29 / 41
piece8 ガラスの心
抗えば抗うほど、開く傷口
しおりを挟む
2人はホームから引き返し、駅ビルの最上階へと足を向けた。
繋いだ手の温もりだけを頼りに、何を話すこともなく――
ビルの最上階は、青いイルミネーションで彩られ、幻想的な光に包まれていた。
気遣わしげに、剛士が悠里を見やる。
「ごめん、俺から誘っておいて、今更だけど……弟は大丈夫かな」
「うん。遅くなっても大丈夫なように、晩ごはんは作ってきたんだ」
すまなそうに尋ねる剛士に、心配をかけないよう、悠里は少しだけ微笑んでみせた。
「そっか……ありがとな」
やっと目を合わせることができ、互いにホッとする。
剛士が優しく、繋いでいた手を握り直した。
2人の目の前を、柔らかな光が駆け巡っている。
「綺麗、だね……」
気を抜けば溢れそうになる涙を押しとどめ、悠里は隣にいる彼に声を掛けた。
キラキラと気高く瞬く光はまるで、夜空に帰ろうと舞い上がる星屑のようだった。
それを見上げていれば、涙を下に零さなくて済む気がした。
「綺麗だな……」
剛士も、そっと呟く。
あとは、硝子のように脆い沈黙が続いた。
悠里は、先程の出来事に思いを馳せる――
剛士と別れ、トイレに駆け込んだ悠里は、急いで着替えを済ませた。
思いがけないアクシデントだったが、そのおかげで剛士と一緒にいるときに新しいワンピースを着られる。
そう思えば、自然に心は湧き立った。
『……いいと思います』
試着したときの、少しだけ照れたような剛士の優しい微笑が、脳裏に蘇る。
ーーゴウさん、また笑ってくれるかな。
鏡の前で身だしなみを整えながら、悠里は思わず、口元をほころばせた。
悠里は軽い足取りで、ホームに続く階段を降りた。
しかし、目指すベンチに彼の姿が見当たらない。
「……あれ?」
歩きながら、きょろきょろとホームを見回すと、ベンチから少し離れた場所に佇む長身があった。
人混みを避けるようにそっと、壁に右肩を預けて、もたれ掛かっている。
ゴウさん、と呼びかけ、駆け寄ろうとした。
しかし、彼が左手にスマートフォンを持って耳に当てていることに気づき、慌てて声を飲み込む。
彼まで、あと2メートルほどの距離で、悠里は足を竦ませた。
見えたのは、剛士の横顔。
悲しく伏せられた、切れ長の瞳――
直感で、電話の主を理解する。
パーマがかかったショートヘア。
華やかな笑顔を持つあの人が、脳裏に蘇った。
今日1日の甘い胸の高鳴りが、一瞬で掻き消された。
代わりに心臓を揺さぶるのは、痛みにも似た苦しい鼓動。
「……俺は、戻らない」
剛士の声が、微かに耳に届く。
いつもの落ち着いたそれではない、少し掠れた悲しい声に、悠里の心は震えた。
「違う。俺は前に進みたいんだ」
まるで、目の前に電話の相手がいるかのように、剛士はかぶりを振る。
「違う……」
その痛々しい姿に、悠里は呆然とする。
彼が「違う」と抗えば抗うほど、彼の傷口が開いていくのが見える気がした。
「違う」が、「嫌だ」に聴こえた。
いつも真っ直ぐに輝いている、切れ長の黒い瞳。
自信に満ちた、強い背中。
そして、微笑むときにだけ彼が纏う、柔らかな空気。
全てが崩れて、輝きを失って。
迷い、苦しみ、喘ぐ剛士がそこにいた。
すぐに駆け寄ることができる距離。
手を伸ばせば、すぐに触れられる距離。
剛士はそこにいるのに、目には見えない強固な隔たりがある気がして。
悠里は、一歩も前に踏み出せなかった。
これ以上を聞いては、見てはいけない。
剛士の傷に、勝手に踏み込んではいけない。
剛士の傍に、行ってはいけない――
自分がどうするべきか、わからなかった。
悠里は、そっとベンチにまで引き返し、ただ待つことを選んだのだった。
繋いだ手の温もりだけを頼りに、何を話すこともなく――
ビルの最上階は、青いイルミネーションで彩られ、幻想的な光に包まれていた。
気遣わしげに、剛士が悠里を見やる。
「ごめん、俺から誘っておいて、今更だけど……弟は大丈夫かな」
「うん。遅くなっても大丈夫なように、晩ごはんは作ってきたんだ」
すまなそうに尋ねる剛士に、心配をかけないよう、悠里は少しだけ微笑んでみせた。
「そっか……ありがとな」
やっと目を合わせることができ、互いにホッとする。
剛士が優しく、繋いでいた手を握り直した。
2人の目の前を、柔らかな光が駆け巡っている。
「綺麗、だね……」
気を抜けば溢れそうになる涙を押しとどめ、悠里は隣にいる彼に声を掛けた。
キラキラと気高く瞬く光はまるで、夜空に帰ろうと舞い上がる星屑のようだった。
それを見上げていれば、涙を下に零さなくて済む気がした。
「綺麗だな……」
剛士も、そっと呟く。
あとは、硝子のように脆い沈黙が続いた。
悠里は、先程の出来事に思いを馳せる――
剛士と別れ、トイレに駆け込んだ悠里は、急いで着替えを済ませた。
思いがけないアクシデントだったが、そのおかげで剛士と一緒にいるときに新しいワンピースを着られる。
そう思えば、自然に心は湧き立った。
『……いいと思います』
試着したときの、少しだけ照れたような剛士の優しい微笑が、脳裏に蘇る。
ーーゴウさん、また笑ってくれるかな。
鏡の前で身だしなみを整えながら、悠里は思わず、口元をほころばせた。
悠里は軽い足取りで、ホームに続く階段を降りた。
しかし、目指すベンチに彼の姿が見当たらない。
「……あれ?」
歩きながら、きょろきょろとホームを見回すと、ベンチから少し離れた場所に佇む長身があった。
人混みを避けるようにそっと、壁に右肩を預けて、もたれ掛かっている。
ゴウさん、と呼びかけ、駆け寄ろうとした。
しかし、彼が左手にスマートフォンを持って耳に当てていることに気づき、慌てて声を飲み込む。
彼まで、あと2メートルほどの距離で、悠里は足を竦ませた。
見えたのは、剛士の横顔。
悲しく伏せられた、切れ長の瞳――
直感で、電話の主を理解する。
パーマがかかったショートヘア。
華やかな笑顔を持つあの人が、脳裏に蘇った。
今日1日の甘い胸の高鳴りが、一瞬で掻き消された。
代わりに心臓を揺さぶるのは、痛みにも似た苦しい鼓動。
「……俺は、戻らない」
剛士の声が、微かに耳に届く。
いつもの落ち着いたそれではない、少し掠れた悲しい声に、悠里の心は震えた。
「違う。俺は前に進みたいんだ」
まるで、目の前に電話の相手がいるかのように、剛士はかぶりを振る。
「違う……」
その痛々しい姿に、悠里は呆然とする。
彼が「違う」と抗えば抗うほど、彼の傷口が開いていくのが見える気がした。
「違う」が、「嫌だ」に聴こえた。
いつも真っ直ぐに輝いている、切れ長の黒い瞳。
自信に満ちた、強い背中。
そして、微笑むときにだけ彼が纏う、柔らかな空気。
全てが崩れて、輝きを失って。
迷い、苦しみ、喘ぐ剛士がそこにいた。
すぐに駆け寄ることができる距離。
手を伸ばせば、すぐに触れられる距離。
剛士はそこにいるのに、目には見えない強固な隔たりがある気がして。
悠里は、一歩も前に踏み出せなかった。
これ以上を聞いては、見てはいけない。
剛士の傷に、勝手に踏み込んではいけない。
剛士の傍に、行ってはいけない――
自分がどうするべきか、わからなかった。
悠里は、そっとベンチにまで引き返し、ただ待つことを選んだのだった。
0
あなたにおすすめの小説
うわさの行方
下沢翠花(しもざわすいか)
恋愛
まだ十歳で結婚したセシリア。
すぐに戦場へ行ってしまった夫のニールスは優しい人だった。
戦場から帰るまでは。
三年ぶりにあったニールスは、なぜかセシリアを遠ざける。
ニールスの素っ気ない態度に傷つき疲弊していくセシリアは謂れのない酷い噂に追い詰められて行く。
マッチ率100%の二人だが、君は彼女で私は彼だった
naomikoryo
恋愛
【♪♪♪第19回恋愛小説大賞 参加作品♪♪♪ 本編開始しました!!】【♪♪ 毎日、朝5時・昼12時・夕17時 更新予定 ♪♪ 応援、投票よろしくお願いします(^^) ♪♪】
出会いサイトで“理想の異性”を演じた二人。
マッチ率100%の会話は、マッチアプリだけで一か月続いていく。
会ったことも、声を聞いたこともないのに、心だけが先に近づいてしまった。
――でも、君は彼女で、私は彼だった。
嘘から始まったのに、気持ちだけは嘘じゃなかった。
百貨店の喧騒と休憩室の静けさの中で、すれ違いはやがて現実になる。
“会う”じゃなく、“見つける”恋の行方を、あなたも覗いてみませんか。
助けた騎士団になつかれました。
藤 実花
恋愛
冥府を支配する国、アルハガウンの王女シルベーヌは、地上の大国ラシュカとの約束で王の妃になるためにやって来た。
しかし、シルベーヌを見た王は、彼女を『醜女』と呼び、結婚を保留して古い離宮へ行けと言う。
一方ある事情を抱えたシルベーヌは、鮮やかで美しい地上に残りたいと思う願いのため、異議を唱えず離宮へと旅立つが……。
☆本編完結しました。ありがとうございました!☆
番外編①~2020.03.11 終了
【完結】冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。
たまこ
恋愛
公爵の専属執事ハロルドは、美しい容姿に関わらず氷のように冷徹であり、多くの女性に思いを寄せられる。しかし、公爵の娘の侍女ソフィアだけは、ハロルドに見向きもしない。
ある日、ハロルドはソフィアの真っ直ぐすぎる内面に気付き、恋に落ちる。それからハロルドは、毎日ソフィアを口説き続けるが、ソフィアは靡いてくれないまま、五年の月日が経っていた。
※『王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく。』のスピンオフ作品ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。
氷の宰相補佐と押しつけられた厄災の花嫁
瑞原唯子
恋愛
王命により、アイザックはまだ十歳の少女を妻として娶ることになった。
彼女は生後まもなく始末されたはずの『厄災の姫』である。最近になって生存が判明したが、いまさら王家に迎え入れることも始末することもできない——悩んだ末、国王は序列一位のシェフィールド公爵家に押しつけたのだ。
【完結】ルースの祈り ~笑顔も涙もすべて~
ねるねわかば
恋愛
悪路に閉ざされた貧しい辺境ルースライン領。
兄を支えたい子爵令嬢リゼは、視察に来た調査官のずさんな仕事に思わず異議を唱える。
異議を唱えた相手は、侯爵家の子息で冷静沈着な官吏ギルベルト。
最悪の出会いだった二人だが、領の問題に向き合う中で互いの誠実さを知り、次第に理解し合っていく。
やがてリゼが王都で働き始めたことを機に距離を縮める二人。しかし立ちはだかるのは身分差と政略結婚という現実。自分では彼の未来を縛れないと、リゼは想いを押し込めようとする。
そんな中、故郷の川で拾われる“名もなき石”が思わぬ縁を呼び、リゼの選択と領の未来を動かしていく――。
想いと責務の狭間で揺れる青年と、自分を後回しにしがちな少女。
すれ違いと葛藤の先で、二人は互いを選び取れるのか。
辺境令嬢の小さな勇気が恋と運命を変えていく。
※作中の仕事や災害、病、小物の知識などは全てフィクションです。史実や事実に基づいていないことをご理解ください。
※8万字前後になる予定です。
#秒恋9 初めてのキスは、甘い別れと、確かな希望
ReN
恋愛
春休みが明け、それぞれに、新しい生活に足を踏み入れた悠里と剛士。
学校に向かう悠里の目の前に、1つ年下の幼なじみ アキラが現れる。
小学校時代に引っ越した彼だったが、高校受験をし、近隣の北高校に入学したのだ。
戻ってきたアキラの目的はもちろん、悠里と再会することだった。
悠里とアキラが再会し、仲良く話している
とき、運悪く、剛士と拓真が鉢合わせ。
「俺には関係ない」
緊張感漂う空気の中、剛士の言い放った冷たい言葉。
絶望感に包まれる悠里に対し、拓真は剛士に激怒。
拗れていく友情をよそに、アキラは剛士をライバルと認識し、暴走していく――
悠里から離れていく、剛士の本心は?
アキラから猛烈なアピールを受ける悠里は、何を思う?
いまは、傍にいられない。
でも本当は、気持ちは、変わらない。
いつか――迎えに来てくれる?
約束は、お互いを縛りつけてしまうから、口にはできない。
それでも、好きでいたい。
いつか、を信じて。
皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる
若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ!
数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。
跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。
両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。
――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう!
エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。
彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。
――結婚の約束、しただろう?
昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。
(わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?)
記憶がない。記憶にない。
姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない!
都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。
若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。
後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。
(そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?)
ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。
エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。
だから。
この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し?
弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに?
ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる