かもす仏議の四天王  ~崇春坊・怪仏退治~

木下望太郎

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四ノ巻  胸中語るは大暗黒天

四ノ巻3話  それの名は

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 百見は静かに説明した。
 以前、斉藤にいていた怪仏を封じたときと同じく、広目天の力【神筆写仏しんぴつしゃぶつ】を以てかすみの怪仏を紙に移し取り、封じようとしたのだが。
 それができなかったのだという。弾かれたように、拒まれたように。毘沙門天も、吉祥天も。

「一応言っておくが、斉藤くんのときのように【情画顕硯じょうがけんげん】を以て君の記憶をのぞいたわけではない。そこは勘違いしないでほしいんだが……それはさておき。怪仏を封じることができない場合というのも無いわけではないんだ」
 理解しているか確かめるようにかすみを見て一拍おき、それから続けた。
「その怪仏への理解が、その怪仏の情報があまりに少ない場合。特に、その怪仏の名が正確に分かっていない状態ではほぼ不可能」

 指折り数えながら言う。
「毘沙門天、吉祥天、刀八毘沙門天……その名を試したが、いっこうに封じられなかった。二体ともだ……だいたいそう、君が『二体の』怪仏と結縁けちえんしたこともおかしい。同体とされるものでもない限り、そんな例は僕の知る限り皆無。さらには吉祥天と毘沙門天、その二体は夫婦あるいは兄妹という伝承があるが……同体とはされていないはず」
 眼鏡を押し上げ、かすみの目をのぞき込んだ。
「いったい。何なんだ、あれらは」

「何、って……」
 目を瞬かせるかすみにも分からない。んだときには確かに、それらの名でんだはずだ。
 それにしても、あの夢――巨大な筆が怪仏とかすみに迫りくる――は、百見の力のせいだったのだろう。

 百見が大きくため息をつく。
「まあ、分からないなら仕方ない。その怪仏がどういう存在なのか調べていくしかないか……可能な限り急ぎたいものだ、悪用されてはまずい」
 思い出したように顔を上げて言った。
「それはそうと。一応彼の名誉のため言っておくが、崇春の方は反対していた。君に断りなく怪仏を封印することにはね」

 崇春は腕組みをし、わずかに視線をそらす。
「いや、封ずること自体はともかくとして。谷﨑の了解を得てからにすべきと言うたんじゃが……」

 その意見を聞く限りは、崇春の方が常識的だが。

 しかし、百見は首を横に振る。
「僕はそれに反対だった、可能な限り早く封じておきたかった。加えるに――先ほどは冗談で済んだが――もしも本当に君が怪仏に操られていたら、致命的な事態にもなりかねなかったわけだしね。まあそのように意見が対立したわけだが……その辺は平和裏に解決した。こんな風に――」

 崇春に向けて拳を突き出し、リズムを取るように振ってみせる。
「行くぞ? 行くぞ、さーい・しょー・……」
 『最・初・は・グー』、そう言うようにリズムを取る。
 崇春も合わせて、拳をグーに握った。

 が。
「――っから・ホォォイ!」
 雄叫びと共に百見は繰り出した。未だグーの崇春の拳の前に、パーに変えた手を。
「っしゃあああ勝ちぃぃぃ!」
 さらなる雄叫びを上げ、握った拳を天に突き上げる百見。

「っくうううぅぅ……! わしの負けじゃあああ……またしても!」
一方、畳に拳を叩きつけ、崇春は歯を噛み絞めていた。

 かすみは叫ぶ。
「いや……卑怯!? そしてテンションおかしい! っていうかさっきもやったんでしょこれ、崇春さんも同じ手に引っかからないで下さーーーい!」

 百見は真顔で言う。
「まあそんな茶番はいいとしてだ」
 じゃあ何でやったんだ。

 そんなかすみの疑念を――間違いなく気づいてはいるだろうが――気にした様子もなく、百見は言う。
おどかすような物言いになって申し訳ないが。決して君を責めるわけではないことは理解してほしい。毘沙門天を封じるべきなのは間違いないが……今、黒幕が毘沙門天それの重要性を把握しているかは不明だ。そこで――」

 万年筆とハードカバーの本――愛用の、白紙の雑記帳――を手にして続ける。
「君の口から状況を聞きたい。僕たちと別れてから何があったのか。なぜ君と賀来さんが怪仏の力を得たのか。そして敵は何者か、目的は。渦生さんや斉藤くんから事情は聞いたが、あくまで断片的な情報だ――斉藤くんや賀来さんは途中で倒れていたようだし、渦生さんが来たのはその後だ――。詳しい話を聞きたい」

 そこまで聞いて、がば、とかすみは顔を上げる――そうだそのことだ、一番にそっちだろう、何て薄情なんだ私は――。
「賀来さん! それに斉藤さん、二人は無事ですか!?」

「もちろん。しかるべき手当てをして話を聞いた後、先に帰ってもらっている。怪仏に操られていたという賀来さんも、しっかり意識を取り戻しているよ」
 うなずいて、百見は続けた。
「君のおかげだ。本当に、よくやってくれた」

 百見は微笑みさえ浮かべてそう言ってくれたが。
 温かなはずの、その言葉が鈍く突き刺さる。

「あの」
 小さく片手を上げた。どうしても顔はうつむく。とても百見の顔を見ていられない。崇春にどんな顔で見られるか、知りたくない。

「……私の、せいです」
 消え入りそうな声をどうにか、それだけ絞り出せた。

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