藍円寺昼威のカルテ

猫宮乾

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御遼神社の狐と神様

【19】切れない縁と日常

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 ――昼威は、再び戻ってきた日常において、漠然と考えた。

「縁って、何なんだろうな」

 既に秋だが――この夏から秋にかけての騒動で、考えた事がある。
 例えば、芹架の事件においては、鬼と化した祖母を見て、切れたほうが良い縁を見た。
 だがそれは、半分鬼と化した人物が問題ではなく、虐待が問題だった。

 そして秋に入ってからは、享夜という弟が餌であっても吸血鬼と共存したいらしいという考えを知った。なんでも詳しく話を聞いたら、一緒にいるのが楽しいので、血を吸われても良いそうだった。同意のもとで餌になっているらしい。

 また六条彼方に聞いたので、一応玲瓏院紬にも尋ねてみたのだが、火朽というゼミの同輩が人ではないと紬も知った上で友人関係にあるようだった。

 この日、藍円寺に帰って来た昼威は、テレビをつけて、ぼんやりとドラマを見ながら考えていた。脇役として、紬の双子の兄の絆が出ている。



「昼威?」

 一緒に、絆の演技を見ていた享夜が顔を上げた。

「なんだ?」
「縁がどうのと言わなかったか?」
「ああ」

 頷くと、弟が腕を組んだ。

「俺は――切りたくても切れないものが縁だと思う」
「享夜、それはなんだ?」
「例えば、会いたいという想いは消せないし、会いたくないと思っても会ってしまうのも同じことだ」
「珍しく詩的だな」
「馬鹿にするな」

 そんな雑談をしながら、二人でテレビを見る。この何気ない空間が心地良くて、それを理解した時、昼威は思った。

「家族の縁は、何もしなくても途切れないから良いな」
「そうだな。血が繋がっていないと、積極的に動かなければ構築できないこともあるだろう。例えば、友達だとかな」

 弟の声に、漠然と昼威は、侑眞の事を思い出した。

「――いつも、向こうから来て出来ていた縁が、無くなったら、それはもう、消えたのと同じなんだろうか?」
「昼威、俺はそうは思わない」
「何故だ?」
「自分から行けば良いんだ。友達ならば」
「――一応聞くが、お前には友達がいたのか? 兄としてほっとした」
「うるさい!」

 そんなやりとりをして、夜が更けていく。
 そうしながら――昼威は、別れさせ屋に対する一つの解決策を思いついた。


 そこで、朝儀に頼んで、六条彼方と話をする機会を設けてもらった。

「こんにちは、昼威先生。お呼び出しとは驚きました」
「悪いな、急に」
「それで、ご用件は?」

 待ち合わせの駅前の喫茶店で、すぐに彼方が切り出した。

「――お前は、縁を切って、時に呪殺し、別れさせるんだろう?」
「ああ……そうですが――それが?」
「呪殺業と別れさせ屋業を切り分けてくれないか?」

 唐突な昼威の言葉に、彼方が目を丸くした。

「どういう意味です?」
「お前がいくら縁切りをしようとも――そこに結ばれた赤い糸や絆といったものがあるのならば、それは御遼神社の神様が何をするまでもなく、再び繋がる」

 それは、例えば偶発的な雨で、会いたかった後輩と再会できるような、そんな縁だ。

「だが、死すれば、それは叶わない。俺は信じないが、仮に幽霊といった存在が居るとしたら――幽霊と縁を繋ぎ直すのは、人間にとって不幸だ。未練がある死は、人を鬼に変ええる。時にはその怨念は、生者をも鬼にする」

 昼威の言葉に、彼方が膝を組んだ。


「仮に霊と縁を結び直したならば、除霊するまでだ」
「だからそもそも、人を殺すな」
「――呪殺は、刑事罰を与えられない。精神的苦痛の証拠でもなければ」
「ならば――俺が、助ける」
「……それは、例えば俺が、鬼に変えた御遼神社の先代の奥方――俺の祖母を助けたようにですか? あの日、昼威先生は、芹架だけを助けたわけではない」
「あるいはそうなるのかもしれないな」

 昼威がそう言うと、吹き出すように彼方が笑った。

「では、勝負となる。俺は奪い続ける。先生は、救い続ける。ああ、死すれば丁度、弟さんが葬儀を上げてくれることだろうなぁ」
「俺だけじゃない。縁結びを願う侑眞もこちら側にいる。それにな」
「何だい?」
「人間は、幸せを望む生き物だ。あるいはそれが、自己表現のひとつなのかもしれない」

 コーヒーを飲みながら、昼威は彼方を見た。

「生殺与奪をするのではなく、人のチャンスを与えてくれ――人間には、誰しも幸せになる権利がある」

 昼威がそう言うと、彼方が窓の外を見た。


「そうであるならば、俺のような存在は、ただの悪意であり、害にしかならない」
「違う」
「どう違うんですか?」

 彼方の声に、昼威がカップを置いた。

「御遼神社の神様は、俺に言った。芹架くんの件と別れさせ屋の件の根元は同じだと」
「同じ?」
「ああ。俺も最初は意味が分からなかった。だが、今ならば分かる」

 そう言うと、昼威はじっと彼方を見据えた。

「他者の悪意に耳を傾け、行動するお前も、他者の悪意に虐げられて行動できない幼子も、被害者という意味で同一なんだ。この世界において――だから、辛くなったら、助けてやる。いくらでもな」

 その言葉に、彼方が小さく息を飲んだ。

「俺が被害者だと?」

 小さな彼方の声に、大きく昼威は頷いた。

「そうだ。他者間の縁だけではなく、お前は意識しなければ自分周囲の縁も切っている。今後、その寂しい人生は終わりにするといい。俺もいるし、飲み友達の朝儀もいるだろう? お前には、大切にする心はあるのだから――もう、止めろ。人を殺すな。人を殺すたびに、孤独になるのはお前だ。御遼神社の神が俺に望んだのは、お前も含めた神の器たる末裔の幸福だと俺は考えている」

 等々と語った昼威を、暫くの間静かに彼方は見ていた。

「つまり、神様の俺への最後の頼みごとの解決は――お前の幸せの道標となる事だったらしい。六条彼方、お前は天御中主神に愛されているのだから、これからは真っ当に生きろ」

 昼威はそう告げると立ち上がった。彼方は座ったままそれを見上げ、そして苦笑した。

「俺がそれを受け入れ――あるいは望んだとしても、現実は残酷ですよ。俺でなくとも、引き裂く何かは、すぐそこに迫っている」
「だとしても、それはその時解決すれば良い事だ。例えば、落札してから金を借りるように……後からでも、なんとかなる」

 呟きながら、昼威はそれはダメだなと一応考えた。
 こうして喫茶店をあとにして、昼威は少し歩いた。
 すると人気のない裏路地にて――水咲の姿を見つけた。

「藍円寺昼威、それがお前の解決か?」
「そうだ。見事だろう?」
「遣いの俺には分からない。だが――アメ様でもある侑眞は、今、非常に憂いている」
「何に関してだ?」
「お前が六条彼方に危害を加えられないかについて、となる」
「俺達が会っている事が、分かるのか?」
「使役されている俺の他に、御遼の式神はこの街に多数いる。藍円寺昼威、我が主を安心させてやれ」

 そう言うと水咲は消えた。その言葉に俯いて目を伏せ、昼威は吹き出した。
 珍しくその後、昼威は酒屋に足を運ぶ。
 そして質の良い日本酒の棚の前で止まった。

 ――縁は、自分からも築くことが出来るのだ。

 そう考えながら日本酒を購入し、御遼神社へと足を運ぶ。


「昼威先生」

 そこには、侑眞の姿があった。

「良い酒が手に入ってな。一緒にどうだ?」

 思えば、昼威から酒を飲もうと誘うのは、これが初めての事だった。
 少しだけ驚いた顔をした後、侑眞が優しく笑う。

 二人で離れへと移動し、酒の蓋をあけてから、昼威は告げた。

「どうやらお前もまた神様であるらしいから、省いたのだろうが」
「え?」
「御遼神社の神様は、俺に、三人を救えと言いたかったんだろうな」
「どういう意味?」
「自分で考えろ」

 そして――あるいは自分自身も救われたのだろうと考えながら、昼威は酒を傾けた。
 こんな、変哲もない日常。
 神様が護る世界というのは、それが常なのだろう。

 先輩と後輩という二人の縁は、切れない。
 このようにして、新南津市のある日常は続いていくのだった。
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