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第十六話 ゼロ距離まで1㎝
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扉を開けた先には様々な撮影機材と多くのスタッフがひしめきあっていた。
広いとは言えない空間に白い大きなカーテンが垂れ下がっている。
カーテンの前には海外映画に出てきそうなアンティーク調の白い柵付ベッドがセッティングされていた。
スプリングの効いていそうなマットレスの上に大きな枕があって、サテン生地のような光沢感のある真っ赤なシーツが掛かっている。
照明に煌々と照らし出されたベッドは暗い空間の中でひときわ浮き彫り立って見えた。
まるで舞台だ。
いや、まるでじゃない。
列記とした舞台なんだ。
絵コンテと小物が変わっているのはすべて龍空からの提案らしい。
今回、私とCM撮影すると決まってから、なんやかんやと龍空が注文をつけたらしい。
『やっぱりさ、どうせならすごーくいいものにしたいじゃない?』
なんてことを言いながら――
赤い色は女性を引き立てるらしい。
よりエロティックに。
より妖艶に。
より情熱的に。
だから巻きつけるなら『白』より『赤』なんだと――そうやって龍空は力説した。
そこに今から自分は上る。
藤崎愛希ではなく『アキ』として。
強く握りしめたこぶしを心臓の上に突きつける。
心地のいい緊張感だ。
昔、空手の試合に臨んだときに体験したものと同じだ。
ドクドクと全身を駆け巡る血液の温度はたぎるほど熱い。
全身の毛孔が総毛立って、肌先をピリピリとした電気がほとばしっていく。
――大丈夫よ、落ち着け、アキ。勝負はここからだよ!
舞台へと足をむけて一歩進む。
その先には準備に追われるスタッフたちがいて、忙しく働いている。
彼らは私に気づくとまるで十戒のモーセが海を割るように道を開けた。
最初にここへやってきたきたときを思い起こす。
皆『なんでこの子?』『なんでこんな素人?』といった曇った表情を浮かべていた。
今回の撮影の監督らしい中年男性が当初撮影予定だった人気モデルの名前を口にして『どうしてこの子に変わったのか理由が知りたい』と一緒に来た高嶺に強く尋ねていたことも同時に思い出した。
――たしかに納得できないわよねえ。
本来ならその人気モデルが龍空の相手だったんだ。
このところはドラマやCMにも引っ張りだこである彼女に比べると、私は本当に素人だし、なぜと思われるのも不思議なことじゃない。
龍空との共演だって、絶対に彼女のほうが話題を呼ぶのは明白だ。
客観的に見れば明らかにあちらのほうが画になる。
だけどもう後には引けない。
やると決めてここにやってきたのは自分だし、そのために仮面もつけてもらった。
とはいえ仮面を用意してくれたのも龍空なんだけど。
――逃げずに前に進むことを選んだのは私だしねえ。
やりきって見せると胸を張って進む。
通り過ぎるスタッフの顔が驚きに満ち溢れていくのを横目で追いながらも足は止めなかった。
ベッドの近くのカメラが設置されたところでは『はやくしてもらいたい』とか『これだから素人は嫌なんだ』とかブチブチと不平を漏らす監督がいた。
隣には仏頂面のまま火がついていないタバコをくわえた高嶺と、「まあまあ、今度ドンペリ奢りますから」などと調子を合わせながら宥める龍空がいた。
彼らの二歩ほど後ろ手足を止める。
すると龍空と高嶺が同時にこちらを振り返った。
高嶺と目が合う。
彼の口からポロリとタバコが落ちた。
「待ってたよ」
龍空が満面の笑顔を私に向けた。
龍空の言葉につられるようにして監督も振り返る。
不平と不満をぶちまけた不機嫌顔は私を見た途端に一気にはじけ飛んだ。
信じられないものを見たとでも言いたげな監督の目が右往左往する。
「龍空くん、この子……さっきの子?」
いい加減失礼ではないかと思うほど真っ直ぐ人差し指を差し向けて、監督は龍空に質問した。
龍空はニッコリと笑顔を絶やさずに「ええ」と小さく返す。
「彼女ですよ、さっきのね」
「うそだろ? 俺の目は節穴か……」
目をゴシゴシこする監督に向かって私は腰を折った。
「私のせいで大変遅くなってしまいました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「あ……いや。俺の……私のほうこそ失礼なことを言って申し訳ない」
と監督は罰が悪そうにコリコリと頭を掻いた。
「それじゃあ始めましょう」
「はい。よろしくお願いします」
ニッコリとほほ笑みを浮かべて見せると、一瞬目を丸くさせた後で監督は照れくさそうに笑って見せるとスタッフに向かって声を掛けた。
「そういうわけで始めますね、高嶺さん」
監督が高嶺を見る。
高嶺はなにも答えないどころか、さっきから直立不動になっている。
「常務?」
私が声を掛けると我に返ったかのように高嶺は小さく頭を振った。
それからトレードマークのメガネを押し上げるようにして「ああ」と顔をそらした。
「お願いします」
高嶺の返事を聞いた監督がスタッフへ声をかけると、私は龍空と共に舞台へ案内をされた。
指示されるままにベッドの前に立つ。
龍空と一緒に撮影の流れの簡単な説明を受ける。
どう動くかの細かい指示を聞くと、ついにそのときがやってきた。
「星野さんもガウンを脱いでもらっていいですか?」
そう言われた龍空がゆっくりと羽織っていたガウンを脱ぐ。
程よく焼けた艶やかな素肌が露わになる。
引き締まった腕だ。
服を着ているときはわからなかったけど胸板は結構厚い。
腹筋は六つに割れているし、腹横筋はシャープに鍛え上げられている。
龍空の肉体美に女性スタッフからため息が漏れる。
今回の撮影で龍空が下着にはならない。
白のタイトなパンツをはいているから、見えるのは上半身のみなのに、なぜかエロフェロモンがプンプン漂ってくる。
「愛希、どう?」
「は?」
「オレの体、どう?」
「まあ……いい線いってるんじゃない」
中身スカスカのホストのくせに――というセリフは自重した。
「愛希ちゃんったら厳しいわあ」
龍空が大袈裟に肩を落として嘆いたがスルーした。
こいつをほめたらこの先が面倒になる……ような気がしたからだ。
「それじゃあアキさんもガウン脱いでもらって、シーツに入っていただいてよろしいですか? あ、ガウンはその……シーツ潜ったときで構わないので」
私とさほど年が変わらなさそうな女性スタッフが気を遣ってそう言いながら、男性スタッフたちの視線から背を向けるように私を立たせてくれた。
後ろを振り返ってちらりと舞台の奥、撮影器具のその向こうのほの暗い場所に目を向ける。
退屈そうにあくびをしながらこちらを見つめている長身の女性と目が合った。
倫子だ。
彼女はヒラヒラと「いいから早くやっちゃいなさいよ』と言うように手を振る。
「お気遣いありがとうございます。私、大丈夫ですから」
女性スタッフに小声でお礼を述べた後、ガウンの帯に手を掛けて一気にはぎ取る。
ガウンが渇いた音を立てて床に落ちた。
どよめきが上がったのはその刹那だった。
たぶん、ここにいる誰もが思いもしなかったことを私がしたせいだろう。
空気が一気に硬直していくのがわかる。
張りつめていく空気の中、臆することなくTバックの姿をご披露する。
別に裸になったわけじゃなし。
最近の水着は普通にTバックも売っている。
ここで恥ずかしくモジモジしているほうがよほど恥ずかしい。
こちらが堂々としていれば、エロい生身の女の裸ではなくてただの被写体となるんだろうから。
――そうよ、見ればいいのよ。私はもう逃げも隠れもしないんだから!
「大胆だねえ」
ポソリ……と微苦笑を浮かべてつぶやいたのは龍空だった。
「そう?」
真顔で尋ねてからスルリと身を滑らせるようにシーツの中に体を潜らせる。
「星野さん、彼女の上に乗っていただいていいですか?」
絵コンテだと白いシーツに巻かれた女性を龍空が引き寄せてキスをするギリギリのところをクローズアップする……というものだった。
だけど撮影の説明は直前で変えられていた。
赤いシーツの中に横たわる女性、つまり私と龍空の設定は『愛の情事をいたす直前の欲望に身を燃やす恋人同士』で、今から撮るのはまさにその始まりの一瞬だと言う。
陰謀というか、明らかな他意を感じずにはいられない。
龍空が狙って設定を変えたのは間違いなさそうなんだ。
だってベッドの上に乗るバカホストは意気揚々としている。
龍空がほほ笑んで「ねえ」と小声で話しかけてきた。
「今からオレたち『する』んだよ、アキ?」
「そうね」
「情熱的にする寸前なんだって」
「そうらしいわね」
「情熱的に見てほしいなあ」
「見てるわよ」
「憎まれているように見えるんだけど」
「被害妄想よ」
「そうか。オレの考えすぎなのね。じゃあさ、盛り上げるためにちょっとサービスしてみない?」
ちょんちょん……と指先で股を突かれる。
「なによ?」
「せっかくキレイな足してるんだからさ。これ見せちゃうってどう?」
『出し惜しみしちゃったら勿体ないじゃない?』
言いたいことはなんとなくわかる。
この設定で『マグロちゃん』よろしく、ただ寝そべっているだけでは『官能的なもの』を表現できないと言いたいんだろう、この男。
どうせ大胆になったなら、もっとエロチックにしてみませんか?の御提案を、遠まわしにしてくれてるわけだ、この男。
いいじゃない。
それ、乗ってやりましょう。
なんせ私、いつもの私じゃないんだし。
それならそれでとことん付き合ってやろうじゃない?
あんたにこれ以上、恩も売られたくないしね!
龍空に言われるまま、静かに足をシーツの外に出して、カメラ側の足を太腿ごとごっそりとお見せする。
言われるままにはした。
でも、これは私の自由意思であり自己判断である。
赤いシーツの上で膝を立てて、足の間に龍空を誘導する。
すると龍空が『待ってました』と言わんばかりに自分の体に覆いかぶさって下半身を預けてくる。
腹から下の部位は布一枚挟んで密着状態。
お陰様で龍空の顔もさっきよりずっと間近になっている。
その距離1cm。
すると龍空がカメラの方向を向いて小さくうなずいた。
瞬間、撮影を始めるカチンコが高い木製音を響かせる。
見つめる龍空の顔が切り替わる。
いつも見ている調子のいい笑みはなくなって、真顔そのもの。
凛々しい端正な顔がすぐそこにある。
まっすぐにこちらを見つめる龍空の瞳に『アキ』という名の仮面を被ったまったく違う顔をした私が映っている。
――飲み込まれるな! 飲み込んでやれ!
耳元に肘を置き、髪を撫でてくる龍空の頬に手を伸ばすと、その頬を両手で包み込む。
緊張はしなかった。
ただ真っ直ぐに龍空だけを見つめる。
周りの音はなにひとつ聞こえなくなる。
互いの吐息と彼が頬を撫でる指先の音だけが聞こえる。
龍空の顔を自ら両手で引き寄せる。
それに合わせてゆっくり近づいてくる龍空をうっとりと見上げる。
10cmの距離が徐々にその幅を詰めていく。
9cm、8cm、7cm、6cm、5cm。
4cm。
鼻先が触れる。
3cm。
熱い息が交錯しはじめる。
2cm。
肌が相手の熱を感知する。
そして受け入れるように唇がうっすらと自然に開く。
ゼロ距離まであと1cm――!
広いとは言えない空間に白い大きなカーテンが垂れ下がっている。
カーテンの前には海外映画に出てきそうなアンティーク調の白い柵付ベッドがセッティングされていた。
スプリングの効いていそうなマットレスの上に大きな枕があって、サテン生地のような光沢感のある真っ赤なシーツが掛かっている。
照明に煌々と照らし出されたベッドは暗い空間の中でひときわ浮き彫り立って見えた。
まるで舞台だ。
いや、まるでじゃない。
列記とした舞台なんだ。
絵コンテと小物が変わっているのはすべて龍空からの提案らしい。
今回、私とCM撮影すると決まってから、なんやかんやと龍空が注文をつけたらしい。
『やっぱりさ、どうせならすごーくいいものにしたいじゃない?』
なんてことを言いながら――
赤い色は女性を引き立てるらしい。
よりエロティックに。
より妖艶に。
より情熱的に。
だから巻きつけるなら『白』より『赤』なんだと――そうやって龍空は力説した。
そこに今から自分は上る。
藤崎愛希ではなく『アキ』として。
強く握りしめたこぶしを心臓の上に突きつける。
心地のいい緊張感だ。
昔、空手の試合に臨んだときに体験したものと同じだ。
ドクドクと全身を駆け巡る血液の温度はたぎるほど熱い。
全身の毛孔が総毛立って、肌先をピリピリとした電気がほとばしっていく。
――大丈夫よ、落ち着け、アキ。勝負はここからだよ!
舞台へと足をむけて一歩進む。
その先には準備に追われるスタッフたちがいて、忙しく働いている。
彼らは私に気づくとまるで十戒のモーセが海を割るように道を開けた。
最初にここへやってきたきたときを思い起こす。
皆『なんでこの子?』『なんでこんな素人?』といった曇った表情を浮かべていた。
今回の撮影の監督らしい中年男性が当初撮影予定だった人気モデルの名前を口にして『どうしてこの子に変わったのか理由が知りたい』と一緒に来た高嶺に強く尋ねていたことも同時に思い出した。
――たしかに納得できないわよねえ。
本来ならその人気モデルが龍空の相手だったんだ。
このところはドラマやCMにも引っ張りだこである彼女に比べると、私は本当に素人だし、なぜと思われるのも不思議なことじゃない。
龍空との共演だって、絶対に彼女のほうが話題を呼ぶのは明白だ。
客観的に見れば明らかにあちらのほうが画になる。
だけどもう後には引けない。
やると決めてここにやってきたのは自分だし、そのために仮面もつけてもらった。
とはいえ仮面を用意してくれたのも龍空なんだけど。
――逃げずに前に進むことを選んだのは私だしねえ。
やりきって見せると胸を張って進む。
通り過ぎるスタッフの顔が驚きに満ち溢れていくのを横目で追いながらも足は止めなかった。
ベッドの近くのカメラが設置されたところでは『はやくしてもらいたい』とか『これだから素人は嫌なんだ』とかブチブチと不平を漏らす監督がいた。
隣には仏頂面のまま火がついていないタバコをくわえた高嶺と、「まあまあ、今度ドンペリ奢りますから」などと調子を合わせながら宥める龍空がいた。
彼らの二歩ほど後ろ手足を止める。
すると龍空と高嶺が同時にこちらを振り返った。
高嶺と目が合う。
彼の口からポロリとタバコが落ちた。
「待ってたよ」
龍空が満面の笑顔を私に向けた。
龍空の言葉につられるようにして監督も振り返る。
不平と不満をぶちまけた不機嫌顔は私を見た途端に一気にはじけ飛んだ。
信じられないものを見たとでも言いたげな監督の目が右往左往する。
「龍空くん、この子……さっきの子?」
いい加減失礼ではないかと思うほど真っ直ぐ人差し指を差し向けて、監督は龍空に質問した。
龍空はニッコリと笑顔を絶やさずに「ええ」と小さく返す。
「彼女ですよ、さっきのね」
「うそだろ? 俺の目は節穴か……」
目をゴシゴシこする監督に向かって私は腰を折った。
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「あ……いや。俺の……私のほうこそ失礼なことを言って申し訳ない」
と監督は罰が悪そうにコリコリと頭を掻いた。
「それじゃあ始めましょう」
「はい。よろしくお願いします」
ニッコリとほほ笑みを浮かべて見せると、一瞬目を丸くさせた後で監督は照れくさそうに笑って見せるとスタッフに向かって声を掛けた。
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高嶺はなにも答えないどころか、さっきから直立不動になっている。
「常務?」
私が声を掛けると我に返ったかのように高嶺は小さく頭を振った。
それからトレードマークのメガネを押し上げるようにして「ああ」と顔をそらした。
「お願いします」
高嶺の返事を聞いた監督がスタッフへ声をかけると、私は龍空と共に舞台へ案内をされた。
指示されるままにベッドの前に立つ。
龍空と一緒に撮影の流れの簡単な説明を受ける。
どう動くかの細かい指示を聞くと、ついにそのときがやってきた。
「星野さんもガウンを脱いでもらっていいですか?」
そう言われた龍空がゆっくりと羽織っていたガウンを脱ぐ。
程よく焼けた艶やかな素肌が露わになる。
引き締まった腕だ。
服を着ているときはわからなかったけど胸板は結構厚い。
腹筋は六つに割れているし、腹横筋はシャープに鍛え上げられている。
龍空の肉体美に女性スタッフからため息が漏れる。
今回の撮影で龍空が下着にはならない。
白のタイトなパンツをはいているから、見えるのは上半身のみなのに、なぜかエロフェロモンがプンプン漂ってくる。
「愛希、どう?」
「は?」
「オレの体、どう?」
「まあ……いい線いってるんじゃない」
中身スカスカのホストのくせに――というセリフは自重した。
「愛希ちゃんったら厳しいわあ」
龍空が大袈裟に肩を落として嘆いたがスルーした。
こいつをほめたらこの先が面倒になる……ような気がしたからだ。
「それじゃあアキさんもガウン脱いでもらって、シーツに入っていただいてよろしいですか? あ、ガウンはその……シーツ潜ったときで構わないので」
私とさほど年が変わらなさそうな女性スタッフが気を遣ってそう言いながら、男性スタッフたちの視線から背を向けるように私を立たせてくれた。
後ろを振り返ってちらりと舞台の奥、撮影器具のその向こうのほの暗い場所に目を向ける。
退屈そうにあくびをしながらこちらを見つめている長身の女性と目が合った。
倫子だ。
彼女はヒラヒラと「いいから早くやっちゃいなさいよ』と言うように手を振る。
「お気遣いありがとうございます。私、大丈夫ですから」
女性スタッフに小声でお礼を述べた後、ガウンの帯に手を掛けて一気にはぎ取る。
ガウンが渇いた音を立てて床に落ちた。
どよめきが上がったのはその刹那だった。
たぶん、ここにいる誰もが思いもしなかったことを私がしたせいだろう。
空気が一気に硬直していくのがわかる。
張りつめていく空気の中、臆することなくTバックの姿をご披露する。
別に裸になったわけじゃなし。
最近の水着は普通にTバックも売っている。
ここで恥ずかしくモジモジしているほうがよほど恥ずかしい。
こちらが堂々としていれば、エロい生身の女の裸ではなくてただの被写体となるんだろうから。
――そうよ、見ればいいのよ。私はもう逃げも隠れもしないんだから!
「大胆だねえ」
ポソリ……と微苦笑を浮かべてつぶやいたのは龍空だった。
「そう?」
真顔で尋ねてからスルリと身を滑らせるようにシーツの中に体を潜らせる。
「星野さん、彼女の上に乗っていただいていいですか?」
絵コンテだと白いシーツに巻かれた女性を龍空が引き寄せてキスをするギリギリのところをクローズアップする……というものだった。
だけど撮影の説明は直前で変えられていた。
赤いシーツの中に横たわる女性、つまり私と龍空の設定は『愛の情事をいたす直前の欲望に身を燃やす恋人同士』で、今から撮るのはまさにその始まりの一瞬だと言う。
陰謀というか、明らかな他意を感じずにはいられない。
龍空が狙って設定を変えたのは間違いなさそうなんだ。
だってベッドの上に乗るバカホストは意気揚々としている。
龍空がほほ笑んで「ねえ」と小声で話しかけてきた。
「今からオレたち『する』んだよ、アキ?」
「そうね」
「情熱的にする寸前なんだって」
「そうらしいわね」
「情熱的に見てほしいなあ」
「見てるわよ」
「憎まれているように見えるんだけど」
「被害妄想よ」
「そうか。オレの考えすぎなのね。じゃあさ、盛り上げるためにちょっとサービスしてみない?」
ちょんちょん……と指先で股を突かれる。
「なによ?」
「せっかくキレイな足してるんだからさ。これ見せちゃうってどう?」
『出し惜しみしちゃったら勿体ないじゃない?』
言いたいことはなんとなくわかる。
この設定で『マグロちゃん』よろしく、ただ寝そべっているだけでは『官能的なもの』を表現できないと言いたいんだろう、この男。
どうせ大胆になったなら、もっとエロチックにしてみませんか?の御提案を、遠まわしにしてくれてるわけだ、この男。
いいじゃない。
それ、乗ってやりましょう。
なんせ私、いつもの私じゃないんだし。
それならそれでとことん付き合ってやろうじゃない?
あんたにこれ以上、恩も売られたくないしね!
龍空に言われるまま、静かに足をシーツの外に出して、カメラ側の足を太腿ごとごっそりとお見せする。
言われるままにはした。
でも、これは私の自由意思であり自己判断である。
赤いシーツの上で膝を立てて、足の間に龍空を誘導する。
すると龍空が『待ってました』と言わんばかりに自分の体に覆いかぶさって下半身を預けてくる。
腹から下の部位は布一枚挟んで密着状態。
お陰様で龍空の顔もさっきよりずっと間近になっている。
その距離1cm。
すると龍空がカメラの方向を向いて小さくうなずいた。
瞬間、撮影を始めるカチンコが高い木製音を響かせる。
見つめる龍空の顔が切り替わる。
いつも見ている調子のいい笑みはなくなって、真顔そのもの。
凛々しい端正な顔がすぐそこにある。
まっすぐにこちらを見つめる龍空の瞳に『アキ』という名の仮面を被ったまったく違う顔をした私が映っている。
――飲み込まれるな! 飲み込んでやれ!
耳元に肘を置き、髪を撫でてくる龍空の頬に手を伸ばすと、その頬を両手で包み込む。
緊張はしなかった。
ただ真っ直ぐに龍空だけを見つめる。
周りの音はなにひとつ聞こえなくなる。
互いの吐息と彼が頬を撫でる指先の音だけが聞こえる。
龍空の顔を自ら両手で引き寄せる。
それに合わせてゆっくり近づいてくる龍空をうっとりと見上げる。
10cmの距離が徐々にその幅を詰めていく。
9cm、8cm、7cm、6cm、5cm。
4cm。
鼻先が触れる。
3cm。
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結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
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