かもす仏議の四天王  ~崇春坊・怪仏退治~

木下望太郎

文字の大きさ
41 / 134
二ノ巻  闇に響くは修羅天剣

二ノ巻7話(中編)  崇春が道着に着替えたら

しおりを挟む

 渦生が頬を引きつらせ、声を上げた。
「オイ……!」
 崇春も目を見開き、賀来が目を瞬かせる。
「むう……!」
「え、何、え?」

 渦生が間に入り、平坂を制止する。
 部員もそれにならい、あるいは倒れた黒田を助け起こしていた。

 平坂は自分の小手を脱ぎ捨て、後頭部でくくった紐をほどいて面を取り去る。頭に巻いた手拭いも取り、長髪をさらした。
「こンなもんじゃねェ……」
 歯を剥いて頬を歪め、平坂はそうつぶやいた。

「こンなもんじゃねェだろてめェ、何やってる! ふざけンなよ、こんなぬるいンじゃ――」

 そこまで言って、まるで声が喉に詰まったかのように、言葉にならないことにいら立ったかのように。平坂は顔を歪め、足を上げて。座り込んだままの黒田を蹴り倒した。

「テメエ……!」
「おい……」
「何してんだ!」
 渦生も、他の部員らも口々に非難の声を上げるが。
 平坂はとどめを刺そうとするかのように、倒れた相手に向かって。ゆらり、と竹刀を振りかぶった。

 竹刀が天井を差して動きを止めた、そのとき。

「待てええぇぇい!」
 道場の畳を床板を踏み鳴らし、崇春が駆けた。平坂と倒れた部員の間に割って入る。

「待てい! おんしの試合、見事じゃった。じゃが、それ以上は試合にあらず」
 一歩踏み出し、続ける。
「それでもやるというんなら。この崇春が相手になろうわい」

 平坂は眉根を寄せる。竹刀を構えたまま言った。
「さっきの……。だがよ、オマエも分からねェか? 昨日、あれを見たんなら――」

 平坂は頬を吊り上げ、固く笑う。
「普通じゃねェ。普通なんてもんを越えた力――そいつをオレは見てェだけだ」

 崇春は左手左脚を前に出し、半身を切った体勢で構える。
「むう……あくまで、おんしがやる気ならば……わしも、加減はせん」

 かすみは二人と百見を交互に見る。
「ちょ、あれ、大丈夫――」

 百見は何も言わず、平坂に目をやっていた。その両手はさりげなく、甲を合わせる形になっていた――いんを即座に結べるように――。

 かすみの顔が歪む。ああもう、とただそう思った――結局戦ってしまうのか、崇春は大丈夫なのか、自分には何かできないのか――。

 崇春と平坂、互いがわずかに身じろぎし、にじるように足を進める。間合いを計り、詰めるように。

 そのとき、身を起こした黒田が声を上げる。
「待――」

 待て、というその声が合図だったかのように。平坂は床を蹴って跳び出した。
 踏み下ろす足が床板を揺らす、その音と同時に。上段から振り下ろした一刀が、崇春の頭へと振り落とされていた。高く響く竹刀の音。

「む……!」
 だが、崇春は×の字に組んだ両腕を掲げ、竹刀を受けていた。反撃に移るべく拳を引き、溜めを作って打とうとする。
 しかし打たれた、その腕を。拳を繰り出すどころか、引こうとするその動きを。
痛む箇所を反射的にか、逆の手が押さえようとして。その腕さえもさらに打たれた。

「が……!」
 崇春はさすがに顔をしかめ、大きく跳びすさろうとしたが。
 同じ距離をぴったりと、平坂は跳躍してきていた。面ではなく肩口への、斜めに斬るような打ち――袈裟けさ斬りというのか、剣道にはないだろう攻撃――。

 しかし。その打撃が当たる前に、崇春が歯をき、声を上げる。
「なんの……【スシュン白刃取りキャッチ】じゃい!」

 繰り出される攻撃を受け止めるべく出された両の手は。その攻撃をまともに喰らい、次の打撃――身を引きながらの小手――まで当てられた後、空しく打ち合う音を立てた。

「ぐうう……」
 歯を噛み締め、打たれた腕を押さえる崇春。

 構えを取りながらも――以前にも見せた、左脚を出して竹刀を斜め前に寝かせた形――平坂が笑う。
「どうした、その程度か。黒田を倒したみたいに決めてみせてくれよ」

 その言葉を聞いたとき。何かに気づいたように、崇春が目を見開く。
「おおぉ! 【スシュンタックル】じゃああ!」
 平坂へ向けて駆けると同時。頭をかばうように両手を掲げつつ、指を広げて前へ突き出す。駆け寄って組みつこうとする体勢。黒田との試合で見せた、投げ技に持ち込もうというつもりか。

「ふん」
 だが、それを読んでいたかのように、平坂もまた前に出た。踏み抜くように床板を打つ足の音とともに、体重を乗せた突きが、崇春の腹へと打ち込まれる。背中まで貫こうとするかのように、深く。

「ぐう……!」
 うめき声を上げながら。崇春はしかし、笑っていた。
「かかったの……【スシュン白刃取りキャッチ】じゃああ!」
 腹へめり込んだその竹刀を。引かれるよりも早く、崇春の両が挟み込む。合掌のような形になったそれは攻撃を止めただけに留まらず。震えながら竹刀をきしませ。やがて、めりり、と音を立てて、竹刀をへし折った。

「なっ……!」
 頬を引きつらせた平坂の手には。いまや三分の一ほどを折り取られた――ささくれ立った竹の繊維せんいと、鍔元つばもとから切先までを結ぶ紐でかろうじてつながってはいる――竹刀があった。

 音を立てて手を払い、崇春が歩み寄る。
「さあてと。ここからはわしの番よ、たっぷり目立たせてもらおうかい!」

 平坂は舌打ち一つ残して跳びすさり、短くなった竹刀をそれでも構えた。
 崇春はそこへ踏み込み、平坂の道着へ手を伸ばす。

 が。そのとき二人の間に、横から竹刀が突き込まれた。
「待て!」
 竹刀を握っていたのは渦生だった。

 間に割って入り、動きを止めた二人を押し退けて言う。
「待て。この勝負、俺が預かる。――崇春。お前の気持ちは分かる、だがこいつは剣道部の問題だ。横から手を出す必要はねえ。――平坂」
竹刀を下ろし、平坂へ向き直る。
「お前が強ぇのは知ってる。だがな、だからって他人をなぶっていいワケじゃねぇ……明らかに試合を越えた範囲じゃあな。ソレをやった、今のお前は剣士じゃねぇ。ただのバカだ」
 親指で出入口を示した。
「剣士じゃねぇもんがなんで剣道場にいる。出てけ」

 平坂は何も言わず、渦生の目を見据えていたが。
 舌打ちすると黒田に目をやり、それから崇春を見た。外していた防具を抱え、出入口に向かった。その近くに立てかけていた竹刀袋を取る。

 その背に渦生が声をかける。
「平坂。……頭冷やして、明日また来い」

 平坂は振り向きもせず出ていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

万物争覇のコンバート 〜回帰後の人生をシステムでやり直す〜

黒城白爵
ファンタジー
 異次元から現れたモンスターが地球に侵攻してくるようになって早数十年。  魔力に目覚めた人類である覚醒者とモンスターの戦いによって、人類の生息圏は年々減少していた。  そんな中、瀕死の重体を負い、今にもモンスターに殺されようとしていた外神クロヤは、これまでの人生を悔いていた。  自らが持つ異能の真価を知るのが遅かったこと、異能を積極的に使おうとしなかったこと……そして、一部の高位覚醒者達の横暴を野放しにしてしまったことを。  後悔を胸に秘めたまま、モンスターの攻撃によってクロヤは死んだ。  そのはずだったが、目を覚ますとクロヤは自分が覚醒者となった日に戻ってきていた。  自らの異能が構築した新たな力〈システム〉と共に……。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

唯一無二のマスタースキルで攻略する異世界譚~17歳に若返った俺が辿るもう一つの人生~

専攻有理
ファンタジー
31歳の事務員、椿井翼はある日信号無視の車に轢かれ、目が覚めると17歳の頃の肉体に戻った状態で異世界にいた。 ただ、導いてくれる女神などは現れず、なぜ自分が異世界にいるのかその理由もわからぬまま椿井はツヴァイという名前で異世界で出会った少女達と共にモンスター退治を始めることになった。

処理中です...