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―― 第一章 ――
【第六話】十年後の現在
しおりを挟む新首都・北関東都。
地球防衛軍日本方面部隊の北関東基地を有する、国内最大の都市には、今年も秋が訪れた。旧東京湾の人工島切り離し作戦から、二ヶ月の時が経過している。
軍支給のブーツの踵の音を響かせて、昼斗は食堂へと向かった。この基地において、正式な軍人としての訓練をしっかりと行った事が無い――即ち、元々が民間人で、そのまますぐにパイロットになった人間は、昼斗のみだ。他の者達は、訓練の過程で、踵の音を響かせない足さばきを覚えるのだが、昼斗はいまだに、その事実を知らない。
周囲が昼斗を見て、動きを止めた。彼らの表情は、非常に冷ややかだ。侮蔑が宿る眼差しを浴びつつ、昼斗は無表情で券売機へと向かう。現在は、Hoopの攻撃により、技術格差が激しい世界が訪れている。タッチパネル形式の券売機があるこの北関東基地は、まだ技術水準が比較的高い方だ。
表示されているざるそばを選択し、昼斗は食券を手に入れた。周囲は声を潜めていたり、あるいはわざと聞こえるように出会ったりしながら、昼斗について、多かれ少なかれ、悪しざまな言いようをしている。それを昼斗は当然だと受け止めていた。
二か月前までは、昼斗に対して〝日本国の英雄〟と呼ぶ声もあった。
理由は一つで、現在、地球上に残存している人型戦略機エノシガイオスの第一世代オリジナル機が、昼斗の繰るA-001ただ一機のみだったからだ。他のA-002からA-011までは、全て破壊された。パイロット適性の検査を自主的に受ける人間もあまりいなかったが、適性者は昼斗の後、世界では発見されておらず、昼斗以外の第一世代機に適性があったパイロットは、皆Hoopとの戦闘あるいは寿命で亡くなった。昼斗は、最も若いパイロットではあったが、現在世界では、同時に最も年上のパイロットでもある。二十八歳、独身だ。
食券を手に、昼斗は歩いていく。すると誰かが足を出した。昼斗はあっさりと躓いた。
忍び笑いが洩れる。
横を通りかかった軍人が、わざとらしく「おっ、と」なんて声を出した直後には、水の入ったコップがひっくり返り、昼斗の黒髪を濡らした。子供じみた嫌がらせ、これは、現在の昼斗にとっては、日常茶飯事の事柄だった。
「一千万人も殺すとはなぁ」
「英雄じゃなく、ただの殺戮者だもんなぁ」
「救助のしようもあっただろうに」
「容赦なく見捨てやがって」
様々な声をぶつけられながら、昼斗は起き上がった。水で湿った食券を持って、カウンターへと向かうと、顔馴染みの受付係の大堂隆彦が、哀れ無用な眼差しを向けてから、無言で食券を受け取った。大堂は、昼斗がこの基地に着任した時から働いていた壮年の料理人だ。食券を一瞥した大堂は、半券を昼斗の前に置く。
別段、季節が秋だからそばを頼むわけでもなければ、そばが好きなわけでもない。
大堂は兎も角、料理人の中にも、昼斗を疎んでいる者は数多いる。
ざるそばであれば、料理の中に嫌がらせがあったとしても、せいろの上は一瞥すれば判別可能であるし、麺つゆや薬味であってもそれは同様で、他の料理よりは被害が少ないと、昼斗は理解しているため、いつも同じ品を頼んでいる。
怒鳴られ、料理を提供されないのであれば、まだマシだ。現状は悲惨で、ざるそばの前に最後に頼んだ別メニューであるグラタンの中には、鼠の遺骸が入っていた。
昼斗は濡れた髪のままでざるそばの完成を待ち、完成後、トレーを手に、一人掛けの席に座った。窓の外には、色づいた楓が見える。青空が、高い。時折そちらを眺めながら、昼斗は味のしないざるそばを食べ終えた。味がしないのは、食欲がないからでもあったが、麺つゆがただの水だったからだろう。そば本来の味を提供しすぎている状態ではあったが、昼斗にとっては、食べられるだけで十分だった。
「明日の軍法会議が楽しみだな」
「どんな処分が下ることやらなぁ」
トレーを返しに行く途中、聞こえよがしにそう言われたが、昼斗は無表情を保ち、何も言わなかった。
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