甘いマスクは、イチゴジャムがお好き

猫宮乾

文字の大きさ
27 / 39
―― 第三章:異能と親子 ――

【二十七】見間違い

しおりを挟む
「よーし、お疲れ」

 坂崎が今日も定時で帰ろうとした時だった。梓藤が顔を上げる。

「あ、坂崎さん」
「ん? どーした?」
「最近、坂崎さんの家の方で、マスクだとはまだ断定出来ないんだけど、殺人事件が続いてる。遺体の損壊が激しくて、一部の肉片や臓器が無いのが、喰べられたからなのか、殺人犯の仕業なのかは分からないが、マスクだった場合、至急家から対応に出てもらう事になる」
「ああ、分かった。マスクの方がまだマシだな。殺人犯となると――……」

 自分達もそうだ、と、以前ならブラックジョークを放っただろう。
 だが、霊安室で聞いた『人でなし』という言葉が脳裏を反芻し、声が喉で閊えた。
 もう今は本当に、透には、含むところはないのだろうか? いつか梓藤が声をかけてくれたが、自分こそ透の気持ちに寄り添うべきなのでは無いのかと、坂崎は瞬時に考えた。

「坂崎さん?」
「あ、いや。帰りに買うもん思い出してた」
「幸せそうでなによりです」

 こうして梓藤をはじめ、他二名にも見送られ、坂崎は本部を出た。
 そして帰路につくと、丁度玄関から出てきた透が見えた。

「……」

 今日は恐らく、家を空けるのだろう。だが、と、ふと思う。定期的にいなくなるが、果たして何処へ行っているのか。危ない連中と付き合いがあったら、止めなければならない。いいや、そういった普通の人間ならまだしも、今日はマスクか殺人犯がいるかもしれないと聞いた直後だ。万が一被害に遭ったら危険だ。そう考えた坂崎は、無意識に尾行を開始していた。

 そして少し歩くと透が角を曲がった。気配を押し殺して、透が消えた先へと顔を出し、坂崎は目を見開き、慌てて右手で口元を覆った。そうしなければ、悲鳴を上げそうだった。見ているものの理解を、全身が拒んでいる。

 続く裏路地には、倒れ込んでいる人間の姿があった。
 どうやら、もう事切れているようだ。それは、ナイフを手に、壁に背を預けている男が見えたからでもあったが、それ以上に、ぐちゃりぬちゃりと音を立てて、右手を押し込んで、胸から手に取った肉片を、貪るように口へと運んでいる透が見えたからに他ならない。

 硬直してから、一歩、二歩と、後ずさり、その後は全力で坂崎は家まで走った。
 そして鍵をかけた時、全身を震えが襲い、歯がガチガチと鳴っている事に気がついた。何体も、人間が食されている姿は見てきたし、貪っているマスクも見てきた。だが己の息子が血肉を啜っている光景など、勿論見た事はない。

 ――そうだ、マスクだ。
 アレは、マスク以外ではあり得ない。横にいた男が協力者なのか、高等知能を持つ別のマスクなのかは分からないが、少なくとも透の姿をしていた存在は、マスクだ。

 靴を脱いで家に入った坂崎は、着たままのコートのポケットに排除銃があるのを確認し、白い手袋を両手に嵌める。殺るならば、帰宅して扉を開けた瞬間が望ましい。

 そう考えて、ダイニングキッチンの柱に、ピタリと背を預け、天井を見上げる。
 いつから、成り代わっていたのだろう?
 その疑問は、すぐに消失した。態度が急変した日時は明確だ。自分の料理を、美味しいと言って食べてくれたあの日。高等知能を有するマスクは、人間の食事もとる上、それだけではなく、記憶を完全に読み取り、擬態に有利な環境を作り出す。それには、今の状態の方が、都合良く適応できたと言うことなのだろう。

 ――マスクと息子の区別さえつかなかった。
 ――これでは、嫌われて当然だ。

 そう考えた坂崎は、息子を殺害したとおぼしきマスクの帰りを待った。すると二時間ほどして、玄関の鍵がまわる音がした。今、だ、と。坂崎の理性が叫んだ。だが――。

「ただいま、父さん」

 その声を聞いた瞬間、坂崎は両手で銃を握ったまま、硬直した。声を聞いたら、決意が揺らいだ。
 息子の声なのだから、当然だったのかもしれない。理性ではそれがマスクの声だと理解しているのに、愛おしい息子の声に、撃つなと感情が言う。

 ――だが、あれがマスクでないのはありえない。排除対象だ。
 ――でももし、見間違いだったら?

「……っ」

 ――きっと、見間違いなんじゃないのか?
 それは優しくも残酷で、楽な選択肢を与えてくれる言葉だった。

「おかえり」

 コートへと銃をしまい、笑顔で坂崎は振り返った。
 見間違えなどあるはずもなかったが、坂崎は、その可能性を捨てられなかった。

 その日は、慌てて夕食の準備をした。
 だが本日ばかりは、坂崎も眠れず、万が一に備えてずっと排除銃を握っていた。
 しかし翌朝朝食を作って待っていると、美味しそうに食べて、普通に通学していく姿を目にし、やはり見間違いだったようにも思えてきた。

 こうして、坂崎は本部へと向かう。
 すると梓藤が、溜息をついた。

「また殺人なのかマスクなのか、怪しい遺体だ。喉をナイフで切り裂かれているから、それは人間の仕業なんだろうとは思う。マスクの偽装で無ければな」

 そこから梓藤が状況を語り始めた。坂崎は昨日目撃した光景を、意図的に忘れた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

終焉列島:ゾンビに沈む国

ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。 最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。 会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。

【完結】離縁ですか…では、私が出掛けている間に出ていって下さいね♪

山葵
恋愛
突然、カイルから離縁して欲しいと言われ、戸惑いながらも理由を聞いた。 「俺は真実の愛に目覚めたのだ。マリアこそ俺の運命の相手!」 そうですか…。 私は離婚届にサインをする。 私は、直ぐに役所に届ける様に使用人に渡した。 使用人が出掛けるのを確認してから 「私とアスベスが旅行に行っている間に荷物を纏めて出ていって下さいね♪」

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

処理中です...