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【二】
しおりを挟むトマトの苗植えを終え、今年も栽培という仕事が始まった。朝希はこの日もトマトのビニールハウスに出かけ、一つ一つ丹精を込めて世話をしていった。それらを終えて、外に出る。
「葉宮さんですか?」
すると不意に声をかけられた。驚いて顔を向けると、そこにはこの田舎ではあまり見ない、高級そうなスーツを纏った青年が一人立っていた。靴だけが不似合いなスニーカーで、僅かに土で汚れている。それを見てから、改めて視線を上げていき、長身だなと朝希は考えた。整った眉と鼻筋、アーモンド型の形の良い目、垢ぬけたその容姿を見て、朝希は首を捻る。
「はい。俺が葉宮ですが、どちら様ですか?」
「眞郷香輔と申します。フードロス部門の代表で、何度かお電話を差し上げたのですが」
「ああ……例の……」
先日も電話をよこし、会合では山岡も絶賛していた営業かと把握した、朝希はすぐに双眸を細くした。熱心だとは言うが、直接わざわざ訪ねてくるとは思ってもいなかった。
「少し、お話をさせて頂けませんか?」
「俺は売る気がない。帰ってくれ」
眉を顰めてけんもほろろに追い返そうと試みる。だが、眞郷は笑顔を崩さない。
「少しだけでいいですから」
「だから、俺は――」
「これ、飲んでみてから考えてもらえませんか? 農作業の後なら、喉も乾いているんじゃないかと思いますし」
眞郷は持参していた紙袋から、瓶に入ったジュースを一本取り出した。それを見て、朝希は険しい顔になる。ラベルには、『緋茅トマト試作品』と記されていた。既に契約済みの、山岡をはじめとした他の農家から、買い取った規格外のトマトを用いているのだろう。ただ、実際に喉は乾いていたので、手を伸ばす。
「飲んでも考えは変わらない」
「飲んで下さるだけでいいんです」
明るい声音の眞郷に対し、顎で頷き返してから、朝希は瓶を傾けた。口の中に、甘いトマトの味が広がる。美味だと感じたのは、なにも喉の渇きだけが理由ではないと、朝希は判断した。慣れ親しんでいるトマトの美味しさと、大手企業の手腕がコラボした、上質なトマトジュースだと感じたからだ。
「いかがですか?」
「美味いな」
「でしょう? これの原材料は、規格外のトマトです。規格外だからといって、廃棄するのは勿体ない」
「俺はそうは思わない。規格外は規格外だ。帰ってくれ」
「何故です?」
無表情で断言した朝希を見ると、改めて眞郷が目を丸くし、不思議そうな表情を浮かべた。それをに対し、朝希は深々と溜息をつく。
「あんたにも分かりやすく説明するなら、規格外というのは何も形だけじゃないからというのが大きいな。俺はキュウリやピーマンも手がけている。トマトに比べれば小規模だが。一番分かりやすいキュウリで説明してやる」
「お願いします」
「キュウリは、真っ直ぐな規格で流通しているだろ?」
「ええ」
「それで、まがっているものが一定数採れる。それらが規格外となる」
「はい。それらも今後、弊社で利用出来ればと考えています」
「――まがっている理由は、気温の他に水分量なんかが理由だ。キュウリは水分が多すぎても曲がる。そうすると、どうなるか分かるか?」
「申し訳ありません、どうなるんですか?」
冷静な顔に変わり、眞郷が続きを促す。それを確認し、朝希が一息に語る。
「味が劣るんだよ。そんなものを、流通させるわけにはいかないだろ。形だけの問題じゃない。幸いトマトは、規格外でもあまり味は劣らないが、規格には規格の理由がきちんとある。俺はキュウリの形の違いすら分からないようなあんたらには、トマトも売りたいとは思わねぇ。たとえそれが、廃棄するだけのトマトであったとしてもな」
そう告げてから、朝希は歩き始めた。
「あ、待ってください」
「もう話はない。帰ってくれ」
朝希は眞郷に振り返らず、そのまま真っ直ぐ帰宅した。
家に入ると、洗面所で手を洗いながら、朝希は鏡を見た。本日も眉間には皴が寄っている。実際に営業と言葉を交わした事で、より苛立ちが募った。本音を言うならば、朝希だって味の変わらないトマトを廃棄する事は、勿体ないとは思う。だが規格外である事を己と重ねた時、どうしても世に出す気にはなれない。
(トマトと違って、俺には有効活用できる側面すら無いからかもな)
内心でそう考えると、皴が寄った眉間の下の朝希の瞳には、どこか悲しそうな色が浮かんだ。その後長々と目を伏せてから、朝希は手を洗い終えた。
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