119 / 134
四ノ巻 胸中語るは大暗黒天
四ノ巻11話 (後編)
しおりを挟む「! 帝釈天!」
「――ははっ!」
紫苑の叫びに弾かれたように。渦の外にいた帝釈天が金剛杵を掲げる。
そこから放たれた稲妻が、風を裂くように白く閃き。シバヅキの手にしたナイフを打った。
「が……!!」
火花を上げたナイフを取り落とし、震えながらひざをつくシバヅキ。
同時、辺りを覆うように唸っていた風はかき消えた。
「今だ! 【黒き黄金の大豊穣】!」
倒れたままの紫苑が小さく槌を持ち上げて地面を打つ。その先から湧き出た小判の群れが、波となってシバヅキを打ちのめした。
帝釈天が倒れたシバヅキを見下ろし、縮れた鬚をなでながら言う。
「――ヒンドゥー教において主神の一柱とされる大自在天。その原型はヒンドゥー教の前身、バラモン教における嵐の神『ルドラ』といわれておる。そして伊舎那天もまた暴風神、さらには大自在天と同体とされる存在。大自在天の汝がその力を手にしたなら、なるほど相性が良いわけよな……しかし」
歯を剥いて笑ってみせる。
「――だからといって思うたか? 雷神が嵐に怯むなどと、な」
シバヅキは応えず、倒れたまま目だけを帝釈天に向ける。ナイフをなくしたその手は、しかし一つの形を取っていた。
右手は拳に握り、親指と人差指だけを軽く伸ばす。そして親指で人差指の爪を押さえ、軽く曲げる。左手はそこに組み合わせはせず、親指、人差指、中指を合わせて伸ばした形。
「オン・イシャナエイ・ソワカ……」
その両手の間の空間から。荒ぶ音と共に風が吹いた。
一直線に馳せるそれは、砲弾のように帝釈天の胴を打つ。
「――ば……ぁっ!?」
身を折り曲げ、足を地から浮かせた帝釈天は、そのまま吹き飛ばされて地に落ちた。
大槌を杖のようについて紫苑が立ち上がる。
「なるほど、相性が良いようだ。伊舎那天の力の方は、ナイフを媒介とせずとも使えるとはね。実に嫌なニュースだよ」
立ち上がり、ナイフを拾うシバヅキ。その目は、じっ、と紫苑を見ていた。
「大暗、黒天……シぃぃオぉぉン……!」
軋るような声を喉の奥から絞り出す。
不意に、手にしたナイフを。思い切り、天へと向けて放り上げた。まるで雲でも目がけたかのように。
そして、空いた両の手は。先ほどの印を再び結んでいた。
「オン・イシャナエイ・ソワカ……!」
その言葉が終わると同時。風が吹いた、天と地とに。
天の高みで鳴る風は、投げ上げられたナイフを捕らえた。緩やかな放物線を描いていたナイフが気流に押され、突如として稲妻のような、鋭角的な軌跡を描き始める。
それは紫苑を目がけて素早く落ち来る。回避させまいとするかのように、右に左に軌道を変えながら。
一方、地上で吹き荒ぶ風は。ばん、と鳴る音さえ立てて、そこに立つ者を打ち据えた。紫苑も、周囲の崇春らさえ。
「ぐ……!」
顔をしかめ、足をよろめかせつつ。紫苑は足を継いでこらえた。崇春らも倒れはしなかった。
が。そのときにはもう、シバヅキの網にかかっていた。
地を這うように低く渦を描く風が、全員の足元にまとわりついていた。いや、巻きついていた。
巻きつき巻き込み、地に縛りつけるかのような気流が重く、巻き起こっていた。それはまるで両の足それぞれを中心とした、小さな台風。ただし腹から上には、そよ、とも影響を及ぼさない、足腰だけを重く絡め取る暴風。
「何……!」
紫苑の顔がこわばる。何度も足を風から抜こうとするが、びくともしない。
「ふんぬぐううううぅ!」
崇春が腰を落とし、歯を噛み締めて力を込める。どうにか片脚を上げたが、すぐに風に引かれ、地に吸いつけられるように落ちる。その足を踏ん張り、逆の脚を上げるも、同じ結果となった。
「ぐう……おのれえええ!」
それを繰り返し足を引きずって紫苑の方へ向かおうとするが、到底間に合いそうにもない。
至寂が顔を歪める。
「不覚、拙僧としたことが……! 不動明王!」
傍らの明王が、その背を越える大剣を振るい。至寂の足にまとわりつく、風の――業の――流れを断ち切る。
気勢を上げるかのように、明王の背負う炎が音を上げ燃え盛る中。至寂は紫苑を目がけて駆ける。
だが。そのときにはもう、風に操られたナイフが、紫苑へと迫っていた。
紫苑は目をつむっていた。腰を落とし身を折り曲げていた、刃から少しでも身を遠ざけようとするかのように。
だが。その両腕は力の限り、槌を地面に叩きつけ。その口は叫んでいた、真言を。「オン・ビシビシ・ンッシャ・バラギャテイ・ソワカ……打ち出せ小槌よ暗黒の恵み! 【黒き黄金の大噴射!】
打ち出された、黒い輝きを帯びた黄金の間欠泉が。紫苑の足下、いや、やや背後の地面から。上ではなく、斜め前に向かって。紫苑自身を吹き飛ばすように。
「ぐおおおおおっっ!?」
それは打ち上げていた、紫苑の体を。噴き出す黄金でその身を容赦なく打ち据え、悲鳴を上げさせながら。彼の脚を縛りつけていた、気流を無理やりに断ち切って。
そして、彼が斜め前方へと打ち上げられた先にいたのは。
印を結んだまま棒立ちの、シバヅキ。
「が、アぁぁっ!」
紫苑自身の体と、それを押し流した黄金の流れに打ち当たり。巻き込まれるようにシバヅキは倒されていた。
紫苑もまた地に倒れたが、シバヅキよりも早かった――立ち上がるのも、武器を構え直すのも。
シバヅキと地面とに打ち当たった頭から、小判に打たれた背から、血を流しつつも槌を振るった。
「打ち出せ……【黒き黄金の大噴射!】」
小さく、しかし素早く振るう槌が、シバヅキの背を打つ。
「が……アぁぁぁっっ!?」
その身を、肌を内から破いて。シバヅキの背から黄金の群れが吹き上がり、血と共に舞い散った。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
万物争覇のコンバート 〜回帰後の人生をシステムでやり直す〜
黒城白爵
ファンタジー
異次元から現れたモンスターが地球に侵攻してくるようになって早数十年。
魔力に目覚めた人類である覚醒者とモンスターの戦いによって、人類の生息圏は年々減少していた。
そんな中、瀕死の重体を負い、今にもモンスターに殺されようとしていた外神クロヤは、これまでの人生を悔いていた。
自らが持つ異能の真価を知るのが遅かったこと、異能を積極的に使おうとしなかったこと……そして、一部の高位覚醒者達の横暴を野放しにしてしまったことを。
後悔を胸に秘めたまま、モンスターの攻撃によってクロヤは死んだ。
そのはずだったが、目を覚ますとクロヤは自分が覚醒者となった日に戻ってきていた。
自らの異能が構築した新たな力〈システム〉と共に……。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした
夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。
しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。
彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。
一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる