かちょもふっ~課長と始めるもふもふライフ~

恵喜 どうこ

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第22話 さすがです、課長

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「オフィスで猫を飼うなんてとんでもないことだと、ここにおられる皆様方は思われたでしょう。では、オフィスで猫を飼うことの有用性はなんなのか、大きく分けて四つあります」

 スクリーン画面にパワーポイントで作った資料を映す傍ら、マイクを片手にそう切り出した。

「①ストレスの軽減 ②病気の発症率の低下 ③コミュニケーションの円滑化 ④社会への貢献です」

 ネットや妹尾が持ってきた資料を調べてみてわかったことに、今後の可能性をつけ加えた四点が、会社で猫を飼うことのメリットだ。
 係長と過ごしたのはたった一日だが、彼がいる前といない前を比べたときに俺が実際に変わったと感じたこともここには含めている。

「まず、第一にあげるのはストレスの軽減です」

 そう言って、スライドを切り替える。スクリーンには二つの円グラフが映し出されている。

「これは我が社の実際の喫煙者数をグラフにしたものです。全体の二割弱と少ないので問題がなさそうに見えますが、隣のグラフを見てください」

 俺の言葉に会議室がざわめく。大木部長だけは誰とも目を合わせないように配ったレジメを睨みつけている。

「これは年代別に見た喫煙者の割合です。60代と20代に比べて、働き盛りと呼ばれる30、40、50代の数が多いのが一目でわかると思います。問題なのは中堅ならびに主な役職に就く年代に喫煙者数が多いことです」

 なぜ問題なのか。それは病気の発症と関係がある。
 中間管理職が受ける心身のストレスは病気を誘発させやすい。
 若い頃と違って、体もムリをできなくなるからだ。
 過剰なストレスによって精神を壊せばうつ状態にもなる。
 癌の発症リスクも高くなる。
 ストレスを分散させようとタバコを吸うことで、今度は『スメルハラスメント』のような問題も引き起こしかねない。
 分煙がなされているとはいえ、過敏な人からは喫煙室から洩れる副流煙が健康を害するというクレームが実際に上がってきている。
 かといって完全に社内を禁煙にすれば、タバコを吸うことでしかストレスを発散できない人はかなりの苦痛を強いられることになる。
 あちらを立てればこちらが立たずの問題をクリアーしてくれるのが、そう。猫なのだ。

「動物を触ることで『しあわせホルモン』と呼ばれるものが脳内から分泌されます。この分泌物はオキシトシンというものですが、すばらしい恋愛をしているときにも同じものが分泌されます。つまり、猫に触れることでストレスのないステキな時間を作り出せることになります。ストレスのない環境下で仕事を行えることで喫煙者の総数を減らし、分煙や副流煙の問題も解消。さらには癌の疾病リスクの軽減も期待が持てることになります。実際、10年に渡るミネソタ大学の研究では、猫の飼い主はストレスが少なく、心臓発作を起こす可能性を40%も減らすことができるという結果が出ています。またカナダの科学者によると、猫を飼うことで高コレステロールの原因となるトリグリセリドという物質のレベルが低くなるのだそうです。コレステロールが高いと血管が詰まる等、脳梗塞などの問題につながりやすくなります。中高年は特にコレステロールが高くなります。もちろん、この問題が猫を飼っただけで解決できるとは言いませんが、一助にはなることでしょう」

 ざわざわと騒がしくなる。管理職たちが隣同士でなにやらごそごそと言い合っている。
 遠藤専務に視線を走らせる。
 憤然とした表情でスクリーンを見つめている。

「ストレスに強い体を作ることにより、免疫力の向上も見込めます。そうなれば冬場のインフルエンザの羅患率も下がり、休む社員の数が減ることでしょう。生産性を維持し続けることも可能です」

 免疫力を低下させるストレスを排除するだけでなく、ストレス耐性を身に着ける。
 喫煙をやめるだけでも血管は丈夫になるし、抹消まで血が行き届く。
 女性社員の冷え性の改善、生理痛の軽減にも一役買えることになるのだ。

「私自身、毎日一箱はタバコを吸う人間でした。しかし、この子が近くにいることにより、吸う本数は五本まで減ることになりました。おそらく禁煙もできると思われます」

 同意するかのように後ろで係長が「みぃ」と鳴いた。

「また猫がいることによって、コミュニケーションが円滑になります。次の資料を見てください」

 次のスライドはストレス度チェックの結果をグラフにしたものだ。
 ピックアップしたのは『社内でのコミュニケーション』についての部分である。
 相談できる相手がいるか。
 上司や同僚と気さくに話せるか――ということをグラフに示して見せた。

「これはストレス度チェックの結果です。相談できる相手がなかなか社内にいないことが如実に数字で現れているのがお分かり頂けるかと思います」

 仕事中は基本、無駄話は禁止だ。
 仕事にはコストがかかっている。
 コストを意識したら、楽しく雑談しながら仕事をするというわけにはいかない。
 同僚は友人ではないし、上司だってそうだ。
 仕事以外の会話はおのずと減って、事務的になりやすい。
 たしかに社員同士だと、プライベートまで踏み込んでというよりは一定のラインを引くのは当たり前かもしれない。あくまでもビジネスライクに――と。
 しかし、それが原因で『報告、連絡、相談』がしにくくなってしまっては本末転倒なのだ。

 だがそこで猫がいれば、会話のきっかけになる。
 酒井部長のように普段いかつく話しかけにくい人だって、猫好きと分かればとっつきやすくなる。
 猫と接することで笑顔も増える。
 笑顔が溢れれば、当然のことながら社内の雰囲気も良くなる。
 会社に来たくなる。
 頑張って仕事をしたくなる。
 会社に安心して来ることができる。

 電話の応対も生き生きとするだろう。
 そうなれば、掛けてきた向こう側の顧客たちはどう思うだろう。
 会社そのものに活気を感じることになって、受注も増えるだろう。
 となれば、社員の生活の安定性も増すことに繋がるのだ。
 会社の利益が上がれば、管理職にも恩恵が出てくる。
 それは平社員よりもずっと多いはずなのだ。

「これは余談ではありますが、猫をかわいがる男性は、かわいがらない男性よりも魅力的に見えるそうです」

 ここで数人の管理職の目の色が変わった。ギラギラしている。そこそこの年齢に達しながらも、いまだに未婚の管理職たちだ。

「ある調査によると9割以上の独身女性が猫好きの男性のほうがずっと魅力的だと感じるのだそうです」

 おおっという感嘆の声が上がる。徐々にジャブが効いてきた感じがする。

「さて、これまではこと、社内における有用性をお話ししました。しかし、猫を飼うということは社内に留まらず、社会貢献にも役立つのです」

 スクリーンに棒グラフを映す。
 今回の資料は野良ネコや地域ネコといった行き場のない猫たちに関するものだ。
 彼らがどれくらい日本にいるのか。1日あたりの殺処分数などをグラフ化したものだった。

「今、日本の各地で動物の殺処分ゼロ化運動が行われています。しかし、実際に殺処分ゼロを達成できた地域は少ない。それはなぜか。受け皿となる家がないからです。動物好きの家にはすでに何匹もが飼われているケースが高い。また多頭飼育は環境をしっかり整えた上でやらなければ崩壊もします」

 その新しい受け皿となりうるのが会社なのだ。
 昨今では俺のように適齢期をすぎても結婚しない独身者が増えてきている。
 年齢を重ねて、いざパートナーや家族が欲しいと思っても、なかなか見つからないし、見つかってもひとりで暮らしてきた歴が長すぎて、うまくいかないケースも多い。
 寂しさから動物を飼いたいと思っても、部屋が狭いとか、出勤中置き去りにしなければならないとか、問題がいろいろあって手が出せない人もいる。
 家族がある家庭でも、いざ子供の情操教育にと飼ってみたはいいけれど、思ったよりなつかなかったり、お世話が大変になったり、金銭面で飼えなくなったりするという問題が起きる可能性から諦めてしまっている人も多くいる。
 しかし、会社に猫がいれば、これらは解消することができる。出勤することで猫と触れあえる時間が作れる。
 また子供と一緒に会社に来て、猫と触れ合えば家族との時間も作れてしまうわけなのだ。
 それに地域に住むひとり暮らしの動物好きのお年寄りの憩いの場の提供ができることにもなる。
 地域と密着することは自社のイメージアップに繋がり、自社製品の売り上げも期待できるというわけだ。

 猫を飼うことによって、人も会社もwin-winとなる――

 そう説明し終えて管理職たちの顔を見る。うんうんと大きく頷いているのは酒井部長。猫好きには深く刺さったらしい。
 他にもなるほどとレジメを見つめながらうなずく人がチラホラ見えた。

「それでは質疑応答を受け付けます」

 トコトンやると決めたのだ。
 ここまでの説明で遠藤専務が納得するなんて思っていない。
 だからこそ、俺は専務を見つめた。彼がにやりと意地の悪そうな嫌な笑みを浮かべた。

「では、私から」

 静かに専務が手を上げる。

「君は病気のリスクを抑えられると言ったが、うちの会社にも猫アレルギーを持っている人間がいる。そう、私もその一人だ。その人間に対しても、君は同じことが言えるかね? アレルギーは出ませんと、そう断言できるのかね?」

 勝ち誇ったように専務は笑っていた。どうだ、言えまいと、そんな風なドヤ顔に少しも怯まないのは、そのために削った睡眠時間があるからだ。
 スーツの内ポケットからUSBメモリーを取出し、パソコンに刺す。もう一度マイクを握り直して、まっすぐに専務を見つめる。

「アレルギーに関してですね。では、今からご説明いたします」

 風のない湖面のように穏やかな声で告げる。
 専務の顔がみるみる曇るのを見て、内心ガッツポーズする。
 その後ろで「さすがです、課長」と小さくつぶやいた妹尾の声を俺はたしかに聞いたのだった。

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