ブラックベリーの霊能学

猫宮乾

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火朽桔音という現象

【二十六】火朽桔音という現象②

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「こんにちは、玲瓏院くん」

  努めてにこやかに、火朽は声をかけた。しかし、返答はない。
  見守っていると、窓を一瞥してから、無言で紬が右側の椅子へと向かった。
  それからチャイムが鳴るまでの間、火朽は荷物を置いている紬を眺めていた。

 「それでは、そろそろ打ち合わせをしますか」

  開始時刻になったので、笑顔で火朽は聞いた。無論、作り笑いである。
  しかし紬側には、愛想笑いをする素振りすらない。
  何も答えないまま、それでも紬は火朽の座る方を見た。

 「まずは、テーマを決めましょう」

  反応があったと判断し、火朽は穏やかな声でそう続けた。
  すると、紬が深々と溜息をついた。

 「……」

  だが何も言わない。もしかして、己が主導権を握って仕切っているのが気に食わないのだろうかと火朽は考えたが、かと言って何も言わない紬に任せるという選択肢はない。

 「玲瓏院くん、僕を嫌いなのは分かりましたが、これは大切なゼミの課題です。きちんと話して頂けませんか?」

  そのためきっぱりと火朽が言うと、紬が扉の方を見た。
  まるで、帰りたそうに見えて、火朽は頭痛がした。

  その後も、あれやこれやと、火朽は提案をした。しかし紬は、一言も喋らない。
  それほど気が強そうな容姿には見えないが、紬は頑固らしいと火朽は判断した。
  ならばと、時に空気をほぐすために、雑談を取り入れてみるが、それにも紬は無反応だった。

 「玲瓏院くんは、どう思います?」
 「……」
 「あ、そういえば、先日の発表の中で――」
 「……」
 「――所で、玲瓏院くんには、何か良いテーマの案は?」

  一人、笑顔で火朽は話し続けた。
  紬はといえば、淡々とした表情のまま、無言で時折腕時計を見るだけだ。

  こうして、あっさりと予定の一時間半は終了した。
  しかし紬が席を立つ気配はない。
  どうしたものかと、次第に口数を減らしながら、火朽は紬を見ていた。

  すると、丁度三十分が経過した時、深々と溜息をついて、紬が立ち上がった。
  そして、無言のまま出て行ったのである。

  残された火朽は、扉を見据えたまま、表情から笑みを消し、押し黙った。

 ――そうして、玲瓏院紬が教授室を出るまでの間、火朽はそこに座っていたのだが、そろそろ帰ろうと考えた。火朽の持つスマートフォンが音を立てたのは、その時の事である。

 「え?」

  そこに来ていた夏瑪教授からのメッセージを見て、思わず火朽は立ち上がった。

 『玲瓏院くんが、君にすっぽかされたとして私の部屋に来たんだが、火朽くんには何か予定があったのかね? 体調不良や事故ではないことを祈っているよ』

  慌てて火朽は、夏瑪教授の教授室へと向かった。

  しかし部屋の扉を開けた時には、既にそこには、紬の姿は無かった。


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