#秒恋6 桜咲き、恋は砕け散る。〜恋人目前の2人は、引き裂かれる?甘いデートの筈が、絶望に染まった1日〜

ReN

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piece7 償いの道筋

違う、違う

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エリカが帰ってから、どのくらいの時間が経っただろうか。
気がつくと悠里はひとりで、リビングの床にへたり込んでいた。
電気を点けていなかった部屋は薄暗く、かなりの時間の経過が感じられた。

悠里は、気怠げに周囲を見回す。
ソファの脇に、悠里の鞄が丁寧に置いてあった。
きっとエリカが、運んでくれたのだろう。


悠里は這いずるようにして、鞄に近づく。
鞄の上に、メモが置いてあった。
手に取って、確認する。
エリカの連絡先が、綺麗な字で書かれていた。

――ああ、お礼のメッセージを送らなきゃ。

反射的にそう考え、悠里は鞄のポケットからスマートフォンを取り出す。
ひび割れた画面が、幾つかの通知を表示し、明るい光を放った。


時刻は、19時を少し回ったところだった。
画面の端にできた、ひび割れに目を向けると、胸が苦しくなる。
悠里は、ひびの入った部分を手で隠しながら、メッセージアプリを開いた。


まずは、エリカへのメッセージを作成する。

『今日はありがとうございました。
タクシーを手配してくださった方にも、よろしくお伝えください。
橘悠里』


送信を終え、次にメッセージの一覧に飛ぶ。
3つの新着メッセージの中で、最初に悠里が確認したのは、母からの連絡だった。

『ごめんね、出張は明日からの予定だったんだけど。トラブルがあり、今からお父さんと一緒に、出発することになりました。また連絡するね』

悠里は、すぐに返信をする。
『わかった! 大変だね。お仕事がんばって!』
いつも通りの自分に見えるように。
日頃よく使っている言葉を送り、可愛いスタンプも一緒に送信した。


次は、弟の悠人のメッセージだ。
『今日、いつものメンツでご飯行くから、晩メシいらない。帰りは多分22時頃』
部活のメンバーとの集まりだろう。
こちらにも、いつも通りの返信をした。
『了解! 先に寝てるかも』


今日は、お母さんとお父さんに会わなくて済む。
今日は、晩ごはんを作らなくていい。
弟が帰るまでは、ひとりでいられる……

悠里は、ホッとした。
いま家族と顔を合わせて、いつも通りに振る舞える自信はない。


改めて、自分の身体を見下ろす。

破れてしまったブラウス。
千切れてしまった下着。
擦り傷と痣だらけの手足。

ぼろぼろになった、自分。
こんな姿を、家族に見せるわけにはいかない。


それから悠里は、もうひとつの通知を見た。
剛士だった。

悠里は目を閉じ、スマートフォンの画面をオフにする。
「……シャワー、浴びなくちゃ」
彼からのメッセージを見ない言い訳を声にして、悠里は、ふらふらと立ち上がる。

バサバサと制服を脱ぎ捨て、手近にあったバッグに詰めていく。
明日から、春休みなのだ。
制服をクリーニングに出すのは、自然なこと。
何もおかしなことは、していない。

ブラウスとキャミソール、そして下着を取った。
これは中が見えないように、黒い袋に入れてからゴミ箱に放り込む。
衣類は資源ごみなのだろうが、これは、迅速に処分しなければならない。
家族の目に触れないように。


悠里は足早に、浴室へと向かう。
弟が帰って来るまでに、自分を綺麗に洗っておかなければならない。
急いで、急いでシャワーを。
髪を、身体を、全部全部、綺麗に洗い流さなければ。
きっと、時間がかかるから。
だから、彼のメッセージを見る前に、シャワーに行く。
何もおかしいことじゃない。

悠里は必死に、言い訳を重ねた。


熱いシャワーを浴びて、無理やりに汚れを落とす。
ゴシゴシと、強く強く、髪を、身体を洗う。
肌がヒリヒリとして、赤くなっていく。
熱くて、痛くて、もう辞めたいのに。
悠里は何度も何度も、力任せに自分を擦り続けた。


***


リビングに戻り、自分の鞄とスマートフォン、そして床に落ちたままだった彼のジャケットを拾い上げる。
悠里は、のろのろと階段を昇り、自室に辿り着いた。

濡れた髪を、ドライヤーで乾かす気力はない。
何とか、タオルドライだけをして、部屋着を着る。
そこまでで力尽き、悠里はラグの上にペタンと、座り込んだ。


スマートフォンを手に取る。
開いたままだった、メッセージの受信画面。
未読のままの、ひとつのメッセージ。
震える指で、そこをタップする。


『本当にごめん。
落ち着いてからでいい、
いつでもいいから、連絡欲しい』


目を皿のようにして、一文字一文字を追い、全体を見つめ、また一行ごとに読み、繰り返し、繰り返し文字を追いかけた。
何度も何度も読んで、見て、意味を考えた。


「……どうして、貴方が、謝るの?」
悠里は、独りごちる。

ラグの上にあった、彼のジャケットが指先に触れた。
悠里は、ぎゅっと手を握り締める。


彼は、あの忌まわしい部屋に入ってすぐに、このジャケットを脱ぎ、悠里に掛けた――


見られたのだ。
破かれたブラウスを。
引き千切られた下着を。
カンナとユタカに、汚された自分を。

彼に、見られてしまったのだ。


ユタカの嘲笑が、脳裏に蘇った。
『エッチな悠里を、剛士に見せつけてやろうねー』

それを皮切りに、たくさんの笑い声と投げつけられた暴言が、耳鳴りのように頭の中で反響していく。

『脱げよ、悠里』
『エッチしよ?』
『クソビッチ!』
『ははっ。揉みてぇ』
『ブラは白? 薄いピンク?』
『お口でがんばってみる?』
『ハメ撮りに挑戦してみよっか!』
『上も下も、いっぱい気持ちよくしてあげるからね』

ひと際高く、カンナの声が蘇った。
『ミジメだねえ、悠里ちゃん』

悠里は頭を抱え込み、突っ伏した。
「違う……違う……」


『これでもう、剛士くんと付き合うなんてバカなこと、考えられなくなったでしょ?』

『今日のこと、忘れないで? 悠里ちゃんはもう、汚れちゃったんだからね? 剛士くんに、相応しくないんだからね?』


甲高い笑い声とともに投げつけられた、呪いの言葉。

「違う……違う……!」
悠里は懸命に、否定する。


私は、
何もされてない
呼び出されただけ。
傷ついてない
殴られだけ。
痛くない
髪を引っ張られただけ。
触られてない
抱き締められただけ。
ただ、服が破れただけ……

私は、何ともない
大したことない
あんなこと、何でもない

私は、傷ついてなんか

汚されてなんか……


彼の悲しい声が、聴こえた気がした。
『本当にごめん』


「違う。違う――!」

お願い、謝らないで。
何も、何もなかったの。
お願いだから、心配しないで。


『落ち着いてからでいい、
いつでもいいから、連絡欲しい』


「……落ち着いてる」
悠里は、震える声で呟いた。
「私は、大丈夫……」

だから今日は、連絡しない。
何でもないから。大丈夫だから。
心配されることなんか、何もないから――


だから、お願い。
今日は、そっとして……


明日になったら、きっと私は、いつも通り。
明日になったら、彼にきちんとメッセージも返す。

『ごめんなさい! 寝ちゃってた』
そんなふうに返事をしよう。

明日になったら、きっと私は、元通り。

ベッドに潜り込む。
「ごめんなさい……寝ちゃってた……」
悠里は、明日返すつもりのメッセージ文を、そのまま呟いた。


そう、少しだけ疲れて。
私は、眠ってしまったの――

悠里は、ぎゅっと目を閉じて、ベッドの中で丸くなる。
震える身体を抱き締めて、ただただ、この時を耐えた。


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