109 / 134
四ノ巻 胸中語るは大暗黒天
四ノ巻2話 夢の後先 ~なんでその先がクイズ大会?~
しおりを挟む互いに額を押さえてうずくまるうち、痛みが額に響くうち。ようやくかすみにも理解できた。どうやらここは渦生の駐在所――以前に、倒れた百見が寝かされていた部屋――で。
さっきの光景は、崇春たちを殺めてしまったのは、夢。ただの悪夢。
だったらそう、怪仏の力を得たこと、鈴下らと戦ったことも夢なのでは。
そう期待したが、かすみの手は触れていた。その戦いで裂かれた、制服の破れ目に。
戦いはそう、確かにあった。
そのことを胸のどこに落とし込めばいいのか。あるいは目の前の崇春にどう言えばいいのか――謝ればいいのか、泣いていいのか、どこから話したらいいのか――その答えが定まらぬうちに。
傍らに座っていた百見が、片膝を立てて身を乗り出す。
「おのれ、よくも崇春を……! これが貴様のやり方か、怪仏・毘沙門天!」
頭に巻いた濃緑の布の下、額を押さえていた崇春が目を剥く。
「何いいい! つまり谷﨑の体は乗っ取られてしもうたっちゅうことか……!」
「え」
かすみが目を瞬かせるうちにも。百見は重く視線を落とし、痛ましげに顔を歪める。
が。
「ああ……いや、待て!」
言って何かに気づいたように目を見開き、片手を耳に添えた。何かに耳をそばだてるかのように。
確信したようにうなずき、崇春の目を見る。
「聞こえた……彼女の本当の声が。『私に構わず奴を倒して』『私が奴を押さえ込んでいるうちに』と」
「え?」
思わず漏らした、かすみの本当の声には耳を貸さず。
「何いいぃぃ!? そりゃあ真か!」
崇春は百見の目を見る。無言でうなずく百見に、崇春もまたうなずき返し。目を閉じ、そっ、と片手を耳に添えた。
しばらくそのままでいて、やがて、かっ、と目を見開く。
「聞こえた……! 『私に構わず目立って下さい』『そしていつか、天下一の目立ち人に』と……!」
「いや、言ってませんからーーーっっ!! どっから湧いたんですかその言葉! だいたい私、乗っ取られてなんか――」
思わず叫んだかすみの顔を、銀縁眼鏡を押し上げた百見がのぞき込む。
「疑わしいものだね。ではそうだ、谷﨑さん自身か確かめるために。クイズといこうか――第一問」
何か急に始まったが、かすみが異論を挟む間もなく出題される。
「崇春の好きな食べ物は」
「ポテトサラダですけど……」
「第二問。カラベラ嬢こと賀来留美子、彼女の名乗る魔王女としての名は。省略せず全てお答え下さい」
「え、カラベラ・ドゥ・イルシオン・フォン・デビ……いや、ディアブロ……? プリンセスなんとか……って覚えてませんよそんなの!」
百見は深くうなずく。
「だろうね。僕もだ」
じゃあ何で出題したんだ。
そう言ってやりたかったが、百見は矢継ぎばやに次の問題を出す。
「第三問。谷﨑かすみの好きな人は?」
「そ……な――」
魚のように口を開け閉めした後、叫んだ。
「何ですかその質問―ーーっっ!!」
耳に片手を添え、かすみの方へ向けていた百見だったが、やがて何度もうなずいた。
「その真っ直ぐで力強くも、どこか潤いのあるたおやかな突っ込み……間違いない」
かすみの肩を、ぽん、と優しく叩いた。笑う。
「お帰り。谷﨑さん」
「そこ!? 判定そこなんですか!?」
気にした様子もなく、百見は真顔に戻る。
「そんなことより大丈夫かい、いったい何が――」
「取ってつけたような心配! そうじゃなくてですね、だいたい――」
そのとき、かすみの背が軽くはたかれた。包み込むように。厚く、熱い手で。
崇春が、かすみの隣にいた。
「谷﨑。無事で良かったわ」
かすみの前に体を移し、深く頭を下げる。
「しかし、すまぬ。わしらが早く谷﨑らの方に行けておれば……」
さらに深く頭を下げる。額が畳につくほどに。
「今さら何を言うても言い訳にしかならんが。危険な目に遭わせてしもうた……すまなんだ」
うつむくかすみの頭の中に、先ほど見た夢の内容がよぎる。そして戦っていたとき、帝釈天に言われた言葉が。
――それほどの業、抱えて歩むには重かろう。左様な危うき業、背負ったまま友と歩むにはのう――。
「――じゃが」
崇春の声に、思わず身を震わせたが。
顔を上げ、崇春は言った。
「渦生さんから聞いたわい。お主が怪仏の力を使い、賀来や斉藤を守ってくれた、との。」
崇春は力強くうなずき。微笑んだ。
「ようやってくれた。まこと、見事に――」
そこで言葉を切り、畳を踏む音を立てて片膝を立てる。拳を握って言った。
「見事に! 目立ったものよ!!」
「そういう問題じゃありませんからーーっ!!」
思わず声を上げた、かすみの背を崇春が叩く。
「がっはっは! 謙遜は無用じゃい、まさに谷﨑の独壇場だったそうじゃのう! くうぅ、うらやましいぐらいじゃあ……!」
唸って身を丸め、拳を握る崇春を眺めながら。
苦笑いしかけたかすみの脳裏に、あの戦いの光景がよぎる――怪仏たちを斬り裂く毘沙門天、怯え果てた鈴下の顔。かすみの意思から外れて鈴下へ刀を向けた毘沙門天、賀来やかすみ自身さえ巻き込んで――。
かすみの、笑みが消える。
「だから……そういう問題じゃあ――」
さえぎるように百見が言った。
「ああ、そういう問題じゃあない。だからこそ、失礼だが――」
かすみに向き直り、姿勢を正して正座し。浅く頭を下げた。
「先に謝っておく――いや、後になったけれど、かな――。とにかく、すまなかった」
「何です、急に」
百見は背筋を伸ばし、真っ直ぐにかすみの目を見た。
「君の怪仏、吉祥天と毘沙門天。あれの封印をやらせてもらった」
「ああ、そうなんで――えええええぇぇっ!?」
思わず身を乗り出す。
「いや、え? 全然聞いてないんですけ、ど……いや、えええ?」
百見は小首をかしげる。
「そりゃあもちろん、言ってはいないからだが」
崇春もうなずく。
「なにせ、谷﨑は寝ちょったからのう」
かすみは叫んだ。
「そういう問題じゃないでしょーーーっっ!? いきなり勝手に、私の意思は――」
そこまで言って気づいた。
かすみの意思も、あるいは賛成なのではないか。吉祥天はともかくとしても、刀八毘沙門天。あの大きすぎる力、かすみの意思すら越えて刀を振るう荒ぶる力を、そのままにしておいて安全だとは思えない。
そういえばそうだ、考えてみれば。平坂円次が持国天の力を得たときも、百見は封印しようとしていた――あまりにも強引だったが――。
そしてそれより以前、斉藤の怪仏事件が終息したとき。百見は言っていた。『四天王の残り二尊を探している』と。すなわち持国天と毘沙門天を。
この可能性は、以前にも考えたことだが。改めて考えると、やはり百見は――
「つまり、百見さんは。封印するために、探していたんですか。持国天と毘沙門天を」
百見は小さく目を見開き、それから微笑んだ。
「さすが、察しが良くて助かるね。そのとおりだ」
「でも、どうして――」
眉をひそめたかすみの視線を受け止めるように、百見は小さくうなずく。
「疑念を抱くのは当然だ、平坂さんにも同じことを聞かれたよ。なぜ持国天を攻撃し、封じようとしたのかと。まずそちらから話そうか」
眼鏡を押し上げて続ける。
「……正直、持国天自体に問題はない。だが、二つの理由から封じておきたかった、可能な限り素早く、ね。その理由はまず『怪仏の力を持つ者を増やしたくなかった、この戦いに巻き込みたくなかった』こと。そして『放置すれば、毘沙門天が現れてしまう』から」
息をついて言った。
「怪仏は怪仏に引かれる……業と因縁の塊たる存在がゆえに。そのため、すでに別の怪仏が存在する場合、その近くで新たに怪仏が現れるなら。先に存在するものと、伝承上で関連のあるものが出現しやすい。四天王のうち三尊が揃えば、それに引かれて毘沙門天が現れることは容易に予測できる――現に、君が結縁してしまったようにね」
つまり。そこまでしても、毘沙門天は封じておく必要があったということか。
確かにあれほどの力、制御し切れるとは思えなかった。それに悪用でもされれば――黒幕はその力を執拗に求めていたようだが――危険過ぎる。
だが、百見はさらに言った。
「そして、これも平坂さんには少しだけ話したが。『怪仏の力には、まだ先がある』。そして『毘沙門天は、そのうちいくつかの鍵となり得る存在』。……だから、多少強引にでも封じておきたかった。万が一、悪用されることのないように」
表情を崩して続ける。
「ああもちろん、君が悪用するとは思っていないが。万が一、万々が一、他の者に――今回の黒幕だとか――気づかれてもいけないしね。無論、黒幕がそれを把握している可能性については何ともいえないが、用心に越したことはない」
それを聞いたとき、かすみの心臓が嫌な感じに跳ねた。
知っているのではないか? 黒幕はそれを。『毘沙門天が、怪仏のさらなる力の鍵となり得る』という、そのことを。
そう考えれば、鈴下が執拗に毘沙門天の出現を望んでいたことにも納得がいく。
単に強力な怪仏が必要なら、賀来の『アーラヴァカ』も充分に強かったはずだ。なのに鈴下は賀来を殺そうとし、かすみを生かそうとした。
鈴下いわく、賀来を殺すことで『吉祥果』を回収し、新たに怪仏を産み出すため。逆にかすみの『吉祥天』は毘沙門天に関連が深いため、生かしておこうとした。まさに今、百見が言ったように。吉祥天の存在によって、毘沙門天を引き出すために。
そこまで考えて、背筋が急に冷えていく。
とんでもないことをしたのではないか、かすみと賀来は。
崇春や百見に黙って黒幕に罠をかけ――実際、黒幕と思われる者をあぶり出しはした――たものの。逆に黒幕の思惑どおり、怪仏を喚び出すことになってしまた。
あるいは黒幕の意図のとおり。『怪仏の、さらなる力の鍵』を、現出させてしまったのではないか。
その事の重さに――怪仏の力のその先、それがどのようなものかは分からないが――、自然、頭がうなだれていく。
だが、ふと気づいた。
解決したのではないか、とりあえずそれは。百見が封印してくれたというのなら。
そう考えればその強引な行動にも、逆に礼を言いたいぐらいだった。
息をついて、百見に向かって頭を下げる。
「……なんていうか。すみません、本当に。良かったです、封印してくれていて」
百見は首を横に振る。
「いや、礼を言う必要はないんだ」
かすみは改めて頭を下げる。
「本当にすみません、本当に。皆さんの役に立てればと思ったんですが……逆に、ひどい迷惑を」
「いや本当に、謝る必要は微塵もないんだ」
百見はまだ首を横に振っている。崇春も隣でそうしている。
そして、百見は言った。
「よく聞いてほしい、謝る必要はない。君の怪仏、封印はやってみたんだが。――できなかった」
「え。……どぇえええええ!?」
かすみ一人が叫ぶ中。百見と崇春は静かにうなずいていた。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
万物争覇のコンバート 〜回帰後の人生をシステムでやり直す〜
黒城白爵
ファンタジー
異次元から現れたモンスターが地球に侵攻してくるようになって早数十年。
魔力に目覚めた人類である覚醒者とモンスターの戦いによって、人類の生息圏は年々減少していた。
そんな中、瀕死の重体を負い、今にもモンスターに殺されようとしていた外神クロヤは、これまでの人生を悔いていた。
自らが持つ異能の真価を知るのが遅かったこと、異能を積極的に使おうとしなかったこと……そして、一部の高位覚醒者達の横暴を野放しにしてしまったことを。
後悔を胸に秘めたまま、モンスターの攻撃によってクロヤは死んだ。
そのはずだったが、目を覚ますとクロヤは自分が覚醒者となった日に戻ってきていた。
自らの異能が構築した新たな力〈システム〉と共に……。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした
夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。
しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。
彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。
一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる