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死の魔王
第4話 絶望への道
しおりを挟むヴァルゴスが「魂の解放者」として各地を巡る中で、多くの魂を救い、安らぎの世界へと送り出した。しかし、彼がどれほど多くの魂を解放しても、この世界には終わりなき悲劇と苦しみが続いていた。人々は戦争を繰り返し、飢え、病に倒れ、救済を求めて叫び続けていた。
ヴァルゴスは大規模な戦場を訪れた。そこには無数の死者が横たわり、彼らの魂が苦しみの中で彷徨っていた。いつものように彼らの魂を昇天させようとしたが、いくつかの魂たちは彼に背を向け、叫び声を上げた。
「俺はお前を知っている。嫌だ、嫌だ、お前に連れていかれたくない! お前は死後を知らない。死んだ後、どうなるなかなど知らないのだ!」
その魂に覚えがあった。
以前の戦場で、戦争の邪魔をしたと彼に斬りかかり、落馬しながらも一命をとりとめた騎士の魂だ。彼はその後も戦場に立ち続け、ついには剣に斃れたのである。
「お前は拒むのか?」
実のところ、これは初めての出来事であった。
今までの魂は、彼の力に触れると喜んで天に昇っていったからである。
「お前は知っているのか!? お前が魂を送った先がどうなっているのか!? お前が送った魂が真実、安らいでいるのか?」
「それは……」
「お前がいなくとも、今までの死者は不自由しなかった。あるべき場所に還っていったのだ。だがヴァルゴス、貴様は世界の理を捻じ曲げているのだ! この愚か者め!」
叩きつけられる怒声は、今まで持たなかった疑問の種を植え付けた。
たしかに自分は魂を解放して、天に還しているという実感があった。しかし、自分の目で魂の行く末を見たかと問われれば否である。そして、自分が導かなくとも魂は天に還っているか否かという問いかけも、今まで気にしなかったことであった。
「私は間違っていたのか?」
ヴァルゴスは戸惑い、問いに答えられない。
答えを知る方法はただ一つ、自らの死の世界におもむくことだけである。
しかし、ヴァルゴスはここで自分が死ぬことができないことに気が付いた。今までは気にしたこともなかったが、疲れず、老いず、病にもかからない彼は、武器や魔法の力をもってしても死ぬことはできなかったのだ。
彼は死ぬ方法を求めて、永遠に近い命を持つエルフの賢者たちを訪ねた。
永遠の森と呼ばれるエルフたちの王都は、今まで見た中でどの都市よりも大きく、優美で、繁栄していた。この地を訪れることができる人間はほとんどおらず、人間が歓迎されることはまずないが、ヴァルゴスは別である。
なぜなら、今の彼は半神ともいうべき存在だったからだ。
「『魂の管理者』に仕えし『沈黙の使者』の来訪を、我らエルフ一同心より歓迎いたします。代表として、エルフの女王であるエルムモランが応対させていただきます」
「私が知りたいのはただ一つ、私が昇天させた魂の行方だ」
「『沈黙の使者』は、その力でどのように送られるかご存じのはず」
「苦しき生を終え、永遠の安らぎを与えた。私はそのように感じているが、それが真実であるか知るすべはないのか?」
ヴァルゴスは悲鳴にも近い声を出して、エルフの女王に内心を吐露した。
自分に力を与えたモルディナが、実は邪悪な存在であり、自分は安らぎを与えているつもりで苦痛を与えていたのではないか?
「『魂の管理者』は数多の世界を管理する上位者の一人にして、自然の理を司る御方と聞いております。我らエルフでも始祖以外が出会うことはありません。しかし、お望みとあらばこの都の中心にして、世界が生まれた世界樹にご案内いたします。『沈黙の使者』である貴方ならば『魂の管理者』もお答えくださることでしょう」
エルフの女王に導かれて、ヴァルゴスは光り輝く大樹に案内された。
大樹の一部はエルフの城として使用されており、そこから溢れ出る膨大な魔力を感じる下層にまで案内される。
「感謝する。エルフの女王」
「エルムモランとお呼びください。『沈黙の使者』、貴方の疑問に答えが得られること」
エルフの女王に見送られて、ヴァルゴスは真実を求めて旅立った。
そして思ったよりも早く、彼は求めていた相手に出会う。
「なんだ、ヴァルゴスではないか?」
現世であった時と『魂の管理者』の姿は違った。
黒い外套と禍々しい鎌は同じであるが、骨と皮のミイラのような姿ではなく、若く瑞々しい肉体を持つ少女の姿である。しかし、そのようなことはヴァルゴスには関係の名ことであった。
「教えてくれ、私が贈った魂の先を……、いいや、私自身で確かめたい」
今のヴァルゴスはモルディナからの言葉を信じることはできなくなっている。
それを察したのか、というよりも心を読んだのか?
「好きにするがよい」
モルディナは一言許可を出す。
そしてヴァルゴスはモルディナの領域を探索し始める。
どれだけ長い年月がかかろうとも構わないという思いでいたが、真実は思ったよりも早く見つけることができた。
「生と死は流転しているのか?」
「その通りだ、ヴァルゴス。死んだ者たちの魂は罪を洗い流した後、再び無垢なる者として新たな生を得る。お前の仕事はこのサイクルを円滑に進める手順の一つだ。お前がいなくとも、このサイクルは変わらないが、お前がいれば魂を無駄に傷つけることもない」
「そしてまた生を受け、死を繰り返すのか?」
「それが摂理だ。世界を永遠に回すために我々管理者が定めた法則だ。安心するがいい、お前もいずれ、この輪の中に入り、世界の一部となるのだ」
管理者である存在の言葉は、しかしヴァルゴスに感銘を与えなかった。
「つまり、我々は痛み、苦しみ、嘆く運命から逃れることはないのだな。死後に安らぎはなく、永遠の労苦を味わう貴様らの家畜にすぎぬのだな!?」
「生がそれだけとは限らぬよ。もっとも、我々が虫けらの喜びや嘆きを定義するのも傲慢な話ではあるだろう」
「貴様に、人を救う気はないのか!?」
「ない。虫は好きに生き、好きに死ぬべきだ」
激高するヴァルゴスに、モルディナは冷淡に答える。
「私はもう貴様に従う気はない。私は私のやり方で安らぎを与える」
それは宣戦布告であった。
彼我の戦力差を考えれば、馬鹿馬鹿しいほどに無謀な戦いの狼煙であったが、モルディナは戦いの舞台にあがらない。虫けら相手に本気で勝負する人間などいないように、鼻で笑う。
「好きにするがいい、お前如きのやり方で滅びる世界なら、その程度の世界だったのだろうよ」
モルディナはヴァルゴスのやろうとしていることを読み取ったが、止める気も邪魔する気もなく、ヴァルゴスは世界樹を通じて自分の世界に帰還した。
永遠の苦しみから救うべく「死の魔王」が誕生したのである。
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