43 / 46
第四十四話 女をなめんな、クズ野郎!
しおりを挟む
黒子のように暗闇に紛れて、充希が小さなボックスをマイクを持って立っている龍空へと差し出した。
その中に手をつっこむと、龍空は1枚の小さな紙を取り出して静かに開いた。
「ええっと。実は私はセックスが嫌いなんですが、男の人はセックスが嫌いな女のことをどう思いますか? うわっ! なんか1枚目からすごいの来ましたねえ!」
質問内容にどっと場内がざわめいた。
酒が入っているからいいんだろうけど。
それにしたってどこかで聞いたことがあるような内容じゃないか。
っていうか、それ、私の質問じゃないの?
いや、質問なんてそもそも書いた覚えないぞ!
龍空は質問の紙と睨めっこしたまま、うーんと首を傾げた。
「えっと。オレは別に嫌いでもいいと思うんだよね。だって、ほら。これは質問者の女の子というか、女性が悪いってことじゃないんで。嫌いにさせちゃった過去の男たちが悪いってわけで。いや、気持ちいいって思わせてあげられないのが悪いから過去も今もって感じかなあ。あ、個人的な意見です。なんで、他にも聞いてみましょうかね。えっと、コウヤマさ~ん。この質問、男の代表ってことで、どう思います?」
龍空が近づいてきて、貴斗にマイクを突き出した。
スポットライトが龍空から貴斗に切り替わる。
貴斗はスーツの前をきっちりと揃え直しながら立ち上がると「ぼくもそう思います」と答えた。
「男は相手の女性を気持ちよくさせてなんぼですから」
「おっ! これは名言出ましたよ!」
龍空が調子を合わせる。
貴斗は鼻高々だ。
――圧し折りたい。あの鼻、ボッキボキにしてやりたい!
ググググッ……とジョッキの取っ手を握る手に力がこもる。
すると龍空は壇上には戻らずにその場で箱の中にまた手を入れて、新しい質問を開いた。
「私には付き合って3年になる彼氏がいます。彼は私に内緒で合コンに出まくっては関係を持っているようです。私は耐えたほうがいいんでしょうか? それとも別れたほうがいいんでしょうか? なんか、すごくヘビーなのが続きますねえ。えっと、オレ的には今すぐ別れるべきとお答えします。だって最低ですから。彼女が知らないと思ってやりたい放題なんてひどすぎるよ、本当に。ですよねえ、コウヤマさん?」
龍空に同意を求められた貴斗はうんうんと大きくうなずいて「本当に最低ですね」と答えた。
ジョッキを握る手に力がこもりすぎて、腕が震えた。
テーブルがわずかに揺れる。
「えっと次は……私はつき合っている彼氏にHがヘタクソだと言われました。もっと勉強しろとか、マグロのまんまでいるなとか。男の人はどうやったら喜んでくれますか? これはもう、なんて答えていいのか。こんなこと言う男いるんですねえ。なんか、この質問してくれた彼女のことを思うとオレ、心痛い。一緒に泣いてあげたい」
龍空が目元を抑える。
そんな彼の姿に会場中の女性たちが「リク、泣かないで!」とか「リクは優しいよ」とか声を飛ばす。
なんだ、この茶番劇は。
バカホストのオーバーリアクションに怒りがほんのちょっと収まった。
鼻で大きく息を吸いこんで吐き出すと、同じタイミングで龍空が顔をあげた。
「コウヤマさん、この質問どうですか? どう思います? ひどいですよね?」
「女性を傷つけるようなことを平気で言うヤツがいるかと思うと同じ男としてゾッとしますね。もうクズですよ、ソイツ。男の風上にも置けない」
どんどん口が上手くなっている。
全部この男に突き返してやりたい。
まぢで。
「だ、そうだよ。アキ。クズだって自分で認めたよ」
それまで丁寧な物言いだった龍空が突如豹変した。
ニヤッと笑って私を見る。
「は!? なに言ってるんだよ!? どういうことだよ!」
貴斗が私と龍空を交互に見た。
龍空は「アッハッハッハ」と大きく笑うと「アキ、どうぞ」と私にマイクを手渡した。
それからパチンッと龍空は指を鳴らした。
彼の合図と同時に壇上の奥に張られた白いカーテンに画像が映し出された。
「これは1週間前の甲山貴斗氏です。時刻は午後10時。合コン帰りに女性とホテルへ入る前のところを撮ったものです」
「違う! これは彼女が酔っぱらって。解放するために近くにあったホテルに入るところで」
「じゃあ、これはどうかな?」
龍空がまたしても指パッチンをすると画像が切り替わった。
今度は女性の腰を抱いて、アパートの一室へ入っていくところだ。
「これはその翌日かなあ。時刻は8時半すぎ。とっても親密そうですけど、この方は恋人ですか?」
「違う! 彼女は同じ会社の後輩で……その、相談があるって言うから」
「じゃあ、これは?」
画像が変わって別の女性と路上キスをしているものが映し出される。
貴斗が明らかに動揺し始めた。
「これは一昨日の午後11頃かな。どっからどう見てもキスしてるっぽく見えるんですけど。ああ、そうか。唇が渇いているから潤してあげてるんですかねえ」
「なんなんだ、これは! オレじゃないし!」
「じゃあ、これはどう言い逃れします?」
映し出された画像に目を見はった。
私が映っている。
私の隣には貴斗が映っている。
その手は私の背中を撫でているのがバッチリ映っていた。
「これ、どこからどう見ても、ここにいるアキとあなたでしょ? ちなみにこれはどう言い逃れしましょうか?」
そうやって龍空が言ったときだ。
ラウンジのスピーカーから聞いたことがあるセリフが流れてきた。
『上に部屋を取ってあるからさ。ここは適当に終わらせて、久しぶりに二人でゆっくり楽しもうぜ』
――これ、さっき言われた台詞!?
ハッとなってドレスに触れる。
マイクがどこに仕込まれたのかはわからない。
貴斗が私をきつく睨んで怒鳴り始めた。
「なんなんだよっ、これは! 愛希、おまえ、オレのことをハメやがったのか! オレにフラれたのを未だに根にもってやがるのか! なんだよ! ちょっとCMに出て、謎の美女とか言われて調子乗りやがって! おまえ、最低だな!」
「ああっ、もう! うるっさい!」
テーブルの上に乗ったお皿やグラスが揺れるくらい思いっきりテーブルを叩いて立ちあがると、狼狽えてわめきちらした貴斗の胸ぐらを両手で掴みあげた。
「さっきから黙って聞いてればピーピー、ピーピー好き放題言いやがって。調子に乗ってるだあ? そりゃあ、あんたのほうでしょうが! 来月結婚する婚約者がいながら他の女に手を出して! 6股だあ? なにがオレとつき合ったら身も心も気持ちよくさせる、だあ? あんたのセックスなんてアダルトビデオの受け売りばっかでロクなもんじゃないじゃないの! 前戯も適当! 入れたいばっか! 入れたら入れたで自分だけ気持ち良くなって爆睡するような男のセックスでイケる女なんかいねえっつーの!」
「なっ! ふっざけるな! おまえなんて不感症のマグロじゃねえか!」
「はあ? なに言ってんの? 不感症なわけないじゃん! 私はねえ! ちゃ~んと感じるのよ! 現にCMで見せてあげたでしょうが! 気持ちいいところ、しっかり丁寧に攻めてもらったら感じまくっちゃうんですけども!」
「ア……アキさん、甲山先輩も……他の人が見てますよ」
貴斗の後輩が私たちの仲裁に入ろうと声を掛けてきた。
動物園を案内すると言った栗田だ。
「だったらなに? 人が見てる? あんたらもいい機会だから女の本音をよおく聞いておきなさいよ!」
「えっ!」
「ていうか、甲山貴斗! 私はあんたと付き合ってるときからずっと言いたいことがあったの! あんたのせいで私はセックス嫌いになったの! あんたみたいに女を物みたいに扱う男のせいで嫌いになったの! 痛いし、雑だし、力任せだし! そんなあんたには一生かかったってわかりゃしないと思うけどねえ。女は心が満たされて初めて感じるの! 女は男の欲望の受け皿じゃないの! 女は大事に丁寧にされたいの! 愛されてるって身と心で実感したいの! 女をなめんな、クズ野郎!」
思いつく限りの言葉を吐き出して、私は貴斗から手を離した。
会場が明るくなると同時に腰を下ろした私を貴斗は憎々しげに見下ろしていた。
だが、「本当にそうね」という別の女性の声がした瞬間、彼の表情が一変することになった。
貴斗が恐る恐る振り返った先には女性が立っていた。
それもひとりじゃない。
6人だ。
ひとつのテーブルに座った6人の女性たちが一斉に立ち上がって貴斗を睨みつけている。
「美智子。由美……香苗……愛、良子、めぐみ」
「アキさんの言うとおりだわ。入れたいばっか」
「こっちのことを気にもかけなかったわねえ」
「すぐ寝るのよ。余韻もないの」
「生理のときなんて会ってもくれないわよ?」
「そう言えば連絡していい時間、決められてなかった?」
不満を口にした6人が、最後の言葉に一斉に「あっ!」と納得した声をあげた。
彼女たちが貴斗を激しく睨みつけると、気圧されたように貴斗は一歩引いた。
その場から逃れようと踵を返そうとしたところで、龍空がツンツンと貴斗の肩を突いた。
振り返った貴斗が目を大きく見開く。
龍空の隣には桃色のワンピースを着た上品な女性が立っていたからだ。
「留美子……さん」
「コウヤマさんには内緒でしたが、婚約者の専務の娘さんである久保留美子さんを今回お呼びしました。結婚する前にちゃんと自分の目で確かめたほうがいいですよって。写真じゃ信じてもらえなかったもんですから」
龍空がどうぞと女性をうながす。
女性は貴斗をじっと見た後、ふぅっと息を整えてから告げた。
「貴斗さん。別の場所で全部見てました。今日、ここに来るまではウソであってほしいと思ってましたけど。もうムリです。婚約は破棄させていただきます。お父様にも伝えましたから」
「待って……待ってください、留美子さん! 全部、全部清算しますから! 婚約破棄だけは……」
「慰謝料請求されないだけよかったと思ってください」
そう言って、留美子と呼ばれた女性は他のホストに付き添われてラウンジを出ていった。
その後に続くように貴斗の彼女と思わしき6人も呆れたように姿を消していく。
へなへなと力なく貴斗はその場に座り込んだ。
それこそ顔面蒼白になって――
うな垂れて一歩も動けない貴斗の両脇を支えるように一緒に合コンに参加した男たちが会場を後にしようとしたとき、ユウがちょんちょんと彼らの背中を突いた。
そしてひとりひとりに茶色い封筒を手渡した。
「皆さんの身辺調査もさせてもらいました。奥様やお付き合いしていらっしゃる彼女さんにも同じものを送ってありますから。あっ、ちなみに私の元職、探偵なんで」
ユウの言葉に3人の顔色が瞬時に変わって青くなった。
「あと最後だからひとつ教えてあげるんだけど」
「オネエもなめんなよ?」
きれいな顔とは裏腹にドスの利いた低い声になったナナとレイナから逃げるように男たちは去っていった。
どうしようもないクズ集団に飛び蹴りを食らわせてやれなかったのが心残りだけど仕方ない。
私はふぅっと息をついた。
手が震えている。
「行こう、アキ」
3人のオネエサマたちに促されて、立ち上がる。
オネエサマたちは周りの目から私を守るように取り囲むと静かに会場から龍空が予約した部屋へと向かった。
「よくがんばったわ」
「あんたは女の鏡!」
「お疲れ様」
3人のオネエサマ達のいい匂いに包まれながら、私は笑った。
だけど笑いながらも、私の目からは涙があふれていた。
酒に酔ったせいなのか。
公衆の面前でものすごい台詞を吐いてしまったことの後悔なのか。
それとも過去を精算できたことで安堵したからなのか。
どれかわからないけれど、泣きながら笑い続けていた。
その中に手をつっこむと、龍空は1枚の小さな紙を取り出して静かに開いた。
「ええっと。実は私はセックスが嫌いなんですが、男の人はセックスが嫌いな女のことをどう思いますか? うわっ! なんか1枚目からすごいの来ましたねえ!」
質問内容にどっと場内がざわめいた。
酒が入っているからいいんだろうけど。
それにしたってどこかで聞いたことがあるような内容じゃないか。
っていうか、それ、私の質問じゃないの?
いや、質問なんてそもそも書いた覚えないぞ!
龍空は質問の紙と睨めっこしたまま、うーんと首を傾げた。
「えっと。オレは別に嫌いでもいいと思うんだよね。だって、ほら。これは質問者の女の子というか、女性が悪いってことじゃないんで。嫌いにさせちゃった過去の男たちが悪いってわけで。いや、気持ちいいって思わせてあげられないのが悪いから過去も今もって感じかなあ。あ、個人的な意見です。なんで、他にも聞いてみましょうかね。えっと、コウヤマさ~ん。この質問、男の代表ってことで、どう思います?」
龍空が近づいてきて、貴斗にマイクを突き出した。
スポットライトが龍空から貴斗に切り替わる。
貴斗はスーツの前をきっちりと揃え直しながら立ち上がると「ぼくもそう思います」と答えた。
「男は相手の女性を気持ちよくさせてなんぼですから」
「おっ! これは名言出ましたよ!」
龍空が調子を合わせる。
貴斗は鼻高々だ。
――圧し折りたい。あの鼻、ボッキボキにしてやりたい!
ググググッ……とジョッキの取っ手を握る手に力がこもる。
すると龍空は壇上には戻らずにその場で箱の中にまた手を入れて、新しい質問を開いた。
「私には付き合って3年になる彼氏がいます。彼は私に内緒で合コンに出まくっては関係を持っているようです。私は耐えたほうがいいんでしょうか? それとも別れたほうがいいんでしょうか? なんか、すごくヘビーなのが続きますねえ。えっと、オレ的には今すぐ別れるべきとお答えします。だって最低ですから。彼女が知らないと思ってやりたい放題なんてひどすぎるよ、本当に。ですよねえ、コウヤマさん?」
龍空に同意を求められた貴斗はうんうんと大きくうなずいて「本当に最低ですね」と答えた。
ジョッキを握る手に力がこもりすぎて、腕が震えた。
テーブルがわずかに揺れる。
「えっと次は……私はつき合っている彼氏にHがヘタクソだと言われました。もっと勉強しろとか、マグロのまんまでいるなとか。男の人はどうやったら喜んでくれますか? これはもう、なんて答えていいのか。こんなこと言う男いるんですねえ。なんか、この質問してくれた彼女のことを思うとオレ、心痛い。一緒に泣いてあげたい」
龍空が目元を抑える。
そんな彼の姿に会場中の女性たちが「リク、泣かないで!」とか「リクは優しいよ」とか声を飛ばす。
なんだ、この茶番劇は。
バカホストのオーバーリアクションに怒りがほんのちょっと収まった。
鼻で大きく息を吸いこんで吐き出すと、同じタイミングで龍空が顔をあげた。
「コウヤマさん、この質問どうですか? どう思います? ひどいですよね?」
「女性を傷つけるようなことを平気で言うヤツがいるかと思うと同じ男としてゾッとしますね。もうクズですよ、ソイツ。男の風上にも置けない」
どんどん口が上手くなっている。
全部この男に突き返してやりたい。
まぢで。
「だ、そうだよ。アキ。クズだって自分で認めたよ」
それまで丁寧な物言いだった龍空が突如豹変した。
ニヤッと笑って私を見る。
「は!? なに言ってるんだよ!? どういうことだよ!」
貴斗が私と龍空を交互に見た。
龍空は「アッハッハッハ」と大きく笑うと「アキ、どうぞ」と私にマイクを手渡した。
それからパチンッと龍空は指を鳴らした。
彼の合図と同時に壇上の奥に張られた白いカーテンに画像が映し出された。
「これは1週間前の甲山貴斗氏です。時刻は午後10時。合コン帰りに女性とホテルへ入る前のところを撮ったものです」
「違う! これは彼女が酔っぱらって。解放するために近くにあったホテルに入るところで」
「じゃあ、これはどうかな?」
龍空がまたしても指パッチンをすると画像が切り替わった。
今度は女性の腰を抱いて、アパートの一室へ入っていくところだ。
「これはその翌日かなあ。時刻は8時半すぎ。とっても親密そうですけど、この方は恋人ですか?」
「違う! 彼女は同じ会社の後輩で……その、相談があるって言うから」
「じゃあ、これは?」
画像が変わって別の女性と路上キスをしているものが映し出される。
貴斗が明らかに動揺し始めた。
「これは一昨日の午後11頃かな。どっからどう見てもキスしてるっぽく見えるんですけど。ああ、そうか。唇が渇いているから潤してあげてるんですかねえ」
「なんなんだ、これは! オレじゃないし!」
「じゃあ、これはどう言い逃れします?」
映し出された画像に目を見はった。
私が映っている。
私の隣には貴斗が映っている。
その手は私の背中を撫でているのがバッチリ映っていた。
「これ、どこからどう見ても、ここにいるアキとあなたでしょ? ちなみにこれはどう言い逃れしましょうか?」
そうやって龍空が言ったときだ。
ラウンジのスピーカーから聞いたことがあるセリフが流れてきた。
『上に部屋を取ってあるからさ。ここは適当に終わらせて、久しぶりに二人でゆっくり楽しもうぜ』
――これ、さっき言われた台詞!?
ハッとなってドレスに触れる。
マイクがどこに仕込まれたのかはわからない。
貴斗が私をきつく睨んで怒鳴り始めた。
「なんなんだよっ、これは! 愛希、おまえ、オレのことをハメやがったのか! オレにフラれたのを未だに根にもってやがるのか! なんだよ! ちょっとCMに出て、謎の美女とか言われて調子乗りやがって! おまえ、最低だな!」
「ああっ、もう! うるっさい!」
テーブルの上に乗ったお皿やグラスが揺れるくらい思いっきりテーブルを叩いて立ちあがると、狼狽えてわめきちらした貴斗の胸ぐらを両手で掴みあげた。
「さっきから黙って聞いてればピーピー、ピーピー好き放題言いやがって。調子に乗ってるだあ? そりゃあ、あんたのほうでしょうが! 来月結婚する婚約者がいながら他の女に手を出して! 6股だあ? なにがオレとつき合ったら身も心も気持ちよくさせる、だあ? あんたのセックスなんてアダルトビデオの受け売りばっかでロクなもんじゃないじゃないの! 前戯も適当! 入れたいばっか! 入れたら入れたで自分だけ気持ち良くなって爆睡するような男のセックスでイケる女なんかいねえっつーの!」
「なっ! ふっざけるな! おまえなんて不感症のマグロじゃねえか!」
「はあ? なに言ってんの? 不感症なわけないじゃん! 私はねえ! ちゃ~んと感じるのよ! 現にCMで見せてあげたでしょうが! 気持ちいいところ、しっかり丁寧に攻めてもらったら感じまくっちゃうんですけども!」
「ア……アキさん、甲山先輩も……他の人が見てますよ」
貴斗の後輩が私たちの仲裁に入ろうと声を掛けてきた。
動物園を案内すると言った栗田だ。
「だったらなに? 人が見てる? あんたらもいい機会だから女の本音をよおく聞いておきなさいよ!」
「えっ!」
「ていうか、甲山貴斗! 私はあんたと付き合ってるときからずっと言いたいことがあったの! あんたのせいで私はセックス嫌いになったの! あんたみたいに女を物みたいに扱う男のせいで嫌いになったの! 痛いし、雑だし、力任せだし! そんなあんたには一生かかったってわかりゃしないと思うけどねえ。女は心が満たされて初めて感じるの! 女は男の欲望の受け皿じゃないの! 女は大事に丁寧にされたいの! 愛されてるって身と心で実感したいの! 女をなめんな、クズ野郎!」
思いつく限りの言葉を吐き出して、私は貴斗から手を離した。
会場が明るくなると同時に腰を下ろした私を貴斗は憎々しげに見下ろしていた。
だが、「本当にそうね」という別の女性の声がした瞬間、彼の表情が一変することになった。
貴斗が恐る恐る振り返った先には女性が立っていた。
それもひとりじゃない。
6人だ。
ひとつのテーブルに座った6人の女性たちが一斉に立ち上がって貴斗を睨みつけている。
「美智子。由美……香苗……愛、良子、めぐみ」
「アキさんの言うとおりだわ。入れたいばっか」
「こっちのことを気にもかけなかったわねえ」
「すぐ寝るのよ。余韻もないの」
「生理のときなんて会ってもくれないわよ?」
「そう言えば連絡していい時間、決められてなかった?」
不満を口にした6人が、最後の言葉に一斉に「あっ!」と納得した声をあげた。
彼女たちが貴斗を激しく睨みつけると、気圧されたように貴斗は一歩引いた。
その場から逃れようと踵を返そうとしたところで、龍空がツンツンと貴斗の肩を突いた。
振り返った貴斗が目を大きく見開く。
龍空の隣には桃色のワンピースを着た上品な女性が立っていたからだ。
「留美子……さん」
「コウヤマさんには内緒でしたが、婚約者の専務の娘さんである久保留美子さんを今回お呼びしました。結婚する前にちゃんと自分の目で確かめたほうがいいですよって。写真じゃ信じてもらえなかったもんですから」
龍空がどうぞと女性をうながす。
女性は貴斗をじっと見た後、ふぅっと息を整えてから告げた。
「貴斗さん。別の場所で全部見てました。今日、ここに来るまではウソであってほしいと思ってましたけど。もうムリです。婚約は破棄させていただきます。お父様にも伝えましたから」
「待って……待ってください、留美子さん! 全部、全部清算しますから! 婚約破棄だけは……」
「慰謝料請求されないだけよかったと思ってください」
そう言って、留美子と呼ばれた女性は他のホストに付き添われてラウンジを出ていった。
その後に続くように貴斗の彼女と思わしき6人も呆れたように姿を消していく。
へなへなと力なく貴斗はその場に座り込んだ。
それこそ顔面蒼白になって――
うな垂れて一歩も動けない貴斗の両脇を支えるように一緒に合コンに参加した男たちが会場を後にしようとしたとき、ユウがちょんちょんと彼らの背中を突いた。
そしてひとりひとりに茶色い封筒を手渡した。
「皆さんの身辺調査もさせてもらいました。奥様やお付き合いしていらっしゃる彼女さんにも同じものを送ってありますから。あっ、ちなみに私の元職、探偵なんで」
ユウの言葉に3人の顔色が瞬時に変わって青くなった。
「あと最後だからひとつ教えてあげるんだけど」
「オネエもなめんなよ?」
きれいな顔とは裏腹にドスの利いた低い声になったナナとレイナから逃げるように男たちは去っていった。
どうしようもないクズ集団に飛び蹴りを食らわせてやれなかったのが心残りだけど仕方ない。
私はふぅっと息をついた。
手が震えている。
「行こう、アキ」
3人のオネエサマたちに促されて、立ち上がる。
オネエサマたちは周りの目から私を守るように取り囲むと静かに会場から龍空が予約した部屋へと向かった。
「よくがんばったわ」
「あんたは女の鏡!」
「お疲れ様」
3人のオネエサマ達のいい匂いに包まれながら、私は笑った。
だけど笑いながらも、私の目からは涙があふれていた。
酒に酔ったせいなのか。
公衆の面前でものすごい台詞を吐いてしまったことの後悔なのか。
それとも過去を精算できたことで安堵したからなのか。
どれかわからないけれど、泣きながら笑い続けていた。
0
あなたにおすすめの小説
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
お隣さんはヤのつくご職業
古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。
残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。
元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。
……え、ちゃんとしたもん食え?
ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!!
ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ
建築基準法と物理法則なんて知りません
登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。
2020/5/26 完結
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
初色に囲われた秘書は、蜜色の秘処を暴かれる
ささゆき細雪
恋愛
樹理にはかつてひとまわり年上の婚約者がいた。けれど樹理は彼ではなく彼についてくる母親違いの弟の方に恋をしていた。
だが、高校一年生のときにとつぜん幼い頃からの婚約を破棄され、兄弟と逢うこともなくなってしまう。
あれから十年、中小企業の社長をしている父親の秘書として結婚から逃げるように働いていた樹理のもとにあらわれたのは……
幼馴染で初恋の彼が新社長になって、専属秘書にご指名ですか!?
これは、両片想いでゆるふわオフィスラブなひしょひしょばなし。
※ムーンライトノベルズで開催された「昼と夜の勝負服企画」参加作品です。他サイトにも掲載中。
「Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―」で当て馬だった紡の弟が今回のヒーローです(未読でもぜんぜん問題ないです)。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる