2 / 22
蓬莱の傀儡子、弟子をとる
蓬莱の傀儡子、子供を託される(後編)
しおりを挟む
沈清澈たちが到着したときにはすでに、人買いのアジトは血の海だったという。
天月が名簿に書いた人買いは皆、首を刃物で切られて絶命していた。恐ろしいのは一度掻き切った後も、何度も刃物で確実に死んだ状態にしていることだった。
幸いなことに人買いに拐われた人は、天月のおかげで、人買いの牢が見えないようになっていた。何が起こっていたのか、わからなかったらしく、商品になっていた者たちは恐怖に駆られて暴れることはなく大人しく清澈に従った。
先に送り出していた少年二人を見つけたのは、その後だ。首領の部屋の前で、二人が血まみれになって倒れていた。一人が片方を守るように覆い被さっていたおかげで、守られた方は重態であったが、救助は間に合った。
清澈たちは、二人の血を踏んだ犯人の足跡を頼りに捜査を進めた。
犯人は意外にもすぐに見つかった。
人買いが扱っていたのは大人だけではない。二桁にも満たない幼子も商品として扱われていた。彼らは甘い香りと血の匂いが充満する小さな部屋に全員押し込まれており、子供達は皆、部屋の隅に固まって、目を閉じてじっとしていた。
その部屋の、子供たちとは反対側に、『それ』はいた。
清澈の膝ほどの高さしかない小さな少年が、眠るように目を閉じている少女を地べたで抱き抱えていた。二人とも黒髪の伸ばし放題で、抱き抱えていた少年の方は、傷んだ頭髪から落ちるほど血で濡れていた。まとっていた衣服も、ズタボロだと気づけないほど真っ黒だ。
「……」
少年は少女の顔にそっと顔を近づけていた。その光景は、少女の呼吸を確認しているようにも見えれば、おとぎ話のように口付けをする貴公子のようにも見える。
「……!!」
その場にいる、清澈を含めた全員が息を呑むのがわかった。
少女の顔にまとわりついていたのが、伸び切った髪ではなく、彼女の首元から吹き出した血だ。そして抱き抱えている少年の顔も真っ黒な血で塗りたくられており、その口元の血が誰のものであるかなど、答えるまでもなかった。
「ヒッ……」
ようやく清澈たちの存在に気づいたようで、誰かの悲鳴で少年がぐりんとこちらを向く。血に濡れた顔の中から、幼さの残る丸い目が爛々と光っているのが見えた。弟子の誰かが小さく悲鳴を上げなければ、清澈はこの惨状から意識を戻すことができなかっただろう。
子供は全身から滴り落ちる熱い血液を纏いながら、清澈たちを真っ黒な目で見つめていたのだ。
「鬼だ……化け物だ……」
弟子の誰かがそう言ったのを、誰も否定しなかった。
その後は、子供を捕らえ、隅で大人しくしていた子供達を保護した。保護をした子供達は、血に濡れた子供を含めて皆、大人しく馬車に入ったと言う。
◼︎
「それで、捕らえた子供は?」
清澈の話を最後まで聞き終えた天月は、深妙な面持ちで尋ねた。倒した酒椀は直して、酒で濡れた机も拭き取ってすでに乾いている。
天月はその子供のことを知っていた、
と言うのも、人買いの首領が盾にしていた子供だ。
清澈の言う通り、体が小さく、長めの黒髪で、冷静でおとなしい少年だと思っていた。なぜなら突然現れた天月を相手に、首領の盾にされても、怯えた様子もなく、ただ迷惑そうな顔をしていたのだから。
「とらえた後、峰主の手で尋問した」
人買いのアジトが全滅した挙句、弟子が二人やられてしまったのだ。峰主である沈白華が尋問に担当したのだという。
沈白華は清澈の師であり養父だ。彼は周囲から道術師範としても鏡泉峰を守護する峰主としても模範として見られており、噂だけでも優秀な男だ。彼の得意とする術の一つが、相手から情報を引き出すことであり、たとえ石像でも自白させることができるという。
「沈師父かぁ……」
彼の名前を出すだけで、嫌な顔をする天月。天月は過去、彼に辛酸を舐めさせられた一人である。最後から一度も会っていないが、天月にとっては思い出したくもない人間の一人だろう。
「峰主は、彼から情報を引き出すことはできなかった」
「沈師父が? なんでまた?」
「子供の言語が理解できないらしい」
「なるほど」と天月は頷く。沈白華が優秀な道士だったとしても、相手の言語理解や、痴呆の者であれば情報は引き出せない。あの場にいた人買いを全員殺めたのだ、元より気が狂っていたとしてもおかしくはない。
「それで子供はどうなったんだ?『白壁衆』のいない今、尋問は鏡泉峰ができないとなると……『咆狼峰』の、あの猿山に預けたのか?」
鏡泉峰は道門を専門としている。それぞれ得意とする術は峰ごとに決まっている。人手不足な今、人を躊躇なく殺せるような子供であれば、剣術や体術を専門とする体力お化けの咆狼峰に預けるだろう。そう天月は踏んでいた。
「峰主は10回の鞭打ちの後、酒瓶に入れて滝壺に沈めるように……」
「さすが沈師父、子供でも容赦ない。身内が殺された理由もはっきりしないのに死ねときた」
大口を開けて愉快そうに手を叩く天月に対し、向かいの青年は決まりが悪そうだ。天月が、表情に反して、心の奥底ではそうでないことを清澈は知っていた。
「ハハハハハ……、その子供、結局どうした?」
天井に向けて高らかに笑っていた天月は、急に声の温度を下げる。殺気と怒りが混じったような冷たい視線が清澈を射抜いた。そのとき、清澈の眉間が初めて動く。
「……ここに」
清澈が懐から小さな小瓶をとり出す。手のひらに包めるほどの大きさで、黒塗りの艶が綺麗である。骨董品好きな沈白華が、好きそうな気品のある小瓶だ。清澈はそれを天月の前に置いた。
「鞭打ちは免れなかったが、滝壺には空の小瓶を投げた。」
天月はようやく話の本筋が見えてきた気がした。
「それで? どうしてその少年をオレに任せる? 医者であるオレの先生ならいいものを……」
天月の師は国で有名な医者であり、「三度の飯よりも治療」を掲げる人物だ。彼女のいるところは医療現場であり、患者が回復するまで見離さない。仕事熱心といえば聞こえはいいが、その本性は病魔を追い求める変態だ。「病」と「治療」に関係しないものは、彼女にとって有象無象だ。天月も「非患者」と認識されれば、たちまちに医療現場から追い出されてしまうだろう。
機嫌悪そうにしながら、なんだかんだ世話をする自身の師のことを思い出して、険しかった顔を緩めることができた。
「先生も暇じゃないが、ああ見えて世話好きな人だ。オレなんかに任せるより良いはずだ」
「そうじゃない」
また清澈が否定した。
「あなたを選んだのは少年だ」
「は?」
天月はまた思考が止まった。
(コイツは何を言ってる? 冗談ならもう聞き飽きたがっ⁉︎)
「というより、あなたのことを気にしていた」
「……なんだって?」
「捕らえたときに『あの人形の人、呪われてるの?』と聞いてきた」
『人形の人』、少年は人買いの元から鏡泉峰に連れて行かれる馬車の中で、そう言ったらしい。
「……驚いた」
天月は再び天を仰ぎ見る。それと同時に自分の『手』をすかしてみた。ゆっくり曲げると少しだけカチャ、と陶器が擦れるような高い音が鳴る。手袋を外せば、その手が木と陶器、そして硬い糸でできた作り物、傀儡の手が現れる。
「オレの体が生身でないことを、出会った、あの短時間で……」
天月の体は、指だけではなく、手のひらも腕も傀儡の部品でできている。
それどころか手だけにとどまらず、腕も足も、体全てが傀儡だ。だが彼の体は義体でできているわけではない。
傀儡の体に、天月の魂が宿っているのだ。
見た目こそ、長身の中性的な顔立ちをした人物に見えるが、関節や衣服の隠れた所には人形でできている証が剥き出しになっている。
そうなったのも、少年のいう通り、本体である生身が呪いによって使えなくなったから。
「天月」と清澈に呼ばれたので、視線を再度向ける。清澈は冷静沈着の面持ちだったが、力強く視線を天月に向けている。
「この少年は才能がある……もしかしたら、あなたの呪いを解く手がかりになるかもしれない」
「それで? 『本体』を預かっている先生じゃなくて、オレにこの子の面倒を見ろと?」
「近々、峰主たちで会合がある。あなたの師範も招集がかかっている。もしもの時があれば、大変なことになる」
「なるほど……でもオレみたいな根無草に頼まんでもいいだろう?」
「あなたが嫌ならば……他をあたる」
「他って言ったってお前、オレ以外に頼れるやついるのかよ」
「……」
天月が清澈に詰めて問うと、彼は再び無言となる。
「ほらな、まず最初にオレに頼ってくる時点で、お前に選択肢はなかったんだろう」
「この、『皇族殺しの傀儡子』であるオレに……」と天月は自虐的な笑みを浮かべた。
その顔を見て清澈は、苦痛を耐えるかのように目を閉じて頷いた。
「でも、あなた以上に、少年を導ける人は誰もいない……」
「待て待て待て……」
咄嗟に制止の言葉が出たが、力強く願うようにみてくる清澈に、天月は顔を顰めてそらす。天月はいささか、彼のこの目が得意ではない。なぜなら『自身にできないことは、こいつならできる』と清澈は天月を信頼している。反対に天月は『清澈ですらできないことは、天月にもできない』と知っている。
だから清澈のこういった依頼というのは迷惑極まりない。
清澈は「少年の世話をして、なおかつ呪いを解く方法を見つけろ」と言っているのだ。これまで人形を操ること以外、興味のなかった天月に、呪いを解くだけでなく、子供の面倒をみろというのは未知の分野だ。
傀儡子として、普段人形劇で子供の相手をすることが多いが、親たちは喜んで天月に子供を任せ、自分の仕事をしだす。天月が彼女たちから信頼を得て、面倒をみているのもあるが、日常生活で遊び盛りの子供の相手は非常に大変だという。
その話を婦人たちから聞いていた、天月は思い出して、ゲンナリと頬が下がった。
「子供の世話なんて、したことないぞ……」
「あなたは昔から子供に好かれていただろう」
「いっときの面倒見の良さと、実際の子育ては全く違う! 大体、お前の方が弟子たちを取りまとめているのだから、お前の方が上手だろ」
「私は峰主補佐として仕事が多い、それに普段大道芸で、神の物真似ができるなら、人間の子育ての真似だってあなたにできないわけが無い」
「そうは言っても、沈師父が投げ出す相手なんだろ! 獣のご機嫌取りはできないぞ」
「獣より、あなたの芸を観にくる客のご機嫌取りの方がよっぽど難しい」
「ぃ~~~~っ!!」
「ああいえば、こういう!」と天月は手を挙げた。
その様子に清澈はほんのわずかに頬を緩める。
実のところ、天月はこの物静かな頑固者の口喧嘩に勝てた試しがない。今は天月に合わせているが、普段峰主代理として、会話の技術も天月の比ではないほどの会話の語彙が詰まっている。
普段は人形を操る天月だが、今は目の前の男にいいように転がされるしかない。
「相談は聞く」
「……他人事じゃねえか!」
大きくため息をつき、清澈の前にあった金子の入った小袋と、黒い小瓶を手に取った。そして清澈に向かって指を差した。
「言っておくが、オレはコイツがどうなっても責任は取らねえぞ!」
「わかった」
「成長して、お前んとこを乗っ取ったとしても、知らねえからな!」
「わかってる」
「……本当だろうな」
表情を変える事なく頷く清澈に、天月は肩を落とす。
(いっそ、怒ってくれた方が安心なんだが……)
何を言っても「わかった」と頷く清澈に、天月は嫌な予感しかしない。
(清澈のやつ、何企んでやがる? 面倒事なのは間違いないが……)
訝しむ天月だが、給金も前払いされ、受け取ってしまった。もう後戻りは出来ない。
「では、彼のことはあなたに任せる」
「わかったよ……」
仕事が終わって、ゆっくりしようと思ったところで、また仕事だ。仕事終わりの気分の高揚は、月に雨雲がかかるように消えてしまう。
最後に清澈が机を立ち上がった際に、膨れっ面の天月の頭をそっと撫でた。傀儡である天月は、撫でられても彼の手を感じるどころか、撫でられた感覚すら、分からない。だが彼は天月がわかるように、彼の正面から頭を指先でなぞるように撫でたのであった。
「頑張れ」
「……」
周りに冷静沈着、または冷酷無慈悲と噂される男から、頭を撫でられ励まされた。感じるはずのない悪寒が、天月の体を襲った気がした。
(……『頑張れ』じゃねえよ)
天月は清澈に対し、屋台の鳥の店主を見た時よりも、奇異の目を向けるしか抵抗する術はなかった。
天月が名簿に書いた人買いは皆、首を刃物で切られて絶命していた。恐ろしいのは一度掻き切った後も、何度も刃物で確実に死んだ状態にしていることだった。
幸いなことに人買いに拐われた人は、天月のおかげで、人買いの牢が見えないようになっていた。何が起こっていたのか、わからなかったらしく、商品になっていた者たちは恐怖に駆られて暴れることはなく大人しく清澈に従った。
先に送り出していた少年二人を見つけたのは、その後だ。首領の部屋の前で、二人が血まみれになって倒れていた。一人が片方を守るように覆い被さっていたおかげで、守られた方は重態であったが、救助は間に合った。
清澈たちは、二人の血を踏んだ犯人の足跡を頼りに捜査を進めた。
犯人は意外にもすぐに見つかった。
人買いが扱っていたのは大人だけではない。二桁にも満たない幼子も商品として扱われていた。彼らは甘い香りと血の匂いが充満する小さな部屋に全員押し込まれており、子供達は皆、部屋の隅に固まって、目を閉じてじっとしていた。
その部屋の、子供たちとは反対側に、『それ』はいた。
清澈の膝ほどの高さしかない小さな少年が、眠るように目を閉じている少女を地べたで抱き抱えていた。二人とも黒髪の伸ばし放題で、抱き抱えていた少年の方は、傷んだ頭髪から落ちるほど血で濡れていた。まとっていた衣服も、ズタボロだと気づけないほど真っ黒だ。
「……」
少年は少女の顔にそっと顔を近づけていた。その光景は、少女の呼吸を確認しているようにも見えれば、おとぎ話のように口付けをする貴公子のようにも見える。
「……!!」
その場にいる、清澈を含めた全員が息を呑むのがわかった。
少女の顔にまとわりついていたのが、伸び切った髪ではなく、彼女の首元から吹き出した血だ。そして抱き抱えている少年の顔も真っ黒な血で塗りたくられており、その口元の血が誰のものであるかなど、答えるまでもなかった。
「ヒッ……」
ようやく清澈たちの存在に気づいたようで、誰かの悲鳴で少年がぐりんとこちらを向く。血に濡れた顔の中から、幼さの残る丸い目が爛々と光っているのが見えた。弟子の誰かが小さく悲鳴を上げなければ、清澈はこの惨状から意識を戻すことができなかっただろう。
子供は全身から滴り落ちる熱い血液を纏いながら、清澈たちを真っ黒な目で見つめていたのだ。
「鬼だ……化け物だ……」
弟子の誰かがそう言ったのを、誰も否定しなかった。
その後は、子供を捕らえ、隅で大人しくしていた子供達を保護した。保護をした子供達は、血に濡れた子供を含めて皆、大人しく馬車に入ったと言う。
◼︎
「それで、捕らえた子供は?」
清澈の話を最後まで聞き終えた天月は、深妙な面持ちで尋ねた。倒した酒椀は直して、酒で濡れた机も拭き取ってすでに乾いている。
天月はその子供のことを知っていた、
と言うのも、人買いの首領が盾にしていた子供だ。
清澈の言う通り、体が小さく、長めの黒髪で、冷静でおとなしい少年だと思っていた。なぜなら突然現れた天月を相手に、首領の盾にされても、怯えた様子もなく、ただ迷惑そうな顔をしていたのだから。
「とらえた後、峰主の手で尋問した」
人買いのアジトが全滅した挙句、弟子が二人やられてしまったのだ。峰主である沈白華が尋問に担当したのだという。
沈白華は清澈の師であり養父だ。彼は周囲から道術師範としても鏡泉峰を守護する峰主としても模範として見られており、噂だけでも優秀な男だ。彼の得意とする術の一つが、相手から情報を引き出すことであり、たとえ石像でも自白させることができるという。
「沈師父かぁ……」
彼の名前を出すだけで、嫌な顔をする天月。天月は過去、彼に辛酸を舐めさせられた一人である。最後から一度も会っていないが、天月にとっては思い出したくもない人間の一人だろう。
「峰主は、彼から情報を引き出すことはできなかった」
「沈師父が? なんでまた?」
「子供の言語が理解できないらしい」
「なるほど」と天月は頷く。沈白華が優秀な道士だったとしても、相手の言語理解や、痴呆の者であれば情報は引き出せない。あの場にいた人買いを全員殺めたのだ、元より気が狂っていたとしてもおかしくはない。
「それで子供はどうなったんだ?『白壁衆』のいない今、尋問は鏡泉峰ができないとなると……『咆狼峰』の、あの猿山に預けたのか?」
鏡泉峰は道門を専門としている。それぞれ得意とする術は峰ごとに決まっている。人手不足な今、人を躊躇なく殺せるような子供であれば、剣術や体術を専門とする体力お化けの咆狼峰に預けるだろう。そう天月は踏んでいた。
「峰主は10回の鞭打ちの後、酒瓶に入れて滝壺に沈めるように……」
「さすが沈師父、子供でも容赦ない。身内が殺された理由もはっきりしないのに死ねときた」
大口を開けて愉快そうに手を叩く天月に対し、向かいの青年は決まりが悪そうだ。天月が、表情に反して、心の奥底ではそうでないことを清澈は知っていた。
「ハハハハハ……、その子供、結局どうした?」
天井に向けて高らかに笑っていた天月は、急に声の温度を下げる。殺気と怒りが混じったような冷たい視線が清澈を射抜いた。そのとき、清澈の眉間が初めて動く。
「……ここに」
清澈が懐から小さな小瓶をとり出す。手のひらに包めるほどの大きさで、黒塗りの艶が綺麗である。骨董品好きな沈白華が、好きそうな気品のある小瓶だ。清澈はそれを天月の前に置いた。
「鞭打ちは免れなかったが、滝壺には空の小瓶を投げた。」
天月はようやく話の本筋が見えてきた気がした。
「それで? どうしてその少年をオレに任せる? 医者であるオレの先生ならいいものを……」
天月の師は国で有名な医者であり、「三度の飯よりも治療」を掲げる人物だ。彼女のいるところは医療現場であり、患者が回復するまで見離さない。仕事熱心といえば聞こえはいいが、その本性は病魔を追い求める変態だ。「病」と「治療」に関係しないものは、彼女にとって有象無象だ。天月も「非患者」と認識されれば、たちまちに医療現場から追い出されてしまうだろう。
機嫌悪そうにしながら、なんだかんだ世話をする自身の師のことを思い出して、険しかった顔を緩めることができた。
「先生も暇じゃないが、ああ見えて世話好きな人だ。オレなんかに任せるより良いはずだ」
「そうじゃない」
また清澈が否定した。
「あなたを選んだのは少年だ」
「は?」
天月はまた思考が止まった。
(コイツは何を言ってる? 冗談ならもう聞き飽きたがっ⁉︎)
「というより、あなたのことを気にしていた」
「……なんだって?」
「捕らえたときに『あの人形の人、呪われてるの?』と聞いてきた」
『人形の人』、少年は人買いの元から鏡泉峰に連れて行かれる馬車の中で、そう言ったらしい。
「……驚いた」
天月は再び天を仰ぎ見る。それと同時に自分の『手』をすかしてみた。ゆっくり曲げると少しだけカチャ、と陶器が擦れるような高い音が鳴る。手袋を外せば、その手が木と陶器、そして硬い糸でできた作り物、傀儡の手が現れる。
「オレの体が生身でないことを、出会った、あの短時間で……」
天月の体は、指だけではなく、手のひらも腕も傀儡の部品でできている。
それどころか手だけにとどまらず、腕も足も、体全てが傀儡だ。だが彼の体は義体でできているわけではない。
傀儡の体に、天月の魂が宿っているのだ。
見た目こそ、長身の中性的な顔立ちをした人物に見えるが、関節や衣服の隠れた所には人形でできている証が剥き出しになっている。
そうなったのも、少年のいう通り、本体である生身が呪いによって使えなくなったから。
「天月」と清澈に呼ばれたので、視線を再度向ける。清澈は冷静沈着の面持ちだったが、力強く視線を天月に向けている。
「この少年は才能がある……もしかしたら、あなたの呪いを解く手がかりになるかもしれない」
「それで? 『本体』を預かっている先生じゃなくて、オレにこの子の面倒を見ろと?」
「近々、峰主たちで会合がある。あなたの師範も招集がかかっている。もしもの時があれば、大変なことになる」
「なるほど……でもオレみたいな根無草に頼まんでもいいだろう?」
「あなたが嫌ならば……他をあたる」
「他って言ったってお前、オレ以外に頼れるやついるのかよ」
「……」
天月が清澈に詰めて問うと、彼は再び無言となる。
「ほらな、まず最初にオレに頼ってくる時点で、お前に選択肢はなかったんだろう」
「この、『皇族殺しの傀儡子』であるオレに……」と天月は自虐的な笑みを浮かべた。
その顔を見て清澈は、苦痛を耐えるかのように目を閉じて頷いた。
「でも、あなた以上に、少年を導ける人は誰もいない……」
「待て待て待て……」
咄嗟に制止の言葉が出たが、力強く願うようにみてくる清澈に、天月は顔を顰めてそらす。天月はいささか、彼のこの目が得意ではない。なぜなら『自身にできないことは、こいつならできる』と清澈は天月を信頼している。反対に天月は『清澈ですらできないことは、天月にもできない』と知っている。
だから清澈のこういった依頼というのは迷惑極まりない。
清澈は「少年の世話をして、なおかつ呪いを解く方法を見つけろ」と言っているのだ。これまで人形を操ること以外、興味のなかった天月に、呪いを解くだけでなく、子供の面倒をみろというのは未知の分野だ。
傀儡子として、普段人形劇で子供の相手をすることが多いが、親たちは喜んで天月に子供を任せ、自分の仕事をしだす。天月が彼女たちから信頼を得て、面倒をみているのもあるが、日常生活で遊び盛りの子供の相手は非常に大変だという。
その話を婦人たちから聞いていた、天月は思い出して、ゲンナリと頬が下がった。
「子供の世話なんて、したことないぞ……」
「あなたは昔から子供に好かれていただろう」
「いっときの面倒見の良さと、実際の子育ては全く違う! 大体、お前の方が弟子たちを取りまとめているのだから、お前の方が上手だろ」
「私は峰主補佐として仕事が多い、それに普段大道芸で、神の物真似ができるなら、人間の子育ての真似だってあなたにできないわけが無い」
「そうは言っても、沈師父が投げ出す相手なんだろ! 獣のご機嫌取りはできないぞ」
「獣より、あなたの芸を観にくる客のご機嫌取りの方がよっぽど難しい」
「ぃ~~~~っ!!」
「ああいえば、こういう!」と天月は手を挙げた。
その様子に清澈はほんのわずかに頬を緩める。
実のところ、天月はこの物静かな頑固者の口喧嘩に勝てた試しがない。今は天月に合わせているが、普段峰主代理として、会話の技術も天月の比ではないほどの会話の語彙が詰まっている。
普段は人形を操る天月だが、今は目の前の男にいいように転がされるしかない。
「相談は聞く」
「……他人事じゃねえか!」
大きくため息をつき、清澈の前にあった金子の入った小袋と、黒い小瓶を手に取った。そして清澈に向かって指を差した。
「言っておくが、オレはコイツがどうなっても責任は取らねえぞ!」
「わかった」
「成長して、お前んとこを乗っ取ったとしても、知らねえからな!」
「わかってる」
「……本当だろうな」
表情を変える事なく頷く清澈に、天月は肩を落とす。
(いっそ、怒ってくれた方が安心なんだが……)
何を言っても「わかった」と頷く清澈に、天月は嫌な予感しかしない。
(清澈のやつ、何企んでやがる? 面倒事なのは間違いないが……)
訝しむ天月だが、給金も前払いされ、受け取ってしまった。もう後戻りは出来ない。
「では、彼のことはあなたに任せる」
「わかったよ……」
仕事が終わって、ゆっくりしようと思ったところで、また仕事だ。仕事終わりの気分の高揚は、月に雨雲がかかるように消えてしまう。
最後に清澈が机を立ち上がった際に、膨れっ面の天月の頭をそっと撫でた。傀儡である天月は、撫でられても彼の手を感じるどころか、撫でられた感覚すら、分からない。だが彼は天月がわかるように、彼の正面から頭を指先でなぞるように撫でたのであった。
「頑張れ」
「……」
周りに冷静沈着、または冷酷無慈悲と噂される男から、頭を撫でられ励まされた。感じるはずのない悪寒が、天月の体を襲った気がした。
(……『頑張れ』じゃねえよ)
天月は清澈に対し、屋台の鳥の店主を見た時よりも、奇異の目を向けるしか抵抗する術はなかった。
0
あなたにおすすめの小説
ふたなり治験棟 企画12月31公開
ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。
男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
