伏喰童子

七転ヤオキ

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神隠シニ非ズ

忍び寄る小さな影

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◼︎
「アッタソン様に、事件の容疑を晴らしたければ、教会で悪魔憑きではないことを証明してこいとのことでしたが、私も来てよかったのデスカ?」
 この世界の神は、よその世界から来たモノを全て『悪魔』と呼んで警戒している。フクと同様で、別の世界から突然放り投げられたキョウは、この世界の悪魔そのものである。キョウがこの世界で祀られている神がいる本教会へ行くのは、地獄の閻魔の前に立つのとと同義である。
「バレてしまったら、旦那さまも悪魔付きとして捕まるのではないですか?」
 敵の領地がすぐそばだというのに、キョウは楽しそうだ。ジキルは目を通し終わった新聞をたたみながら「構わない」と言った。
「教会にほぼ人間のお前が入ったらどうなるのか興味があったからな。仮にバレてしまっても、私はお前を見捨てて逃げる」
「わぁ、酷イ」
 ショックを受けたように、頬に手を当てるが、薄目を開けた彼の顔はずっと笑みを絶やしていない。彼に「少しは怖がってくれたようで何よりだ」と、ジキルはテーブルの上に新聞を投げた。紳士らしくない態度だが、本当の『彼』もまた同じように新聞を投げていたのだろう。体は二十代を過ぎているはずなのに、顔はまだ少年のような幼さの残るジキルだ。

「……」
「どうした?」
 休日を楽しんでいる一般人を装っていた二人だが、突如、キョウのまとう雰囲気がわずかに引き締まった。その気配にジキルは、口元へ運ぼうとしていたカップを止めた。
 キョウは人差し指をトントンと当てると、薄く開けていた瞼が、ゆっくり持ち上がる。ぼんやりと明るい茶色の瞳は、わずかだがきらり、と赤く染まった。
「旦那さま、恐れ入りますが、わずかばかり彼方を補佐して参ります」
「ああ……、わかった。まだ時間はある。30分は帰って来なくても良い」
「ありがとうございます」
 「では」というと、キョウの意識はめまいのような錯覚に見舞われてから、すぐに足先から意識が、小白(シャオパイ)のものへと移った。少しふらつく頭に意識を集中させて、全身のバランスを調整させる。
 小白はキョウの手がけた『キョンシー』だ。彼女の見た景色の六割はキョウと共有している。その彼女が見た風景の最後が、フクの近くに見知らぬ青年が近づいているものだった。
(誰だ? なぜ、小福(シャオフー)を狙っている?)
 どんな思惑もわからず、すぐにジキルの元からフクの元へきたキョウ。
「……!」
 目を開けた瞬間、小白の制御を乗っ取ったキョウが見たのは、見知らぬ男がナイフ片手にフクを襲っているものだった。
 キョウは自身がどこにいるかなど、考えもせずに真っ直ぐに彼らの元へ走った。木々の枝葉の間を風のように抜けて、小白に隠していた仕込み武器である斧を展開していく。
 男はフクに夢中なのか、近づいていく小白に気がついていない。フクを襲う長身の男は、フクを守ろうとした龍の突進をかわして、ナイフを縄のように絡めて、たちまちのうちに龍を縛り上げてしまった。
(さすが、異世界……武器も変幻自在ですね)
 キョウは木の枝を上り、彼らに頭上からの攻撃を狙った。キョウは男が突然何かに苦しんでいるかのように頭を抱える様子を眺めた。
 突如、男が池の中から拾った、子供の頭くらいの岩をフクの頭より高く持ち上げた。明らかに様子がおかしい。フクもまた、彼の異常さに気がついているのか、どうしたらいいのか動けずにいる。
 「変だと思ったら、離れろ」と、キョウは屋敷から出る前に、言い聞かせていたのにフクはその場所に縫い止められたように逃げようともしない
(いけない!)
 木の上から様子を見ていたが、彼らの元へ飛び降りて斧を振り上げる。人を殺すことに躊躇はしない。死体を扱う上でも必要なことだが、かつて戦場を預かっていた経験から、命の重さに恐怖を感じることはない。
 だが……
「シャオパイ!」
「‼︎」
 ほんの一瞬、横目で少年の顔を見て、キョウは眉を顰めた。
 まだ幼い少年、目は丸く、汚れなど一切知らないといった無垢な瞳だ。だが、彼の口から、滴り落ちるぐらいの涎が、飛沫となって池に落ちたのが見えた。
(あ……これ、殺したらダメだ)
 咄嗟に振り下ろそうとしていた斧を九十度、向きを変えて振り下ろした。
 「ガン」という音と共に、ぐらり、と男が前向きに倒れる。同時に「ぱくん」と軽い音が目の前で鳴り響く。目の前でフクが嬉しそうに口を動かしているではないか!
「……小福(シャオフー)、お怪我は?」
「ゴクン……め、目の前のお兄ちゃんが」
「無事ですね」
 佇まいをなおし、小福こと、フクの様子を確認する。見る限りでは外傷はない。ただ顔中を涎と、煤のような邪気が混ざって彼の顔を汚しているぐらいだった。どうやらまた何かつまみ食いをしたようだ。
「彼は、一体?」
「知らない、でもすごく誰かに恨まれてたみたい」
 フクは池に沈んだ青年を窒息する前にひっくり返して自分の膝に頭を乗せる。ベタベタに水に濡れた髪を指で鼻筋を対称軸に、一本一本丁寧に分けて遊んでいる。時折、子供というものは意味もない行動に熱中するものだが、『ざしきわらし』であるフクもそれは同じらしい。
 彼が夢中になっている間に、小白に入っていたキョウは、龍の拘束を解いていた。あの青年の使う拘束具は、持ち主の意識と連動しているのか、以外にも針金のように簡単に緩めることができた。解放された龍はするん、と抜けると池の中をイルカのようにでたり入ったりしている。そしてフクのところへ向かえば、フクと一緒に青年の顔を覗き込む。
 龍というのは、プライドが高く、人間というものを等しく見下している生物だと思っていたが、フクが相手だとこうも犬のように懐くのかと、キョウは興味深く見た。
「ウ……」
 青年の意識が取り戻す時、覗き込んでいた二人(一人と一頭?)は、挙動不審になったのを見て、内心おかしくなって、キョウは池の中に踏み込んだのであった。

◼︎
 ルクス・ルーメンと別れた後、意外にも早く小白の中身を見破られたキョウは、フクと一緒にジキルがいる公園へと向かっていた。
「小白が急に喋り出しちゃったんだもん、あのお兄ちゃんのお話教えてくれないから……」
「なるほど、ご意見参考にしますネ」
 小白という少女は、この世界でフクが不便しないように護衛を兼ねた翻訳の存在である。一応、質問の受け答えできるように指示はしており、なおかつキョウの分身としても機能するが、それはあくまでも副産だ。だからこそ、この無知な少年のような化け物に中身が違うことを悟られるようではまだ半人前だ。
 心の奥底で猛省しつつ、顔では素知らぬ顔をしている少女にフクは何か物言いたげだった。
「そういえばね……龍のおじさんが言ってたんだけど、やっぱり攫われた子供たちのこと、知ってるみたい」
「それは朗報ですネェ」
「ただ、どこに行ったかまではわからないみたい。途中で跳ね返されるんだって」
「『跳ね返される』?」
「うん」と頷くフクに、小白は顎に指を当て、首を傾げる。
 龍とはそれなりに力を持った生物だ。それこそ竜巻や豪雨などは龍が起こし、暴れ回ると恐れられていた。それなのに彼らが諦めるほどの力とは……?
「誰かがたくさんのゴミを流すから、通れないんだってさ」
「ゴミ……ですカ」
 確かに障害物が多ければ、水は流れないこともあるだろう。だが、キョウにはそれだけが理由ではない気もしている。それはともかくあの水龍が関係しているということは、この誘拐事件には水路が関係している。少なくとも用水路から子供の遺体が見つかったならば、十中八九関係しているはず。もちろん教会もそれを踏まえて捜査しているはずだ。
 
 なのにこれまで子供が見つからないのは……いや、そもそもなぜ今になって体の一部が見つかった?

「とりあえズ、私は旦那さまのところへ報告してきます」
「キョウさんが小白に入ってるとき、あっちの体は空っぽなの?」
「完全にではないですガ、流石に二つの体を動かすのは疲れるのデ……」
 キョウは小白のこめかみに人差し指を当てると、再び意識をキョウ本来の体に戻す。日が昇り、まだ少なかった公園を散歩する人や、屋台を組み立て商売をする者などそれなりに増えていた。キョウが目覚めると、ジキルはカップを片手に、まだ新聞に目を通していてキョウの帰りを待っていた。
「戻りましタ、旦那さま」
「ああ」とジキルがそっけなく返事をし、新聞を机に投げ捨てた。ただし、先ほどとは違い、見せられた記事には『悪魔が植物に寄生⁉︎ 教会から注意喚起』といった記事が書かれている。
「これが気になりますカ? 旦那さま」
「これまでに人間以外に取りついた悪魔なんぞ、山のように挙げられている。 それよりもだお前たち悪魔は一体、何が目的なんだ?」
「『目的』ですカ……一応以前にもお伝えしましたガ、私は気がついたら霧の中にいて、最初に出会ったのが旦那さまだったというだけデス。 あのコ、フクも同じです。彼も霧の中に突然いて、泣き寝入りしたときに私が拾いました」
「聞いた」
 ジキルはそっけなく言った。キョウは話を続ける。
「私は今、探し物があるので、それを見つけたら元の世界に戻る手立てを考えるつもりデス。 ただ、フクは……どうでしょうか、アレの目的はお答え致しかねマス」
「……理由を」
「あの子自身は、霧の王に宝物を奪われたために取り返すという目的はありマス。タダ、それは帰る手立てを見つけたら必要なくなりますので、必要条件ではありません」
 以前、霧の王と接触した際に彼の所有物を一つ取られたと言っていた。なんでも恩師にもらったとのことで、自分の形を維持するための『お守り』だとか。だが、元の世界に帰ればまたもらうことができるために、お守りの奪還はそこまで重要視されていないのである。もちろんなければ、キョウとジキルが凶暴化したフクに食べられる可能性も増すので、キョウ自身は重要視はしている。
 だが、フクに対して得も知れぬ疑念があったのは事実である。
「フクは自分から『元の世界に帰りたい』と言わないのです」
 フクが『ざしきわらし』という妖怪の性質を受けている以上、この世界へ転移に抵抗はないのだろう。だがフクはかつて鬼だったことで、別の意思があるという考えは捨てきれなかった。
 道教の心得も、元いた世界の神話や逸話などある程度齧ったことのあるキョウですら、「伏喰童子」や「三大災鬼」という単語を聞いたことなかったのだ。
 フクの性格上、すぐに襲うと言ったことはしないが、やはり警戒に越したことはない。
「旦那さまには、フクという悪魔には警戒しろとまでは言いませんが、くれぐれもよからぬことを考えませんように……」
「アレの食い物の実態が未だにわからないのだが、私から接触しないことだけは注意する。だが……エドワードが……」
 ジキルは自身の息子であるエドワードが、フクに多大な信頼を寄せ、懐いていることを知っている。なんなら昨夜も一緒に遊んで、ベッドで寄り添って寝ていたぐらいだ。ジキルはエドワードに直接フクへの危険性を注意することができない。さらに彼はこれまでの虐待のせいで大人という存在を敵視している。キョウはともかく、年の近そうな見た目のメイドですら近寄れば、凶器片手に詰め寄るらしい。
 エドワードにとっては、フクが唯一の心の拠り所なのだろう……
「その点はご安心してよろしいかと……

フクはエドワードさまのこと、少し苦手に思っているみたいなので」

◼︎
「くちゅんっ!」
 フクがキョウたちのいる公園前に近づいたとき、急に鼻が痒くなり、くしゃみをした。それを見ていた小白が、持っていたハンカチでフクの顔を拭く。小白におとなしく拭かれた後、「ありがとう」と礼を言って再び公園へと目指した。
「誰かが噂しているんだろうね……誰だろ、さっきのお兄ちゃんかな?」
「『お兄ちゃん』?」
「そうだよシャオパイ! さっき会ったお兄ちゃんの魔法、面白かったんだよ!」
「……」
 彼女は首を小さく傾ける。そういえば、さっきの小白にはキョウが乗り移っていたのを忘れていた。彼女はその間何も知らないのだろうか……
 気まずくなった空気のなか、フクは笑顔をとりつくろって、ムリヤリ話を続けた。
「フクね、あんなおしゃれに水を動かすの、初めて見た。 やっぱり異世界といえば魔法だよね!」
「……」
「ああでも、それよりも早くいなくなった子達が見つかるといいね、ジキルくんが困っちゃう」
「……ア」
「うん?」
 小さく聞こえた彼女の声に、目線を上に向けた。フクは彼女の小さく開かれた口を覗き込む。真っ暗な口の中は、ピクピクと舌が動くだけで、喉の奥からはそれ以上待てども、音は出てこなかった。
 フクはそれに対して、悲しそうにも、つまらなさそうな顔もせず、ただじっと彼女の顔を見つめていただけだった。彼は子猫に声をかけるかのように、静かに言った。
「もう、あの『ジキル』さんはいないよ、シャオパイ」
「……」
 フクがこの世界に訪れて初めて彼女と出会ったとき、小白という少女はガレッタという女性の体を悪魔に取り憑かれて無理矢理動かされていた。それ以前にも彼女は、ヘンリー・ジキルから自身の姉を生き返らせるために実験の末、殺害されている。キョウ曰く、エドワード・ジキルの様子を伯母として、見に行くために訪れたとのことだったが、彼女がそれから何を思ってこの世から去ったのかは知る由もない。
 ただ、今、フクの隣に立つ彼女は、キョウという男に体をいじられて操られ、フクのために一緒にいる。

先程のように、言葉が詰まる反応を見せるときは、ジキル家の話題が出たときである。

 わずかに残った彼女の自意識がそうさせるのだろうかと考えたところで、フクは首を横に振った。わかったところでフクが彼女を本当の意味で解放することはない。なぜなら、フク自身は彼女に対して憐憫も罪悪感も感じることはない。食欲以外のものが出てこようものなら、とっくに『座敷童』として活躍もできていることだろう。
「早く、二人のところ行こうか」
「……はい、フク」
 フクは小白の手をとって、公園へと向かう。先に戻っているキョウと主人であるジキルに合流を急ごうと街の建物の間を通り過ぎようとした。
 だが、途中で小白の足が止まった。
「……?シャオパイ?」
「フク、大変です」
 彼女が見つめるその先には、立ち並ぶ建物の隙間である、路地。彼女は抑揚もなく、フクを見ずにこういった。
「私たち、つけられています」
「……」
フクは晴天を見つめ、そして二回、パチリ、パチリ、と真顔になった。

「今日、フクは運勢最下位だったかな?」
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