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三ノ巻 たどる双路の怪仏探し
三ノ巻19話 敵と味方とその正体
しおりを挟む「何じゃと……先生、無事か先生!」
崇春がその体を揺さぶると、先生はつむったままの目元をしかめてうめき声を上げた。息は問題なくあるようだった。
立ち上がり、ライトカノンを崇春は見据える。
「まさか先生が、馬男の正体とは思わなんだが……なぜじゃ。お主らが争うちょったのはタッチランプ……いやマッチポンプのはず。なぜ自ら手を下したんじゃ」
拳を構えながら言う。
「お主……いったい何者じゃ」
両手を腰に当て、胸を反らせてライトカノンは笑う。
「――はーっはっはっは! 何者? 何者だと? これはこれは笑える問いだな……答えは目の前に転がっているだろうに!」
倒れたままの先生を大きな動作で指差す。
「――私の正体は、それだ」
「何……?」
崇春は眉を寄せる。
そのうちに追いついた、百見と円次が姿を見せた。
百見は息を整えつつ、ライトカノンに厳しい視線を向ける。
「話は聞かせてもらったが。不自然だ、一人の人間が本地となり得る怪仏は一体のみ。そして仮に、お前の話が正しいとしてもだ。同じ人間の怪仏同士、争う必要などないはず」
眼鏡を押し上げて続ける。
「今までのようなパフォーマンスなら、そういう業として納得もできるが。だったら逆に、本当に攻撃する必要などない。どういうことだ」
ライトカノンは大きな動作で指を振り、何度か舌打ちをしてみせる。
「――分かっていないな少年。確かに、ヒーローショーのような言動に縛られるのは我々の業だが。だからといって、あれは別に、パフォーマンスというわけではない」
「何……?」
百見が目を瞬かせる横で、崇春が口を開いた。
「待てい……確かに。確かにそうかもしれん」
倒れている先生を見やって続ける。
「さっきのもそうじゃが。馬男は自らを守る反撃の他、誰かを攻撃してはおらん……校門で最初に現れたときもそう、ライトカノンと争うただけで、生徒には何もしておらん。次に現れた中庭では、反撃にわしをぶん投げようとはしちょったが。逆にあれは、怪仏同士の戦いからわしを遠ざけようとしちょったんではないか? 言うちょったはずじゃ……邪魔をするな、どこかにすっこんでいろ、と」
円次が口を開く。
「その後もまあそうか、二体が戦って馬男が逃げて、だ。他の奴が巻き込まれたりはしてねェはずだな」
大きくうなずき、崇春は言う。
「そればかりか、今にして思えばじゃが。むしろ馬男はわしらを、生徒を守っておったのではないか? 初めて現れたときのライトカノンの蹴り、中庭での光弾の乱射。的外れなそれをまともに食らってみせる、というパフォーマンスではなく……」
口を小さく開けていた、百見がつぶやく。
「……身を呈してかばった、か。故意か狙いを外してかはともかく、ライトカノンが生徒を巻き込もうとしたのを。つまり――」
ライトカノンを見据えて続ける。
「敵か味方か、という問いの答えは。ライトカノンは明確に敵、馬男はむしろ味方……少なくとも敵ではない、か」
ライトカノンは腰に手を当て、背をのけ反らせて笑う。
「――はーっはっはっは! 今頃気づいたか少年たち、察しが悪くて驚いたぞ! この早くも話題沸騰、皆のヒーロー・極聖烈光ライトカノンは君たちの敵! だ!」
親指で力強く自らを指し、腰を落とし片脚を伸ばしてポーズを取る。
「――そして、心から礼を言おう。その男、倒そうにも逃げ足が速くてな! 君たちの助けがなくば、到底追いつけなかっただろう!」
倒れた先生を指差してそう言い、またのけ反って笑った。
「――はっはっは! まあ、その男も私を倒そうとはしていたようだがな! だが無駄だ、ヒーローは常に勝つ! 勝つのがヒーロー勝つのが正義! 同体の怪仏とはいえ、負けるものか!」
百見の眉が動く。
「同体……つまり本来は一体の怪仏、それで正体が一人、か。しかしなぜ争って、だいたい何の怪仏、馬男とヒーロー、ライトカノン、ライト・カノン……」
つぶやいていた百見が急に目を見開く。
「……! そうか、結局それか……答えは出ていた、正しかったんだ、彼女は」
ライトカノンが――砲口を備えていた右手はいつの間にか元に戻っている――両手の指を組んで印を結び――両手の指を組む、互いの掌へ押し込む形で。ただし右の親指だけを外へ出して伸ばす――、真言を唱える。
「――念彼観音力! 我を想い、我へ願い、我を称えよ! 皆が憧れ救いを求める、偉大なる偶像こそが我! 我は怪仏・観世音菩薩。六観音が一尊にして正調、正しき怪仏こそが我! オン・アロリキヤ・ソワカ……我こそ怪仏『正観音菩薩』! そして――業を得て、封印の消えた今こそ。解き放たれよ、頼もしき仲間たちよ!」
真言を唱えた、ライトカノンの体から光が放たれる。それは倒れ伏した、先生の体からも。
つながったその光の中から。人影が見えた、四体の。いずれもライトカノンと同じ、金色の仮面とスーツをぴっちりと身にまとった者。
彼らの中には、手に縄を携えた者がいた。あるいは武器だろうか、金属の輪を持った者がいた。ある者は仮面の上に、さらに小さく十の仮面がついていた。そしてまたある者は、一度見れば忘れようもあるまい。背からいくつもの手を伸ばしていた――まるで、千本もあるような。
歯噛みの後に百見が言う。
「観音菩薩……光の砲ではなく正しい観音、そのもじりということか……!」
崇春は言う。
「むう、じゃったら先生が変化しちょった馬男は――」
「ああ、『馬頭観音菩薩』。失念していた……そう、路傍に安置される野仏の類では、一部地域に人身馬頭の姿で彫られることもあったか。文献にもごく稀に、その姿の記録があったはず。確かあれは……『覚禅鈔』、だったか」
荒く息をついて続ける。
「とすれば、今現れたのは。当然『六観音』の残り四体。不空羂索観音、如意輪観音、十一面観音、そして千手観音。おそらくこれらの封印を解こうと、あるいは守ろうと争っていたわけか……ライトカノンと馬頭観音は」
頭をかきむしって言った。
「ええい、今さら分かったところで何だというんだ僕は!」
ライトカノンが強く指差す。
「ザッツ・ライト! そのとおりだな、少年よ!」
表情を失う百見。
その前に円次が身を乗り出す。左の親指で刀の鍔を押し上げて、鯉口を切りながら。
「グダグダうるせェ……四体かそこら増えたところで、叩っ斬りゃ終いだろうが。来いよ、三枚に下ろしてやる」
肩を揺らしてライトカノン、正観音は笑う。
「はっはっは! 威勢のいいことだな! だが、その必要はないな」
居並ぶ四体の怪仏を示す。
「あのお方の命は達した……これ以上ここにいる意味はない」
言い終えたとき。怪仏らの体は音もなく光り、その輪郭を揺らめかせた。
崇春は拳を握る。
「逃げる気か、待てい!」
変わらぬ口調で正観音は言う。
「その必要はない……まあ、本体たるその男にはいずれ礼でもしてくれるが。それに、もう一つの目的も達せられた頃だろう」
「何?」
「時間稼ぎ、だ。もうそろそろ、仕上がっているはず。あのお方の求める、もう一つのものはな」
「何……じゃと、それはどういう――」
踏み込み、伸ばした崇春の手は。姿を消しゆく怪仏の残した、光の粒子に触れたのみで。何をもつかむことはなかった。
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