108 / 134
四ノ巻 胸中語るは大暗黒天
四ノ巻1話 戦い済んで、まだ夜は明けず
しおりを挟む――それよりも以前、昨日のこと。
谷﨑かすみが怪仏の力に目覚め、帝釈天らと戦い、至寂と名乗る僧に助けられた、その後のこと――。
――駆けていた、駆けていた。谷﨑かすみは息を切らして。視界の全てを重たく覆う、白い霧の中を。
駆けていた、駆けていた。制服のブレザーをはためかせ、スカートの裾が乱れるのも構わず。何かを追って懸命に――だがしかし、何を追っていたのだったろうか――。
思う間にも見えた、霧の向こうを駆けてゆくその人が。大きな背をかすみに向け、何かを追うように走っていく崇春。
そしてその先。怪仏事件の全ての黒幕――と思われる者――、東条紫苑。と鈴下紡――そうだ、そうだった。追っていたのだ、崇春と一緒に彼らを――。
追いつこうと足を速めたそのとき。かすみの中から、その背から、それらは出た。ぬぅ、と引きずり出されたように――ぬらつく温い内臓を、体の底から引き出されるように――、現れた。かすみの、二体の怪仏は。
花弁のような裾をひらめかせ、緩く宙に舞う吉祥天。
かすみの倍ほどもある背丈、柱のような脚で地を揺らし、駆けていくのは毘沙門天――歯を食いしばる顔は怒りに歪み、二本の腕には戟と宝塔。そう二本、あの多腕多頭の異形とは違う――。
自らの意思で喚んだものではない――どころか、多分今ここは。ぬるま湯のような脂のような、もったりとした時の流れるここは。おそらく夢の中だ――とは分かっていたが。それでもかすみは命じていた。
「吉祥天、毘沙門天! あの人たちを――黒幕を捕らえて!」
けれど、黒幕の背を指差す甲斐もなく。吉祥天は宙をたゆたい、地に背を向けて、ぐるりぐるりと飛ぶばかり。
毘沙門天はといえば、黒幕をにらんではいたが。その目が不意に、天へと向けられる。
白い霧の立ち込める中、そこだけ不思議に明るい雲――淡く光を帯びた、夜明け前のような日暮れ後のような、どこかセピア色の一面の雲――から。つ、と筆が差し出された。たとえるなら海を硯に地を半紙に、世界自体に書をしたためるかとさえ思える、巨大な筆。
それが毘沙門天へと差し出され、その体へと下ろされる――押し潰すでもなく打ち落とすでもなく、墨壺へ浸けるように、す、と――が。
筆先が触れたその体の上。弾けるような焦げるような音を立て、黒い電撃のような光が爆ぜた。まるで、その身のうちに入ろうとした筆先を、毘沙門天が拒んだように。
怒ったように振り回す、毘沙門天の戟にその毛をいくらか斬り払われつつ。筆は引き、今度は吉祥天へと向かっていった。
が、やはり同じだった。大きな目を瞬かせ、小首をかしげる吉祥天の体に触れた筆は、同じく黒い電光を上げて弾かれた。
吉祥天は気分を害したように頬を膨らませると、目の下を指で引き下げ、んべぇ、と舌を出してみせた。筆へ向けて。
次に筆が向かってきたのは、かすみの方だった。
す、と淀みない動きで差し出された筆先は、視界の全てを覆うような毛の群れはかすみの胸へ、その内側へ沈むかと思えたが。同じだった、黒い電撃が弾いた。筆の穂先も、かすみをも弾き飛ばすように。
「あっ……!?」
しびれるような痛みに顔を歪めたとき。
毘沙門天もまた、その顔を――いや、その姿を――歪めていた。
肉を裂く音を上げて生え出る、新たな三つの顔。血の滴る音を立てて伸びる、新たな八本の腕。
四面十臂――四つの顔に十本の腕――の荒ぶる異形が、黒く体液をこぼしながら。頬を震わせ歯を剥き出し、八振りの刀を振るいに振るった。巨大な筆へと跳びかかり斬り散らし、毛の舞い落ちる中で天を向き、吼えるような声を上げた。
そして四つの顔、その目の一つが別の敵を捉える。すなわち黒幕、紫苑たちを。
四つの顔は唇を吊り上げ歯を剥き出し――怒りに顔を歪めたか、それとも笑ったのか――、八つの腕は刀を振り上げ、残る二腕は宝塔と戟を掲げ。二本の脚は地を踏み締め、跳んだ。
空を裂く音を立て、その巨体ごと叩きつけるように振るい下ろした剛刀の群れは。
斬り裂いた、確かな手応えをその手に返して――その感触は本地たる、かすみの手に腕に走っていた――。
東条紫苑を、鈴下紡を、裂いた、いくつもの肉塊に。
血を噴き出させて裂いていた。崇春さえも、もろともに――。
「ぅ……わああああぁぁっっ!!」
叫びと共に毛布を払いのけ、畳の上で身を起こしたかすみは。
「大丈夫か谷﨑――っぐはあぁ!?」
ものの見事に打ち倒した。様子を見ようとしてか、顔を近づけていた崇春を。自らの額で。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
万物争覇のコンバート 〜回帰後の人生をシステムでやり直す〜
黒城白爵
ファンタジー
異次元から現れたモンスターが地球に侵攻してくるようになって早数十年。
魔力に目覚めた人類である覚醒者とモンスターの戦いによって、人類の生息圏は年々減少していた。
そんな中、瀕死の重体を負い、今にもモンスターに殺されようとしていた外神クロヤは、これまでの人生を悔いていた。
自らが持つ異能の真価を知るのが遅かったこと、異能を積極的に使おうとしなかったこと……そして、一部の高位覚醒者達の横暴を野放しにしてしまったことを。
後悔を胸に秘めたまま、モンスターの攻撃によってクロヤは死んだ。
そのはずだったが、目を覚ますとクロヤは自分が覚醒者となった日に戻ってきていた。
自らの異能が構築した新たな力〈システム〉と共に……。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした
夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。
しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。
彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。
一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる