伏喰童子

七転ヤオキ

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伏喰童子

幕間①

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幕間「一方その頃天界では」

 フクが世界から消えた時、天界はちょっとした騒ぎが起きていた。
「今からこいつを燃やします」
「たーすーけーてー!」
 天界の憩いの間でもある、噴水にて、十字架に磔にされ、足元には燃えやすそうな紙束や、木々が積まれている。
 ちなみに十字架なのは、人を貼り付けるのに合理的だからだ。キリストは関係ない。
 その十字架に貼り付けられているのは、仏教の開祖、お釈迦さまである。そしてそばで松明を持っているのは、彼の同僚である『キシ』だ。
 彼女は空な目で、お釈迦さまを見つめている。そこに怒りも悲しみも見えず、返ってそれが恐ろしかった。
「鬼子母神様!どうか落ち着いてくださいませ!!」
「そうです!その方は我々にとっても大切なお方!あなた様もそうではありませんか!?」
 周囲の同僚たちが、彼女を宥めようとする。だが、彼女は無情にも松明を、お釈迦さまの足元の着火材に突っ込んだ。メラメラと音を立てて燃え盛る焚き火に、お釈迦さまも「あー」と情けない声をあげている。
「早く!水を!」
「鬼子母神様!どうしてこのようなことを!!」
「・・・・ぃで・・・」
「え?」
 近くにいた同僚の神官が、この美しい女性が何か言ったのを聞き取った。彼女はボソボソと独り言のように、だがだんだんと聞き取れるほどの声量で言葉を繰り返した。
「・・・いつの・・いで、・・・こいつのせいでフクがいなくなったッ!!」
「ふ、『フク』とは・・・、あのお二人が目にかけていた『落ちこぼれ』ですか!?」
 『落ちこぼれ』という言葉を聞いて、キシがその神官を、怒りの形相で睨みつける。神官は「ヒィッ」と悲鳴をこぼし、青い顔をして彼女から後ずさっていく。その様子を燃やされている立場であるお釈迦さまは「言わんこっちゃない」と言った様子で見ていた。
「こいつは、私の子を一度ならず、二度までも私の元から離しおった・・・」
「一度目はともかく、今回は本当に!事故なんですってば!」
「事故でも、子供を失って許せると?」
 ピシャーン!と彼女の背後で雷が落ちる。力の弱い神官も、遠目から見ていた神でさえも、驚きを隠せなかった。ここまで本気で怒ったキシの姿を見るのは、過去一千年前以来だった。一千年前はキシにも落ち度はあったために納得はできないが、理解はできる。当時は子供のためとはいえ、他人の、それも力の弱い人間の子供を餌にしたのだ。お釈迦さまがキシに、その身を持ってその辛さを知らしめるため、彼女の子供の一人を隠した。だが、今回はそれとは全く持って関係ない。完全に事故で、お釈迦さまの落ち度である。
 それを全く知らない神官たちは、どうにかして燃え盛る火を消して、キシの怒りを落ち着かせねばいけないのであった。
「キシ様!このかたを失うのは今後天界どころか、人間界にも影響が起きます!どうか、炎を鎮めください!」
「『フク』とて、このかたを失うのは悲しむでしょう!」
 キシが、「ゴミ喰らい」とバカにされているフクを可愛がっていたことをよく知る神官たちは、なぜ彼が消えてしまったのか知らないまま、彼の名前を出す。フクがキシに懐いていたのも事実だが、お釈迦さまを「先生」と呼んで子犬のようについてまわっていたのも事実だからだ。だが、それでもキシの怒りは治らず、真っ赤にした顔の額から、メキメキ、と音を立てながらツノが生えてくるのを、顔を引き攣らせてみてるしかできなかった。
 お釈迦さまも「アチアチ」と言いながら、暴れることもなく磔になっている。彼もまた法力でも使えば、この程度の炎を消せる。だがそれをしないのは彼もまた、彼女、もしくはフクに対して罪悪感なるものを抱えているからではないだろうかと、周囲が口々にする。

「そこまでだ」

 天から声が聞こえたかと思えば、突如、空が急に暗くなり、バケツをひっくり返したような雨があたり一面に降り注いだ。お釈迦さまの足さきを燃やしていた炎も、一瞬にして消化される。
「いったい何をしているのだ?」
 キシの側に一人の男神が、降り立つ。彼女はゆっくりと、彼を睨みつけるとまたお釈迦さまの方を向く。彼は自分の従者に磔から救助されているところだ。
「この愚か者を燃やしていました。私の子をまた隠したのです・・・」
「ふむ、釈迦よ、それは誠か?」
「『隠した』訳ではありませんが、私が原因で『フク』が消えたのは事実です」
「『フク』?キシの子にそのような名前の者がいたか?」
 男神は首を捻った。周囲の者は突然現れた神の覇気に、意を唱えるものはいない。
「いいえ、フクは彼女の子ではありません。フクとは、三大災鬼の一人、『伏喰童子(ふくじきどうじ)』のことです」
「「え?!」」
 お釈迦さまがフクのことを説明すると、周囲の神官、また神々が驚きの声を上げた。そして何人かの神々はその名前を聞いて卒倒しかけている。あの落ちこぼれの『ざしきわらし』が、まさか過去に神々と鬼を食い荒らし、天界と地獄を恐怖に陥れた悪鬼だったとは、この場にいるほとんどが知らなかった。
「かの悪鬼か・・・これはまた、とんでもないものを・・・」
 男神は、フクの正体を知って、眉を顰めたが、隣から殺気を隠そうともしないキシが睨みつけているのだ。お釈迦さまではなく、男神の方を。
「フクは悪鬼にございません、『夜叉毘沙門天』殿。あなたであろうと、あの子の評判を、傷つけるような言葉はこのキシが許しませぬ・・・!」
「・・・あい、わかった。すまなかった、だが少しは落ち着け『カリテイモ』」
『カリテイモ』というのはキシの別名である。だがその名前で彼女を呼ぶのは決して多くない。それは彼女の夫の上司である武神「夜叉毘沙門天」だからこそ、名前で呼び合える関係であった。当然、お釈迦さまですら、その名前を口にしない。怒られるからだ。
「伏喰童子がいなくなったとして、彼は一体どこに消えた?」
「わかりません・・・ですが、どんなに優れた千里眼を持つ神でさえも、『見つからない』と答えるばかりで・・・」
 答えたのはお釈迦さまだった。二人はくしゃみで吹き飛ばされてしまったフクをすぐに探した。世界中を一見できるという神から、失せ物探しに秀でた神にも探してもらったが、誰一人探し当てることができなかったのだ。
「異次元空間にでも飛んだか?誰かの神域とか?」
「それもわかりません。ですが誰かの神域ならば、見つからないわけがないでしょう」
 お釈迦さまが、ちら、と周囲にいる神々に目を向けた。それに気づいた周囲の神々は、恐怖に慄くように首を横に振る。誰もが、あの鬼子が身近にいれば騒ぎ立てるだろうからだ。
 だが、だからこそ、周囲は恐怖に駆られる。

ならばアイツはどこに消えた?

「大丈夫です。皆様が心配するようなことは起こりませんよ」
 明るく朗らかな声が周囲に響く。先程まで燃やされかけていたお釈迦さまだ。それは過去一千年前に伏喰童子がいなくなった時のことを思いおこさせた。
「あの子はあの『伏喰童子』と違って、もう勝手に皆さんを襲ったりしません。フクは・・・あの子は、今まで決して約束を破ったことはありませんよ」
「・・・・」
((いや、証明する前に、野に放ったのは、アンタだろうが!))
 周囲はそう思ったが、口には出せなかった。なんなら石も投げつけたい気分だが、武神の手前、見苦しい真似はしたくはなかった。
「記憶違いでなければ、貴殿がどこかに消したと言っていたが?」
 なんと、武神が言ってくれた。
「ああ、フク・・!!」
 現状を思い出したキシが、口を押さえて涙ぐむ。毘沙門天は彼女の肩を支えて、彼女の嗚咽を宥める。彼は周囲を見渡して、声を張り上げた。
「とにかく、伏喰童子の捜索を続けてくれ、私は上と話して判断を仰いでくる!」
 そう言ってお釈迦さまから踵を返す。だが、数歩歩いたところで、彼の方を振り返った。
「そういえば、どうやって彼を隠したんだ?」
 『隠した』という言葉に、ややひっかかりを覚えたお釈迦さまだったが、理由を問われて頬をかいて「あー」と気の抜けた声を出した。
「最近、私、花粉アレルギーでして・・・」
「ふむ?」
「くしゃみで・・・吹き飛ばしちゃったみたいです・・・」
 これには武神のみならず、他の神々、神官、地獄にいた鬼神ですら、この話を聞いて口をコイのように開けるしかなかった。ただ一人、キシだけが、悲痛な顔をしていただけだった。
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