#秒恋7 それぞれの翌日――壊れた日常を取り戻すために

ReN

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piece2 剛士の翌日――崩れゆく努力の証

谷との面談

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既読だけが付けられ、返ってくることのないメッセージ。

剛士は、自嘲の笑みを浮かべる。
当たり前だ。
返事など、ある筈がない。
彼女は、あんな目に遭わされていたのだから。

傷つけられ、痛めつけられ、心も身体も、ボロボロに踏み躙られた。
恐怖と絶望が群がるあんな場所に、彼女をたったひとりで、放り込ませてしまった。


カンナが口にした、自分への歪んだ思い。
ユタカの言った、自分とバスケ部への感情。
自分に向かう筈だった怨み、憎しみ、全てのものが、悠里に向かってしまった。


ユタカの嘲笑が聞こえる。
『可愛いかったぜー? 『ゴウさん、ゴウさん』って。必死でお前に助けを求める、あの子』

恐怖と絶望のなか、彼女は自分を呼んでくれていた。
必死に、助けを求めていた。

それなのに、間に合わなかった。
助けてあげられなかった……


『いやっいやああ! やめ、やめて!』
剛士の脳裏に、昨日の悠里が鮮烈に蘇る。

剛士が背に触れた瞬間、悠里は悲痛な叫びをあげた。
『来ないで!いや! 怖い! 怖いよぉっ』
絶望に喘ぎながら、それでも必死に逃げようと、エリカの腕の中で暴れ出した。

恐怖に塗り潰された目が、一瞬、剛士を向いた。
けれどその瞳が、いつものように剛士を映し、認めてくれることはなかった。
引き攣れた声で。残った力を振り絞って。
彼女は、ただただ必死に、恐怖に抗い続けた。


いつも、ニコニコと優しい微笑みを浮かべてくれる悠里。
『ゴウさん』
柔らかな声で、自分を呼んでくれる悠里。


『いやああっやめてっ……やめ、て……っ』
そんな彼女が、ガタガタと震えながら、息も絶え絶えに泣き叫んでいた――


あの動画はきっと、絶望の、ごく一部。
悠里が、どれほどの激しい暴力と辱めに晒されていたのか、計り知れない……


剛士は目を閉じ、頭を抱える。
自分は彼女のために、一体どんな償いができるというのだろう。

せめて、自分に罰を与えて欲しい。
苦しませて。どうか痛めつけて。
何をしても、彼女の感じた恐怖と絶望には、遠く及ばないのだから。


***


ドアが、ノックされた。
剛士は応えなかったが、そっと身を起こし、椅子に座り直す。
ここは生活指導室だ。ノックの主の予想はついていた。

「――入るぞ、柴崎」
いつもとは違う、静かな声がして、谷が部屋に入ってきた。
壁に付けるように設置されたテーブルと、向かい合わせに置いた2脚の椅子。
剛士は、右側の椅子に腰掛けたまま、黙って谷を迎える。

「驚いたぞ。まさかの休日出勤だ」
勇誠学園では、争いごとが起きた際は必ず、生活指導教諭が双方の事情聴取を行う決まりがあった。

谷は向かいの席ではなく、剛士の傍らに立ち、テーブルに手を置いた。
そうして、いつもの明るく豪傑な調子ではない、厳かな声音で問う。
「何があった、柴崎?」


剛士は谷から顔を背けるように、右肩と頭を壁にもたせかけた。
答える気はないと言わんばかりの態度に、谷は眉間に皺を寄せる。

「……柴崎。黙秘はお前の為にならんぞ? お前のやったことは紛れもない、暴力だ。それなりの事情を説明して貰わんと、厳しい措置を取る可能性も出てくる」


厳しい措置。
バスケ部からの、除名処分。

あるいは、島流しか―― 

剛士は、乾いた笑いを零した。
「……いいんじゃね? 別に」


退学という措置を行わない勇誠学園として、最も厳しい措置は、離島にある全寮制の分校への転校である。
大きな問題を起こした生徒が送り込まれる学校で、校内の生活はもちろん、寮でも教師の厳しい監視がつく。

分校の教師は、生徒の性根を鍛え直すための精鋭揃いだという噂だ。
生徒間では『島流し』と揶揄され、恐れられている懲罰となる。


――いいかも知れない。

剛士は、そう思った。
分校に行って、信頼も、バスケ部も仲間も、何もかも失ってしまえば。

少しは、償いになるだろうか……


バスケ部の同級生、後輩、卒業した先輩たち。
副キャプテンとして自分を支えてくれる、健斗の顔が頭をよぎった。

剛士は痛みを堪えるために、ぎり、と歯を食いしばる。
我知らず、脚の上で固く組んだ両手が、震えていた。


――当然だ。
悠里を救えず、あれだけの目に遭わせたのだから。
自分は、罰を受けなければ……


剛士の脳裏に次々と、カンナとユタカの声が蘇る。

カンナは悠里を指差し、笑った。
『この女は私から、剛士くんを奪った。当然の報いよ』

『コイツに、制裁を加えることができた。私を見てくれなかった、貴方の心にも。一生消えない、私の傷をつけることができた』


ユタカは、せせら笑った。
『……効果的だったから』

『悠里ちゃんが、丁度よかったんだよ、お前への嫌がらせにさ。深い意味なんて無いよ別に』


カンナの言葉、ユタカの言葉。
それから、悠里と繋がるきっかけとなった、彼女のストーカーの言葉が。
ふいに剛士の記憶の中から、鮮明に思い出された――


自分と同じ、勇誠学園の2年生だった、悠里のストーカー。

『お前のせいだ! お前が悠里ちゃんに近づかなかったら、オレタチは電話も手紙も……あんな手荒なこともしなかった! 遠くから見てるだけで充分だったんだ!』

『お前が悠里ちゃんを盗ったからだぞ! お前のせいだ全部!! お前さえいなければ――!!』


剛士は、悠里を傷つけた人間たちから投げつけられた言葉を、ひとつひとつ、反芻した。


ふっと、ひとつの事実に思い当たる。
彼らが、悠里に危害を加えた原因。

それが全て、自分であることに。


――俺のせい。
悠里を傷つける事件が起こったのは。

俺が、悠里に関わってしまったこと。
俺が、悠里を好きになったせいなのか。

じゃあ、俺さえいなくなれば。
悠里はもう、傷つけられなくて済むのかな……


だったら、分校に行ってもいいな、と剛士は思う。
約束を守れなかった。
悠里を、守れなかった。
それどころか、原因になったのが、自分だった。

自分はもう、彼女の傍にいる資格など、無いのかも知れない――


悠里は、自分のことよりも周りの人間の心配ばかりする子だから。
剛士が分校に行ったと知れば、ショックを受けてしまうだろうか。

そうならないように、拓真にフォローをお願いしよう。
俺は、自分の意志で分校に行ったのだと、拓真から伝えて貰おう。

自分は静かに、あの子の前から消えてしまえばいい。
そうすればもう、自分に関わる誰かが、彼女を傷つけることもない――


ぼんやりする頭で、剛士は、そんなことを考えていた。


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