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第21話 〝美食家〟
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オークションの休憩時間が来ると、イヴァは貴賓室から外に出ることにした。
当然、護衛であるアマゾネスの奴隷戦士たちも一緒である。ついでに、天井裏に潜んでいる魔法使いの刺客――蠍の使い魔も〝|蟲の皇子(ヴァーミン・プリンス)〟を追いかける。
イヴァが向かう先は大食堂だ。
招待客達は奴隷商人ギルドの用意した豪華な食事に舌鼓(したづつみ)を打ちながら、様々な話をしている。それは世間話から商談、時には政治的な謀略や密談など、実に様々である。
無政府状態ともいえるエルカバラードには、このような場所で実力者たちが重要な決め事を行うのも珍しくない。食糧や飲料の値上げや値下げ、嗜好品の輸入量や輸出量などなど、イヴァがどれだけ蟲を駆使しても拾いきれない情報量が大食堂には溢れている。
何人かは、イヴァの姿を見て軽く挨拶をしにくる。だが、すぐに別の話し相手の方に行ってしまう。
「まあ、今のボクの政治力じゃこんなものだよね」
〝蟲の皇子〟は苦笑する。
少なくとも現時点では、イヴァと長々と話し込む価値を見出していないようだ。今のところ、それは好都合でもあった。
「あ、いた、いた」
イヴァはすぐに目当ての人物を見つけて、移動する。
「はじめまして、〝|美食家(グルメ)〟さん」
ダークエルフの少年は無邪気な笑みを浮かべて、半人半蛇(ラミア)の女性に挨拶する。
黒い豊かな髪と褐色の肌、豊かな胸を持つ魅力的な美女だが、胴体である蛇の部分は毒々しい赤だ。無数の宝石が散りばめられた踊り子のような衣装を着こなしており、高級娼婦のようにも見えるし、上流階級の夫人にも見える。
「あら、〝蟲の皇子〟様。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
滑らかな動作で一礼すると、黄色い蛇目で品定めするかのようにイヴァを見る。
「先程は残念でした。良い取引だと思いましたのに」
「ごめんね。動物の魅力には勝てなかった」
「動物がお好きなのですか?」
「そうだね。蟲(どうぐ)よりも愛玩動物(ペット)の方が愛着は湧くよ」
互いに談笑しながらも、両者は一定の間合いを保っている。
イヴァの護衛であるアマゾネスたちはもちろん、〝美食家〟の護衛である蜥蜴人(リザードマン)や人頭蛇(ナーガ)、狼人(ワーウルフ)も適度に緊張した面持ちを崩さない。
「とはいえ、君が提示してくれた条件は捨てがたいものでもある。先程のオークションとは別に、取引できる機会をいただければと思うんだけど、どうかな?」
「それは……もちろん構いません」
「誤解がないように言っておくけど、盗賊ギルドと取引したいわけじゃない。あくまで、君個人と取引したいんだ」
ダークエルフの少年の言葉を聞き、ラミアは妖艶な笑みを浮かべる。
「それはつまりお金ではなく、アマゾネスの方がほしいということでしょうか?」
「うん、その通りだよ。ああけど商談に入る前に忠告させていただくと、鋼鉄銀行も巻き込もうとするのはあまり感心しないね。少し前に起きたスレヴェニアやアラインの大恐慌を知っているでしょ?」
商人たちの力も増して、農民たちでも資産を持つものが増えてきた。奴隷を使い得た利益で投資などを始める貴族や資産家の数も少なくない。文明国と呼ばれる国々の経済は発達すると同時に、規模も大きくなり、貿易も盛んに行われている。株券や債権などの証券取引も行われ始めており、混沌としながらも時代の波は進んでいる。
だが、商売の規模が大きくなり、複雑化したことで今まで起きたことのない恐慌と呼ばれる災厄も誕生した。
ここ10年以内でも大規模な恐慌が2回も起きている。スレヴェニアの経済破綻、アラインの国家詐欺事件であり、どちらも両国の経済に大きなダメージを受けて、多数の破産者と自殺者を出したあげくに、スレヴェニアでは革命が起こり、アラインでは海賊ギルドによる国家の乗っ取りが行われてしまった。周辺諸国にもその影響は波及しており、西の小国は未だに立ち直れていない国も多い。
「同じようなことが、エルカバラードで起きるのは困るでしょ?」
「いいえ。エルカバラードでも同じことが起きたとして、それはそれで盗賊ギルドとしては問題ないですよ。何故なら、我々はいつも飢えているからです。そして、その飢えを満たすために、いつでも貪欲に金を貪ります」
「リエル金貨の価値がゼロになる可能性もある」
「仮にそうなったとしても、それに代わる価値あるモノが生まれます。そして我々はソレを集めることができる手段があるのです」
「暴力的に搾り取るんだよね。やっぱり、君たちとは相容れないな」
イヴァは嘆息する。
大恐慌が起こったとしても、自分達はなんとかする手段がある。だから、それで敵対者の足を引けるのならばかまわない。この手の暴論を良しとする勢力に、この都市を託することはできない。
「イヴァ様も我々と同じではありませんか?」
「違うね。下の者には搾り取るんじゃなくて、貢がせるんだ。自由な貿易と適度な規律、メリハリのある業務時間と休息、その場所としてエルカバラードを提供する代わりに、ボクは君たちから毎月上納金を受け取っている。本当は『安全』を付け加えれば完璧なんだけど、このエルカバラードの気風を考えると難しいよね」
その言葉を聞き、〝美食家〟は喉を鳴らして笑う。
「ああ、それは確かに。失礼致しました。確かに暴力と恐怖、他者への脅迫と詐欺により金銭をむしり取る私達とは違いますね。気づかないように血を啜(すす)る蛭のようなやり方です」
〝美食家〟は己の非を侘びた後、挑発するように言った。
もちろん、イヴァはこの手の挑発に乗ることはない。
「干からびるほどには吸わないよ」
ダークエルフの少年の態度を見て、ラミアは蛇の舌を形良い唇に這わせる。
「自らを民衆に寄生する蛭だと認める者の血肉はどんな味がするのか……。イヴァ様、わたし、貴方を食べたくなってきました。アマゾネスの件なのですが、貴方様の右目と右耳で交換するというのはいかがでしょうか?」
そう言った彼女の口元からはだらりと涎が垂れ始めていた。
「その軟らかそうな舌も斬り落として味わいたいのですが、我慢します。だって、こちらが出すアマゾネスは食べかけですからね。それほどの価値はない」
「一応聞くけど、アマゾネスは『どの程度』残っているの?」
「お前を食べるぞ」という要求に臆した様子もなく、ダークエルフの少年は問う。
「1人は両目と両耳、舌、鼻を、もう1人は両手両足を頂きました。目玉のとろみや舌の絶妙な柔らかさは極上の味でしたが、筋肉の付いた手足を噛み千切るのも実に歯ごたえがあります」
ラミアはおぞましいことを口にしたが、この場にいる誰も眉一つ動かさない。
内心どう思っているのかはともかく、このような非道な行いもエルカバラードにおいては非難される事柄ではないのだ。
「ああそういえばもう1人いたのですが、そちらは揚げ物にしたのですが使う油が悪かったのか、味は今ひとつでしたね。まあ、さすがのアマゾネスも揚げられる時はいい声で叫んでくれたので、それはそれでソソりましたが……。絶命したので、死霊魔術師に引き渡してしまいました」
「もったいない」
「ええ、まったく馬鹿なことをしました」
〝蟲の皇子〟と〝美食家〟が使った意味はまったく違うのだが、両者はチグハグなまま会話を続ける。
「それで、いかがでしょうか?」
「右目と右耳ね」
今の魔法技術であれば、金と伝手、時間をかければ再生させることも不可能ではない。だが、喰われる不快感と痛みは別物だ。
それでも〝蟲の皇子〟は気にした様子はなく、拒否するのではなく交渉することにした。
「耳はともかく、目は困るな。治療が終わってから30年程度だから、また潰されると今度の再生に数十年の時間が必要だ」
「あらそうでしたの? このあたりは長命種の辛いところですよね。いいでしょう、では右目の代わりに、右手の親指と右足の親指でどうでしょうか?」
「それなら、まあいいか。奴隷オークションが終わった後で良ければ」
「うふふ、了解致しました。ご安心くださいませ、アマゾネスにはこれ以上傷をつけたりしませんよ。盗賊風情の約束など信用できないかもしれませんが、今のところ、言葉以上に与えるものができないので……、後ほど邪魔の入らない場所、互いの護衛の人数などの詳細をお伝えいたします」
イヴァは「約束を破ったら、相応の報復をするからね」と軽く言うと、ラミアに背を向けた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ある程度の距離が離れたところで、ペルセネアが囁く。
「ご主人様、あのような約束をしてよいのか?」
「ああでも言わないと、たぶん今日中に君の同胞が食い殺されちゃっていたよ」
「……私は護衛だ。だが、自分から傷つこうとする主人を守るのは難しい」
アマゾネスの奴隷戦士は口を尖らせた後、更に声を潜めて告げる。
「それに、あの女は信用ならない」
「野生の勘? それとも女の勘かな?」
「両方だ」
からかうような口調で話す少年に対して、女は生真面目な顔で答えた。
「トルティとテタルナも同じように感じたはずだ」
「ああ」
「同感ですね」
アマゾネスたちの言葉を聞いて、イヴァは少しだけ笑みを深くする。
「そうだね。彼女はボクの指や耳程度じゃ満足しないと思う。最初にその部分を食べるかもしれないけど、そのまま他の部分も食い千切る。ボクのすべてを腹の中に収めた後で、アマゾネスもデザート代わりに食べるはずだ。でもまあ、先程も言ったけどアマゾネスを食べるのは我慢するんじゃないかな。彼女は貪欲みたいだけど、自制心がないわけでもないようだからね」
「ああなんだ、つまり時間稼ぎというやつか?」
「正解。もちろん、相手が律儀に約束を守る可能性もゼロじゃないけど。その時は、その時だよね。大人しく指と耳を食べさせしてあげるよ」
先に裏切るつもりがないあたりが、この少年の危うさである。だが、ペルセネアはそのことを指摘はしなかった。
「そうならないように、相手が早めに裏切ってくれることを期待しよう」
〝美食家〟がどの段階で牙を剥くかはわからない。
イヴァの耳と指を食いちぎった後で約束を反古にするか、あるいは取引を行う場所に来た瞬間に襲い掛かってくるのか、いずれにしても主導権を奪われた分の悪い戦いだ。ついでに言えば、エルカバラードの領主争奪戦ともほとんど関係のない。イヴァの個人的な嗜好を満足させる戦いのようにも見える。
(ひょっとしたら何か企んでいるのかもしれないが、まあ監視がいるところで追求する必要はないか)
ペルセネアは死角に潜む鼠や蠍をなるべく意識しないようにしながら、主人の方を見る。この場所で、わざわざこのような会話をしたのは、相手側に情報を与えるように、あらかじめイヴァの指示を受けていたからである。
この工作がどのような効果をもたらすのかは、ペルセネアにはわからない。ひょっとしたら、何の意味もないのかもしれないが、もしかしたら盗賊ギルドに致命傷を与える秘薬になるのかも知れない。
(どのように転ぼうとも、戦うことができるのは間違いないだろうがな)
休息時間が終わり、再び奴隷オークションが始まろうとしていたが、そこである事件が起こった。
目玉商品である翡翠解放団長のゲイルが逃亡したのである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
アラインの国家詐欺事件。
スレヴェニアの経済破綻と時を同じくして、アラインの会社(ギルド)の株価の大高騰と大暴落が起こった。その際、アラインの王侯貴族と会社(ギルド)が癒着しており、賄賂などの汚職が明るみに出た。さらに株の大暴落前に株を売ったことで多額の利益を得ていることがわかると、市民の怒りは爆発。
スレヴェニアと同じく革命一歩手前の状況となったが、その時に被害を受けた海賊ギルドがアラインを半ば乗っ取るような形で支配してしまい、汚職政治家たちの大規模な粛清を行った。その後、海賊ギルドは義賊のように富の再分配を行い、派遣された海賊ギルドの幹部である海賊卿は見事な手腕で経済を建て直す。
彼がアラインの王族と結ばれることに異論を唱えるものは誰もおらず、こうしてアラインと海賊ギルドの蜜月は始まることになる。
―― アラインの破滅と復興 ――
当然、護衛であるアマゾネスの奴隷戦士たちも一緒である。ついでに、天井裏に潜んでいる魔法使いの刺客――蠍の使い魔も〝|蟲の皇子(ヴァーミン・プリンス)〟を追いかける。
イヴァが向かう先は大食堂だ。
招待客達は奴隷商人ギルドの用意した豪華な食事に舌鼓(したづつみ)を打ちながら、様々な話をしている。それは世間話から商談、時には政治的な謀略や密談など、実に様々である。
無政府状態ともいえるエルカバラードには、このような場所で実力者たちが重要な決め事を行うのも珍しくない。食糧や飲料の値上げや値下げ、嗜好品の輸入量や輸出量などなど、イヴァがどれだけ蟲を駆使しても拾いきれない情報量が大食堂には溢れている。
何人かは、イヴァの姿を見て軽く挨拶をしにくる。だが、すぐに別の話し相手の方に行ってしまう。
「まあ、今のボクの政治力じゃこんなものだよね」
〝蟲の皇子〟は苦笑する。
少なくとも現時点では、イヴァと長々と話し込む価値を見出していないようだ。今のところ、それは好都合でもあった。
「あ、いた、いた」
イヴァはすぐに目当ての人物を見つけて、移動する。
「はじめまして、〝|美食家(グルメ)〟さん」
ダークエルフの少年は無邪気な笑みを浮かべて、半人半蛇(ラミア)の女性に挨拶する。
黒い豊かな髪と褐色の肌、豊かな胸を持つ魅力的な美女だが、胴体である蛇の部分は毒々しい赤だ。無数の宝石が散りばめられた踊り子のような衣装を着こなしており、高級娼婦のようにも見えるし、上流階級の夫人にも見える。
「あら、〝蟲の皇子〟様。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
滑らかな動作で一礼すると、黄色い蛇目で品定めするかのようにイヴァを見る。
「先程は残念でした。良い取引だと思いましたのに」
「ごめんね。動物の魅力には勝てなかった」
「動物がお好きなのですか?」
「そうだね。蟲(どうぐ)よりも愛玩動物(ペット)の方が愛着は湧くよ」
互いに談笑しながらも、両者は一定の間合いを保っている。
イヴァの護衛であるアマゾネスたちはもちろん、〝美食家〟の護衛である蜥蜴人(リザードマン)や人頭蛇(ナーガ)、狼人(ワーウルフ)も適度に緊張した面持ちを崩さない。
「とはいえ、君が提示してくれた条件は捨てがたいものでもある。先程のオークションとは別に、取引できる機会をいただければと思うんだけど、どうかな?」
「それは……もちろん構いません」
「誤解がないように言っておくけど、盗賊ギルドと取引したいわけじゃない。あくまで、君個人と取引したいんだ」
ダークエルフの少年の言葉を聞き、ラミアは妖艶な笑みを浮かべる。
「それはつまりお金ではなく、アマゾネスの方がほしいということでしょうか?」
「うん、その通りだよ。ああけど商談に入る前に忠告させていただくと、鋼鉄銀行も巻き込もうとするのはあまり感心しないね。少し前に起きたスレヴェニアやアラインの大恐慌を知っているでしょ?」
商人たちの力も増して、農民たちでも資産を持つものが増えてきた。奴隷を使い得た利益で投資などを始める貴族や資産家の数も少なくない。文明国と呼ばれる国々の経済は発達すると同時に、規模も大きくなり、貿易も盛んに行われている。株券や債権などの証券取引も行われ始めており、混沌としながらも時代の波は進んでいる。
だが、商売の規模が大きくなり、複雑化したことで今まで起きたことのない恐慌と呼ばれる災厄も誕生した。
ここ10年以内でも大規模な恐慌が2回も起きている。スレヴェニアの経済破綻、アラインの国家詐欺事件であり、どちらも両国の経済に大きなダメージを受けて、多数の破産者と自殺者を出したあげくに、スレヴェニアでは革命が起こり、アラインでは海賊ギルドによる国家の乗っ取りが行われてしまった。周辺諸国にもその影響は波及しており、西の小国は未だに立ち直れていない国も多い。
「同じようなことが、エルカバラードで起きるのは困るでしょ?」
「いいえ。エルカバラードでも同じことが起きたとして、それはそれで盗賊ギルドとしては問題ないですよ。何故なら、我々はいつも飢えているからです。そして、その飢えを満たすために、いつでも貪欲に金を貪ります」
「リエル金貨の価値がゼロになる可能性もある」
「仮にそうなったとしても、それに代わる価値あるモノが生まれます。そして我々はソレを集めることができる手段があるのです」
「暴力的に搾り取るんだよね。やっぱり、君たちとは相容れないな」
イヴァは嘆息する。
大恐慌が起こったとしても、自分達はなんとかする手段がある。だから、それで敵対者の足を引けるのならばかまわない。この手の暴論を良しとする勢力に、この都市を託することはできない。
「イヴァ様も我々と同じではありませんか?」
「違うね。下の者には搾り取るんじゃなくて、貢がせるんだ。自由な貿易と適度な規律、メリハリのある業務時間と休息、その場所としてエルカバラードを提供する代わりに、ボクは君たちから毎月上納金を受け取っている。本当は『安全』を付け加えれば完璧なんだけど、このエルカバラードの気風を考えると難しいよね」
その言葉を聞き、〝美食家〟は喉を鳴らして笑う。
「ああ、それは確かに。失礼致しました。確かに暴力と恐怖、他者への脅迫と詐欺により金銭をむしり取る私達とは違いますね。気づかないように血を啜(すす)る蛭のようなやり方です」
〝美食家〟は己の非を侘びた後、挑発するように言った。
もちろん、イヴァはこの手の挑発に乗ることはない。
「干からびるほどには吸わないよ」
ダークエルフの少年の態度を見て、ラミアは蛇の舌を形良い唇に這わせる。
「自らを民衆に寄生する蛭だと認める者の血肉はどんな味がするのか……。イヴァ様、わたし、貴方を食べたくなってきました。アマゾネスの件なのですが、貴方様の右目と右耳で交換するというのはいかがでしょうか?」
そう言った彼女の口元からはだらりと涎が垂れ始めていた。
「その軟らかそうな舌も斬り落として味わいたいのですが、我慢します。だって、こちらが出すアマゾネスは食べかけですからね。それほどの価値はない」
「一応聞くけど、アマゾネスは『どの程度』残っているの?」
「お前を食べるぞ」という要求に臆した様子もなく、ダークエルフの少年は問う。
「1人は両目と両耳、舌、鼻を、もう1人は両手両足を頂きました。目玉のとろみや舌の絶妙な柔らかさは極上の味でしたが、筋肉の付いた手足を噛み千切るのも実に歯ごたえがあります」
ラミアはおぞましいことを口にしたが、この場にいる誰も眉一つ動かさない。
内心どう思っているのかはともかく、このような非道な行いもエルカバラードにおいては非難される事柄ではないのだ。
「ああそういえばもう1人いたのですが、そちらは揚げ物にしたのですが使う油が悪かったのか、味は今ひとつでしたね。まあ、さすがのアマゾネスも揚げられる時はいい声で叫んでくれたので、それはそれでソソりましたが……。絶命したので、死霊魔術師に引き渡してしまいました」
「もったいない」
「ええ、まったく馬鹿なことをしました」
〝蟲の皇子〟と〝美食家〟が使った意味はまったく違うのだが、両者はチグハグなまま会話を続ける。
「それで、いかがでしょうか?」
「右目と右耳ね」
今の魔法技術であれば、金と伝手、時間をかければ再生させることも不可能ではない。だが、喰われる不快感と痛みは別物だ。
それでも〝蟲の皇子〟は気にした様子はなく、拒否するのではなく交渉することにした。
「耳はともかく、目は困るな。治療が終わってから30年程度だから、また潰されると今度の再生に数十年の時間が必要だ」
「あらそうでしたの? このあたりは長命種の辛いところですよね。いいでしょう、では右目の代わりに、右手の親指と右足の親指でどうでしょうか?」
「それなら、まあいいか。奴隷オークションが終わった後で良ければ」
「うふふ、了解致しました。ご安心くださいませ、アマゾネスにはこれ以上傷をつけたりしませんよ。盗賊風情の約束など信用できないかもしれませんが、今のところ、言葉以上に与えるものができないので……、後ほど邪魔の入らない場所、互いの護衛の人数などの詳細をお伝えいたします」
イヴァは「約束を破ったら、相応の報復をするからね」と軽く言うと、ラミアに背を向けた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ある程度の距離が離れたところで、ペルセネアが囁く。
「ご主人様、あのような約束をしてよいのか?」
「ああでも言わないと、たぶん今日中に君の同胞が食い殺されちゃっていたよ」
「……私は護衛だ。だが、自分から傷つこうとする主人を守るのは難しい」
アマゾネスの奴隷戦士は口を尖らせた後、更に声を潜めて告げる。
「それに、あの女は信用ならない」
「野生の勘? それとも女の勘かな?」
「両方だ」
からかうような口調で話す少年に対して、女は生真面目な顔で答えた。
「トルティとテタルナも同じように感じたはずだ」
「ああ」
「同感ですね」
アマゾネスたちの言葉を聞いて、イヴァは少しだけ笑みを深くする。
「そうだね。彼女はボクの指や耳程度じゃ満足しないと思う。最初にその部分を食べるかもしれないけど、そのまま他の部分も食い千切る。ボクのすべてを腹の中に収めた後で、アマゾネスもデザート代わりに食べるはずだ。でもまあ、先程も言ったけどアマゾネスを食べるのは我慢するんじゃないかな。彼女は貪欲みたいだけど、自制心がないわけでもないようだからね」
「ああなんだ、つまり時間稼ぎというやつか?」
「正解。もちろん、相手が律儀に約束を守る可能性もゼロじゃないけど。その時は、その時だよね。大人しく指と耳を食べさせしてあげるよ」
先に裏切るつもりがないあたりが、この少年の危うさである。だが、ペルセネアはそのことを指摘はしなかった。
「そうならないように、相手が早めに裏切ってくれることを期待しよう」
〝美食家〟がどの段階で牙を剥くかはわからない。
イヴァの耳と指を食いちぎった後で約束を反古にするか、あるいは取引を行う場所に来た瞬間に襲い掛かってくるのか、いずれにしても主導権を奪われた分の悪い戦いだ。ついでに言えば、エルカバラードの領主争奪戦ともほとんど関係のない。イヴァの個人的な嗜好を満足させる戦いのようにも見える。
(ひょっとしたら何か企んでいるのかもしれないが、まあ監視がいるところで追求する必要はないか)
ペルセネアは死角に潜む鼠や蠍をなるべく意識しないようにしながら、主人の方を見る。この場所で、わざわざこのような会話をしたのは、相手側に情報を与えるように、あらかじめイヴァの指示を受けていたからである。
この工作がどのような効果をもたらすのかは、ペルセネアにはわからない。ひょっとしたら、何の意味もないのかもしれないが、もしかしたら盗賊ギルドに致命傷を与える秘薬になるのかも知れない。
(どのように転ぼうとも、戦うことができるのは間違いないだろうがな)
休息時間が終わり、再び奴隷オークションが始まろうとしていたが、そこである事件が起こった。
目玉商品である翡翠解放団長のゲイルが逃亡したのである。
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アラインの国家詐欺事件。
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スレヴェニアと同じく革命一歩手前の状況となったが、その時に被害を受けた海賊ギルドがアラインを半ば乗っ取るような形で支配してしまい、汚職政治家たちの大規模な粛清を行った。その後、海賊ギルドは義賊のように富の再分配を行い、派遣された海賊ギルドの幹部である海賊卿は見事な手腕で経済を建て直す。
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