生徒らや賀来のつぶやきをかき消すように。かすみは声を上げていた。
百見が言う。
「ええい、君たちは何をやっている! さっさとコスチュームを身につけんか、我々『剣道場革命団体・マスクド・ブドー』の!」
「『剣道場革命団体・マスクド・ブドー』……って、何なんですかーーっ!?」
百見は何度もうなずく。
「いい質問だ。団員ナンバースリー、マスクド・ミスティ」
「誰ですかそれ」
笑いもせず、百見はメガホンを手に声を上げる。
「我々は! 武道の革命を通じ、政府の方針に断固抗議するものである! 具体的な要求としては――」
言葉を切り、道場の上座、中央の壁を手で示した。そこにあるのは神棚。
「――道場に神棚があるのなら! ついでに仏壇も備えつけてほしい!」
「……は?」
思わずつぶやいたかすみをよそに。百見は拳を握り、熱弁を振るう。
「武道の守護神を奉るのなら! 四天王、帝釈天、摩利支天……武道の守護仏も奉ってほしい! ついででいいから! 小さくでいいから! 時々読経に来るからーー! ――神仏分離令反対! 我々は明治政府の方針に断固抗議するものである!」
「いつの政府に抗議してるんですかーーーーっっ!」
叫ぶかすみの横で賀来も――いつの間にか覆面をかぶっている――あきれたようにつぶやく。
「よく分からないが。あれではないか、そういう宗教的なことは言い出すとややこしいんじゃないか」
百見はメガホンを下ろし、唇の端を緩めて笑う。
「ほう、君からそんな常識的な意見が出るとはね。見直したよ団員ナンバーフォー、マスクド・カラベラ」
「だから誰なんですかってば」
かすみの声には応えず百見は言う。
「心配はいらない、本気でこんなことを言ってるわけじゃないさ。例の人物の様子を見たいが、かといってあまり悠長にしているのもまずい。被害は出したくないからね。というわけで――」
そのとき、崇春が外へ向かって声を上げた。覆面の袋を手に持ったまま。
「そういうことじゃああ! この道場はわしらが占拠しておる! 返してほしくば勝負するがええ、この団員ナンバーワン……マスクド・スシュンとのう!」
かすみはまた声を上げた。
「覆面! 覆面かぶってませんからーーー!! 全然マスクドじゃない! あと名前出てます!」
崇春は、ふ、と息をつく。
「何言うちょんじゃ、そんなもんかぶっちょって目立てるかい! 漢崇春こと、この丸藤崇春! どこにも逃げも隠れもせんわ!」
「本名!」
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