龍虎

ヤスムラタケキ

文字の大きさ
10 / 22
第一章 胎動

第十話 決行(上)

しおりを挟む
「宮部さん、ようこそ」
 寅次郎が、ニコニコしながら、部屋に入ると、宮部が、猛然と、つかみかかってきた。
「吉田君!いったい、何を考えているのだ!?前にも言っただろう!アメリカに行くなど、正気の沙汰ではない!」
 宮部に、組み伏せられて、寅次郎は、苦し気に、咳をした。
「しかも、私に黙って、決行しようなどと・・・けしからん!」
「・・・だって、宮部さん、反対する・・・じゃないですか」
「だからといって、黙っているのは、卑怯だ!君と私は、友では、なかったのか!?」
 宮部は、寅次郎の胸ぐらをつかんで、上下に、揺さぶった。
「宮部さん、くるしい・・・」
 寅次郎は、顔を紅潮させて、もがいている。
 我に返った宮部は、寅次郎から手を放し、座り込んだ。
「どうしても、行くのか」
 寅次郎も、体を起こした。
「はい、どうしても」
「首尾よく、アメリカ船に乗せてもらえたとしても、その先、どうなるか分からん。ましてや、失敗して、幕吏に捕まってみろ・・・」
 宮部は、間を置いた。
「殺されるぞ」
 寅次郎は、屈託のない、笑顔を浮かべた。
「それでも、いいんです。僕にとって重要なのは、行動することなんです。空論ではなく、実践こそが、世の中を変えるんだと信じていますから」
 宮部の肩は、震えている。
「君は、見かけによらず、頑固な男だ」
 二人の間に、沈黙が流れた。宮部の、鼻をすする音だけが、聞こえる。
 しばらくして、宮部は、床の間から、長刀を一本取って来て、寅次郎の目の前に、突き出した。
「家宝の刀だ。餞別にくれてやる」
 1854年3月、江戸幕府は、アメリカと、日米和親条約を締結した。
 ペリーの、軍事力を背景とした強硬な姿勢に対して、幕府の代表は、ねばり強く、交渉を続けた。
1か月に渡る交渉の末、下田と函館は開港することに決まったが、通商は拒絶し、かろうじて、鎖国を維持することに成功していた。
 この夜、寅次郎と重輔は、下田に到着した。これに先立って、ペリー艦隊は、神奈川沖を離れて、下田に入港していた。
 2人は、港から離れた海岸に潜んで、満潮を待った。波の寄せる音が、静かに響いている。月の光は弱く、辺りは暗い。
 重輔が、空を見上げた。
「先生、絶好の密航日和になりましたね」
 寅次郎は、笑った。
 寅次郎は、重輔の、快活で、真っすぐな気性が好きだった。
「さて、そろそろ、漕ぎ出しますか」
 2人は、舟を押し出して、飛び乗った。舟が、大きく揺れる。櫓(ろ)は、重輔が、握った。
 寅次郎は、櫓を握る重輔を、振り返った。
「今さらですけど、重輔。君は、舟を操ったことがあるんですか?」
「ないですけど」
「そうですか」
 寅次郎は、再び前を向いた。
「出してください」
 舟は、闇夜の中を、静かに進んだ。櫓のきしむ音と波の音だけが、聞こえてくる。
 寅次郎は、ポーハタン号を、見つめている。懐中には、密航の目的を書いた書状があった。
 ポーハタン号の艦上では、ランタンを持った兵士が、何人も、巡回している。
 ふと、寅次郎が、振り返った。
「上手ですね。本当に初めてなんですか?」
 重輔は、えへへっと笑った。
「今さらですけど、僕の行きたいのは、あの船なんですが・・・」
 寅次郎は、ポーハタン号を指さした。
「え!?」
「なんだか、横にそれて行ってません?あの船は、ミシシッピーといって・・・」
 重輔は、慌てた。
「先生!あの船が、一番近いですって!」
 その様子を見た寅次郎は、にっこり笑った。
「それも、そうですね。では、あの船にしましょう」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
現代文学
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

M性に目覚めた若かりしころの思い出 その2

kazu106
青春
わたし自身が生涯の性癖として持ち合わせるM性について、終活的に少しづつ綴らせていただいてます。 荒れていた地域での、高校時代の体験になります。このような、古き良き(?)時代があったことを、理解いただけましたらうれしいです。 一部、フィクションも交えながら、述べさせていただいてます。フィクション/ノンフィクションの境界は、読んでくださった方の想像におまかせいたします。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

処理中です...