蓬莱の傀儡子

七転ヤオキ

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蓬莱の傀儡子、弟子をとる

蓬莱の傀儡子、子供を託される(前編)

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 屋台の提灯ちょうちんが色とりどりの光で人を誘い、笛や太鼓の音で街の活気がみちてくる。街ゆく人は、夕方の活動時間もあってか、人だかりで溢れている。そこかしこで起こる喧嘩、怒号が飛び交う。かと思えば、派手な衣装の女が胸元をちらつかせて、恰幅のいい男を妓楼に連れ込んでいたり……

 空が夜の花で溢れかえり、提灯の紅と相まって、怪しい雰囲気になってくるのも、この街の魅力だろう。
 だが普通の人が見れば、この街の異常などすぐに気づく。

 行き交う人の多くは、額にツノが生えていたり、人の頭の代わりに動物の頭がついていたりする。なにが楽しいのか、人の頭を拾って遊ぶ一つ目の小鬼たち、「もも一本!」と鶏の串焼きを手渡す店主が、鳥の化け物である。

 ここは、人の暮らす花街に似ているが、人の代わりに鬼、幽鬼ゆうき、鳥の化け物、蛇の化け物など……多種多様な妖怪が住まう鬼の街だ。
 どうしてここが人の街と似ているのかは、近くに人の行き交う花街があるからだ。鬼たちは、その怪しさに惹かれて、同じような街を、境界を一つ隔てた場所に作ってしまったのだ。

 境界一つといっても、街の人間が入ってくることはほとんどなく、入ってくるとすれば力を持った術師か、人に見せかけた『ナニカ』だろう。

 そんな鬼の花街の居酒屋で、鬼の行き交う外の通りを、男が一人見下ろしていた。黒い手袋をはめた指先を足元に向けて、キィキィと関節を鳴らしている。指の先、足元には四つ脚の獣の傀儡くぐつが、主人を待つ犬のように眠っている。時々それが、前脚で顔をかく仕草をしているので、近くにいた客は、生き物かと錯覚さっかくする。
 机の上には酒瓶が一本、そして男に待ち人がいるのか、椀が二つ並べられている。彼は酒どころか、椀に触れもしない。
 二階の展望席に座る白天月はくてんげつは、獣の傀儡くぐつもてあそびながら、ただ外をぼんやりと眺めていた。

「はー……」

 カチャカチャと指を鳴らしながら、天月ティエンユエは深いため息をつく。
 本当は傀儡子くぐつしという職業柄、この年中お祭り騒ぎの街で、一緒に混ざって踊って、得意な人形術の一つでも披露ひろうしたい。だが今日は仕事の報告のために、雇い主と会う約束があるのでそういうわけにはいかない。

 天月は自分にそう言い聞かせて我慢する。
(我慢のしすぎで、ちてしまいそうだ……)

 一昨日、二週間ほど張っていた仕事がようやく終わって、丸一日爆睡。
二日目に「さぁ、遊ぼう」と息巻いていた頃に、鳥の形をした式神が手紙と共に飛んできた。

 手紙にはただ一言。
『仕事の報告と頼みたいことがある』

 誰が書いた手紙なのか……かしの入った綺麗な便箋びんせんに、丁寧な字で書かれた文章。それらを思い出しただけで、天月はため息をこぼしたくなる。

(せめて二日間くらい休ませてくれ……)

 待ち合わせの場所は、いつものように鬼の街。二階の席で表の参道を眺めることができる居酒屋「朧月楼ろうげつろう」。天月は、その二階の展望席で、相手がやってくるのを、ただ待っていた。

 そして天月が到着してから半時はんとき、念願の待ち人が奥の階段から登ってきた。
 その人はこの派手な鬼の街で、地味な黄土色おうどいろの着物を着ているにも関わらず、顔半分を真っ白な面で隠している。

 しかし、面をつけていても、すらっと伸びた背と、細い顎が、目の前の人物が容姿端麗ようしたんれいであることを隠しきれていなかった。待ち人は展望席の天月を認識すると、慌てるそぶりもなく席に近づく。

「すまない、待たせた」
「遅いぞ、沈清澈シェンチンツェ

 天月ティエンユエが不満を述べると、足元の獣も首を持ち上げ、清澈チンツェの方を見た。獣の傀儡は遅れてきた清澈を責めるかのように、姿勢を低くしてガチガチと顎を鳴らす。

「その割に、何考えてるかわからん顔だな!」

 面をつけた男、沈清澈は、不満げな天月の向かいに座る。文句を垂れ、頬杖ほおづえをつく天月の顔をみて、清澈は何か思いついたのか、急に面をずらした。
 仮面越しでもわかる、彼の端正な顔が露わになる。
 月明かりで透けるような真っ白な肌と、真っ暗な夜空のような髪、その中から星々のように輝く碧眼へきがんが、天月に向かって差し出された。外された面から前髪が、さらりと額に流れ落ちる。

「……なに?」

 突然出された顔に戸惑う天月。出された顔は表情もなければ、何の曇りもないまなこである。これが女性ならば、頬を赤らめ、最悪、卒倒そっとうしたことだろう。幸い、天月は彼の顔を見慣れていたので、そんなことにはならない。だが彼の額まで見て、嫌な予感がしながらも、天月は清澈に意図いとを尋ねた。

「本当になに? なんで、外す?」
「私の顔が見たいのかと……」
「……見てどうするの」
「私の顔が見れる」
(面というものは、その顔を見られないようにするモノじゃ……?)

 天月が清澈に顔はいらないと言えばすぐに顔を離す。そして彼はまた面を丁寧につけ直した。

(……次期当主殿が、何食ったらそんな思考になるんだ?)

 沈清澈は、鏡泉峰きょうせんほうの次期当主である。品行方正と謹厳実直の言葉が似合う男で、子供の頃は、峰で『神童』と持て囃されていたほどの優秀さである。他峰の揃った闘技会では、その剣技の容赦のなさから冷酷無慈悲とまで評価されている。見た目もさることながら、寡黙で優秀、そして生真面目なこの青年を尊敬する者は多い。

 その沈清澈が、ただの傀儡子の天月に冗談を言っているところを、彼らが見たら、間違いなく三度は見返される。

 天月もかつて子供の頃に清澈と同じ鏡泉峰にいたが、呪符や守護の札を書けなければ、剣を振りかぶることができないほど運動音痴だ。十年近く経った今でも変わらない。
 幸いなことは、手先だけが器用で、良くも悪くも傀儡の扱いだけは誰にも負けることはないことだ。

 普段は、貴族や街の人相手に傀儡を披露し、稼いでいる。一日働けば一人が暮らすに十分な金が稼げる。ただ時折、清澈が直接持ってくる依頼を引き受け、使うあてのない稼ぎを傀儡に充てていた。

 そもそも清澈の仕事は鏡泉峰の弟子たちに任せれば良い。だが清澈は昔馴染みが気がかりなのか、こうして峰を離れた天月の様子見に、仕事を回してくれている。
(仕事はありがたいが、この仏頂面の冗談は勘弁してくれ……)

「それで清澈、一体何のようだ?お前の顔をみるために来たわけじゃないぞ? オレは」
「……前回の仕事の礼」
 そういうと清澈は懐から小さな布袋を取り出し天月の前に置く。中を開いてみると金子がじゃら、と中から光り輝く。天月がパッと見積もって、三人家族の三ヶ月分の賃金だ。
「……多くないか?」
「……そうだな」
「『そうだな』ってお前……」

 今回は、闇で取引をしている人買いの主犯、その手下を把握しただけである。二週間も要したので大変だった、といえば大変だったが、規模も、その頭領自体も大したモノではない。だからこそ、清澈が渡してきた仕事の対価は、「おかしい」と言うよりも「怪しい」のである。

 天月は手元の小袋を、再び清澈の前に戻す。

「沈清澈、お前の悪い癖は肝心なことを言わないことだ。何でもオレが察してくれると思うな?」
 小袋を戻された清澈はぴくりとも表情を変えなかったが、ただじっと天月の方を見つめていた。
「……あなたに頼みたいことがある」
「ん?」
「あなたもいい歳だ」
「……ん?」

 天月は頭を傾ける。「いったい何の話だ?」と言いたいのを抑えて続きを待った。

「妻子を持ってもおかしくない……」

 思わず、頬をついていた手のバランスが崩れ、同時に足元にいた傀儡が手足を交差させて倒れる。

「子供の……」
「よしわかった! まずお前がおかしいことがなぁっ!」

 清澈の言葉を遮り、「おーい!」と言って、軽く手を叩くと、奥から間伸びした返事と共に、この店の看板娘の小葛シャオグァがお盆を持ってやってきた。天月はやってきた彼女に、一枚の銀子を小葛シャオグァにわたして人払いを頼む。

 小柄な少女、小葛が、妖術で周囲から注意を逸らしたのを確認すると、再び天月は沈清澈に向き合った。

「ヨォシ、清澈、沈次期当主? お前が何て言ったのかもう一度言ってみろ」
「子供の世話をすることに抵抗があるのか?」
「お前、オレが未婚なこと知ってるか? まず子供よりも先に嫁さんだろ……」
「あなたは女性が苦手だろう……? 昔、腰を抜かしていた」
「その話はやめろっ! やめるんだ‼︎」

 急に頼みたいことがあると、呼ばれてやってきたのに、なぜ過去の話を持ち出されたのか、天月はわからない。
 だが「違う、そこじゃない」と天月は眉間を親指で抑え、清澈に確認する。

「なんで頼みたいことから世帯を持つことに繋がるんだ?」
「違う」

 清澈ははっきりと天月の言葉を否定した。

「子供の面倒を見てほしいだけだ」

 天月は、彼が言った言葉を思い返し、会話の文脈を整頓する。

 つまりつまり……
「天月の隣に預かった子供がいても、親子として見られる(いい)歳」ということだ。
 清澈にも確認すると、彼は「うん」と頷いた。

 天月はしばらく無言になり、カタカタと揺れたかと思えば、綺麗な口を大きく開けた。

「初めからそう言えや‼︎ もう‼︎」

 しばらくの間、天月は店の天井を見上げていた。外から聞こえる笛の音と笑い声を、自分の芸の声援に変換して気分を落ち着かせる。

 落ち着いた頃、天月はあらかじめ用意してあった酒瓶を手に、再び清澈の前に向き直る。そして瓶の中身を互いの酒椀に注いだ。たっぷりと注がれた酒を、清澈は見向きもしない。天月も酒を口につけることはなかったが、一言も喋らない清澈に痺れを切らし、先に口を開いた。

「それで? いったい誰に何を頼まれてここにきた? いや違う……」

 天月は言葉を切った。そして言い直す。

「まずお前が、この手紙で、オレを呼び出した経緯を全て話せ」
「……」

 本来なら清澈が雇い主であり、この国では身分も上級貴族に分類される。本来ならば許されない天月の暴言を、清澈は咎めることなく静かに見つめていた。

 天月は指先で酒の注がれた椀の縁をくるくるとなぞり、視線の居心地悪さを誤魔化す。

 外は賑やかなのに、二人の間に流れる静寂……
 天月の遊んでいた指は、動きがだんだん雑になっていった。

(……これなら猫の方がまだ会話ができるぞ)

 指示を聞いてから清澈は、沈黙の後、小さく頷くと淡々と静かに経緯を話し始めた。

「先日、あなたに頼んだ人買いだが、商品になっていた者も含めて確認した」
「……あぁ、うん」
 
 「これは例の仕事の話だ」と天月は自分に言い聞かせる。
 
 清澈に頼まれた仕事は、人買いの構成員の把握だ。
  天月は二週間前から、街で情報収集、実際にアジトに忍び込んで顔を覚えて記録していた。

 そして清澈を含む鏡泉峰の者が襲撃した一昨日
 天月は清澈が来るまでに、ほぼ全員を薬で眠らせた上で、縄で縛り上げた。それぞれの首に、名前を書いた木札までぶら下げる徹底ぶりでだ。

 人買いたちは、普段から奴隷たちと同じ服を来て活動しており、逃げるときは奴隷を身代わりにする徹底ぶりだ。そのせいで真犯人の捕縛には至らなかったのである。

 天月は、名簿に似顔絵を描いて清澈に渡していた。だが鏡泉峰の弟子たちが間違わないとは限らない。よって彼らがくるまで、捕縛した後に牢屋に転がすまでした。そして最後の一人を縛りあげるところで、先に来た弟子たちに引き渡したのだ。

「わかりやすかっただろ?」

 天月は目を細めて得意げに笑う。自分がしたことは、完全に無償で無駄のない親切心からきた奉仕活動サービスである。その事への感謝の言葉はあれど、余計なお世話と言われる筋合いはない。すぐに清澈から「謝謝シェシェ」という言葉を発する口が開くだろう、と天月は期待した。

「私が到着した頃には人買いは全員死亡していた」
「は?」

 天月は、一瞬自分の耳を疑った。遊んでいた指も、ピタリと止まる。

(死亡? なんで?)
「先に送り出していた修士の二人のうち一人死亡、もう片方は意識のない重態だ」
「ま、待ってくれっ……!」
「わかってる」

 これだと清澈が来る前に、天月が弟子二人、もろとも皆殺しにして逃げたと言われてもおかしくない。慌てて清澈の言葉を遮ろうとしたが、「あなたじゃない」とまっすぐな瞳で天月を見つめられては何も言えなくなった。

清澈チンツェ……だが、」

 「いったい、どうして」と天月が言葉をこぼした。

 思い出すのは、天月が現場を引き継ぐときの情景。
 天月が最後の一人、人買いの首領のいる部屋に遠慮なく扉をぶち破った時だ。最後の一人の首領は、天月が入ってきたと同時に完全に腰が抜けていて、殺された修士の少年たちよりも小さな子供を盾にするような男だった。

だから鏡泉峰で修行している少年二人でも対処できるだろうと、任せてしまった。

『窮鼠猫を噛む』

 追い詰められた人間が、どんな行動を起こすか、予想がつかない事を天月は忘れていたのだ。
 二人は天月とも顔見知りで、どちらも天月より、未来も才能もある少年達だった。きっと数年もすれば良い術師、剣士になれたはずだ。

「……あのハゲ親父! オレが縛り上げておけばよかった!」

 そんな後悔が天月を襲う。整えていた髪をぐしゃ、とかきむしり、足元の獣の動きがガチャガチャと変な挙動を起こした。

「違う」

 目の前の青年がはっきりと否定した。沈清澈の表情は、少しも変わらなかったが、瞳だけは影を宿し、天月の、さらに向こうを見つめているようだった。

「私たちがとらえたのは、子供の方だ」
「なんだって?」

 カタン、といじっていた酒椀が、中身を流しながら倒れた。
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