愛に誓う王国

猫宮乾

文字の大きさ
6 / 13

【五】目覚めの時

しおりを挟む




 ――話によると、ルファは、五日間意識が不明だったらしい。一日目の午後、異変を察してヴェルディスが王都に鷹で手紙を飛ばし、馬車に刻まれている転移魔術の紋章を頼りに、王都から医術師が大神殿の空間転移術で訪れ、診察に当たっていたのだという。

 目が覚めるとお腹が減っていたルファは、寝台で上半身を起こした状態で、現在、粥が入る器を持っている。メルクは、王族の診察も何度かこなしている為、焦りは無かったらしい。しかしヴェルディスは心配でたまらなかったようだ。ルファがお粥を食べている今も、ずっと隣の布団の上に座している。

「ルファ様、やはり一刻も早く私と共に王宮へ――疾病には、私では対抗できません」
「その……」

 ルファは、ベリアルという鳥と話した内容を、ヴェルディスに伝えるか考えた。その時の事である。

「逆に、目が覚めたばかりでの、馬車での長旅や、膨大な魔力に触れる魔法陣での転移は、お体に障るかもしれませんよ。あと数日は、こちらで様子を見た方が良いのでは?」

 メルクと名乗った金髪の医術師が言った。長い髪を後ろで束ねている。白い装束を揺らし、彼はルファを覗き込む。

「召喚獣とお話されていたのでは?」
「は、はい! いや、あの、ただの夢かも知れないんですけど……」
「いいえ、きっと夢ではありませんよ。眠る前に、瞼の裏になにか見えませんでしたか?」
「金色の紋章が見えて……それから、三重の魔法陣が……」
「間違いなく召喚獣からの干渉ですね。ならば病気ではありません。ただ、五日間、意識を落としていらっしゃったので、体力は落ちています。少しお休みになられるべきです」

 メルクはそう言うと、ヴェルディスを見た。

「そういう事ですので、必要なのは、栄養です。体に問題はありません」
「そうか」
「僕は一度、村の宿屋に戻るので、何かあったらまた呼んで下さい。あ。王都に戻る時は、おいていかないで下さいね?」
「分かっている」

 ヴェルディスが答えた。

 こうしてメルクは帰っていった。それを見送りながらお粥を食べ終えたルファは、皿を片付ける為に、立ち上がろうとした。

「俺が」
「ヴェル……」
「寝ていて下さい」

 恭しく介抱するかのように、ヴェルディスが食器を受け取る。ルファとしてはただ少し寝ていただけの気分であるから、複雑な気持ちだった。その後、ヴェルディスが戻ってきたので、ルファは告げた。

「あ、あのね、ヴェル」
「何か? どこか、お具合が?」
「そうじゃなくて――召喚獣なんだけど……」

 切り出したルファの声は、どんどん小さくなり、途切れた。しかし真摯な瞳でヴェルディスは続きの言葉を待っている。

「……夢の中に、ベリアルっていう名前の、大きな鳥が昔から出てきたんだ」
「ベリアル――……不死鳥の王ですか」
「不死鳥だとは言っていたけど、王様かは分からないよ。そのベリアルが言うには、夢でお話をしているから、現実と時間の流れが違ったんだって。僕はずっと、ベリアルと話していて、それが終わったら、今日だったんだ。五日も過ぎた感覚なんて無かった」
「とにかくご無事で何よりです。貴方を失うかと思ったら――いてもたってもいられなかった」
「ぼ、僕は平気だよ!」
「ルファ様が平気であっても、俺が平気じゃないんだ」

 ヴェルディスはそう言うと、衝動に駆られたように、ルファを隣から抱きしめた。その力強い腕の温もりに、ルファが目を見開く。ヴェルディスの髪がルファの頬に触れた。ドキリとして、ルファは息を詰める。ヴェルディスに触れられていると、胸が異様に騒ぎ立てる気がした。

「目が覚めて良かった」
「ヴェル……」
「無事でなによりだ。どれほど心配したことか……」
「夢の中でもね、ヴェルが僕の名前を呼ぶ声が聞こえたんだよ」
「何度も呼んでいたからな。届いていたのか?」
「うん。それで僕、帰らなきゃって思ったんだよ」

 ルファとしては事実を述べたつもりだった。しかしそれを聞くとヴェルディスは泣きそうな笑顔に変わった。

「良かった。失わなくて」

 そして愛おしそうに、ルファの髪を、ヴェルディスが撫でた。それが擽ったく思えて、ルファは微苦笑する。ルファから見ると、ヴェルディスは大袈裟だ。

「そ、それでね……ただの夢かもしれないけど、僕、ベリアルと契約したんだ」
「夢ではありえない。そもそも不死鳥の王の名を知る者は少ない。王族と、ごく限られた近衛騎士や大聖堂の者のみが知る召喚獣の王の名だ」
「――ベリアルはね、メスだから、卵を産むために、僕の体を使うと言ったんだよ。直接僕が産むわけじゃないらしいんだけど……僕が誰かと寝ると子供が産まれるんだって。それも、男の人。本当にこれ、夢じゃないのかな?」

 つらつらとルファが語ると、ヴェルディスが息を呑んだ。それから真剣な顔をした。

「前代にベリアルを召喚獣としていた、先々代の国王陛下の記録と合致します。後宮を設けて人としての王位継承者の数を確保しながらも、同性の精を受け入れていたそうです」
「え……」
「そのための後宮制度でもあります」
「じゃあ僕は、男の人に抱かれる事になるの? 怖いよ……」
「お嫌なのであれば、必ず私がお守りいたします」
「……嫌なのかすら分からないんだ。契約した実感も無いし」
「とにかく、体調が落ち着き次第、王宮へ参りましょう」
「契約は確かにしたけど、夢かも知れないし、僕は王宮には行きたくないよ」

 毛布をギュッと握り、ルファが言った。するとヴェルディスが戸惑うような眼差しに変わった。

「物理的な事柄であれば、私目がお守りします。ですが此度のような事態を考えると、それでは万全ではない。私は――俺は、ルファ様に無事でいて欲しいんだ」

 ヴェルディスの強い眼光から、それが本心であるというのは、痛いほど伝わってきた。しかしルファは何も言えなかった。


 ――異変が起きたのは、その日の夜の事だった。

「暖かくして眠って下さい」

 そう言って、ヴェルディスがルファに毛布をかけた。その時の事である。

「っ」

 皮膚の裏側全てを、鳥の羽で撫でられたかのような感覚がしたのである。肌の内側を、羽で撫でられているような感覚がした。次第にそれはざわざわと、体の内側で鳥が羽ばたいているような感覚に変化した。

「ルファ様」
「ぁ……」

 一瞬で、体が熱を帯びた瞬間だった。動揺から目を見開いたルファは、緑色の瞳を縋るようにヴェルディスへと向ける。その目は潤んでいた。ルファの普段は無垢な表情が、ドロドロに蕩けている。そこには凄艶な色香があった。

「ルファ様……、ルファ様……?」
「あ、あ、あ」

 名を呼ばれた瞬間、ルファの内側に灼熱が駆け巡った。何が起きたのか分からず、ルファはポロリと涙を零す。吐息すると、口から気道までもが熱を帯びた。それから瞬時に、カッと全身が熱を帯びる。

「ゃ、ぁ……熱い、熱いよ……あ」
「お熱が? すぐに体温を魔導具で計測し――」
「あ、あ、あ、待って、違う。そういうんじゃない。や、熔けちゃう、体が変だ」

 真っ赤な顔で、ルファはヴェルディスの袖を掴み、引き止めた。すると振り返ったヴェルディスが目を丸くして、息を呑んだ。壮絶な艶を放つルファを直視してしまったからである。見ているだけで肉欲を煽られるような、扇情的なルファの瞳に、ヴェルディスは冷や汗をかいた。

「やだ、熱い。中が熱い。奥が熱いよ。助けて、ヴェル、あ、ァ……」
「っ、ルファ様」
「なにこれ、熱い。やだ、あ、ああ……ヴェル、ヴェル……頭がクラクラする」

 肌の内側では相変わらず羽が揺れるような刺激があり、それは同時に快楽だった。快楽の蠢きが広がっていき、全身を侵食している。

 ――ベリアルは、卵を孕むために、性交渉を求める。

 それは理解こそしていなかったがルファの聞いた知識でもあったし、近衛騎士としてヴェルディスが学んでいた知識でもあった。ベリアルの『発情』に巻き込まれれば、契約主は、体内に射精されるまで、熱からは解放されない。こちらの知識は、座学で学んだヴェルディスしか知らない事柄であるが。

「ルファ様は、本当にベリアルと契約なさったのですね?」
「う、うん。あ……ハ、息が熱いよ、ァ、うああ……っ、は」
「私は――俺は、楽にして差し上げる対処法を知っています。ですが――それは、貴方の体を貰うという事になる」
「あ、あ、ヴェル……助けて……ンぁ……辛い、辛いよぉ」
「――楽にするお役目を、俺に、お申し付け下さいますか?」
「あ、あ、あ……う、うん。うん。あ、あ、助けてヴェル……」

 涙を零し始めたルファを見て、ヴェルディスは息を呑んだ。

 ――ずっと気にかけていた幼子、ずっと探していたご落胤。
 ――いざ邂逅してみれば、あんまりにも美人に育っていた。
 ――まだ少年と大人の狭間の危うい美を残す華奢な体。
 ――何より、素直な好ましい性格。

 惹きつけられるなという方が無理だった。一目見て、言葉を交わした時から、ヴェルディスは、ルファの虜だった。ルファが嘗ての幼き日の出来事を覚えていたと知った時など顔にこそ出さなかったが、歓喜し言動がおぼつかなくなったほどだ。

 そのルファに、求められている。
 抑制が、効かなくなりそうだった。

 気づけばヴェルディスは、寝台で震えるルファを押し倒していた。
 そして、噛み付くようにキスをする。

「ン」
「……なるべく、優しくする」

 そう告げたのは、ヴェルディスの精一杯の理性からだった。



しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

愛を知らない少年たちの番物語。

あゆみん
BL
親から愛されることなく育った不憫な三兄弟が異世界で番に待ち焦がれた獣たちから愛を注がれ、一途な愛に戸惑いながらも幸せになる物語。 *触れ合いシーンは★マークをつけます。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。  仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!  原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!  だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。 「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」  死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?  原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に! 見どころ ・転生 ・主従  ・推しである原作悪役に溺愛される ・前世の経験と知識を活かす ・政治的な駆け引きとバトル要素(少し) ・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程) ・黒猫もふもふ 番外編では。 ・もふもふ獣人化 ・切ない裏側 ・少年時代 などなど 最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

恋は終わると愛になる ~富豪オレ様アルファは素直無欲なオメガに惹かれ、恋をし、愛を知る~

大波小波
BL
 神森 哲哉(かみもり てつや)は、整った顔立ちと筋肉質の体格に恵まれたアルファ青年だ。   富豪の家に生まれたが、事故で両親をいっぺんに亡くしてしまう。  遺産目当てに群がってきた親類たちに嫌気がさした哲哉は、人間不信に陥った。  ある日、哲哉は人身売買の闇サイトから、18歳のオメガ少年・白石 玲衣(しらいし れい)を買う。  玲衣は、小柄な体に細い手足。幼さの残る可憐な面立ちに、白い肌を持つ美しい少年だ。  だが彼は、ギャンブルで作った借金返済のため、実の父に売りに出された不幸な子でもあった。  描画のモデルにし、気が向けばベッドを共にする。  そんな新しい玩具のつもりで玲衣を買った、哲哉。  しかし彼は美的センスに優れており、これまでの少年たちとは違う魅力を発揮する。  この小さな少年に対して、哲哉は好意を抱き始めた。  玲衣もまた、自分を大切に扱ってくれる哲哉に、心を開いていく。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

悪役令息物語~呪われた悪役令息は、追放先でスパダリたちに愛欲を注がれる~

トモモト ヨシユキ
BL
魔法を使い魔力が少なくなると発情しちゃう呪いをかけられた僕は、聖者を誘惑した罪で婚約破棄されたうえ辺境へ追放される。 しかし、もと婚約者である王女の企みによって山賊に襲われる。 貞操の危機を救ってくれたのは、若き辺境伯だった。 虚弱体質の呪われた深窓の令息をめぐり対立する聖者と辺境伯。 そこに呪いをかけた邪神も加わり恋の鞘当てが繰り広げられる? エブリスタにも掲載しています。

自己肯定感低めの不幸な義弟が完璧な義兄と大揉めに揉める話

あと
BL
「こんな僕をお兄ちゃんは嫌ってるだろうな」 トップ俳優な完璧超人の義理の兄×不幸な自己肯定感低めのネガティブ義理の弟です。 お金ない受けが追い詰められて変なアルバイトしようとしたら、攻めと再会して……?みたいな話です。 攻めがヤンデレ気味で、受けがマジで卑屈なので苦手な人はブラウザバックで。 兄弟は親が離婚してるため、苗字が違います。 攻め:水瀬真広 受け:神崎彼方 ⚠️作者は芸能界にもお葬式ににもエアプなので、気にしないでください。 途中でモブおじが出てきます。 義理とはいえ兄弟なので、地雷の人はブラウザバックで。 初投稿です。 初投稿がちょっと人を選ぶ作品なので不安です。 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 内容も時々サイレント修正するかもです。 定期的にタグ整理します。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

処理中です...