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死の魔王
第3話『沈黙の使者』として
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ヴァルゴスはモルディナと契約をしてから、各地を旅しながらその力を行使していった。彼が現れる場所では、必ず誰かが命を落とし、その魂は安らぎを得た。人々は次第に彼の存在に気付き、恐怖と敬意を持って「沈黙の使者」と呼ぶようになる。
ある村でのこと。
重病に苦しむ老婆が最後の息を引き取ろうとしていた。彼女の傍らには泣き崩れる家族が集まっていた。
その時、部屋の中に冷たい風が吹き込み、一人の黒衣の男が現れる。
家族の一人が驚いて叫んだ。
「誰だ! 何故ここにいる!」
「私はヴァルゴス」
彼は穏やかな声で答える。
以前の彼からは信じられないほど暖かな声音であった。
彼の噂を知っていた家族は、怒気をおさめて老婆までの道を開く。
「私は彼女の魂を解放するために来た。苦しみから救うために」
老婆は弱々しい声で尋ねた。
「あなたが……、死神なのですか?」
ヴァルゴスは静かに頷き、老婆の手を優しく握った。
「あなたは十分に生を全うした。これからは安らぎの世界へと旅立つ時だ」
老婆は安心したように微笑み、目を閉じた。
「ありがとう……、ありがとうございます。これで、やっと楽になれる……」
老婆は最後の言葉を残すと、すべての苦しみから解放され、微笑みを浮かべながら、息を引き取った。
ヴァルゴスは彼女の魂を手に取り、優しく抱きしめる。
「安らかに眠れ。あなたの魂は永遠の平穏を得るだろう」
老婆の亡霊が穏やかな笑みを浮かべながら昇天する光景を見て、家族たちは涙を流しながらも、どこか安堵の表情を浮かべて、死後の安らぎを祈る。
家族たちは「沈黙の使者」に礼を言おうとしたが、すでにヴァルゴスは静かに部屋を後にし、再び闇の中へと消えていた。
しかし、すべての死が安らかなものではなかった。戦場や惨劇の現場では、多くの魂が苦しみと未練の中で彷徨っていた。ヴァルゴスはそのような場所にも足を運び、苦しむ魂たちを解放する使命を果たした。
血煙が立ち込める戦場。数多くの兵士たちが倒れ、悲鳴と怒号が飛び交っていた。
ヴァルゴスはその中心に立ち、苦しむ魂たちの声に耳を傾けた。
「助けてくれ……、まだやり残したことがある……、家族の元に帰りたい……」
「嫌だ、嫌だ、死にたくない、俺はもっと、もっと生きたい!」
「俺は死んでない、俺はまだ死んでいない、俺にはやらなきゃならないことが、まだ!」
無数の声がヴァルゴスに訴えかけてくる。
いずれも生に対する未練であり、現世への執着である。
若い兵士たち、命の奪い合いであることを承知していた者も、命令で連れてこられていた者たちも、敵の命を奪った者も、いざ死を得た時、生のすばらしさを理解して、それが永遠に失われたことに恐怖し、絶望するのだ。
ヴァルゴスは深い悲しみと哀れみを感じながらも、静かに手を広げる。
この憐憫いう感情も、以前の彼であれば持ちえないものであったかもしれない。
「私があなたたちを解放しよう。苦しみから解き放ち、永遠の安らぎへと導く」
最初は恐怖し、怒り、泣き喚いた魂も、ヴァルゴスの冷たくも穏やかな光に惹かれて、ひとつまたひとつと集まり、無数の光となって天へと昇っていった。
戦場の喧騒は一瞬で静まり、まるで時間が止まったかのような静寂が訪れる。
剣戟は鳴りやみ、誰もが昇天していく仲間そして敵の魂を見上げる。
自分たちの命がどうなるのか、自分たちの死がどうなるのか、その光景を見て、命の奪い合いを続けるだけの戦場の狂気は、彼らの精神を蝕んではいなかった。
しかし、一人の騎士が馬を駆りながらヴァルゴスの前に現れて怒声を放った。
「この妖術師め!」
「私は使命を果たしているだけだ」
「この者を殺せ」
ヴァルゴスの返答を無視して、騎士は叫んだ。
しかし兵士たちはためらいながら互いに顔を見合わせる。
「こやつは敵の間者だ。ためらえば、この戦は敗北するのだ!」
再度、檄を飛ばすが、戦場の音は鳴りやんでいる。
敵も味方も兵を引き始めており、すでに戦争は終わっていた。どちらも勝つことも、負けることもなかったが。
「臆病者どもが、死ね!」
騎士は馬上からヴァルゴスに剣を振るったが、突然軍馬が暴れ出す。
騎士は軍馬を制御しようとするが、どうやってもうまくいかずついには馬上から投げ出されると、ひどい音を立てて大地に叩きつけられる。その衝撃でうめき、不運なことに槍の一本が騎士に突き刺さった。
「う、ぐぐぐ、あああぁぁっ!!」
苦痛の声を漏らす騎士にヴァルゴスは近寄った。
死が近づいたと騎士は表情を歪め、周囲の兵士たちはどうするべきか動揺して、足踏みするだけであった。
「く、くるなぁ!」
「お前はまだ死ぬべき定めではない」
負傷した騎士の状態を蒼い瞳で見抜くと、ヴァルゴスは手持ちの道具で応急処置する。そして動揺する兵士たちをまるで上官のように呼びつけると、即席の担架を作り、運んでやるように命じた。
すべてが終わると、負傷した兵士の一人がヴァルゴスに震える声で問いかける。
「あなたは……、あなたはいったい何者だ? 俺たちを殺しに来たんじゃないのか? 目的はなんだ!!」
ヴァルゴスは優しい声ですべての質問に答えた。
「私はヴァルゴス。お前もまだ死ぬべき時ではない。私は死者の魂をあるべき場所に贈るだけだ」
そう答えると、ヴァルゴスは戦場から姿を消した。
兵士は天を仰いで、昇天していった魂を見送ろうとしたが、すべて消えた後だった。彼はヴァルゴスの姿を追おうとしたが、すでにどこにも影も形もない。
このようにヴァルゴスは様々な地に足を運んだ。
多くの場合は村々を回り、時折に都市にも姿を見せて、稀に戦場にも現れる。
死を目前にした者たちは彼の来訪を歓迎したが、国々や教会は世間を壊乱する詐欺師の類として彼を指名手配した。しかし、ヴァルゴスは捕らえられることなく、人々の魂を天に還していく。
ヴァルゴスの望みとは関係なく、その名声は少しずつ高まり、彼を信望する数も増え始めていた。
ある村でのこと。
重病に苦しむ老婆が最後の息を引き取ろうとしていた。彼女の傍らには泣き崩れる家族が集まっていた。
その時、部屋の中に冷たい風が吹き込み、一人の黒衣の男が現れる。
家族の一人が驚いて叫んだ。
「誰だ! 何故ここにいる!」
「私はヴァルゴス」
彼は穏やかな声で答える。
以前の彼からは信じられないほど暖かな声音であった。
彼の噂を知っていた家族は、怒気をおさめて老婆までの道を開く。
「私は彼女の魂を解放するために来た。苦しみから救うために」
老婆は弱々しい声で尋ねた。
「あなたが……、死神なのですか?」
ヴァルゴスは静かに頷き、老婆の手を優しく握った。
「あなたは十分に生を全うした。これからは安らぎの世界へと旅立つ時だ」
老婆は安心したように微笑み、目を閉じた。
「ありがとう……、ありがとうございます。これで、やっと楽になれる……」
老婆は最後の言葉を残すと、すべての苦しみから解放され、微笑みを浮かべながら、息を引き取った。
ヴァルゴスは彼女の魂を手に取り、優しく抱きしめる。
「安らかに眠れ。あなたの魂は永遠の平穏を得るだろう」
老婆の亡霊が穏やかな笑みを浮かべながら昇天する光景を見て、家族たちは涙を流しながらも、どこか安堵の表情を浮かべて、死後の安らぎを祈る。
家族たちは「沈黙の使者」に礼を言おうとしたが、すでにヴァルゴスは静かに部屋を後にし、再び闇の中へと消えていた。
しかし、すべての死が安らかなものではなかった。戦場や惨劇の現場では、多くの魂が苦しみと未練の中で彷徨っていた。ヴァルゴスはそのような場所にも足を運び、苦しむ魂たちを解放する使命を果たした。
血煙が立ち込める戦場。数多くの兵士たちが倒れ、悲鳴と怒号が飛び交っていた。
ヴァルゴスはその中心に立ち、苦しむ魂たちの声に耳を傾けた。
「助けてくれ……、まだやり残したことがある……、家族の元に帰りたい……」
「嫌だ、嫌だ、死にたくない、俺はもっと、もっと生きたい!」
「俺は死んでない、俺はまだ死んでいない、俺にはやらなきゃならないことが、まだ!」
無数の声がヴァルゴスに訴えかけてくる。
いずれも生に対する未練であり、現世への執着である。
若い兵士たち、命の奪い合いであることを承知していた者も、命令で連れてこられていた者たちも、敵の命を奪った者も、いざ死を得た時、生のすばらしさを理解して、それが永遠に失われたことに恐怖し、絶望するのだ。
ヴァルゴスは深い悲しみと哀れみを感じながらも、静かに手を広げる。
この憐憫いう感情も、以前の彼であれば持ちえないものであったかもしれない。
「私があなたたちを解放しよう。苦しみから解き放ち、永遠の安らぎへと導く」
最初は恐怖し、怒り、泣き喚いた魂も、ヴァルゴスの冷たくも穏やかな光に惹かれて、ひとつまたひとつと集まり、無数の光となって天へと昇っていった。
戦場の喧騒は一瞬で静まり、まるで時間が止まったかのような静寂が訪れる。
剣戟は鳴りやみ、誰もが昇天していく仲間そして敵の魂を見上げる。
自分たちの命がどうなるのか、自分たちの死がどうなるのか、その光景を見て、命の奪い合いを続けるだけの戦場の狂気は、彼らの精神を蝕んではいなかった。
しかし、一人の騎士が馬を駆りながらヴァルゴスの前に現れて怒声を放った。
「この妖術師め!」
「私は使命を果たしているだけだ」
「この者を殺せ」
ヴァルゴスの返答を無視して、騎士は叫んだ。
しかし兵士たちはためらいながら互いに顔を見合わせる。
「こやつは敵の間者だ。ためらえば、この戦は敗北するのだ!」
再度、檄を飛ばすが、戦場の音は鳴りやんでいる。
敵も味方も兵を引き始めており、すでに戦争は終わっていた。どちらも勝つことも、負けることもなかったが。
「臆病者どもが、死ね!」
騎士は馬上からヴァルゴスに剣を振るったが、突然軍馬が暴れ出す。
騎士は軍馬を制御しようとするが、どうやってもうまくいかずついには馬上から投げ出されると、ひどい音を立てて大地に叩きつけられる。その衝撃でうめき、不運なことに槍の一本が騎士に突き刺さった。
「う、ぐぐぐ、あああぁぁっ!!」
苦痛の声を漏らす騎士にヴァルゴスは近寄った。
死が近づいたと騎士は表情を歪め、周囲の兵士たちはどうするべきか動揺して、足踏みするだけであった。
「く、くるなぁ!」
「お前はまだ死ぬべき定めではない」
負傷した騎士の状態を蒼い瞳で見抜くと、ヴァルゴスは手持ちの道具で応急処置する。そして動揺する兵士たちをまるで上官のように呼びつけると、即席の担架を作り、運んでやるように命じた。
すべてが終わると、負傷した兵士の一人がヴァルゴスに震える声で問いかける。
「あなたは……、あなたはいったい何者だ? 俺たちを殺しに来たんじゃないのか? 目的はなんだ!!」
ヴァルゴスは優しい声ですべての質問に答えた。
「私はヴァルゴス。お前もまだ死ぬべき時ではない。私は死者の魂をあるべき場所に贈るだけだ」
そう答えると、ヴァルゴスは戦場から姿を消した。
兵士は天を仰いで、昇天していった魂を見送ろうとしたが、すべて消えた後だった。彼はヴァルゴスの姿を追おうとしたが、すでにどこにも影も形もない。
このようにヴァルゴスは様々な地に足を運んだ。
多くの場合は村々を回り、時折に都市にも姿を見せて、稀に戦場にも現れる。
死を目前にした者たちは彼の来訪を歓迎したが、国々や教会は世間を壊乱する詐欺師の類として彼を指名手配した。しかし、ヴァルゴスは捕らえられることなく、人々の魂を天に還していく。
ヴァルゴスの望みとは関係なく、その名声は少しずつ高まり、彼を信望する数も増え始めていた。
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