闇の胎動

雨竜秀樹

文字の大きさ
9 / 42
死の魔王

第4話 絶望への道

しおりを挟む

 ヴァルゴスが「魂の解放者」として各地を巡る中で、多くの魂を救い、安らぎの世界へと送り出した。しかし、彼がどれほど多くの魂を解放しても、この世界には終わりなき悲劇と苦しみが続いていた。人々は戦争を繰り返し、飢え、病に倒れ、救済を求めて叫び続けていた。



 ヴァルゴスは大規模な戦場を訪れた。そこには無数の死者が横たわり、彼らの魂が苦しみの中で彷徨っていた。いつものように彼らの魂を昇天させようとしたが、いくつかの魂たちは彼に背を向け、叫び声を上げた。



「俺はお前を知っている。嫌だ、嫌だ、お前に連れていかれたくない! お前は死後を知らない。死んだ後、どうなるなかなど知らないのだ!」



 その魂に覚えがあった。

 以前の戦場で、戦争の邪魔をしたと彼に斬りかかり、落馬しながらも一命をとりとめた騎士の魂だ。彼はその後も戦場に立ち続け、ついには剣に斃れたのである。



「お前は拒むのか?」



 実のところ、これは初めての出来事であった。

 今までの魂は、彼の力に触れると喜んで天に昇っていったからである。



「お前は知っているのか!? お前が魂を送った先がどうなっているのか!? お前が送った魂が真実、安らいでいるのか?」

「それは……」

「お前がいなくとも、今までの死者は不自由しなかった。あるべき場所に還っていったのだ。だがヴァルゴス、貴様は世界の理を捻じ曲げているのだ! この愚か者め!」



 叩きつけられる怒声は、今まで持たなかった疑問の種を植え付けた。

 たしかに自分は魂を解放して、天に還しているという実感があった。しかし、自分の目で魂の行く末を見たかと問われれば否である。そして、自分が導かなくとも魂は天に還っているか否かという問いかけも、今まで気にしなかったことであった。



「私は間違っていたのか?」



 ヴァルゴスは戸惑い、問いに答えられない。

 答えを知る方法はただ一つ、自らの死の世界におもむくことだけである。

 しかし、ヴァルゴスはここで自分が死ぬことができないことに気が付いた。今までは気にしたこともなかったが、疲れず、老いず、病にもかからない彼は、武器や魔法の力をもってしても死ぬことはできなかったのだ。

 彼は死ぬ方法を求めて、永遠に近い命を持つエルフの賢者たちを訪ねた。



 永遠の森と呼ばれるエルフたちの王都は、今まで見た中でどの都市よりも大きく、優美で、繁栄していた。この地を訪れることができる人間はほとんどおらず、人間が歓迎されることはまずないが、ヴァルゴスは別である。

 なぜなら、今の彼は半神ともいうべき存在だったからだ。



「『魂の管理者』に仕えし『沈黙の使者』の来訪を、我らエルフ一同心より歓迎いたします。代表として、エルフの女王であるエルムモランが応対させていただきます」

「私が知りたいのはただ一つ、私が昇天させた魂の行方だ」

「『沈黙の使者』は、その力でどのように送られるかご存じのはず」

「苦しき生を終え、永遠の安らぎを与えた。私はそのように感じているが、それが真実であるか知るすべはないのか?」



 ヴァルゴスは悲鳴にも近い声を出して、エルフの女王に内心を吐露した。

 自分に力を与えたモルディナが、実は邪悪な存在であり、自分は安らぎを与えているつもりで苦痛を与えていたのではないか?



「『魂の管理者』は数多の世界を管理する上位者の一人にして、自然の理を司る御方と聞いております。我らエルフでも始祖以外が出会うことはありません。しかし、お望みとあらばこの都の中心にして、世界が生まれた世界樹にご案内いたします。『沈黙の使者』である貴方ならば『魂の管理者』もお答えくださることでしょう」



 エルフの女王に導かれて、ヴァルゴスは光り輝く大樹に案内された。

 大樹の一部はエルフの城として使用されており、そこから溢れ出る膨大な魔力を感じる下層にまで案内される。



「感謝する。エルフの女王」

「エルムモランとお呼びください。『沈黙の使者』、貴方の疑問に答えが得られること」



 エルフの女王に見送られて、ヴァルゴスは真実を求めて旅立った。

 そして思ったよりも早く、彼は求めていた相手に出会う。



「なんだ、ヴァルゴスではないか?」



 現世であった時と『魂の管理者』の姿は違った。

 黒い外套と禍々しい鎌は同じであるが、骨と皮のミイラのような姿ではなく、若く瑞々しい肉体を持つ少女の姿である。しかし、そのようなことはヴァルゴスには関係の名ことであった。



「教えてくれ、私が贈った魂の先を……、いいや、私自身で確かめたい」



 今のヴァルゴスはモルディナからの言葉を信じることはできなくなっている。

 それを察したのか、というよりも心を読んだのか?



「好きにするがよい」



 モルディナは一言許可を出す。

 そしてヴァルゴスはモルディナの領域を探索し始める。

 どれだけ長い年月がかかろうとも構わないという思いでいたが、真実は思ったよりも早く見つけることができた。



「生と死は流転しているのか?」

「その通りだ、ヴァルゴス。死んだ者たちの魂は罪を洗い流した後、再び無垢なる者として新たな生を得る。お前の仕事はこのサイクルを円滑に進める手順の一つだ。お前がいなくとも、このサイクルは変わらないが、お前がいれば魂を無駄に傷つけることもない」

「そしてまた生を受け、死を繰り返すのか?」

「それが摂理だ。世界を永遠に回すために我々管理者が定めた法則だ。安心するがいい、お前もいずれ、この輪の中に入り、世界の一部となるのだ」



 管理者である存在の言葉は、しかしヴァルゴスに感銘を与えなかった。



「つまり、我々は痛み、苦しみ、嘆く運命から逃れることはないのだな。死後に安らぎはなく、永遠の労苦を味わう貴様らの家畜にすぎぬのだな!?」

「生がそれだけとは限らぬよ。もっとも、我々が虫けらの喜びや嘆きを定義するのも傲慢な話ではあるだろう」

「貴様に、人を救う気はないのか!?」

「ない。虫は好きに生き、好きに死ぬべきだ」



 激高するヴァルゴスに、モルディナは冷淡に答える。



「私はもう貴様に従う気はない。私は私のやり方で安らぎを与える」



 それは宣戦布告であった。

 彼我の戦力差を考えれば、馬鹿馬鹿しいほどに無謀な戦いの狼煙であったが、モルディナは戦いの舞台にあがらない。虫けら相手に本気で勝負する人間などいないように、鼻で笑う。



「好きにするがいい、お前如きのやり方で滅びる世界なら、その程度の世界だったのだろうよ」



 モルディナはヴァルゴスのやろうとしていることを読み取ったが、止める気も邪魔する気もなく、ヴァルゴスは世界樹を通じて自分の世界に帰還した。

 永遠の苦しみから救うべく「死の魔王」が誕生したのである。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

処理中です...