2 / 3
中編
しおりを挟む
二人が骨董品市で買ってきた壺は、颯太の両親との話し合いの末に、颯太の部屋に置かれることとなった。両親は息子が壺に興味を示したことには戸惑った様子であったものの、明弘がこう言った美術品に早いうちから触れさせておくのは教養に良いと説得したことでどうにか納得したらしかった。
颯太の部屋と言っても、幼い彼に好みらしいものがあるはずもなく、客間に子供用のベッドや箪笥を持ち込んだだけの簡素な部屋である。ただし、客間であったためか部屋の奥側には立派な床の間が設けられており、件の壺はそこに安置されることとなった。
「いいか颯太、持ち上げたり振り回したりすると危ないから、ここに置いたまま見るんだぞ。分かったな?」
「うん、分かった!」
真剣な顔の明弘につられるように真剣な顔で頷いた颯太は、その日は壺を見つめたまま眠りについた。何がそこまで彼を惹きつけるのか、本人も理解できないままに眠った颯太は、しかし次の日妙な物音で目を覚ました。
カサコソ……カサコソ……
それは虫が畳を這うような、もしくは誰かがとてもとても小さな声で話しているような、そんな音であった。眠たい目を擦って起き上がった颯太は、辺りを見渡して音の出所を探る。
――ツボから、音がする……?
首を傾げて近付くと、音は確かに壺の中からしているようだった。恐る恐る覗き込んだ颯太は、壺の中の光景に「ア!」と小さな叫び声を上げる。
壺の中、昨夜まで確かに空だったはずのそこには、今は小さなお屋敷と美しい日本庭園があり、そしてそこで暮らす大勢の人が、颯太を見上げて手を振っていたのだった。
「やぁやぁ、これまた可愛らしいお客人だ」
「次はどんな人かと思ったけれど」
「こんにちは、坊や。そちらは今は朝かね? 昼かね?」
「え、あ、あさ……です」
思わずどもりながら答えた颯太に、小さな人々はそうかそうかと頷いてそれぞれの仕事に戻っていく。颯太はよく出来た玩具のような、騙し絵のような、非現実的な光景にそれ以上言葉も出なくなった。
彼等は颯太が知るよりも随分古めかしい生活を送っているようだった。明弘伯父や大人が見れば、まるで時代劇のようだと表現しただろう。女は洗濯板で服を洗い、薪の竃で食事を作り、男達は庭で薪を割ったり、牛を引いて畑を耕したりしている。屋敷の離れは剣道場になっているらしく、威勢の良い掛け声がひっきりなしに聞こえていた。最初は戸惑っていたものの、物珍しい光景に夢中になっていた颯太は、「もし」とかけられた声に視線を屋敷の中央へと移す。
果たしてそこには、屋敷の主であるのだろうか、一際美しい着物を着た妙齢の女性が、おっとりと微笑んで颯太を見上げていた。
「小さなお客人、こちらへ遊びにいらっしゃいませんか?」
「ぼくも、そっちへいけるの?」
「えぇ。あなたが手を伸ばしてくれれば、すぐにでも」
さぁ、と促されて、颯太は子供の頭でぐるぐると考える。彼は元来聞き分けの良い子供であったので、どこかに遊びに行くなら両親か明弘の許可がいると思ったのだ。素直にそう告げた颯太に、女性は残念そうに手を引っ込める。
「そうですか。では、ご両親の許可が取れたら、ぜひこちらにいらしてくださいね。美味しいお菓子を用意してお待ちしておりますから」
「うん、そうするね、きれいなお姉さん」
颯太の言葉に、女性は僅かに目を丸くしてコロコロと声を立てて笑う。「ありがとう、可愛い坊や」と丸い声で言われた颯太は首を傾げたものの、童女のような女性の笑顔に、何故か胸が締め付けられるような気がしたのだった。
颯太の部屋と言っても、幼い彼に好みらしいものがあるはずもなく、客間に子供用のベッドや箪笥を持ち込んだだけの簡素な部屋である。ただし、客間であったためか部屋の奥側には立派な床の間が設けられており、件の壺はそこに安置されることとなった。
「いいか颯太、持ち上げたり振り回したりすると危ないから、ここに置いたまま見るんだぞ。分かったな?」
「うん、分かった!」
真剣な顔の明弘につられるように真剣な顔で頷いた颯太は、その日は壺を見つめたまま眠りについた。何がそこまで彼を惹きつけるのか、本人も理解できないままに眠った颯太は、しかし次の日妙な物音で目を覚ました。
カサコソ……カサコソ……
それは虫が畳を這うような、もしくは誰かがとてもとても小さな声で話しているような、そんな音であった。眠たい目を擦って起き上がった颯太は、辺りを見渡して音の出所を探る。
――ツボから、音がする……?
首を傾げて近付くと、音は確かに壺の中からしているようだった。恐る恐る覗き込んだ颯太は、壺の中の光景に「ア!」と小さな叫び声を上げる。
壺の中、昨夜まで確かに空だったはずのそこには、今は小さなお屋敷と美しい日本庭園があり、そしてそこで暮らす大勢の人が、颯太を見上げて手を振っていたのだった。
「やぁやぁ、これまた可愛らしいお客人だ」
「次はどんな人かと思ったけれど」
「こんにちは、坊や。そちらは今は朝かね? 昼かね?」
「え、あ、あさ……です」
思わずどもりながら答えた颯太に、小さな人々はそうかそうかと頷いてそれぞれの仕事に戻っていく。颯太はよく出来た玩具のような、騙し絵のような、非現実的な光景にそれ以上言葉も出なくなった。
彼等は颯太が知るよりも随分古めかしい生活を送っているようだった。明弘伯父や大人が見れば、まるで時代劇のようだと表現しただろう。女は洗濯板で服を洗い、薪の竃で食事を作り、男達は庭で薪を割ったり、牛を引いて畑を耕したりしている。屋敷の離れは剣道場になっているらしく、威勢の良い掛け声がひっきりなしに聞こえていた。最初は戸惑っていたものの、物珍しい光景に夢中になっていた颯太は、「もし」とかけられた声に視線を屋敷の中央へと移す。
果たしてそこには、屋敷の主であるのだろうか、一際美しい着物を着た妙齢の女性が、おっとりと微笑んで颯太を見上げていた。
「小さなお客人、こちらへ遊びにいらっしゃいませんか?」
「ぼくも、そっちへいけるの?」
「えぇ。あなたが手を伸ばしてくれれば、すぐにでも」
さぁ、と促されて、颯太は子供の頭でぐるぐると考える。彼は元来聞き分けの良い子供であったので、どこかに遊びに行くなら両親か明弘の許可がいると思ったのだ。素直にそう告げた颯太に、女性は残念そうに手を引っ込める。
「そうですか。では、ご両親の許可が取れたら、ぜひこちらにいらしてくださいね。美味しいお菓子を用意してお待ちしておりますから」
「うん、そうするね、きれいなお姉さん」
颯太の言葉に、女性は僅かに目を丸くしてコロコロと声を立てて笑う。「ありがとう、可愛い坊や」と丸い声で言われた颯太は首を傾げたものの、童女のような女性の笑顔に、何故か胸が締め付けられるような気がしたのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
0
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる