かもす仏議の四天王  ~崇春坊・怪仏退治~

木下望太郎

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二ノ巻  闇に響くは修羅天剣

二ノ巻19話(前編)  刀の柄に

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 目の前で繰り広げられる光景に、かすみは目を瞬かせていた。
「えー、と……」
 何か分からないが、凄んでいる、生身の人間が怪仏に。凄まれている、怪仏の方が。そちらを指差しながら百見の方を見る。
「何なんですかね、あれ……、って」

 百見は。合掌していた、その光景を前に。
「『業』、すなわち『煩悩ぼんのう』そのものたる怪仏を、人間がぎょしている……なんと仏教的な光景だ……!」
 渦生も同じく合掌していた。
「ああ……スゲェな、あいつ……」

「……って、やってる場合ですかーーーっ!」
 どうすべきかは分からない。分からないが、拝んでいる場合でないことだけはよく分かった。
 というか。はたから見れば、すがりつく仏様をむげに扱う高校生という、わけの分からない図なのだが。
 百見と渦生を交互に見ながら言う。
「とにかく、とにかく崇春さんをですね、安全な場所に――」

 かすみの言葉が終わるより早く、黒田――阿修羅――は動いていた。
「――ふん、何だからねぇが。怪仏の力、使わねぇなら好都合よォォ! ねやァァ!」
 振りかざす竹刀の周囲から、だいだい色の熱波が吹き上がる。
 振り下ろされたその先からほとばしる熱気を、円次は横に跳んで――帝釈天もどうにか、反対側に跳んで――かわした。
 しかし、阿修羅はさらに竹刀を振るう。

「ちっ」
 円次はなおも足を継ぎ、跳んで身をかわすが。
 かわした先、着地点へ向けて振るわれていた。さらなる一撃、輝く粒子の刃が。
「ぐうっ……!」
 円次が腕を掲げ、どうにか防御しようとしたそのとき。

「【広目一筆こうもくいっぴつ】!」
 その前の空間に、打ち立てるように力強く、墨の跡が――巨大な筆を振るったような跡が――現れる。見る間にそれは横へ払われ、押し込むように止めた跡をつけた。
 空間に書かれた一の字に、粒子の刃がぶち当たり。互いが黒い、あるいはだいだい色の飛沫しぶきを残してかき消えた。

 百見が、手にした万年筆をくるり、と回す。そのかたわらには筆と巻物を手にした四天王、『広目天こうもくてん』の姿があった。
「さて。そこまでだ怪仏・阿修羅よ。大人しく彼の体を明け渡すがいい、さもなくば僕が封じてくれる」
 唇の端にわずかに笑みを浮かべ、続ける。
「とはいえ、だ。明け渡さなかったとしても封じるわけだが。選ぶといい、大人しく封じられるか。痛い目を見てから――」

「おい」
 さえぎるように円次が言った、百見に向かって。ただし、目は阿修羅を見据えたまま。
「待てよ……助けられといてすまねェが。約束と、違うンじゃねェか」

「……」
百見は何も言わず、眼鏡を押し上げて円次を見返す。

 かすみはひそかに唾を飲み込む。
 確かに、約束はした。今日一晩、この神社には近づかないと。
 だが、それを承知でかすみたちは来たのだ。たとえ約束を破ってでも、怪仏事件を解決しようと。怪仏の正体――平坂がそうだと思い込んでいたが――自身さえ、無事のまま終わらせようと。
 それをどうにか説明しようと、かすみが口を開きかけたとき。

「谷﨑さん」
 眼鏡に指を当てたまま、百見がそう言った。
「は、はい」
「そういえば説明していなかったね、君を呼んだ理由を……君にしか頼めないことだ」

 かすみは目を瞬かせる。
 理由も何も、最初はジャガイモの調理に呼ばれたはずだ。いや、それは建前で、結局は崇春を――平坂との約束を破って――動かすために呼ばれたのだったか。だが、それ以外にも理由があるのか? 
 疑問には思いつつも。妙な話、胸に熱いものが来る。
――こんな私、戦う力のない私でも、頼りにしてくれていたんだ。私にしかできないことなんて、何なのかは分からないけれど――。

 百見は円次を指差しつつ、阿修羅の方へと向き直る。
「僕が戦う、その間に! 平坂さんに謝っておいてくれ!」
「……へ?」
 百見は印を結び、広目天が筆を構える。そうしながらも続けて言う。
「ええい、君は分からんのか! 約束を破ったのは事実だし、謝る必要はある。そして――この現代に差別的とのそしりを受けるかも知れないが、現実問題として――、女の子に謝られた方が、向こうだって責めにくいはず!」
「……は?」

 口を開けたかすみに構わず、眼鏡を押し上げて百見は続ける。
「往々にしてそういうものさ、思春期の男子とはね。君にしか頼めない……賀来さんの語彙力ごいりょくでは上手く謝れないか、余計なことを言ってややこしくなるはず……いや、そもそも謝ってくれるかが怪しい」

 なるほど、だから呼ばなかったのか。調理の手が要るときに、料理が得意な賀来を。理屈としては一応納得できる。それに、平坂に謝る必要がある、それも分かる。誰がやるかとなると、戦えないかすみしかいない、それもそうだ。まあ、そのとおりだ。
が。

 円次を指差し、百見を見ながら。かすみは言った。
「本人の前で言わないで下さーーーい!! 今から謝る相手の前で! めっちゃめちゃ失礼じゃないですか、絶対怒られますよこれ! あとひどい、賀来さんにも!」

 円次は口を開けたまま、目を瞬かせていたが。
 やがて息をこぼし、肩を揺らせた。
「ふ、はは……何だそれ、何なんだてめェら……なめてンのか」
 そう言いながらも鼻から息をこぼし、笑っていた。

「あ……その」
 とにかく。かすみは深く、ひざより下に頭を下げて、礼をした。
「本当に、その。すみませんでした。ただ、本当に必要だと思ったから、私たちは――」

「……いや、もういい。頭上げてくれ」
 苦笑いしてそう言った後。平坂が不意に表情を消す。
「ああ、別にいいさ。お前らはそれでいい、けどよ。……オレもしたはずだ、約束なら。――てめェらが約束を破るのはいい、けど。オレは嘘はつかねェ主義だ、勝手に嘘つきにしねェでくれるか」

 確かに円次は言っていた、怪仏の力――黒田の怪仏を指していたのか――は、明日崇春らに差し出すと。
――『約束しろ。オレも約束する、誰も死んだりはしねェ。明日には何事もなく終わる』――
 かすみは口を開く。
「けど、それは――」
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