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―― 第八章 ――
【第六十二話】幸せな瞬間
しおりを挟む――破棄の拒否、それは当然だろうなと昼斗も感じた。
この日帰宅し、リビングのチェストの上の写真立てを一瞥しながら、昼斗は唇を舌で舐めた。写真立ての中で笑っている若い頃の己と、光莉。人生で二度目の恋をしている現在、申し訳なくは有れど、胸の疼きが向く対象は、今しがたキッチンへと向かった昴だ。きっとそれを告げたら光莉には怒られるだろうと思いながら、昼斗はマフラーをほどいた。
クリスマスまでは、あと数日だ。
カウントダウンをするほどのロマンティストではなかったが、昴がケーキを注文するらしいというのを知ってからは、冷蔵庫の表面にマグネットで張り付けてあるチラシを何度か目にし、微笑している。
「できたよ」
本日の夕食は、中華らしい。チンジャオロースーやエビチリの皿が、食卓に並べられていく。温かな湯気がのぼっている。卵ときくらげのスープを置いた昴は、椅子を引いた昼斗を一瞥した。
「明日は、新型兵器の実験なんだってね」
「ああ」
「しっかり食べて、よく眠って、ミスをしないようにね」
厳しい声音だったが、今ではそこから、昴が心配してくれているのだと、昼斗は感じ取れるようになった。明日は成層圏を抜けて、衛星軌道上で、前々より開発されていた新型超電磁砲〝カグツチ〟の実験がある。環が開発責任者を務めた、日本国独自の新型兵器だ。以前より実動テストの打診を受けていたのだが、Hoopやラムダの攻勢もあり、また昼斗の入院もあったから、遅れていた代物である。
「平気だ」
微笑し、昼斗はそう答えた。
と、同時に、ある決意を固めていた。実験は、人型戦略機で行う。十八のあの日、部屋に振ってきてから常に共にいる、エノシガイオスの第一世代機、A-001で行う。機体の声によれば、〝ラムダの秘宝〟そのものである、その機体で。
宇宙まで出られる機会は、今となってはそう多くはない。
だから――ラムダに、〝秘宝〟を返還できるタイミングとしては、決して逃す事が出来ない状況だ。それは、首脳部の決定とは異なる。司令の三月に知られたならば、目をむかれる事は間違いない。
昼斗は、計画を脳裏に再度思い浮かべる。
明日の〝カグツチ〟の実験時に、そのまま、計画軌道をはずれて、ラムダへと向かうという、個人の計画だ。本当にそれで、Hoopの侵略が止まるのかは分からないが、この計画を実行できるのは、己しかいないというのは理解していた。
「いただきます」
昴が手を合わせた時、昼斗は我に返った。慌てて自分も手を合わせる。
「いただきます」
「昼斗ってさ、野菜が嫌いだよね」
「そんな事は無いぞ? 歳をとると、野菜の方がおいしく感じる」
「じゃあどうしてチンジャオロースのピーマンを避けるの?」
「そ、それは……」
「ピーマンの肉詰めは、肉しか食べないの?」
「え、ええと……」
「野菜じゃなくて、ピーマンが嫌いって理解でいい?」
呆れたような昴の声を聴きながら、昼斗は顔を背けた。だが、それから思いなおして、改めて昴の顔を見る。不機嫌そうな顔、声音。だが、いずれも愛おしい。昼斗から見れば、それは世界の全てだった。
「昴」
無表情に近い昴に向かい、昼斗は声をかける。
「なに?」
するとチラリと視線を上げた昴が、昼斗を見た。あゝ。
「好きだ」
「――ピーマンが?」
「……昴、一緒にいてくれて、有難う」
「なに、いきなり」
「このエビチリは、ちょっと不味い」
「雰囲気をぶち壊しに来たな? ちょっとってなに? 本当、昼斗、そう言うとこだから」
昴はそう告げたが、その耳が僅かに朱くなった。照れているらしいと判断し、昼斗は気を良くする。明日で全てが終わるのだけれど、最後にこうして気持ちを伝える事が出来た事も嬉しかった。だから、両頬を持ち上げる。
「俺は、今、すごく幸せだ」
呟くように昼斗はそう述べてから、中華料理を食したのだった。
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