悪役の教室

猫宮乾

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―― 本編 ――

【第十三話】手作りの夕食

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 帰宅し、コツンコツンと階段をのぼっていった永良は、自分の隣室の扉の前に、少女が立っている事に気が付いた。先日助けた静玖の姿がそこにはあった。表札をチラリとみるが、出ていない。女の子の一人暮らしだから出さないのかな、と、ぼんやりと考えた。

「永良くん」

 永良の姿を見ると、無表情の静玖が、静かに口を開いた。

「あ。もう体調は大丈夫か?」

 両頬を持ち上げて、永良は歩み寄った。するとコクリと頷いた静玖の、黒い髪が揺れた。アーモンド型の大きな目を見て、本当に整った形だなと永良は思う。

「ええ、平気」
「良かった」
「……待ってたの」
「ん?」
「……お礼。するって言ったから」
「え? 本当に気にしなくていいのに」
「迷惑……?」
「ぜ、全然! そんな事は全然ないけど!」

 無表情ながらも静玖が視線を下げたので、慌てて永良が声を上げた。すると細く長く吐息してから、静玖が顔を上げた。

「食事、作ったの」
「食事?」
「ええ。良かったら、食べていかない……?」
「いいのか?」
「うん」

 現在は買い食いや簡単な食生活を送っている永良にとって、それは魅力的なお誘いだった。

「入って」
「え? あ、ああ」

 鍵を開けた静玖が中に入ったので、慌てて永良もそちらを見た。
 ――女の子の一人暮らしの家に、入っていいのか?
 そんな疑問が胸中で渦巻いた。健全な青少年である永良は、少し焦った。別に何かしようという下心があるわけではないが、何かが発生する可能性を検討してしまう。

「永良くん?」

 しかし無表情の静玖には、そう言う意図は微塵も見えない。
 だから合間に笑ってから、永良は中に入る事にした。

「お邪魔します!」

 間取りは永良の部屋と全く同じだった。トイレと浴室の脇を通り過ぎ、キッチン台の横を通り、六畳の居間に入る。そこには黒いローテーブルがあって、食事が並べられていた。

「お味噌汁を温めて、ご飯を持ってくる」
「お、おう。ありがとう」

 促された窓側のラグの上に座り、永良は卓上を見た。焼き魚やひじき、ほうれん草の胡麻和え等々。どちらかといえば和食が並んでいる。その中で洋風なのは一つだけで、それはシフォンケーキだった。生クリームが添えられている。デザートだとすぐに分かったが、視界にとらえた瞬間、永良の食欲が少し減った。

「どうぞ」

 お椀を運んできた静玖が並べる。それを見て、気を取り直して永良は微笑した。
 こうして静玖と一緒に食事が始まった。

「いただきます」
「……いただきます。お口にあえばいいんだけど」
「美味しそうだよ?」

 永良はそう告げてから、一口胡麻和えを食べた。実際に美味しかった。手作りの味に浸りながら、パクパクと永良は食事を楽しむ。どれもこれも本当に美味しい。そんな永良を、無表情でこちらも食べながら、じっと静玖が見ていた。視線に気づいて、永良が顔を向ける。

「うん、美味しい」
「……ありがとう」
「いや、本当に美味い」
「永良くんは、箸使いが上手なのね」
「え?」
「……お魚。綺麗に食べてるから」

 それは実家の躾だと思い出し、永良は苦笑しそうになった。中々厳しい家だった。
 こうしてシフォンケーキ以外の全てを永良は食べ終えた。
 それにだけは手を付けられないでいると、静玖が小さく首を傾げた。

「シフォンケーキは嫌い?」
「あー、俺、甘いものが全部だめなんだよ」
「そう」

 ――心因性の味覚障害。
 単純な好みの問題ではなく、これは永良が抱えているものの一つである。
 視界に入れても吐き気がしなくなっただけでもだいぶ改善した方だ。だが今でも味は、分からない。甘みを感じないし、とにかく吐き気がして、体が受け付けない。

 今の自分を見たら、きっと陽射ひざしは笑うだろうなぁと、永良は思う。
 葉先はさき陽射は、永良の恩人だ。
 人生を楽しむようにと教えてくれた人である。彼は、甘いものがとても好きだった事を永良は思い出したが、すぐにかぶりを振って、その思考を打ち消した。

「でも本当に美味かった」
「……嬉しい。お礼になった?」
「十分すぎる。お礼のお礼を俺がしたいくらいだ」
「本当?」
「勿論」
「……それじゃあ、色々お話を聞かせて」
「話?」
「永良くんは、【ネコパンチ】のナガラでしょう?」
「あ、ああ……今朝も動画の配信がニュースでも取り上げられてたしな」

 悪役だと気づかれた事を知り、別に珍しい事でも不思議でも無かったので、永良は頷いた。

「そうだよ、俺がナガラだよ」
「私には、永良くんは悪い人には見えない」
「うん?」
「悪人には見えない。悪役と悪人は違う」
「まぁ、違うかもな。同じ場合もあるだろうけど」
「……どうして、悪役をしているの?」
「たまたま学園にバイトの求人票があったからだよ」

 嘘ではない。永良はそう告げて、両頬を持ち上げた。静玖は無表情で聞いている。
 この日は、それから少しの間二人で雑談をし、永良は帰宅したのだった。



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