平穏な日常の崩壊。

猫宮乾

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……二年目……

【9】副会長と王道(?)転入生



「転入生が来る?」

 この知らせを聞いたのは、GW明けのことだった。ある朝風紀委員会室に行くと、理事長秘書の、湯川ゆがわさんが来ていて、直々に通達されたのだ。

「生徒会と風紀委員会のそれぞれに、出迎えをお願いしたいんです。よろしくお願いします」

 優しげな顔でそう言うと、湯川さんは出て行った。
 ……。
 この学園は、俺には簡単だったが、外部入学試験も非常に難関であり、今年なんて一名しか合格していないそうだ。そんな中であるから、季節が少し外れた転入生など、大天才だとしか考えられない……の、だろうか? それとも、俺同様、この学園の勉強レベルより進んだ所にいたのだろうか? 決して俺は天才では無い。単純にここの試験が簡単なのだと俺は思う。

 渡された転入生のプロフィールを見ると、1-Bと書いてあった。

「生徒会からは誰が来るのかなぁ。『指南本』を見る限り、副会長かなぁ」

 風音先輩の言葉に、俺は振り返った。そうだ、支倉先輩にも連絡した方が良いだろう。動画を送るようにと頼まれていた。

「僕は行きたくない。委員長、任せたからね」
「はぁ……」

 俺はしぶしぶ頷いた。俺だって行きたくない。だが、可憐な転入生が、全校生徒に愛される本こそが、我が風紀委員会の指南本であるのだから、一応、チェックはしておいても良いだろう。何せ指南本によると、可憐な転入生は、親衛隊からイジメを受けるらしいのだ。あの通りになってしまったら、さすがに哀れである。

 ――転入生が訪れたのは、その三日後の事だった。

 朝、六時半。
 少々早い時刻だが、理事長に指定された時刻がこの時間だったので、俺は十五分前に校門前へと向かった。するとほぼ同時に、副会長の菱上が姿を現した。

「おはようございます、槇原風紀委員長」
「ああ。おはよう、副会長」
「菱上で結構ですよ?」
「そうか? 俺の事も槇原で構わない」

 菱上は人当たりの良さそうな笑顔だ。俺も、支倉先輩には封印しろと言われていたが、微笑で返した。すると菱上が両腕で体を抱いた。

「春ですが、まだ冷えますね」
「そうだな」
「それにしても、王道君が来るか、アンチ王道君が来るか、非王道君が来るか、気になりますね」
「――え?」

 副会長の言葉に、俺は首を捻った。王道は、分かる。支倉先輩に教わったからだ。しかし他の二つが分からない。

「アンチと非王道というのは何だ?」
「――アンチ王道は、王道風に学園へと訪れ、学園に大混乱をもたらす存在です。非王道は、王道であって王道では無いけれど、大混乱をもたらすわけでもなく、裏を返せばそこまで迷惑ではない存在となるようですね」
「菱上も、フダンシという生き物なのか?」
「いいえ? 僕は腐男子ではありません。ですが、生徒会にも『アンチ王道対策マニュアル』として、『学園ドキドキ★パンドラ・パニック~風紀委員長は鬼畜な狼~』が伝わっておりますので」

 タイトルを聞いて、俺は遠い目をしてしまった。菱上は片手を頬に添えると嘆かわしそうに続けた。

「采火は絵に描いたような俺様、葵も絵に描いたようなチャラ男……悠介は外見は大きいですが非常に内気、双子は愉快犯……現在の生徒会で、万が一の場合、リコールを阻止出来そうなのは僕だけですので、対策は万全です」

 それを聞いて、俺は刮目した。

「リコール? 生徒会は何か不祥事を起こしそうなのか? と、いうより、そうであっても、菱上はそれを阻止するべく動いてくれるのか?」
「風紀委員会もまだまだですね」

 俺の言葉に、菱上が楽しそうに両頬を持ち上げた。唇で弧を描いている。

「勿論、僕個人は槇原くんには恨みはありませんが、風紀が多忙になるというのは、敵対している生徒会の者としては楽しみと言えない事も無いので、王道・アンチ・非王道のいずれの転入生が相手であっても、キスをしてみせるくらいの余裕はありますよ、僕には」
「腹黒いな」
「言われ慣れています」
「俺はてっきり、可憐な転入生に、作り笑いの裏側に隠されていた心の闇を見抜かれて、惚れてキスするんだと思っていた」
「僕は我ながら真っ黒なので、それはありません」
「そうか……確かに俺も、まさかお前が――全校生徒に作り笑いだとバレていないと思っているとしたら、それこそ奇跡だと考えてはいたが……噂になるほどだからな……」
「というより僕が目指している将来は、実家の菱上グループ全てにおける絶対王政なので、作り笑いと周知してもらった方が有難いんです」
「絶対王政……」

 遠園寺より、こいつの方が俺様なんじゃないのか? と、漠然と考えた時だった。不意にクスリと菱上が笑った。

「所で、采火との仲はどうなんですか?」
「ん? まぁ生徒会と風紀の対立があるというのもあるだろうが、険悪だな」
「そうなのですか? 采火は貴方の事ばかり気にしていますよ? 告白はどちらから?」
「――聞いていたのか? 遠園寺から告白の件を」
「え? カマをかけただけですが、告白するかされたかしたんですか?」

 菱上が目を見開いた。口がすべった俺は、慌てて片手で唇を覆う。
 ――轟音がしたのは、その時の事だった。俺と菱上はそろって校門へと視線を向けた。
 校門に、ヒビが入っていた。

 ……。
 何事だ?
 地震……? 地盤沈下……?
 そう考えていると振動が止まった。俺と菱上は顔を見合わせる。
 守衛室から加賀屋さんも出てきた。それを見守っていると、何かが門をよじ登ってくるのが見えた。え? 呆気にとられて俺はポカンとした。

「どうやらアンチの可能性が非常に高そうですね」

 菱上が言った。反射的に視線を向ける。

「どうやって判断したんだ?」
「校舎の破壊……器物損壊は、アンチ案件です」
「お前は頼りになるな。風紀委員にならないか?」
「人脈作り的に生徒会の方が何かと楽なので、結構です」

 菱上は、門を見たままだ。俺も視線を戻すと、軽やかに不審者が地面に着地した所だった。金髪で、遠くからも碧い目だと分かる。背は低めだ。うん。滅ぶ必要は今の所は無いだろう。しかし……校門の破壊が器物損壊とするならば、俺の本日の仕事が増えたという事だ。何という事態だ。書類を作らなければならない……!

 確かにこの学園の門は、入り方がパッと見では分からないのだし、最初から加賀屋さんに開けておくよう俺からお願いしておけば良かったようにも思う。そこは外部生である俺が進言するべきだったのかもしれない。

「迎えってお前達か? ……です」

 その時、俺と菱上の前に、転入生らしき人物が歩み寄ってきた。近くで見ると、まるで天使のごとき麗しい顔立ちをしていた。顔面偏差値があるとすれば、やはり俺は完敗だ。やっぱり滅べば良い。しかし、取ってつけたような敬語だな。

「――ええ。僕は副会長の菱上夏向と言います」

 俺の隣で、The★王子様といった表情で、柔和に菱上が微笑んだ。少し屈んで転入生の顔を覗き込んでいる。菱上は俺とほぼ同じ身長だ。

「俺は、青崎渉夢あおさきあゆむ! よろしくな! ……です」

 転入生は、理事長からの通達によると、理事長の甥っ子だとの事だったが、名字は違うようだ。頭の中でそう記憶していると、青崎が俺を見た。

「お前は? ……です?」
「風紀委員長の槇原郁斗だ。よろしく頼む」

 転入生が手を差し出していたので、俺は握手をしようと手を出そうとしたのだが、その直前でガシっと菱上に手首を掴まれた。古武術をしていた俺の手首を掴むだと? 菱上も中々やるんだな……。しかし……。

「な、なんで止めるんだ?」

 小声で俺は聞いた。

「校門を破壊する腕力です。迂闊に握手すれば骨折する可能性があります」

 それを聞いて俺は思わず顔を引きつらせた。止めてくれて有難う、菱上!
 すると転入生が何気無い調子で、ボソっと言った。

「人を化物扱いするなよ」

 冷徹な声だった。怖い。以前、支倉先輩が、『王道転入生はゾクツブシなんだよ。本当は強くて怖いんだ』と言っていた事があるが、それだろうか。ゾクツブシという単語を俺は知らなかったので、てっきりゴクツブシの類縁の何かで、お財布を寂しくするという意味での怖い、貧乏神的なものをイメージしていたのだが、違ったのかもしれない。

「申し訳ありません。そんなつもりは無かったのですが、校門のインパクトが強すぎて」

 そつのない笑顔を浮かべ、どこか申し訳なさそうな声で菱上が言う。すると転入生が、気を取り直したように顔を上げた。

「壊したのは、悪かった! ……です。だけど夏向、その嘘くさい笑顔、止めろよ! です。もっと心から本音で喋るべきだ! です」

 転入生が、王道風のセリフを吐いた。しかしこの状況ならば、俺だって作り笑いで取り繕うなと言いたくなる気持ちは分かる。だが菱上はどこ吹く風だ。

「そのような指摘を受けたのは初めてです。心が軽くなった気持ちです。さて、理事長室まで案内しますよ――渉夢」
「ああ」
「これはお礼です」
「!?」

 菱上が、転入生の額に触れるだけのキスをした。自分のキスがお礼になると考えるのもすごいが、そもそも一体なんのお礼なのだろうか? 心が軽くなったというのも、俺には上辺のセリフにしか聞こえなかったぞ?

「な、何するんだよ!」

 転入生が真っ赤になって菱上副会長に殴りかかろうとしたが、あっさりと奴は躱した。やはり菱上、武術の心得があるに違いない。転入生の方は、馬鹿力ではあるが、決まった型などは無いように見える。自己流のようだ。

「照れないで下さい。さぁ、行きましょう、渉夢」
「……っ、お、おう! です」

 そんな二人を見て、俺は思い出した。

「悪い、もうすぐ、生徒玄関で制服チェックの時間なんだ。俺はここまででも構わないか?」
「ええ。後は任せて下さい」
「出迎えてくれて有難うな! です!」

 こうして、俺は二人と別れた。




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