甘いカラダのつくり方~本物の恋の仕方教えます~

恵喜 どうこ

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第二話 オレとセックスしてみる?

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 カラン……と渇いた音を立てて、ロックグラスの中の大きな氷が転がった。
 もう一度その音が聞きたくて、グラスをゆっくり傾ける。
 透き通ったキレイな琥珀色の酒に口をつけて、ぐいっと押し込むように飲み干した。

 何杯目だろう?
 行きつけのバーのカウンターに一人で座ってこうやって飲むのも一体何回目かな?
 別れたときはこうやって嫌な思い出を酒でごまかすのが私のお決まりのパターン。
 気をきかせたのだろうか。
 年配のバーテンダーは『どうかしたの?』とは聞いてこない。
 お酒を注いでくれた後は黙々とグラスを磨いている。
 周りに視線を移すと、テーブル席はカップルで埋まっている。
 みんな、とてもおしあわせそうに向き合ったり、隣同士に座ってべったりくっついてみたりしている。

「ねぇ、一人なら隣イイ?」

 不意にそう声をかけられて、声のしたほうに視線だけ動かした。
 長身の男がひとり立っている。

 体にフィットしたダークスーツに、ちょっと派手目なシャツ。
 茶色の明るい髪は一部分だけ金色が混じっている。
 切れ長の瞳。
 筋の通った鼻。
 並びのいい白い歯。

 顔からすれば高めの声が出そうなのに、思ったよりも低かった。
 顔はキレイだけど、軽そうな男だなというのが見た目の感想。
 いかにも女を食い物にしている雰囲気で、女なれしている匂いがプンプン鼻をつくくらいに漂っている。

「どうぞ、お好きに」

 それだけ答えてまたグラスを見る。
 男は「ありがとう」と答えたあと「彼女と同じものを」と告げて私の隣の席に腰を下ろした。
 その瞬間、ふんわりと香水の香りが漂った。
 甘くもなく、かといって鼻をつくような刺激的な香りでもない。

 ふんわりと爽やか。

 見た目のド派手さに比べたら、ずいぶんと控えめな香水だ。
 そんな男は静かに出されたお酒に口をつけている。
 話しかけてもこない。

 そのほうがありがたいけど待って。
 それじゃなんのためにわざわざ隣に座ったのよ?
 いつまで黙ったまんまでいる気なのよ?
 暇なの……?

 どれくらい時間が経ったのか。
 何杯目かもわからない。
 体もずいぶん火照ってきたし、かなり飲んでいることは間違いない。

 それなのに隣の男ときたら、顔色一つ変わらずに黙って酒を飲み続けている。
 同じくらいは飲んでいるはずなのに。
 だけど問題なのはそこじゃない。

 なにがしたいのかまったくわからない。
 隣に座った目的なによ?
 席なら他にもあるし、私の隣に座る意味ある?
 酔いつぶれるのを待ってるの?
 ああ、なんかものすごくイライラする!

「セックスってなにがいいわけ?」

 私の唐突な問いかけに、隣の男は飲んでいるウィスキーを少し吹き零した。
 バーテンダーが急いでお手拭タオルを差し出すと、「ありがとう」と笑顔で受け取ってカウンターと自分の服を拭いた。

 話のきっかけにしてはずいぶんな内容だったのは認める。
 だけどこの胸に溜まった毒を吐き出さなければストレスでどうにかなってしまいそうで。
 この際、どんな相手でもいいからぶちまけてスッキリしておこうと思ったんだ。
 私のストレス発散につきあわされる男にしたら迷惑以上の何者でもないだろうけど、隣に座ったあんたが悪い。
 すると男は私に向き直って、にっこりと笑ったのだ。

「さてはフラれた?」

 なぜ今の質問にこんな答えが返ってくるのだろう。
 まったく意味がわからない。
 何度かまばたきを繰り返した後、男から顔を背けた。

「そんな立派な話じゃないわよ」

 フラれたなんて大層な話じゃない。
 別れることは付き合い始めて……というより一回目のセックスですでに覚悟していたことだった。

 覚悟とはちょっと違うか。
 予感ともまた違う。
 ただ、そう長続きするような付き合いじゃないなということだけはわかっていた。
 だからフラれるとか、そういったレベルの話じゃない。
 そもそも付き合っていたのかさえ怪しい。
 ラブラブな気配は思い返しても見つからない。

 手は繋いだ覚えはある。
 でも『好きだよ』とか『愛している』とか、そういった甘い囁きをされた覚えがない。
 お洒落をしても『似合っているよ』とか、化粧をがんばっても『きれいだね』と褒められた記憶もない。
 恋人同士なら当然あるであろう甘い記憶というものがなかった。

 なんだろうな、この虚しさは!
 どうしてだろう、私……

「な~んで悲しくないんだろ?」

 グラスに口をつけて、また一気に飲み干した。

 そう虚しいの。
 でも悲しくないの。

 別れたことに微塵の後悔もない。
 むしろ別れられたことに安堵さえしている。
 それなのに満たされないこの心は一体なんなんだろう?
 心だけじゃないな。
 身も心もなに一つ満たされた覚えがない。
 それがこの途方もない虚しさの原因なのかもしれない。

「別れたの」

 そうよ、別れたの。

「別れたのよ、私」

 隣の男に向き直って、そう告げた。

 別れたのよ、今日。
 数時間前に別れたの。
 なのに。
 それなのに……!

 男は目をまんまるにしている。
 口まで開いている。
 なに言ってんの?って言いたそう。
 そりゃ、そうよね。
 意味わかんないわよね。

「悲しくないの、ぜんぜん、まったく、これっぽっちも。またかって思ったの。今度の男は前の男よりは優しかったのよ。セックスの相性が悪いから別れるなんて『アホ』みたいな台詞は吐かなかったもの。でも結局そう言いたかったのよ。おまえとはダメだみたいな……っていうか、セックスの相性ってそんなに大事? セックスが好きじゃない女は女じゃないわけ? 男ってどこまでカスなの?」

 今日別れた男はその前の男よりはまだ優しかった。

『セックスが嫌いなんて女、聞いたことない!』とか『セックスが嫌いな女と付き合える男なんているわけないじゃん!』なんて罵倒はしなかったから。
 ただ『ごめん、オレには無理だ』っていう一言が妙に胸に突き刺さりはしたけれど――

「オレもその『男』なんだけど……ね」

 一気にそうまくしたてた私に向かって、男はそうぽつりとつぶやいた。

「だからなに?」

 男はそう言った私の隣で深いため息をこぼした。
 肩ががっくりと下がる姿がちらっと見えて、別れたばかりの彼の姿が重なった。

「っていうか、あんた。相当レベルの低い男と付き合ってきたんだね」

 可哀相にな……そんな言葉が続けて聞こえてきそうだった。

「どういう意味よ?」

 そう尋ねると男はふぅっと大きく息をついた後「ちゃんとイカせてもらえなかったんでしょ?」と答えた。

「イクって……それどころじゃないわよ。相手はただやりたいようにやっているだけだったし。濡れる前から指入れたり、弄ったり。弄る場所だって三角形の加点point高いところのみってかんじだったし」
「加点point高いって……なにそれ?」

 首を傾げる男に向かって、胸のトップと下半身を指で示して三角形を作って見せる。
 デルタポイント――とは勝手に私が命名しているのだけれど、大抵の男はここを遊び程度に弄ってそれでよしってかんじで。
 そこを攻めた後は大抵オレもお願いって感じで愛撫のおねだりで。
 それに満足したら、はい、本番って感じで。
 そんなお決まりパターンで誰がどうやってイケるのか教えてもらいたい。

「なるほどねえ。なんかわかる気はするうよ。あんた、きっと見る目なかったんだな」

 クスッ……小さく男が「ご愁傷様」とでも言いたげに笑った。
 ちょっと待ってよ。
 なんでこんなところで、初対面の男に憐れに思われなきゃならないのよ!?

 私、そんなに可哀相な女じゃないんだから!
 たかが男と別れただけじゃない!
 たかがセックスが嫌いなだけじゃない!
 それのなーにがいけないっていうのよ!

 ドンッ!

 思いっきりカウンターを殴りつけた勢いで男の胸ぐらを掴む。

「じゃあ、なによ! あんたは他の男とは違うっていうの!?」

 顔を近づけて怒鳴る。
 体中、熱くて仕方ない。
 心臓がバクバクと早く鼓動している。
 耳の後ろからその音が奇妙なほど大きく聞こえてきていた。

 そんな興奮状態の自分とは対照的に男はゆったりと余裕のある笑みを作ってみせると、静かに私の手の上に自分の手を重ねた。
 今までグラスを持っていたせいか、男の手はひんやりとして冷たかった。

 だからなのかもしれない。
 その冷たい手の感覚が、異常なほどに火照った私の心を冷ましていくようだった。

「そりゃもちろん。オレだったらあんたのカラダ、甘く溶かしてあげられるよ」

 理性が少し戻ってくる。
 触れた手から少しずつ熱が溶け出していくような感じだった。

「試しにオレとセックスしてみる?」

 そう言って彼は笑ったのだ、自信満々に。
 これがのちに私の運命の男となる『星野龍空ほしのりく』との出会いだった。
 
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