君は、お、俺の事なにも知らないし、俺だって君の事知らないのに結婚て……? え? それでもいい?

猫宮乾

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―― 本編 ――

【029】道具と希望

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 玲瓏亭の渡り廊下を歩いて静森と暮らす部屋へと戻った砂月は、露店と各種掲示板を確認することに決めた。

「見るのをサボっていたなんて、情報屋の名が廃るよね」

 はぁ、っと溜息をついてから、次はニッと口角を持ちあげる。玲瓏亭全体への結界は、静森と相談してからにしようと思った砂月は、まずは露店の相場を確認することにした。

「まだまだ高騰してるなぁ」

 特に食材や食べ物の加工品は、まだまだ高いままだ。だが一時期よりも露店に並んでいる。即売り切れするわけではなさそうだ。これは、エルスを使い果たして買えない者が出てきたからでもあるだろう。

「だからといってあんまり安く出し過ぎて相場の破壊をするわけにもいかないしね」

 生産品とは、あと一つ素材があれば完成するというのに、その一つだけの収集難易度が高い品も多いから、露店に流すならばそれだろうかと考える。あとは医薬品が露店にはほとんど並んでいないから、予備が大量にある包帯などは流すか――あるいはエルスをためたならば、孤児院街のハロルド達に安価で卸してもいいかと思う。無料支援は厳しいが、収入を得たならば、彼らの成果だから、タクトを助けた時のように努力に支払って悪いということはないだろう。

 そう考えてから、一度部屋を出た。ギルドホームの外れにて、玲瓏亭の造りと規模だと、街掲示板と同じものが見られる。その前に立った砂月は、トレード掲示板から見ることにした。

「初心者向けの武器と防具の募集が圧倒的に多いなぁ」

 これは、通常ボスやフィールドボス、フィールドにポップする一般的なモンスター退治に使用するのだろう。やはり少しずつレベル上げや装備を揃えている者が多いようだ。エルスは多くはNPCのクエストで稼いでいるのだろう。

 続いて砂月は、パーティ募集掲示板を見た。

「あ。初級の星竜セイラの討伐パーティ募集がある」

 パーティは何名でも参加可能だ。
 砂月が見ている星竜セイラは、初心者の登竜門とされるボスで、初級のボスの中では一番難易度が高い。

「俺、結局はまだ一回もボスを倒しに行ってないんだよね。パーティ入ってみようかな? まぁ答えを出すのは急ぎじゃなくていいか。募集〆切は五日後だし」

 うんうんと頷いた砂月は、それから雑談掲示板を見た。すると、【子供がデキた】というタイトルが目に入る。興味本位で開いて見ると、【男同士でも女同士でも男女でも、NPCに祈りクエストをすると光になって卵が現れる】と書かれていた。【半年で生まれた】ともある。【うちは三ヶ月で生まれた】という書き込みがあって、どうやら個人差もありそうだった。【身長が伸びたから二次性徴まではするみたいだ。俺の場合】という補足もあった。

「えっ……つまり、俺と静森くんも子供が作れる……?」

 砂月は目を丸くした。それから、既にこの状況下になって半年以上が経過しているのだなと漠然と考えた。いいや、まだ半年、なのだろうか。他には、【離婚できた】という不穏なタイトルもある。そちらもNPCの前で破棄クエストを行うらしい。

「これは考えられない……静森くんと別れたりしたら俺、死んじゃう」

 ぽつりと砂月が零した時、静森達の帰還の報せが届いた。
 早く会いたくなって、砂月が出迎えにいく。すると砂月に気づいた静森が、柔らかく笑った。周囲は今でも、そういう静森の顔を見ると呆然としたような顔つきになるが、砂月は気にしたことがなかった。

「砂月」

 静森が腕を伸ばしたので、砂月は歩み寄り、静森に抱きつく。するとすぐに静森が抱きしめ返してくれた。この温もりが消えてしまうなんて絶対に嫌だ――が、ハッと人前で自分が抱きついてしまったことに羞恥を覚えて、砂月はおろおろと瞳を揺らす。

「ン」

 しかし静森はお構いなしで、砂月の唇にキスを落とした。それにまた砂月は照れてしまう。

「部屋に行こう? 疲れたでしょ?」
「ああ、だが砂月を見れば癒やされるからな」

 喉で笑った静森に手を繋がれて、砂月は部屋へと戻った。そこで疲れているのに悪いとは思ったが、玲瓏亭の結界について話をしようと決める。

 静森が先に座ったのを見て、砂月はつい後ろから静森に腕を回す。今になって、現の首を傷つけた時の恐怖が甦ってくる。いいや、恐怖とは異なる。自分は強いからうっかりすると人を教会送りにしてしまうかもしれないという怯えなのかもしれない。

「どうした?」

 静森が首だけで振り返る。

「うん……なんでもないよ」
「無理には聞かないつもりだが――その顔を見て、聞かないわけにはいかない。話してくれないか?」

 真剣な目をした静森が、そっと砂月の手の甲に触れる。
 砂月はぐっと唇に力を込めた後……陥落した。静森の隣に座り、はぁっと息を吐く。

「実は――」

 情報屋にあるまじきことかもしれないが、静森にはいつも無料、というよりは、心情を吐露したくなり、砂月は話すことにした。いつも他者とは一線を引いている砂月であるが、昨日と今日の出来事は、心に深く残っている。

 タクトとの出会いから、ハロルドに手紙の返事を伝えた部分、現に関しても伝え終わると、静森が砂月の肩を抱き寄せた。慌てて砂月は付け足す。

「だから玲瓏亭の結界を強固にした方がいいと思うんだ」
「それは考慮するが、そんなことよりも砂月。辛かったんだな」

 より強く静森が砂月を抱き寄せる。静森の肩に頭を預けていると、砂月の胸がドクンとした。このように誰かに寄り添われ、支えられるというのは、ほぼ初めての体験だ。

「そうなの、かな……自分でも分からなくて」
「安心しろ、俺がそばにいる」

 静森はそう言うと砂月に向き直り、両手を持ち上げてギュッと握る。

「しかし孤児か」
「うん」
「――現という者が、人を殺めるための道具にすると言ったんだろう?」
「うん……」
「ならば、人を助けるための希望とすることもできるのではないかと俺は思う」
「え?」
「やる気がある者に、戦い方の指南をするという趣旨では同じだ。が、戦う相手をモンスターとする、そんな、たとえば教育のようなものもあってもいいかもしれないな」

 それは目から鱗だったと砂月は瞠目する。

「今、【エクエス】自体には、攻略する余裕しかない。ただ、傘下のギルドがいくつもある。その各地に孤児を分散して、一定数は養いながら訓練させることは出来るだろう。子供というのは、未来への希望だと俺は思う。孤児が何人いるかは分からないが」

 砂月は静森を見て、ゆっくりと瞬きをした。真剣に、一緒に考えてくれているのが伝わってくる。それが嬉しくて、砂月が感動に震えていると、穏やかに静森が笑った。

「ありがとう……静森くん」
「砂月の悩みには、寄り添いたい」

 その言葉が本心だと伝わってきて、砂月は頬を染める。するとそこへ、食事が運ばれてきたので、砂月は慌てて離れて、自分の席に座った。まだまだ照れてしまう場面は多い。

 本日は肉じゃががメインでそれを食べながら、ふと砂月は尋ねた。

「ねぇ、静森くん。俺との間の子供、欲しい? NPCのクエストで卵形で生まれるみたいなんだけど」
「そうなのか。そうだな――ああ、俺は砂月との子なら可愛いと思う。欲しくないと言えば嘘になるな」
「そ、そっか」
「砂月は?」
「俺は……まだ、攻略も大変だろうし、落ち着いてからがいいのかなって。で、でも! 静森くんとの子供なら欲しいからね!」
「ありがとう」

 そんなやりとりをしてから、静森が食べ終えた後腕を組んだ。

「玲瓏亭の結界に関して及び、たとえば【Genesis】の本来のギルドホームへの結界などは、俺から通達し、処理しておくことにする。砂月は、まずはゆっくり休んでくれ」
「うん」
「早速出てくる。今日は遅くなるかもしれないから、先に寝ていてくれ」
「分かった。ありがとうね、静森くん」

 と、こうしてその日の夕食の一時は幕を下ろした。


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