あやかし達の文明開化

猫宮乾

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―― 陸軍特別あやかし対策部隊と時空管理部隊 ――

【七】事前に知る敗戦

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「事情聴取は空振りかぁ」

 部隊の本部に帰還した紫吹に向かい、回転椅子に座していた時空管理部隊の管理官であるエドワードが声をかけた。特別あやかし対策部隊も時空管理部隊も、一般の軍部は存在を知らない。知らなければ民衆に嘘をつく事は無いとして、時の総理大臣である山縣らが知る事も無い、そんな暗部が、この二つの部署である。

 エドワードは、英国人だ。何故異国の人間が、『未来』の『多国籍軍時空管理部隊』に所属しているのかを、紫吹は実を言えば――知っている。元々は、紫吹もまた、時空管理部隊に所属していたからだ。紫吹は、正確には、純粋な人間では無い。反枕まくらがえしと呼ばれる妖怪との混血児である。

 反枕は、枕をひっくり返す事で、眠っている人間を別の時空に誘う特性を持つ。
 しかし半妖である紫吹には、時空を移動させるほどの能力は受け継がれなかった。代わりに、彼には見える。枕をひっくり返したその先にある、未来の分岐が。それと同様、あやかしに等しく長い寿命だけど受け継いでいる。その力を買われ、紫吹は江戸の昔より、会津藩の御庭番として働いていた。しかし戊辰戦争に敗れた後、周囲がみな死に絶えた頃、敵対していた明治の政府に寝返り、軍属になった。既に齢七十を越えているが、彼の見た目は、今なお二十代後半で止まっている。

 未来を枕で変える力こそないが、未来を視る事が叶う紫吹は、当初時空管理部隊に配属された。そこで知ったのは――第一次世界大戦の勝利と、第二次世界大戦での敗北だ。その先はどうなるのかと、それが気になり、紫吹は禁書庫の目録に目を通そうとして、移動させられた。その先が、特別あやかし対策部隊である。周囲は、霊能力こそある者の人間ばかりであり、紫吹は部隊内でも恐れられている。あやかし差別は、非常に根強い。

 一方のエドワードは、その『時空管理部隊』の令和の後継組織から、タイムリープの力を用いて、或るあやかしをおいかけて、この時代に来たのだという。タイムリープは、その時代に生きている場合、意識のみを過去・現在・未来の好きな時空に移動させる事が可能な術だ。

「早く、時空管理部隊に戻りたいんでしょう?」
「……」
「君なら、『タイムリープ技法』を習得できるし、こちらとしても歓迎なんだけどね」
「……」
「ただね、禁書庫を漁った罰、それを取り消しにするような成果が必要なんだよ」
「……」
「その為にも、吸血鬼ヴァンパイアの確保をしてもらわないとなぁ」
「……」
「それさえ叶えば、僕は『現代』に戻る。その時に、紫吹くんの事も上に推薦できる」
「……」
「期待しているよ」

 長い脚を組み、金髪を揺らして、悠然とエドワードが笑う。
 このような事を述べるのだから、この時代のエドワードも存在したはずであり、彼と手普通の人間ではないはずだと、紫吹は考える。そうしつつ、静かに尋ねた。

「何故、その吸血鬼を追いかけているのですか?」
「――歴史を変えるわけにはいかないから、それしか教えてあげられないな」
「……」
「それがあやかしの歴史であっても、人間の歴史であっても、ね」
「何か、当該吸血鬼に特徴は?」
「緑の瞳をしているよ。まぁ、人間の仕業だけど、巷で噂の吸血鬼殺害事件でおびき出すと良い」
「つまりその吸血鬼が犯人ではないのですね?」
「そうなるね。けれどね、捕まえるには、理由がいる。それが、僕が生きる『現代』での規則なんだ。理由もなく引っ張って来るわけにはいかないんだよ」

 終始にこやかなエドワードを、無表情で見据えながら、その後は紫吹は、何も言わなかった。




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