闇の胎動

雨竜秀樹

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剣の女王

第7話 後継者

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 グラトリアが勢力を拡大している間に、ルクードとベリストラの間には5人の子供ができていた。男子3人、女子2人で、いずれも健康である。
 ルクードの女王に対する忠誠心は揺るぎなかったが、それとは別に子供に対する愛情を惜しみなく注いでいた。元々が口数の少ない武骨な性分ではあったが、その心づかいは感受性豊かな子供たちの愛情と尊敬を十分に勝ち取ることになる。
 一方ベリストラの方も、母親として懐かれていたが、同時に教育者として恐れられてもいた。もっともそれは一般的な家庭の水準を大きく上回るようなものではなく、多少教育熱心という程度のものでしかない。ベリストラなりに愛情を注いでいることは事実であり、夫であるルクードや使用人たちも温かく見守ることにした。
 そうして、年月が流れた後、ルクードとベリストラは子供たちと共に首都に招かれる。以前よりも遥かに豊かになった首都の様子を見ながら、彼らは女王の統治が盤石であることを再確認する。
 しかし、人払いされた謁見の間にて、王座に座す女王から告げられた言葉は彼らの期待を裏切るものであった。

「ルクード、ベリストラ……。お前たちを呼んだのはほかでもない。私の後継者を定めようと思う」
「女王陛下、貴方様はまだ若く美しい、誰でも望みのままでございましょう。焦って後継者を定めずとも……」
「姉様、どこかお加減でも?」

 妹の言葉に、グラトリアは頷いた後、頭を指で軽く叩く。

「悪い腫瘍ができているようだ。私自身魔術で確認し、侍従長たちにも調べさせた。今すぐというわけではないが、早ければ来年、長くとも3年程度で爆発する。当然だが、生きていられるはずもない」
「何ともならぬのですか?」
「手を尽くすように命じてはいるが、あてにはしていない。戦場以外で散る日が来るのは、本意ではないが、今まで敵味方に流させた血の量を考えれば贅沢もいえん。グラトリアは死ぬ。そう考えて、私の死後この国の行く末を考えた」

 剣の女王を中心に諸侯は纏まっている。
 その支柱が失われたならば、後の主導権争いは凄惨なものになるだろう。

「そうなる前に後継者を決めておかねばならない。我が忠臣ルクード、妹ベリストラの長子にグラトリア王朝をゆだねる。子が成人するまでお前たちは摂政として支えよ。断ってはくれるな」

 ルクードとベリストラは、グラトリアの突然の宣言に言葉を失った。ルクードは拳を握りしめ、深く頭を垂れていたが、その心中は複雑だった。忠誠心を抱く女王の命が長くないことにショックを受けながらも、自分の子供にこの偉大な王国を託すという責任の重さを受け止めようと努力する。
 一方で、ベリストラは冷静さを保とうとしていたが、胸中には激しい感情が渦巻いている。彼女は賢明で聡明な女性であり、自分の子供が王国の後継者に選ばれることが持つ意味を瞬時に理解した。しかし同時に、王朝を支える摂政としての責務が、今まで想像していたものをはるかに超える困難であることも。

「姉様……、私たちにとって、それはとても大きな責務です。ですが、私たちを信頼して話してくださったことに感謝いたします。」

 ベリストラは落ち着いた声で応えた。彼女の内心に渦巻く感情は表には出さず、ただその場の静寂を守った。
 姉は妹を見つめ、ゆっくりと頷いた。

「お前ならば、私がいなくなってもこの国を守り抜けるだろう。お前も、ルクードも、強い。だからこそ、私の国を任せる。だが忘れるな、我が子の代わりに摂政として立つということは、単なる保護者ではない。お前たちは、この国を未来に導く道しるべになるのだ。そして倒れる時は一人ではなく、多くの者が犠牲になる。事実、私たちは今まで多くの国を討ち滅ぼしてきた。そしてその時、王が一人孤独に倒れることなどない。数多くの部下と民、そして敵を道ずれに斃れるのだ。お前たちの子ならば、そうはならないと考えている」

 ルクードがようやく顔を上げ、低く重い声で言った。

「陛下のご信頼、誠に光栄でございます。私とベリストラ、そして我が子らがその役割を全うし、この王国を守り続けます。私自身も剣を持つことが許される限り、この国に命を捧げる覚悟です」

「よろしい」とグラトリアは静かに答えた。その目には、僅かな疲れが見えたものの、その決意は揺らぐことなく堅かった。

「私の選んだ道を疑うことはない。それが、お前たちの未来だ」

 彼女は玉座に深く身を沈め、少しの間沈黙を保った後、さらに付け加えた。

「この知らせはまだ公にするつもりはない。だが近々重臣たちを集め、事の次第を話す。私が死ぬまでは、この国はまだ私のものだ。だが、お前たちには準備をしてもらわねばならぬ。子供たちにも、しっかりとした教育を施すのだ。いずれ王となる者として」

ベリストラは再び深く頭を下げた。「承知いたしました、姉様。子供たちは、未来の王としての自覚を持ち、そのための訓練を積ませます。」

 グラトリアはそれを聞き、満足げに頷いた。

「それでよい。私がいなくなった後も、この国が揺らぐことなく進み続けることが、何よりも大事だ。お前たちには信じている。さあ、今日はこれで良い。いずれまた、詳しいことは話そう」

 ルクードとベリストラは、重い気持ちを抱えながら謁見の間を後にした。彼らがこれから背負うことになる責務は、計り知れないものであった。しかし、剣の女王が彼らに託した使命を、彼らは必ず果たすと誓っていた。

宮殿を出ると、ベリストラはルクードに静かに囁いた。

「私たちの子供たちが、この国を背負うことになるのね」

 ルクードは頷いた。

「ああ、そうだ。我々が彼らを導かなければならない。だが、どれほどの重圧になるか……、子供たちには、まだ話せない。」
「そうね、まだ早すぎるわ。でも、準備は始めないといけない。姉様が亡くなった後、敵になる者、味方になる者も見定めなきゃいけないわ」

 ベリストラの瞳に残忍な輝きが宿る。
 子供たちには見せたこともない陰謀家にして謀略家の貌を久しぶりに見て、ルクードは長年黙していたことを告白した。

「私は貴女がグラトリア様を裏切るのではないかと思い、それを見張るつもりで婚姻を受けた」
「あら奇遇ね。私も貴方が姉様を裏切るのではないかと思って、婚姻を望んだの」
「ありえない」
「そうね、でも当時はそう思ったのよ」
「今は違うのだろうな?」
「どうかしら? 嘘嘘冗談よ、真に受けないで愛しい人」

 憮然とするルクードをからかうベリストラ。
 そのようなやり取りをする2人の心はすでに次なる大きな役割に向けて動き始めていた。彼らの子供がより良い未来を与えるために、その瞳に静かな決意が宿っている。


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